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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。






ファティマの髪は半乾きで、それを拭いていたと思われるバスタオルを肩に掛けている。

そして彼女の着ているのは、しろがねも見たことのある鳴海のTシャツとスウェットの下。

どちらも不恰好なくらいに大きくて、でもそれを着ているファティマは本当に嬉しそうなのがしろがねには分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

SAND BEIGE 

 

Phrase.3 愉しすぎた笑顔が Ah 月よりまぶしい これも愛なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しろがねは現状把握に必死になって、ただそこに立ち尽くすのが精一杯。

 

 

 

 

「ごめんなさい、こんな格好で。ナルミさんにバイクで家に送ってもらう途中で雨に降られてしまって。ナルミさんの家が通り道だったから寄らせていただいて、シャワーと着替えを貸してもらったんです」

「そ、そう…」

しろがねは呆然として目が点になってしまうのを止めることができない。

「すまねぇな、ファティマ、出てもらっちまってよ。誰か来たのか?」

奥から鳴海の声がする。風呂場へと続く廊下から鳴海がひょい、と顔を覗かせた。

その鳴海の姿にしろがねの眉根がぎゅっと寄る。

「おう、しろがね!どした?」

しろがねの不意の訪問に、玄関へとやってきた鳴海の頬が緩む。満面の笑みになる。

だけれどしろがねは鳴海の挨拶よりも笑顔よりも、風呂場から出てきて間もないだろうことも理解できるけれど、ファティマとふたりっきりだった家の中で上半身裸の姿でいる鳴海にどうしてもどうしても納得ができない。堪えても顔が曇ってしまう。

しろがねが返事もせずに暗い表情で黙っているので玄関の中を天使が通り過ぎた。

 

 

 

 

「私、そろそろお暇しますね」

ファティマがあがりかまちに置いてあったバッグと濡れた服の入った紙袋を取り上げた。

しろがねは正直、ファティマの言葉にホッとした。早く帰って欲しい、そう願う自分がいる。

「え?そんなに慌てて帰らなくても。茶の一杯でも飲んでいけば」

だのに、鳴海がファティマを引き止めるようなことを言う。鳴海としてはある意味社交辞令的な、本当に深い意味を持たない言葉だった。鳴海の性格を鑑みれば、そんなことくらい、しろがねにだって分かる。けれど、今日のしろがねはいつもにまして素直に考えられない。

どうしたって、その言葉の裏を考えてしまう。

カトウはファティマに帰って欲しくない理由があるのではないのか、とか。

もっと彼女と一緒に過ごしたいのではないのか、とか。

本当だったら、もしも私が来なければ共有できたかもしれない甘い時間を惜しんでいるのではないのか、とか。

カトウはファティマではなく、私に帰って欲しいのではないのか、とか…。

 

 

 

 

「いえ、いいんです。もう遅いですし」

ファティマはニコッと笑う。

「しろがねさんもいらしたことですし。しろがねさん、ナルミさんに何かご用があったのでしょう?」

素直にある、と言えばいいのに。言えたらいいのに。

あなたに会いたかった、たったそれだけでもこの家を訪れる立派な理由だというのに。

けれど、しろがねの口から出たのはさっきまで自分に言い聞かせていた、言い訳。

「いいや、特に用事はない。たまたま散歩しててカトウの家の前を通ったからちょっと寄ってみただけだ」

そんな言い訳が通用するのは世界広しといえ鳴海だけだろう。案の定、鳴海はやっぱりな、とか、そんなとこだろう、みたいな表情を浮かべている。それに反して、ファティマはじっと窺うような視線をしろがねに投げかけた。

 

 

 

 

「だったら今、タクシーを呼ぶからよ」

「大丈夫です。ナルミさんの家は駅からそんなに離れてないですし、そこでタクシーを捕まえます。ご心配なく」

「かえってバイクで送ったりして裏目に出ちまったなぁ。すまねぇ。駅まで送っていくよ」

その言葉にしろがねの目力がこもる。

あなたはそんなにこの娘の傍にいたいのか?!

はっきり言って、この家からだったら駅よりもサーカスの駐屯地の方が30Mくらい距離がある!

