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しろがねは、とうとう第三者に対し『カトウナルミを愛している』という気持ちを明らかにした。
しかも、相手はファティマ、恋のライバル。
だからと言って、どういうことをすればいいのか、さっぱり分かっていないしろがねだった。
SAND BEIGE
Phrase.4 星屑 私を抱き締めていてね
「はあ…アンタがねぇ…そんなことを言うなんてねぇ…」
翌日、ファティマと雨の中で宣戦布告をしあったことをしろがねはヴィルマに聞かせた。いつものように、しろがねはストレッチをしながら、ヴィルマはナイフを磨きながら。
「で?」
ヴィルマの赤い唇がめくれ上がる。これから美味しいごちそうに齧り付く女豹が舌なめずりをしているかのようだ。
「で?、とは?」
しろがねは、これ以上何を話すことがあるというのだ?と言う顔をしている。事実、そう思っているし。
「具体的にアンタはナルミにどう仕掛けるの?、ってことに決まってるじゃない」
「さあ…」
「さあって。申し合った以上、ファティマちゃんはナルミにアクション起こすわよ?」
ヴィルマの言葉にしろがねは少し困った眉になった。そんなしろがねを、ヴィルマは『あらま、この娘、ちょこっと素直になったんじゃないの?』と受け止めた。いい傾向だ。
「そうは言っても…昨日は売り言葉に買い言葉、って意味合いの方が濃くて…」
あの時は、ファティマには絶対に負けられない、と思ったのだ。確かに。
でも今はあの負けん気がどこにもない。
むしろ、早まったかな?と思ってしまうしろがねがいる。
ヴィルマは今の状態がとても面白いのだけれど、煮え切らないしろがねにどうにもこうにもイライラもする。
「アンタの言動は大抵、竹を割ったみたいに物事をスパスパしてんのに、どうして事ナルミが絡むとそんなに滑舌が悪くなるの?」
「そんなこと私に分かるわけないだろう?」
私が訊きたいくらいだ!私が教えてもらいたいくらいだ!と顔に書いてある。
はあ。ヴィルマはオーバーアクションで溜め息をついてみせる。
「いいのかなぁ、そんなにのんびりしていてさ。今頃、ファティマちゃん、ナルミの家に来てるんじゃない?しっかりナルミの家の場所もインプットしただろうし。『ナルミさんに私の手作りの中東料理を食べて欲しくて』、ニコ!とか何とか」
しろがねの息がグッと詰まる。如何にも全うなファティマの起こしそうなアクション。買い物袋をたくさん提げたファティマがニコニコしながらやってきたら、カトウは絶対に家にあげそうだ。他の女の子が手料理を武器にするとあざとさが垣間見えるものだが、不思議なことにファティマがやると『純粋な好意』に見える。カトウは『純粋な好意』を心から喜ぶだろう。
そして料理好きなカトウのことだから、一緒に台所に立ったりして仲良く手伝ったりして……容易に想像ができてしまう。
何だかとても面白くない想像だったので、しろがねは頭から振り払おうと努めた。
「それでそのまま」
「さすがヴィルマは芸達者だな。ファティマの真似、よく似ているぞ」
「アタシの物真似なんてどうでもいいでしょうが」
ヴィルマのツッコミにしろがねは知らんフリをする。
「本当に何にも考えてないの?」
「何にも、って何を?」
「ナルミにアンタの気持ちを伝える方法よ。『あなたを愛してます』ってさ」
しろがねは咄嗟の軟体運動で顔をヴィルマの視線から逸らす。『愛してます』に頬がカッと熱くなってしまったのだ。けれども、ヴィルマはしろがねの頬が一瞬赤らむのを見逃さなかった。
「何なら、アタシがレクチャーしてあげようか?」
「いい!」
しろがねは赤い顔のままヴィルマを睨むと(真っ赤な顔では相変わらず説得力がないのに)
「どうせヴィルマは私を玩具にして適当なことを言うのだろうから」
と制した。
「そんなことないわよう」
「いいや、そうに決まっている」
改めてやや赤みの引いた顔をヴィルマに向け、きっぱりとお断りをする。
ヴィルマはニヤリと笑うと、わざと残念そうな仕草をして言う。
「アタシの言う通りにすれば、今晩にでもナルミは落っこちるのになぁ」
コレばっかりはヴィルマの言うことが当たっているのだが。
ヴィルマの言う事をしろがねが実践すれば、本当に今晩のうちに鳴海は陥落したと思われる。(しかも、鼻血・骨抜き・即日一線越え付で。)
「もういい。この話はこれで終わり!」
しろがねはこの話題を強制的に断ち切った。ヴィルマは可笑しくてクスクス笑う。
「まあ、ナルミへの気持ちをアタシにも誤魔化さなくなっただけでも成長したってものよ」
ヴィルマの褒め言葉にしろがねはほんの少しだけ片眉を上げて、その後は黙々とストレッチに勤しんだ。
その更に次の日は日曜日。朝も早い時間帯。しろがねは大きなトラックの中でようやく乾いた洗濯物を畳んでいた。(ここのところずっと雨続きで大所帯の大量の洗濯物が乾かなくて困っていた。)山盛りてんこ盛りの洗濯物を前にテキパキと畳んでいると、誰かが遠くからあちこちで団員に挨拶をし合いながら近づいてくる。
カトウだ!
