忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。







あんばらんす





★あなたは異星人 星屑もぎとってカーブで投げつけた 私は打ち返す★





鳴海が幼稚園教諭になったきっかけは、彼が大学生の頃、全く予想外の方向からやって来た。
就職活動にも目星が付き、当時付き合っていた彼女にフラれ、暇を持て余していた鳴海がバイトでも探そうかなー、なんて考えていたところ「暇なら手伝いな」と昔馴染みのばあさんに言われたことが全ての始まりだった。
そのばあさんは近所の幼稚園の園長だった。
鳴海もそこの卒園生だった。
鳴海が在園時に既に園長だったばあさんには、その頃はまだヒョロヒョロでトロかったためにいじめられっ子だった故のピンチを何遍か助けてもらった恩があり、今でも頭が上がらない。
今では他の追随を許さないくらいの筋肉ダルマな鳴海なのだが。


拳法で鍛えた体は体操クラスに向く。
日がな一日、疲れ知らずの子供たちと遊べる体力バカ。
見た目に反して帰国子女のトライリンガル。
素直、単純、単細胞。
園にとっては非常に使い勝手のいいマルチな人材。
更に園バス運転手の経費削減を狙うためにも、格安のバイト代でこき使われていることに気付いた時には、既に遅かった。
園児たちにすっかり懐かれてしまっていた。


子どもたちにしてみたら全力で遊んでくれる大人は希少だし、肩に乗せたり腕に乗せたり何人もぶら下げたり、そんな鳴海のウケが良くなるのは当然だった。
いつの間にか「にいちゃんせんせい」と呼ばれるようになっていた。
「何でオレがこんなことを」と思いつつも、鳴海はどうやら子ども相手の仕事が性に合っているようだった。
そりゃ
「にいちゃんは、せんせい、じゃなくてばいとなんだろ?」
「にいちゃんせんせいだけ、げっきゅうじゃなくてじきゅうなんだろ?」
「にいちゃんせんせいは、しゅうしょくろうにんか?」
なんて生意気を言いやがる悪タレも山のようにいるが、それだって思いっきり遊んでやるとキャーキャー喜んで「せんせー、だいすき!」って言ってくれるのだ。
この小動物どもが可愛くないわけがない。


それに今時の5歳児6歳児はマセていてラブレターをくれる女の子もいる。
覚えたてのひらがなで
「おおきくなったらにいちゃんせんせいのおよめさんになる」
などと書いてあった日にはまんざらでもない。
お蔭様で、彼女にフラれた寂しさなど感じている間もないくらいに婚約者予備軍が山のようにいた鳴海であった。
とはいえ、ロリコン趣味は持ち合わせていないので、
「ありがとよ。大人になってからもう一度言ってくれな」
と、あしらってはいるけれども。
3年保育、各学年2クラスのこじんまりした、アットホームな環境の幼稚園。
鳴海は年長クラスで副担任のような仕事を手伝っていた。
「こういう仕事も悪くねぇのかもなぁ」
なんて鳴海が時折、考えるようになり始めた頃、一人の女の子が彼のクラスに転園してきた。


肩までの銀髪に、大きな銀色の瞳。
エレオノールと名乗った女の子は目の覚めるような、美幼女だった。
付添いの枯れ枝みたいなばあさんが「私の小さい頃にそっくりだ」と口走ったが、それだとエレオノールの行く末が非常に気の毒なので聞かなかったことにした。
5歳ながら綺麗でもあり、可愛くもあり、ふとした時に見せる表情は大人びていて、ずっと年上の鳴海がハッと息を呑むほど。
成長した暁が非常に楽しみだ、と思った。


「エレオノール、よろしくな」
自分の受け持ちクラスにやってきた新入りに、目線を合わせて挨拶する。
大きな手を差し出した鳴海にエレオノールはにこりともせず、その差し出された手には一瞥をくれ
「よろしくおねがいします」
と、きちんとしたお辞儀をした。


夏休みが終わって1ヵ月程経った辺りという非常に中途半端な時期に転園してきたエレオノールは、全くと言っていい程に、友達に馴染まなかった。
鳴海が声を掛けてもエレオノールは黙って、ウサギのように逃げて行った。
他の園児が園庭ではしゃぎ回っていても、エレオノールだけは地下の遊戯室に併設されているライブラリに入り浸っていた。
いつも、独りで絵本を読んでいた。


口数も少なく、笑わない。
鳴海はそんなエレオノールが気になった。
ここまで手ごわい子どもは初めてだった。
これまでも引っ込み思案なタイプはいたけれど、鳴海が手を変え品を変え構ってやっているうちに、いつの間にか仲間に溶け込んでいたものだが、エレオノールは違った。
要するに、子供騙しでは通用しないのだ、子どものくせに。


子どもらしさのない子ども。
そうであっても仕方がないと誰もが嘆くほど、エレオノールは少し複雑な家庭環境にある子だった。
元は、両親と年の離れた兄とフランスで暮らしていたがこの夏、母親が事故で他界してしまったらしい。そのことでショックを引きずっているようだ。
日本人の父親は生活の拠点を自国に戻すことにし、仕事の引継ぎと新しい生活準備のために別居中と聞く。
年の離れた兄はそのままフランスで暮らし、今は祖母と二人、園の近くのアパートで暮らしている。
先だって付添って来たエレオノールの祖母と、ここの園長が昔馴染みだとかで、その縁を伝ってエレオノールはここに入園したらしい。


夏に母親を亡くすまでは、エレオノールも他の子ども達と変わらない、幸せでよく笑う子どもだったに違いない。
なのに突然、やさしかった母親が消え、住み慣れた町を離れ、友達とも別れ、厳格そうな祖母とふたり、新しい園にも慣れず、友達も出来ない。
それが、たった5歳の女の子が置かれた環境だなんて。
今、彼女の家は寂しい場所以外の何物でもないだろうが、きっと、幼稚園だって馴染めないんじゃ彼女にとって楽しい場所じゃない。


どうしたら、エレオノールと仲良くなれるんだろう?
どうしたら、エレオノールは笑ってくれるんだろう?
本職の教諭でも彼女には手こずっている現状、バイト身分の自分に何が出来ようか、とは思うのだけれど生来のお節介焼きの性分が騒いで、鳴海はどうにかしてやりたいのだった。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]