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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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あんばらんす





★片道通信40分 言葉と心のタイミング★





ある日、鳴海が園庭での鬼ごっこの輪を抜けて地下に降りて来るとエレオノールが独り、ライブラリの床に座って絵本を開いていた。
いつも自由時間になると、エレオノールは逃げるようにしていなくなってしまう。
「なぁエレオノール。天気いいぜ?おまえも一緒にやんねぇ?鬼ごっこ」
気楽に呼び掛ける、も、エレオノールは目も上げない。
ま、誘いに乗ってもらえた試しはないんだけどね、と小さく肩で息を吐き、鳴海はエレオノールの隣に尻をつけた。
そしてふと思うことがあった。
日本語は本当に簡単な日常会話なら大丈夫という触れ込みだったけれど、鳴海はもしやと思いフランス語で声をかけてみた。


『なぁエレオノール。天気がいいから、一緒に、外で遊ばねぇか?』
すると銀色の瞳が見開かれ
『せんせい、ふらんすご、はなせるの?』
とフランス語の答えが返って来た。
『ほんのちょっと、下手っぴいだけどな。エレオノールとお喋りするくらいなら話せるかな』
なあんだ、と思う。
母国語で話しかけてやればいい話だったんだ、とそんな簡単なことに思い至れなかった自分の思慮の浅さに泣けてくる。
園長が「大丈夫」って言うから大丈夫なものだとばかり思い込んでいた。


『おばあさまが、えんでは、にほんごではなしなさいって』
確かに語学ってのはそういうもんだ、その言葉しか使えない状況に自分を置くことが上達の近道なのは認める。
両親の仕事で海外暮らしの長かった鳴海自身、嫌と言うほどに覚えがある。
『にほんご、べんきょうしたけれど、みんなのいってることがわからないの。それにまだじょうずにはなせないから…』
だけどこんな小さな女の子をそこまで厳しい環境に置くこともないだろうに。
園長の婆さんだってフランス人なんだからちょっとくらい面倒みてやればいいのにと思ったけれど、あの見るからに厳格そうな婆さん達はこれと決めた方針を曲げることはしなさそうだ。
年寄りってのは頑固で困る。


『フランス語話せる先生って……他にいなかった、かも……』
鳴海を見上げて来る銀の瞳は、無垢で、直向きで、久しぶりに母国語を使える喜びが小さな光となっていた。けれど急にしょぼんとする。
まるで、水を与えてもらっていない、ビオラの花のようだと、鳴海は思った。
『にほんごをつかわないとおこられるわよね』
『まあ、使えるようになるためには使うのが大事、なんだがな』
『せんせいも、おこられる…?』
心配そうに見上げてくるエレオノールの小さな頭を鳴海はポンポンと撫でた。


『エレオノール?』
『はい』
『オレはさ、先生って呼ばれちゃいるが、他の先生とはちょいと立場が違うんだ』
『みんながいってる…ばいと、ってこと?』
何だよ、そーゆーのはヒアリング出来んのかよ、とツッコミたくなる。
『そういうこった。だからオレにはエンリョすることねぇし、何を言っても、おまえの立場が悪くなることはねぇ。気にしねぇでワガママ言えよ。幾らでも聞いてやる』
エレオノールは少し戸惑って黙りこくっていたけれど、ぽつりぽつり、と自分のことを語り始めた。
一度切った堰から溢れ出す、ずうっと我慢して心に仕舞っていた思いは止め処がない。
久し振りに母国語を思いっきり使えたエレオノールの表情はどこかすっきりしていた。


「よっし、分かった」
鳴海は自分の膝をべしっと叩いた。
『エレオノール、オレと日本語の勉強しねぇか?』
『え…?』
日本語の勉強、おそらくはあの祖母に日々詰め込まれてゲンナリしていることだろう。
エレオノールの表情にそれが如実に表れていたが、鳴海は構わずに続ける。
『オレが日本語を教えてやるからさ。その代わり、エレオノールはオレのフランス語の先生になってくれよ』
『わたしが?せんせいの、せんせい?』
『オレさぁ、あんまりフランス語上手くねぇからさ、もうちっと誰かに習いてぇって思ってたんだ。例えばさ』
鳴海の太い指がエレオノールの開いている絵本の挿絵を突いた。
そこには緑色のサカナの絵。


『これ、フランス語で何てぇの?』
『Poisson』
『Poisson、なるほどな。日本語だと「さかな」だ』
「さかな」
『そうそう。じゃあこの色は?』
『Vert』
『Vert?』
『そう』
『「みどりいろ」ってんだ』
「みどりいろ」
『うん。うまいうまい。オレのフランス語よりずっとうまい』


手放しで褒めてやる。するとエレオノールはにっこりと、初めて笑顔を見せた。
はにかむような彼女の笑顔は、まさに天使の笑顔としか表現のしようがなかった。
『おばあさまとのおべんきょうより、せんせいとのほうがずっとたのしい』
改めて「せんせい、ありがとう」とキラキラ微笑まれて、不覚にも耳の天辺が熱くなるのを感じる鳴海だった。
おいおい、相手は5歳児だぞ、とセルフツッコミをしておく。
『つぎは?せんせい?』
小首を傾げて目を細める、エレオノールの仕草があまりにも…だったので、やっぱり不覚に、そして想定外に、鳴海の心臓はドキドキとしてしまったのだった。



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