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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(10)


「い、いや、その、あ、あれッ…!本当に悪かった!この通り!」
鳴海は両膝に両手をついて、グッと頭を前に倒した。
「エレオノールが一生懸命に作ったものだって分かった後もあんなコト言ってよ。オレ最低だった!ずっとエレオノールに謝りたかったんだけど、会って、もらえなかったから…」
頭を下げたまま、誠心誠意、謝る。
「どうしても…アレ…表に流出させたくなくて」
「私の評判が下がる、って話?」
「それは……その場凌ぎの話で……」
「その場凌ぎ?」


それってどういう意味?とエレオノールが訊ねようとすると、すかさず、顔を上げた鳴海が
「それ、もう誰かに…あげた…?」
と訊いた。
「何でそんなこと訊くの?」
間髪入れずにエレオノールから強い返事が突き返される。
「何で、って…」
自分が全部悪いと自覚している鳴海は、どうにもエレオノールとの舌戦に積極的になれない。
「その…気になるから」
「興味本位で訊かないでって何度も言ってるでしょう?」
エレオノールが怒らないで済む、上手な言い回しが見つからない。
「興味本位なんかじゃねェよ。本当に…オレにとっちゃ、深刻な問題で…」
慎重に言葉を選んで、ゆっくりと話す。
いつもと違う鳴海の語勢と口調に、エレオノールは訝しそうに唇を噛んだ。
遠慮が先に立って、調子にも乗らないし、語気に勢いがない。
目力も弱くて、エレオノールの顔色を窺うようにしか見上げて来ない。
ずっと、私が臍を曲げていたから?
だから、こんな、尾羽打ち枯らしたみたいな態度なの?
何だかそれは鳴海らしくなくて。
エレオノールの知っている鳴海はいつも豪快に笑ってて、裏付けのない自信でも、とても自信たっぷりな堂々とした人だったから。


「バカみたい…。『妹』の機嫌取りなんかして…」
「あ?何、聞こえなかった」
「何でもないわよ、独り言」
「そ、そっか」


エレオノールに突っぱねられて、鳴海がしゅんと項垂れた。
もう、こんな鳴海は見ていられない。
鳴海が悪かったと反省しているのなら、もう許してあげようと思った。
エレオノールだって、鳴海といつまでも反目していたい訳じゃない。
「ナルミ…私、もう…怒ってないから。元気出して。そんな顔、しないで…。笑って…ね?」
エレオノールの言葉に、鳴海は、パ、と顔を上げた。
「ホント?エレオノール、オレを許してくれる?」
「うん」
「マジで?」
「うん」
「よ、良かったあ…一生、このまんまかと思ってた…」
はあああ、と大きく長く太く息を吐き出して、上げた鳴海の瞳が綺麗にキラキラしてて。
やっぱり、大好きで。
エレオノールはとても切なくて、スカートの膝に皺を寄せた。


「で、さ。マフラーの行方、なんだけども…」
仲直りが出来てかなり気が楽になったけれど。
マフラーに関しては別の問題、コイツの行く末次第では、鳴海の未来は大きく変わる。
いきなり地獄行きの奈落が口を開けるのと、エレオノールと和解出来た平凡な日常がとりあえず数日続くのとでは雲泥の差も甚だしい。
鳴海は死刑宣告を受ける被告人の顔付きで、エレオノールの答えを息を止めて待つ。
「手元にあるわよ、まだ」
はー、とゆっくり呼吸を再開させる。
しかしこれまた、マフラーが手元にあることと、エレオノールが誰かに告白したかどうかは別問題だと気付く。
エレオノールは黙って立ち上がると、棚の奥から紙袋を引っ張り出して来て、中から毛糸の塊を取り出し、膝の上に置いた。
長い、のは分かるので、マフラーだな、うん。
「一応、編み切ったけど…、誰に渡せる訳ないじゃない…。ヒトにあげるものじゃないとか、呪いのアイテムとか言われて…」
「う…ごめん…」
それもそうだよな、と鳴海は頭を下げる。


「じゃ、す、好きなヤツにはマフラー無しで告白したのか?」
「え?」
「先に言っとくけども。興味本位なんかじゃ…」
「告白なんて…出来ないわ。ナルミ、何が言いたいの?」
「そ、その」
いきなり、砂でも丸呑みにしたみたいに口の中が乾いて、舌が口蓋に張り付いた。
鳴海は何度も唾を呑み込んで、強張った舌を解して、掠れた声を押し出した。
「エレオノールの編んだマフラー…オレに、くれねぇか…?」
「いい、無理しなくても」
即座に返された、苦笑い混じりのエレオノールの声。
「私を傷つけた責任を感じて、言ってるんでしょ?」
緊張の果てに懸命に言った言葉が流されて、鳴海は次の言葉が間に合わない。
「『お兄ちゃん』だからって無理に…もらってくれなくても、いい」
「お、お兄ちゃん…」
と言われて衝撃を受けている間に、エレオノールがマフラーを紙袋にしまってしまう。
鳴海は慌てて
「オレ、無理なんかしてねェから!」
と叫んだ。
「ホントにオレ、欲しいから。だ、だってよ、エレオノールが生まれて初めて編んだモノだろ?一生懸命…」
声が尻切れトンボになる。エレオノールの手も空に止まった。


「そりゃ、他の誰かのためかも編んだかも知んねぇけども…」
オレ宛てじゃねェってのは、分かってるけども。
それでも、ずっと欲しかった。
他の野郎なんかに、やりたくなかった。
エレオノールを不用意に傷つけてしまうくらいに。
「行くアテねぇマフラーなら、オレが喜んで、もらうから…」
頭を下げ続ける鳴海の視界に、マフラーを胸に抱えたエレオノールが入る。
鳴海が顔を上げると、困惑したような表情のエレオノールと目が合った。





そりゃそうだ。
他の好きなヤツのこと考えて一生懸命編んだモンを、関係ねぇヤツにあげるハメになってんだから。
いいって、エレオノール。
コイツはオレにケチつけられたんだ。こだわるこたねぇよ。オレにくれ。
次に編むヤツは二本目だ、もっと上達してる。
上手に出来たソレを、好きなヤツにプレゼントすりゃァいい。


エレオノールと目を合わせるのも久し振りで。
銀色の瞳も見慣れている筈なのに、何だか新鮮で。
髪も、少し伸びたかな?
それにしても、綺麗に、なったなァ…
やっぱ、すげぇ可愛い。
そっか。『兄貴』は『妹』の幸せを見守るのが役目か。
ああ、でもよ。他の男にやるの、マジで惜しいって。





「これ…メタメタ、よ?」
「気にしねェ」
「呪い、殺されるかもよ?…ナルミ、酷いこと、言ったから」
「死なねぇよ」
「…もらって、くれるの…?」
「ああ。喜んで」


エレオノールは立て膝になると、恐る恐る、マフラーを鳴海の首に巻いた。
何度眺めても、失敗作、というタイトルがしっくりくる。
編み目がバラバラで、ところどころ、落ちた目がぴょこっと顔を出していて、引っかけたらすぐに解けること請け合いだ。
だけど、色はとても鳴海に似合っていた。
初めて手芸店で手に取った時から、絶対に鳴海に合うと思った。
自分の編んだマフラーを首に巻いた鳴海のことを、ずっと思っていた。



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