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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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あんばらんす





★絵本を閉じて 街へ飛び出す 何か起こるかもしれない?★





合間合間を見つけては鳴海はエレオノールとの『語学教室』を開催した。
エレオノールはとにかく賢い女の子で、園のライブラリにある絵本の単語はあっと言う間に網羅してしまった。
とかく人間、問題はヤル気があるかどうかなのだ。
しかも子どもなんてものは脳みそが柔らかいから幾らでも吸収する。
頭が固くなり始めている自覚のある鳴海の方が、『エレオノール先生』にやり込められることも多くなった。


そんなことがあっての週末を挟んだある日。
鳴海は、彼の腕で一抱えもある段ボールと共に出勤し、えっちらおっちらライブラリまで運び込んだ。
「へへっ。さあて、どんな顔をすっかなぁ…」
エレオノールの気持ちに感情移入してみる、鳴海の方がワクワクして仕方がない。
そうして自由時間に、この時間に必ず現れる園児を得意満面で待ち構えた。
狙い違わず、お目当ての彼女が階段を下りて来る。
エレオノールは、ライブラリに先客を見つけ
「なるみせんせい…」
とはにかむように淡く笑った。
ととと、とエレオノールは小走りにやって来ると、鳴海の隣の椅子にちょこんと座る。
最近のエレオノールの表情は、これと分かる程に柔らかくなっている。
そして、鳴海とふたりきりであれば日本語で会話をするようになって来た。
なかなかに、自分に懐いて来てくれているのでなかろうか、
本職の教諭たちが未だ手を焼くエレオノールの笑顔に、鳴海は気分がいい。
この後に鳴海が披露する『ブツ』を見たエレオノールが、更にどんな反応を見せてくれるのか、想像しただけで心が躍る。


「なあ、エレオノール?」
鳴海は、ちょいちょい、と床に置かれた段ボールを指差して見せた。
エレオノールは、鳴海の指を見て、段ボールを見て、鳴海の顔を見て、
「あのはこが、なあに?」
と小首を傾げて見せた。
なんとまァ…、本当に大人びた仕草をする5歳児だ。と舌を巻く。
「開けてみろよ」
「Boite a surprise(びっくり箱)、じゃない?」
転園したてのエレオノールも、鳴海のイタズラ好きは知っている。
警戒心見え見えの様子がとても可笑しくもあり、無表情だったエレオノールの新たな感情の発露を嬉しくも思う。
「そんなんじゃねぇって」
腹の中では、ま、あながち外れてねぇかもな、なんて思う。
鳴海は待ち遠しさに込み上げてくる笑みを抑え切れない。
「……」
「とりあえず、覗いてみろよ」


エレオノールは恐る恐る近づくと、いつでもすぐに逃げられるように、出来るだけ身体を離した体勢で、段ボールのフラップをそうっと持ち上げた。
そして、中身がチラリと見えるや否や、「あ」と口と目を大きく開けて、段ボールに飛び付いた。
『すごい…すごいすごい…っ!』
段ボールの中にはぎゅうぎゅうに詰った本の山。50冊はくだらない。


『どうしたのっ!これっ!』
エレオノールは次々と手を伸ばし、本を持ち上げてはページをパラパラとめくっている。
『ちょいと伝手があってな』
鳴海の知り合いに移動図書館のボランティアをしている輩がいて、入れ替えした古い作品や、重複した図書などを(半ば強引に)タダ同然で譲ってもらったのだ。
タダ同然とは言ってもそれなりの自腹は切ったので、後で園長に領収書を渡してダメもとで交渉をするつもり。


『園にある本、全部覚えちまったもんな。だから新しいのを、って思ってさ』
『嬉しい!』
振り向いたエレオノールの頬っぺたはピカピカに紅潮し、大きな瞳はキラキラと輝いている。
彼女のこの表情を見れただけで、鳴海は大満足だった。
紙の詰った段ボールは力自慢の鳴海でも重たいと感じるものだったし、勝手に購入した書籍の領収書は十中八九通らないだろう予感もするが、どうでも良かった。
彼女の笑顔が報酬、それでいい。


『なるみせんせい?』
『あん?』
『このはこ、やっぱり、びっくりばこだったじゃないの』
古本を宝物みたいに胸に抱えて、エレオノールは笑った。
その笑顔が引き金で、鳴海の胸の奥が、きゅう、と正体不明の音を立てた。
余りにも正体不明過ぎて、おまけにそんな自分が不可解過ぎて、顔が茹だったみたいに熱くなる。そこに
『えほんのことばをみんなおぼえちゃったから、なるみせんせいとはもう、おべんきょうできないのかってかなしくおもってたの』
なんて言われたら。


エレオノールがとことこと鳴海の正面へとやって来た。
「せんせい、ありがとう」
「お、おおう」
軽いパニックに陥っている男には、天使の如き笑顔を凝視するしか術がない。
「うふふ。せんせい、だいすき!」
綿あめ状の言葉と一緒に、エレオノールは鳴海の腰にぎゅうっと抱きついた。


「せんせい、だいすき」
その後のエレオノールは、ちょくちょくそのフレーズを口にするようになった。
時に、ふたりきりの時、エレオノールは小さな手を鳴海の首に回してぎゅっと無邪気にしがみついた。
愛情に枯渇して、スキンシップに餓えているエレオノールの自己防衛の行動だったんだろう。
それを、敬愛する教諭(バイトだけど)である鳴海からならば温もりをもらえると、そして実際、鳴海だけがそれを与えられた。
抱きつかれる度、子ども特有の甘い体臭が鳴海の鼻腔を擽った。
身体は、鞠のように柔らかかった。


「せんせい、だいすき」は幼稚園で先生をやっていればよく聞くもんだ。
それには相手が誰であれ、「オレも○○ちゃんが大好きだなぁ」と返してあげていた。
子どもはその一言でとても嬉しそうに笑うのだ。
そして、エレオノールの「せんせい、だいすき」に、鳴海は「オレもだよ」と返した。
マイルールのマニュアル通りではない、エレオノールにしか言わない、特別な返事だった。


鳴海は決してエコヒイキはしなかった。
どの子も平等に扱うのがモットー。
でも、鳴海だって人間だから本音では「この子は可愛い」とか「この子は苦手」とか「この子は好き」とか「嫌い」とか色々ある。それを押し殺して子どもたちと接していた。
子どもたちといるときにはそういうことは考えないようにしていた。
皆、同じ。皆、可愛い鳴海の園児たち。


それを踏まえた上で、エレオノールは別格だった。
それは己を偽る事の出来ない、紛うことない事実だった。
だからこそ、エレオノールの肩をやさしく抱きとめる、その都度、
オレって実はロリコンだったのかなぁ…
と、激しく懊悩する鳴海なのだった。
エレオノールが卒園する日まで鳴海の心中で繰り広げられた、ロリコン疑惑の葛藤。





本職の教諭たちでは叶わなかったエレオノールの頑なな心の軟化を、アルバイト身分である自分が果たしたことに、鳴海は自信を得た。
引いては、幼稚園教諭を天職にする自信に繋がった。
エレオノールは鳴海にだけは心を開き、そこから少しずつ、孤独な読書から、他の子に混じってのお絵描きや折り紙、ライブラリから隣のお遊戯室へと、ゆっくりとだけれど世界を広げて行った。
卒園の頃には他の教諭とも日本語での会話が続くようになったし、それなりに仲良しと呼べる友達も出来た。


そう、エレオノールのささやかな成長が見て取れて、鳴海がホッと胸を撫で下ろした時には、ふたりの長い別れの日が目の前に迫っていた。



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