鳴海の良く通る大きな声を、しろがねはドキドキしながら聞いていた。
「おはよう、ナルミ兄ちゃん!」
トラックのすぐ脇で一輪車の練習をしている勝の声が聞こえた。
マサルの声に続いて
「おう、マサル!おはよう!」
の鳴海の声。
すぐ近くにまで来たので、一際大きく聞こえる声。キャッキャッとはしゃぐ勝の声からすると、鳴海に高く担ぎ上げられて遊んでいるのだろう。
「なあ、しろがねはどこにいる?」
鳴海の口から自分の名前が出てしろがねはドキリとした。しろがねは気付いていないけれど、鳴海がサーカスに来て彼女よりも先に勝に会った時、「おはよう」の挨拶の次の言葉は必ず「しろがねはどこにいる?」なのだ。勝はそれをちゃあんと知っている。今も「ほらね」、と思ったくらいだ。
「しろがねならこのトラックの中だよ。洗濯物畳んでる」
しろがねに会えることが分かった鳴海の瞳が嬉しそうに輝くことも、勝はちゃあんと知っている。
「そっか。勝、また後でな」
「うん、後でね!」
(勝はふたりの邪魔をする気はないので、鳴海についていく気もない。)
直後、トラックが声のする方に一瞬傾いて、鳴海がひらりと飛び乗ってきた。
「よ、しろがね、おはよ」
しろがねは洗濯物を畳むのが忙しいフリをしながら、顔も上げずに「おはよう」と返事を返す。心臓は、とんでもなく大騒ぎをしている。鳴海はスタスタとやってきて、しろがねの前にドカリと座りこむとビニル傘を差し出した。
「これさ、ファティマがおまえに返してくれってさ」
ファティマ、の名前が鳴海の口から飛び出したせいで、しろがねの胸のドキドキから甘酸っぱさが消えていく。ファティマにしてみれば、「この傘をしろがねさんに返してもらえますか?」だって十分な話題の種になる。しろがねは何だかしくじってしまったような気になって、すぐにそれは良くない考えだと思い直し、きゅっと険しく眉を寄せた。
「返さなくてもいいと、言ったのに…。わざわざ、すまない」
しろがねは鳴海から傘を受け取ると、ファティマの残像がまとわりついているようなソレを自分の視界に入らないように背面に置いた。
その後はまた、黙々と洗濯物を畳み続けるしろがね。
白い顔の裏側は、この後の会話をどうしよう?と一生懸命思い悩んでいるのだが。
昨日のヴィルマに言われたこと、『ナルミにどう仕掛けるの?』。しろがねは一晩、じっくり考えてみたものの、結局どうしたらいいのか、なんて分からなかった。
仮に、ヴィルマが言った『ファティマの手料理』。
それをもしも自分が実践した場合、鳴海はきっと「サーカスのガスコンロが壊れでもしたか?」と言うに違いない。そしてしろがね自身、「サーカスのガスコンロが壊れたから台所を貸して欲しい」と嘘をつくだろう。
不毛だ。
仕掛ける。
ってどうすればいいのか、さっぱり分からない。
好意を見せる、っていうこと?どうやって?