ナルミがファティマを送ろうとしたのは彼女がここに来たのが初めてで、土地勘がないからに他ならない。だから別に、距離が問題ではない。

分かっている。

そんなことは分かりすぎるくらいに分かっている。

けれど、この家を3人で出た後に自分だけ向かう方向が違う、連れだって歩く鳴海とファティマの後姿を独りで見送らなければならない、それを想像するとしろがねの胸は引き裂かれそうに痛んだ。

嫌だった。

 

 

 

 

 

だから

「私も帰る。彼女は私が駅まで案内する」

と、しろがねはきっぱりと鳴海を制した。

「あなたはまだ髪が濡れている。服も着ていないだろう?風邪をひくぞ」

服なんてTシャツを着れば済むことだし、雨が降っている夜とはいっても今は夏だ。それに拳法で身体を鍛え始めてこの方、鳴海は風邪なんて引いたこともない。けれど、今夜のしろがねは反論しようものなら噛み付いてきそうな顔で鳴海を睨んでいる。

(特)大の男がたじろいでしまうくらいの威嚇の、いやむしろ憤怒のオーラ。

何しろしろがねは一秒たりとも、鳴海とファティマが同じ場にいて欲しくなかったのだから。

ヴィルマが見れば「分かりやすいわねぇ」と大笑いしそうなジェラシーも、鈍い鳴海にはさっぱり分からない。何でこんなに怒っているんだ、と戸惑うばかり。

そしてしろがねもまた、傍から見て分かるような嫉妬を表に出している自覚はない。今回に限り、鳴海が絡むと子どものようにムキになってしまっていることに全く気付いていないのだ。生まれて初めて芽生えた、どうしても止められないこの感情に戸惑うことはあっても。

 

 

 

 

ファティマはそんなふたりのやり取りを、ずっと澄んだ瞳で見つめていた。

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ…頼むわ、しろがね」

「分かった」

「ファティマ、気をつけて帰れよ」

「ええ。それじゃ、また明日。ありがとうナルミさん。おやすみなさい」

どうもありがとうございました、と肩に掛けていたタオルを鳴海に渡す。

「おう。しろがねも、気をつけて…」

「……おやすみ」

 

 

 

 

真っ直ぐな好意溢れる瞳で鳴海を見つめるファティマを促して表に出たしろがねは、結局一度も鳴海と目を合わせなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨脚はいくぶん弱くなっていた。しろがねは自分の傘をファティマに貸して、自分は鳴海の傘を差した。傘なんてものですら、しろがねはファティマに鳴海の私物に触れて欲しくなかった。行き過ぎた醜いヤキモチ。

分かってはいるがどうにもこうにも止められない。

見っとも無い。大人気ない。

でも、自分ではもう止められない。

こんな浅ましい嫉妬心を覚えたのは初めてで、自分がこれ程までに『カトウナルミ』に執着していたなんて知りもしなかった。ずっと前から、鳴海のことを好きではいたのは分かっていたけれど。

 

 

 

 

黙って駅までの道を並んで歩く。

沈黙は気まずい。でも、しろがねから提供する話題も見つからない。

別に話がしたいわけでもないし。ただ、彼女を鳴海の家から出したかっただけだから。

何なのだろう、この対抗意識。

万事が万事、素直なファティマに対し、自分は何てひねくれているのだろうとしろがねはものすごく自分が嫌になった。

 

 

 

 

「しろがねさんはナルミさんと仲がいいんですね」

先に口を開いたのはファティマの方だった。

しろがねが視線を転じると、ファティマはにこりと笑う。素直な、人懐こい笑顔。

しろがねは思う。私には、無理だ。

「仲がいいだなんて…。ただの腐れ縁で…。あなたの方がカトウと仲がいいと思う」

「ナルミさんはいつも、しろがねさんの話をしてますよ」

「どうせロクでもない話ばかりだろう?」

しろがねはフッと苦笑する。

「そんなことないですよ」

傘の陰になって、しろがねは気付かなかったけれどファティマの笑顔がほんの少し曇る。

「ナルミさんの話から、しろがねさんはとても素敵な人なんだなって分かります」

 

 

 

 

