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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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人物設定、舞台設定、その他諸々完全創作です。
連作物です。





あんばらんす





★プロローグ:この声は届くかな 破れそうな泡のようだ★





女性がひとり、小さな町の小さな駅の改札を抜けた。
肩よりも長い髪がトレードマークの彼女だったけれど、昨日、卒業式を終えた足で、髪をばっさり切りに行った。
風に煽られると耳があらわになる長さの髪の自分にまだ慣れなくて、少し心細い。
フェミニンな春色のワンピースと、背伸びした高いヒールのパンプス。
出来るだけ、大人びて見せたくて。


駅も、改札の前の広場も、広場を取り囲む建物も、彼女の知る12年前とはだいぶ変わっていた。
駅舎も改札も、すっかりきれいになって新しくなって、昔とはイメージが違う。
右を見ても、左を見ても、彼女を見下ろす建物はどれも背が高くなっている。
12年で彼女の背がこんなにも伸びたのと同じように、まるで建物の背もぐんぐんと伸びたみたいだ。
電車だって記憶では原色のオモチャみたいだったのに、銀色でピカピカしてて、何だかメカニカルだった。
もっとも、12年前、彼女が小学校に上がる直前の記憶。
あやふやで、おぼろで、あるんだかないんだか分からないような不確かな記憶。
自分自身が記憶したものなのか、アルバムの中にその風景が切り取られているから知っているような気がするだけなのか。良く分からない。


頬を撫でる風だって懐かしいようで、違う気がする。
匂いがどこか違うのだ。
彼女は踏切を渡る。
踏み切りも世代交代している。
踏み切りのあっち側とこっち側を結ぶ道も太く立派になった。
そう思うのもアルバムの受け売りなのかもしれない。


12年。


世の中が移り、姿を変えるのには充分な時間。
久し振りにこの町にやってきた彼女が異邦人な気分になるのも致し方ないのかもしれない。
何もかもが変わってしまった。
けれど屹度、変わらないものが、この町で自分を待っているはず。
確かな、本当に自分だけの思い出が待っているはず。
約束を果たすために、待ってくれているはず。


彼女は手にしていた手帳の間に書かれた住所を再確認する。
そして、パラパラとページを捲って、そこに挟まれているものをじっと見つめた。
「やっと会える…」
愛おしそうに、慈しむように、期待よりも不安が多く入り混じるキラキラした瞳で。
「…大丈夫。約束したんだから。先生は、約束してくれたんだから」
意を決して、歩き出す。





『おまえが18歳になった時、これを失くさずに持っていたら。
そんで、その時まだ、それを叶えたいと思ったなら。
ここにもう一度来るといい。
オレはここで待っていてやるからよ。な?約束だ』





「約束、したの…。だから、きっと…」
待って、くれている……はず。
それとも待っていて、くれてる筈がないって、
考えていた方がいいのか、な…。
彼女の歩みは速くなったり、遅くなったり。
乱れる歩調は穿き慣れないヒールのせいだけじゃない。
戸惑う心の揺れが如実に表れていた。



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