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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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あんばらんす





★街の隙間を抜け 迷える森を越え 君に出会う夢を追いかけている★





園児達に取り巻かれて摂る、騒がしい昼食の時間。
ふと、鳴海は今朝方に見た夢を反芻していた。
おりがみのおほしさまと、白いドレスの女性が出て来た、あの夢。
賑やかしい子どもの声がすうっと遠くなり、弁当の上を彷徨っていた箸がぴたりと止まった。





☆☆☆☆☆





目覚ましに叩き起こされた鳴海は無意識の内に、壁にも天井にも星がないことを確認した。
「……夢か……」
と一言、ジリジリと騒がしい時計をデカイ手で叩き、のっそりと身体を起こした。
縺れた前髪を掻き上げ、そのままバリバリと掻き毟り、溜め息を吐く。
鳴海が見たこの奇妙な夢は、実はもう何年も前から繰り返し見る夢だった。
本当に何遍も何遍も、数え切れないくらいに同じ夢を、見ている。
その度にシチュエーションは違ったりするのだが、必ず、折り紙で作った星と、顔を見ることの叶わない女が出て来るのだった。


「ま…あれから12年、経つからなぁ…」
後もうちょっとで見えそう、という段でいつも目が覚める。
相手に関する追加情報がないから仕方ないことなのだが。
鳴海はベッドから腰を上げると、整理ダンスの小抽斗を開けた。
中から、クリアファイルと、ハガキホルダーを引っ張り出し、再びベッドに腰掛ける。


まずは、とハガキホルダーを開く。
仕舞われているハガキの差出人は全て同じ名前だ。
毎年毎年、律儀に年賀ハガキと暑中お見舞いが送られて来る。
一番最初のハガキは、大きな丸い文字で、如何にも手の小さな子どもの書いたもの。
一番最後の、ついこの間届いた年賀状は、綺麗に整った字体で近況が書き綴られていた。
差出人とはもう12年、会ったことがない、写真の一枚すらやり取りをしたことがない。
ただ、年に二回届くハガキが、差出人の成長を想い量る縁だった。


今度はクリアファイルの中身を取り出す。
それは幼稚園が入園時に、保護者に記入をお願いする園児の調査票だった。
かなり古いもので、紙は黄ばんでしまっている。
保存期間を過ぎた調査票を廃棄する際、居ても立ってもいられず、内緒で抜き取ってしまった一枚だ。
個人情報云々に思いっきり抵触しているので、ちょろまかしたのがバレたら相当ヤバいシロモノ。
それから数枚の写真、そのどれにも、調査票に貼られた証明写真で緊張気味な顔を見せる女の子と同じ子が、今より若々しい鳴海と一緒に写っている。
無邪気な笑顔に、鳴海の頬が切なそうに弛んだ。
最後にファイルから引っ張り出したのは、銀色のホイル折り紙で折られた、星。
小さい子供のお手製らしく、角っこのアイロンが甘い。


先程の夢を思い出す。
部屋中に貼り付けられていた折り紙の星は、間違いなくこれだ。
それから、夢の中に現れる顔が不鮮明な女は、ここに映る写真の女の子。
そして、幾たりも見ている同じ夢ながら、彼女が着ているのを初めて見たあの白いドレスはおそらく、
「……あれは、ウェディ……」
と呟きかけて、勢い良く頭を振る。


鳴海は調査票に書かれた生年月日と、ベッドに転がった目覚ましが訴えるデジタル数字の日付を見比べて、再度、盛大な溜め息を吐いた。
「…馬ッッッ鹿じゃねぇの?オレ…」
夢の中で彼女がそんなものを身に纏っていたのは、自分自身の願望の反映であることを、男は重々承知している。
約束を交わした時、彼女は6歳だった。
あれから12年、彼女は幾つになった?自分は幾つになった?彼女と幾つ離れている?


彼女は約束なんかとっくに忘れている。
それを証拠に、彼女の誕生日と今日の日付はもう、1ヶ月半近くズレてる。
彼女からは何の音沙汰もない。
当たり前だ。


几帳面に贈られてくる時候の挨拶は自分が恩師だから。
「会いたいです」と書かれているのは社交辞令。
深い意味なんて、何もない。
遠い約束が果たされる日が来ることを期待しているのが、幼き日の彼女ではなく、いい年した30過ぎの男だなんて終わってる。
しかも、白いドレスに特定の意味を持たせるなんて、言語道断も甚だしい。
「…さ、仕事仕事。シャワー浴びてさっぱりして来っか」
鳴海は彼女に纏わる一式を大事そうにベッドの上に置くと、立ち上がった。


正直、己のロリコン疑惑に震えあがった時期もあった。
けれど、特別視したのは例の彼女だけで、その後、何百人と幼稚園児女児を面倒みて来たが、誰一人として鳴海の琴線に触れる者はいなかった。
大学生と幼稚園児の間に恋愛感情が芽生えるなんて事は有り得ないと思う。
だから、彼女との間に響いたそれは感情という浅薄なものではなく、年齢などを遥かに超越した、もっと深い、魂に根付いた何かだったと鳴海は信じている。


「そう思ってるのもオレだけだな…。何だかんだと理屈をつけても、変な病気をこじらせた、単なる馬鹿なんだろうよ……でもな」
彼女と約束をした卒園式の日から、巡る年月、間もなく12年目の卒園式を迎える。
「オレは、待っている」
自嘲気味に笑って、鳴海はバスルームに向かう。
気持ち丸まった背中を、星を抱えた女の子の、色褪せた笑顔が見送っていた。



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