これまで鳴海に何をするにもひねくれて、鳴海が何をするにも素直になった例のないしろがねは、鳴海を好きだと認めたからといって自分の何を変えれば想いが届くものやら全く考えが回らない。
好意を見せる、自分の気持ちに素直になる。
自分の周りにいる好例。
例えば、ファティマ。
例えば、リーゼ。
勿論、彼女たちの行動を自分にトレースしてみた。だけど、どれも自分にはしっくり来なかった。脳内シミュレーションの結果は散々で、いつも鳴海は果てに微妙な顔をする。
しろがねは思わず大きな溜め息をついた。
「何だよ、おまえ。溜め息なんかつきやがって」
いつの間にか考えに没頭していたしろがねは、すっかり目の前に鳴海がいることを失念していた。しろがねは慌てて言い訳をしようとしたが、鳴海の唇が尖っているのを見た途端それ以上、そこから先に視線を上げることができなくて力なく、目はまた洗濯物の上に落ちてしまった。
「おまえさぁ…、最近、何怒ってんだよ?」
何だかふてくされているような鳴海の声色。
「べ、別に何も、怒ってなんか」
口はしどろもどろだし、洗濯物を畳むのが忙しいフリをしても、どうしても上手に畳めない。
カトウの言う通り、私は彼のことを怒っているのだろうか?
ファティマと仲良くしていること?
ファティマをバイクに乗せたこと?
ファティマを家に上げたこと?
何度考えてみてもどれもこれも、怒っているのではなくて、やっぱり単なるヤキモチだ。
私には怒る権利がない。
「怒ってるだろ?ここんとこちっともオレと目を合わせねぇじゃねぇか」
鳴海は執拗に食い下がる。
「そんなこと、ないだろう」
「今だって、ちっともオレを見ねぇだろが」
「だって今は、洗濯物を」
「そんなんいいから、こっち見ろ」
「……」
目と目を合わせたら、その奥にさもしい嫉妬がチラチラと燃えていることに鳴海が気付いてしまうかもしれない。そう思うと、見ろと言われてもなかなか難しいものだな、しろがねがそんなことを考えているうちに、とうとう短気な鳴海は堪忍袋の緒が切れたらしい。
「見ろって!」
鳴海の手の平がしろがねの両頬を包んで強引に言う事を聞かないしろがねの顔を自分の方に向ける。しろがねは思いがけない鳴海の行動に思わずバランスを崩し、片手を鳴海の腿についた。
ジーンズの下の引き締まった筋肉。
厚い布地越しにも手の平に伝わる鳴海の体温。
鳴海の指がしろがねの頬にやさしくやさしく触れる。
しろがねの背中にゾクゾクとした痺れが走る。
目と目が合った。
久し振りに鳴海の顔を見たような気がした。
「ほら。おまえの銀色を見るの、やっぱご無沙汰だよ」
鳴海がニッと笑いかける。
しろがねの大好きな笑顔を、惜しげなくくれる。
「なぁ、何か悪いことしたってなら、オレ謝るから」
「カトウ…」
大好きで大好きで大好きで堪らない。だからこそ、どうしていいのか分からない!
だって、あなたは誰にだってやさしいのだもの!そう、ファティマにだって!
ファティマにだってこうやってやさしく触れたりするのでしょう?!
混乱したしろがねは気がつくと、鳴海の手を振り払っていた。
振り払って失敗したと思った。
何であんな幸せな状況を自ら壊す必要があったのだろう?
ヴィルマの言う、『仕掛ける』絶好のタイミングだったのではないだろうか?
でも、覆水盆に返らず。
「き、気安く触るな…!」
しろがねの口から勝手にいつも通りの言葉が流れ出る。心と反対の言葉が自然と零れる。
触れて欲しいくせに!カトウの温もりが欲しいくせに!
自分が自分で嫌になる。
「あなたなんか、大嫌いだ」
違う!大好きの間違いだろうに!
大嫌いなのは天邪鬼な自分!
どうして私は心と反対の言動をしてしまうのだろう。
「私のことは構わないでくれ!鬱陶しくて堪らない!」
しろがねは目を丸くしている鳴海にそう言い捨てると、洗濯物を畳む作業を放り出して、トラックを飛び出していった。