実際、ファティマと話す鳴海の提供する話題のほとんどはしろがねのものと言っても過言ではない。

「そういえば、この前しろがねが」

「もしも、それがしろがねだったら」

「しろがねってさあ」

ファティマに限らず、鳴海は誰にでもしろがねの話をしてしまう傾向にある。鳴海の語るしろがねはどれもキラキラとしていて、しろがねを語る鳴海の瞳もキラキラとしていて、本人は自分の気持ちに気付いていないのかもしれないけれど、ファティマには鳴海がしろがねという女性を心の底でどういう位置づけをしているのかが手に取るように分かる。

手に取るように分かりすぎて、胸が苦しいのだ。

唯一の救いは、鳴海が鈍くてしろがねへの自分の想いにも、しろがねからの想いにも遠いところにいる、ということ。

そう、今自分の隣を歩くきれいな人、しろがねもまた、鳴海を深く想っている。本人は隠しているつもりなのだろうが、慣れていないのだろう、非常に分かりやすい人だな、とファティマは思う。そして自分と同じく、鳴海の鈍さにほとほと手を焼いていて、それが不機嫌という形で表に出ていることもよく分かる。

けれどそれならば、鳴海がしろがねとの双方向の想いに気付く前ならば、自分にもチャンスが訪れてくれるかもしれない。しろがねがまだ自分の気持ちを鳴海に打ち明けようという考えを持っていないだろうことが感じられるうちなら。

ファティマはそう考えた。

 

 

 

 

「…いつも、バイトの帰りはバイクで送ってもらっているのか?」

何となく、さっきから気になっていたことを質問してみる。鳴海のバイクの後ろに乗っかる女は自分しかいないものだと思っていたから、実はしろがねはショックを受けていた。それもバイトがあるごとにファティマを家まで送っていたのだとしたら?カトウはファティマに促されて、彼女の家に上がったこともあるのではないのか?

そこで……もしかしたら……?

ヴィルマの言葉がしろがねの想像に変なイメージを付け加える。

しろがねの胸の真ん中が締め付けられるように苦しくなる。

「いいえ。今日が初めてです。たまたま帰り際に雨が降りそうだったから、電車を使うよりバイクの方が早いだろうってナルミさんが」

「そ、そうか」

しろがねは我知らず、ホッとしたような声を出す。

勿論、ファティマはその声色に気がついた。

 

 

 

 

「ナルミさんて、とっても親切ですよね。やさしくて、頼もしくて」

ファティマの言葉の色には溢れかえるほどの鳴海への恋情が滲んでいる。

「あなたは、カトウのことが好きなのだな」

「はい」

ファティマは即答する。隠す気もない。しろがねと合わせた瞳も真っ直ぐだ。

「一目惚れです。私はナルミさんとお付き合いしたいと思っています」

「……」

その言葉に対ファティマ用のポーカーフェイスが崩れそうになる。咄嗟にしろがねは傘で表情を隠した。

「もう少し親しくなって、私のことをもっと知ってもらえたら、私の方から告白するつもりです」

例え目前に『しろがね』という大きくて高いハードルが立ち塞がっているのだとしても。

ファティマは傘越しのしろがねにも真っ直ぐな視線を向ける。

「あなたみたいな可愛い娘にそこまで好きになってもらえて、カトウは幸せ者だな…」

「そんなこと…。私から見たらしろがねさんに愛されているナルミさんはとても幸せだと思います」

しろがねの足がピタ、と止まる。

これがヴィルマ相手ならば、「私はナルミのことを愛してなどいない!」と言うところだ。

実際、今もそう言いかけた。

けれどぐっと呑み込んだ。

「しろがねさんもナルミさんのことを愛しているのでしょう?」

「…そうだ、私はナルミを愛している」

傘を上げたしろがねの瞳はファティマの瞳を真っ直ぐに見返した。

ファティマはくすっと笑う。

 

 

 

 

「ライバルですね、私たち。しろがねさん、負けませんよ」

「私も負けない」

しろがねも不敵な笑みを口元に浮かべる。

雨音はまた激しさを盛り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しろがねさん、ここでもうけっこうです。後はもうひとりでも駅に行けますから。ありがとうございました」

「傘は返さなくてもいい。ただのビニル傘だから」

ふたりはお互いに軽く頭を下げて、背中を向け、反対方向に歩き出した。

 

 

 

 

傘の柄を握るふたつの拳に、ぎゅっと力がこもった。

 

 

 

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