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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(11)


「わははッ、すげ…あったけぇ…」
鳴海はマフラーをそっと撫でながら、本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとな…エレオノール。ホント嬉しい…大事にする…」
エレオノールは立て膝のまま、胸の前で両手を組んだ。
今度はエレオノールが喉に何度も唾液を落とし込み、乾いた唇を舌で湿らせる番。
エレオノールには心に決めていたことがあった。
このマフラーを渡す時に鳴海に告白をすると。
マフラーが仕上がってもそれをしなかったのは、どうしても勇気が出なかったから。
鳴海にマフラーを悪く言われたことを盾に、渡さない理由に置き換えていた。
でも、今、それは鳴海の元に渡った。
だから、言葉も一緒に、渡さないといけない。


日和りそうになる。
鳴海にとって自分は『小さな妹』でしかないと分かっている。
でも、言わなくちゃ。
でないと、いつまで経っても一人前に見てもらえない。
「あ、あの…ナルミ…」
エレオノールが小声で鳴海の名前を呼んだ瞬間。





鳴海が、ガバリと両手をつき、エレオノールの前に土下座をした。





「な、何?一体?」
エレオノールが驚いて、びくりと身を竦ませる。
「一番の」
額を床に擦りつけた鳴海の口から低い声が漏れる。
「一番の謝罪の表現をずっと考えてたんだけど…やっぱ、オレには、土下座以上のモンが思いつかなくてよ」
「…ナルミ…?」
「エレオノール、どうか…!」
床についた両指が力んで、これでもかと曲がり、カーペットをガリガリと掻いた。
目をぎゅうっと瞑って、腹の底から声を出す。
「大きくなったら…大人になったら、オレの、嫁さんになって、ください…ッ!」
一瞬、鳴海が何を言ってるのか理解できなかった。
その言葉の意味が脳味噌に沁み渡った途端、エレオノールは思わず大声で叫びそうになって、急いで両手で口を覆った。
「土下座したって駄目だって…エレオノールには言われたけど…でも…オレにはこれしか…」
ざり、と前髪が床を擦る。


「もうずっと…後悔してて…!おまえを傷つけたくせに、高校生になってイイ女になったからって惚れたって、手の平返すみたいに調子のいいのってどうよ、って自分でも分かってて…!自分で突っぱねた、子どもの時の約束にしがみ付いてるオレが女々しくて情けねぇったらねぇんだけど…!」
鳴海は上体を起こして
「でも、オレ、エレオノールのことが…!」
その視線の先でまたエレオノールが泣いているのを見て、言葉をなくした。
エレオノールは90度に折れた首を両手で支えて、その細い指の隙間から、ポタポタと雫を落としていた。
「エレ…」
鳴海は唖然としながらも、膝を詰める。
「オレ…、オレがこんなこと言ったから?泣いてるのか、エレオノール…?オレ、おまえを、困らせた…のか…?」
どうしていいのか分からず、大きな手の平でエレオノールの頭を包み、撫でた。


『妹』を見守るのが『兄貴』の役目、そう頭で理解した筈なのに。
身体が勝手に動いていた。
心が勝手に、想いを吐き出していた。
だって、他の誰にも、渡したくなんかねぇんだよ!
マフラーも!エレオノールも!


でもそれは、エレオノールの気持ちを無視した行動だった。
昔は「お嫁さんになりたいくらい好き」だったとしても、今は、そうじゃないのだから。
あくまで、エレオノールにとっての鳴海は、隣の家に住む『お兄ちゃん』。
兄妹同然の相手にこんな告白をされたら、明日からどうしよう、そう思うのが普通で。
混乱すれば、涙だって溢れるだろう。


「ごめんな…オレ、いッつもこんなでよ…。考え無しで…余計なコトばっか言って…」
エレオノールの小さな頭をやさしくやさしく撫でる。
「いつもみてぇに冗談だって、言えばいいんだって分かってる…。でも、ホント、好きなんだ、エレオノール…」
エレオノールが困ると分かっていても、どうしてもそれを伝えたくて。
「マジで、オレだけだぜ?こんなマフラー、喜んで首に巻いて出かけようってモノ好きは」
ワザとおどけて、乾いた声で笑う。
「ごめんな…もう言わねぇから。今の、忘れてくれていいから」
何だか鳴海も
「泣くなって…」
泣きたくなった。


「ナルミのバカ…!」
突然、エレオノールにしがみ付かれた。
柔らかい体、甘い体臭、大好きなエレオノール。
こんな軽い身体、受け止めることなんか造作もない筈なのに、膝から力が抜けて尻餅をついた。
エレオノールの顔が胸元に押し付けられて、その身体が鳴海の脚の上に乗り、全体重を預けてくる。
鳴海はエレオノールに腕を回していいものか分からず
「お、おう…悪ィな…その通りだ」
と言いながら、ぽんぽん、と背中を叩いた。


「土下座したって駄目だって言ったのに」
「うん…分かってたんだけど…。やっぱ、駄目?」
ずずっ、と鼻を啜りながら、エレオノールの頭をもう一度撫でる。
すると、鳴海の手の中で、エレオノールの首がゆっくりと、横に振られた。
鳴海はピタリと動きを止めて、この場合の、横の首振りの意味をじっくりと考えた。
じわじわと全身に巡り出す、見切り発車の感動。


「え…?だっておまえ…オレのこと、大嫌いって言ったじゃん…。あれからずっと…嫌いって言うけど、好きって言ってくれたコトねぇじゃん…」
エレオノールに触れた手がガタガタと震えてくる。
うわ、恥ずかしッ!と思うけれど止まってくれない。
「チョコも…くんねぇしよ…」
「ナルミに、義理チョコなんか、あげられないもの…」
くぐもった、小さな声が返って来た。
「マフラー…ナルミのために、編んだんだから…。ナルミのことが、大好きだから」


肺の中の空気を空っぽにして、血液に溶けている酸素も絞り出すくらいに安堵の息を吐き出して。
見下ろすと、下手くそなマフラー越しに、ベソ掻きの大きな瞳が見えた。
「今度の休み…。一緒に遊園地行くか?」
「…うん」
「まだちょっと先の話だけど…。オレの嫁さんになってくれる?」
「…うん」
鳴海はまだ震えの治まらない腕で、エレオノールの身体をぎゅう、と抱き締めた。









鳴海とエレオノールが付き合うことになった、ということはすぐに家族に知れることになった。
どこに行くにも喜び勇んで鳴海が首に巻いているマフラーが、他に類を見ないくらいに下手クソだったからだ。
ふたりの部屋の、窓での行き来は父・正二によって固く禁じられ、鳴海は節度を持って付き合うこと、絶対にエレオノールを泣かさないこと、さもなくば愛刀虎徹の錆にされても文句は言わないとの誓約書まで書かされた。
エレオノールを溺愛する正二の防衛線だったのだけど、「節度」「泣かさない」というのは非常にアバウトで文言の間隙を突かれたらどうするんだ?とのギイの指摘され父は青くなった。


しかし思いの外、鳴海とエレオノールはプラトニックな関係を続けた。
と言うのも、鳴海が本気で惚れた彼女にどう手を出していいのか分からなくなってしまったからだ。
初デートで手を繋ぐ、それすらも鳴海にとっては高いハードルだった。
もっとも、エレオノールが高校を卒業するまで手を出す気は鳴海にはまるでない。
それまで蛇の生殺し状態を甘んじて受ける覚悟。


なかなかキスもしてくれない鳴海に
「私は学生時代の彼女以下なの?」
とエレオノールが業を煮やしたというのは、また別の話。



End

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