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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(9)


年を跨ぎ、新学期が始まり。
登校時に鳴海がエレオノールを車で送って行く習慣は、ぴたり、と途絶えた。
冬休み中は、何度会いに行ってもエレオノールは部屋に籠城したまま、「あけましておめでとう」や「お誕生日おめでとう」の挨拶すら鳴海は出来なかった。
始業式当日、鳴海は才賀宅の玄関前で叱られた犬のように待っていたが
「今日から自分で行くから」
と冷たく一瞥、言い渡された後はもう何も言えず、怒ったように学校に向かうエレオノールの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


エレオノールを泣かせた後、鳴海は自室に戻って何が悪かったのか猛省して、念のため、本当に嫌だったけれどギイにまで意見を求めて、原因追究に尽力したのだ。
どれだけギイに罵詈雑言と暴力を浴びせられたことだろう。もうそれでチャラでいだろうくらいけちょんけちょんにされた。
それだってギイの言う通りで、自分の馬鹿さ加減がエレオノールを傷つけたのは確実だったから、いつもなら反撃しているところを踏んで踏んで我慢したのだ。
だから、一にも二にも、エレオノールに謝ろうとしたけれど、チャンスすらもらえなかった。
そして今、10日ぶりくらいに見るエレオノールにちょっと見蕩れて油断している間に、彼女に去られ、
完全に、嫌われた
その実感だけが鳴海の手元に残った。


傷心に凹んでも仕事は待ってくれなくて、とはいえ調子の乗らない仕事っぷりの鳴海はまさに腑抜けだった。
エレオノールに会いに来るなと言われてしまったので、寒空に窓を開けて、彼女の部屋の明かりを眺めるのが関の山。
まるでストーカーだよな、と自分で揶揄しながら、エレオノールが家を出る時間に合わせて鳴海も表に出て、それが唯一の接点で、とりあえず「おはよう」に「おはよう」を返してくれるまでは彼女の態度の軟化をみた。
が、それ止まりだ。


鳴海は胸に棘を抱えながら、2月の半ばに毎年行われる、製菓業界の思惑に乗せられた日本だけの習慣に湧く呪いの日を今年も何とか乗り越えた。
鳴海だって、カカオマスを固めた菓子をもらえないわけじゃない、だけど特定一名からもらえなければ他で幾つもらっても何の意味もない。
そして、ひとつの懸念が、鳴海の頭を占める。
あのマフラーは、一体どうなったのだろう?
あれからエレオノールは、あのマフラーを仕上げただろうか?
教室がダンスパーリーになる日に、誰かにプレゼントしたのだろうか?
そして告白、をしたのだろうか?
エレオノールが告白をブチかませば、誰だって首を縦に振る。
それを考える度、鳴海は七転八倒の苦しみを味わった。


けれど2月後半になっても特別、エレオノールに変化は見られなかった。
嬉しそうでもなく、浮かれるでもなく、それとなくアンジェリーナにリサーチしても彼氏が出来た様子もない。
むしろ、より一層不機嫌に感じられるのは何故だろう?
もしかして、エレオノールが玉砕したってことか?
エレオノールがフラれてフリーでいることは鳴海にとって喜ばしいことだけど、エレオノールを振る男って何様なんだよ?とムカつきもした。
要するに、ソイツはエレオノールを泣かせたのだ、鳴海の可愛いエレオノールを。
考えただけで腸が煮えくり返った、名前を訊き出して締め上げてやろうかとすら思った。


まあ、それはそれでとりあえず。
鳴海の推測が正しければ、エレオノールのマフラーは今現在、宙に浮いていることになる。
ギイにも散々叱られたが、エレオノールの頑張って作ったマフラーを悪し様に言ってしまったが全ての敗因だった。
本気で雑巾だと思ってしまったことはこの際置いておいて、出来の悪いそれを練習・自分用と決めつけてしまったことも数歩譲って置いておいて。
他の野郎にプレゼントさせたくない一心で貶してしまったことが、悪かったのだ。
エレオノールだって、あの後、呪いのアイテムまで言われたマフラーの続きを編むのは辛かったろう。
もしエレオノールがフラれたのであれば、責任の大半は自分にあると言っても過言ではない。
エレオノールの失恋と、そのマフラー。供養するのは自分の責任なのだ。


今、鳴海はある決意を持って、窓際に佇んでいた。
窓の桟に足をかけて、かれこれ30分は経っている。
みぞれ交じりの2月末の風は身を切るように冷たいが、合わない歯の根も、小刻みに震える身体も寒さ由来のものじゃない。
武者震いってヤツだ。
それ以上の行動に進むだけの勇気が鳴海の中で固まらない。
目の前の部屋には明かりが点いている、部屋の住人は在室している。


「…よ、よし…」
これも何度目の「よし」なのか分からない。
このままでは良い子のエレオノールが就寝してしまうのも時間の問題だ。
鳴海は大きく深呼吸して、震える拳を窓に伸ばし、
コンコン
と軽く叩いた。
2ヵ月ぶりのノック。
返事がない。
物凄い渋い顔をして、もう一度ノックする。


この窓をノックする人間は一人しかいない。だから、無視されているかもしれない。
凄まじい緊張と戦いながらエレオノールの反応を待ち、3度目のトライをしようとした時、ゆっくりと、向かいのカーテンが引かれた。
エレオノールは睨んでいたけれど窓を開けてくれて、鳴海は心底ホッとする。
「何?」
「あ、あのよ…ちっと、訊きたいことが…」
らしくなく、その場から一歩も動かずに、自分の部屋から問答を始めようとする鳴海に、エレオノールが首を傾げた。


「入って来ないの?」
胸の前で腕を組むエレオノールが不思議そうに訊ねてくる。
鳴海は腰に当てた手を落ち着きなくモジモジと動かして
「だ、だって…おまえが二度と部屋に入るなって言ったから…」
と、デカイ身体を丸込めて、上目遣いでエレオノールの様子を窺った。
年齢もずっと上、体格差だって勝負にならない。
なのにエレオノールに対し下手に出てしまうのは、失われた信頼から来る立場の悪さと、惚れた弱みだ。


「…いいわよ。入っても」
エレオノールが窓を全開にした。
「いいの?」
「開けっ放しだと、私が寒いもの」
早くして、と言われて、はい、と大人しく桟を一跨ぎにする。
「お、おじゃまします…」
久し振りのエレオノールの部屋、エレオノールの匂い。
思わず深呼吸して肺の中をエレオノールの甘い香りで満たす。


鳴海が部屋の真ん中に腰を下ろすと、ベッドに腰かけたエレオノールが
「何か用?」
と冷たく言い放つ。
笑顔もなく、じっとでっかい目で観察するみたいに見つめてくる。
鳴海は無意識に正座をしてしまい。
何とも、お白州に引き出された罪人の気分。


「…あの…」
「何?」
「あ、あのよ、今度の休み、どっか一緒に遊びに行かねェか?遊園地とか…」
「……」
ここまで来たら目的のことを言わないでは帰れないのに、この期に及んで言葉が舌の上で縺れてしまって、全く違うことを口走ってしまった。
いや、何。エレオノールとデートしたいなー、っていうのはいつも考えていて、最初のデートはどこがいいかとかも常時頭の片隅にあることだったから。しょうがないコトだけども。
案の定、エレオノールは無言、「何言ってんだコイツ」って目をしている。
これではいけない。鳴海はどうにかこうにか
「前に作ってたマフラー…」
と声を吐き出した。エレオノールの肩がピクリと揺れる。
「…それが何か…?」
ジロ、と強い目が向けられて、痛い視線はそのまま鳴海に刺さった。



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