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嫌になる。嫌になる、嫌になる!
どうして私はいつもこうなのだろう?!
こんなことではカトウに好きになんてなってもらえない、それどころか嫌われてしまう!
SAND BEIGE
Phrase.5 私には愛ひとつ 空に返せなかった
「ちぇ。何なんだよ、あいつ」
鳴海は、ぶちらぶちらと文句を呟きながら唇を突き出してトラックから飛び降りた。見回してもしろがねの姿はない。どうやらダッシュでどこへやらと逃げたらしい。
「何をあんなに怒ってんだよ?オレ、そんなに怒られるようなコト、最近何かしたか?」
いや、オレのことだから何かしたのかもしれない、それを自覚してないだけで、と鳴海は思う。けれど、本当にその理由に思い当たらないのだ。
実際、しろがねは怒ってはいない、ヤキモチを妬いているわけであって。
そしてその理由は鳴海とファティマの距離が自分との距離よりも近く見えて、自分よりたくさんの時間をファティマと過ごしているように感じられて、自分よりもファティマと仲良くしているようだから、なのだけれど、そんなこと鳴海が分かるはずもない。
大体が、自分にしろがねが想いを寄せている、だなんて夢にも思っていないのだから。
そうだったらいいな、とは常々思っているのだが。
「いいや、もう。今日は帰ろう」
何だか知らないけれどしろがねが自分を怒っているようだ、その事実は鳴海の気持ちを凹ますのに充分な威力を発揮した。
大きな背中は丸まって、足元の小石を蹴ったりなんかして。
「はぁ…、しろがねがファティマくらい素直だったらよ…あんの天邪鬼!」
「あらん?しろがねの悪口なんて聞き捨てならないわねぇ」
背後から、鳴海の苦手な人物の声がした。
「それも他の女と比較するなんて」
その台詞を発するヤツの顔なんて直に見なくてもどんな顔をしているのかが容易に想像できて、鳴海は歩く速度を速める。
「ち。失礼な男ねぇ」
ひゅ、と風を切る音がして、鳴海が足を踏み下ろそうとした地面にナイフがどすうっ、と突き刺さった。鳴海の額にたらり、と冷たい汗が流れる。あと1cm、足を前に出していたら踵がふたつに割れていたところだ。
「っぶねぇなぁ!怪我したらどーすんだよ?!」
「大丈夫よ、アンタは動物並みの反射神経を持ってんだから」
ヴィルマは鳴海の前に回って地面からナイフを引き抜くと、ヒラヒラと振ってみせた。
「で?何か用かよ?」
「新作、あるんだけど、要る?5000円で譲るわよ?」
「え?」
鳴海は『新作』という言葉にピクリと食いついたが、「いやいや、それはいかん」と首を振った。
「何でよ?」
「おまえ、この間前金だっつって金を受け取っておきながらオレに偽物寄こしたろ?そんときの金も返さねーしよ。そんな信用のおけねーヤツとは商売なんざできん。つーか、おまえはオレ相手にそんなセコイ商売しなくても金持ちだろが」
「小銭、っていい響きよね…」
ヴィルマはうっとりと遠くを見ている。
「じゃ、そーゆーことで」
「待ちなさいよ、話はまだ終わってないでしょ。今度はマジで足に当てるわよ?」
「もお、何だよ?」
「今回は半額にしたげる。しかもチラ見を許可するわ」
ヴィルマは手に握った真っ赤な携帯を鳴海の鼻先に突き出した。
「……そんなこと、オレはいいって言ってるのによ……」
とか何とか言いながら、鳴海はフラフラとヴィルマの携帯画面に顔を寄せる。
「行くわよ?一回だけよ、お客さん?」
「おう」
ピ、パッ、ピ。
「ちょ、よく見えなかった!もっかい!」
「ダメよ、一回だけって言ったでしょ?それに動物並みの動体視力の持ち主が何言ってんの?」
「オレは動体視力はあるけど、勝みてぇに記憶力があるわけじゃねぇんだよ!なぁ、もう一回!なんか今回の、モロに胸が写ってなかったか?こう…色の違う部分が…」
「ダメよ、買うの?買わないの?確かにしろがねだったでしょ?」
「~~~~っ!」
鳴海はジーンズの尻ポケットからサイフを出すと2500円をヴィルマに差し出した。
「毎度♪」
ヴィルマはふふん、と鼻を鳴らし、先程の画像を鳴海に転送する。
鳴海は自分の携帯にメールが届くと慌ただしくファイルを開けた。
「おお…きっちり、かたっぽ、見えてる…」
鳴海がヴィルマから買った画像、それはヴィルマの盗撮したしろがねの着替えのシーン。
銭湯にて斜め左前からブラジャーを外すしろがねが写されていて、左の桃色の突起がはっきりと写っている。
「今回のはなかなかの出来でしょ?」
「うんうん」
鳴海はヴィルマなど最早どうでもよく、自分の携帯の中にいるしろがねに釘付けだ。
加藤鳴海。
健康な青年。
彼は時折、こうしてヴィルマからしろがねの盗撮画像を買わされているカモ。
そしてそれが、ヴィルマに握られている弱み。
「ヴィルマ、約束だぞ、おまえの携帯のしろがねは消しとけよ」
「はいはい」
ヴィルマは鳴海の前で画像を消してみせた。
「おまえ、本っ当~にこんな商売、オレにだけだろうな?ノリさんたちにしろがねの裸、売ってねぇだろうな?」
「売ってないわよ。そんなのサーカスの中でやったらあっという間にバレちゃうもの。あいつらバカだからさ」
「そんならいいけどよ」
鳴海は大事そうに携帯をしまった。
「それじゃ、また♪」
「な、なぁヴィルマ」
用が済んだ途端にとっとと背を向けるヴィルマに鳴海は声を掛ける。
「何よ?やっぱ返金、って言っても無駄よ」
「そんなんじゃねぇよ。あのさ…おまえならもしかしたら何か知ってるか?しろがねは最近、何を怒ってる?」
ヴィルマはニヤリ、と笑いそうになるのを必死に堪えた。
これまた何て美味しいご馳走が向こうからやってきたのかしら!
「どうしてそんな風に思うのよ?」
「だってさぁ…ここんとこ、ずっと、あいつ、オレと目を合わせねぇし。ロクに口も利かねぇし…」
「アンタたちのケンカなんて年中じゃない?」
「そうだけどよ。今回のは何だかいつもと違うよーな」
あらあら、脳筋鈍感男とはいえ動物並みの直感は働いているのねぇ、とヴィルマは感心した。
「ねぇ、ナルミって一体誰が好きなワケ?」
突然の思いがけない質問、今にも喰いついて来そうなヴィルマの笑顔、鳴海はワタワタと狼狽してみせる。
「な?何なんだよ!いきなりそんな」
「大事なことなのよ?はっきり言葉に出して言ってみなさいよ。誰?もしかしてしろがね?」
「そ、そんなこたぁ、絶対ぇ、おまえには言わねぇ!」
鳴海はべっと舌を突き出した。
「どうしてよ?」
「おまえに教えたら面白がって掻き回すの、目に見えてんだよ。だから、オレが誰を好きかは絶対ぇに言わねぇ」
ぶふっ!
ヴィルマは堪えきれずに吹き出し、笑い転げた。
ナルミってばこんなんでしろがねに惚れているって私にバレてないって思ってるの?!
ヴィルマはしろがねと同様、鳴海もまた第三者に自分の気持ちを暴露してしまえばそれなりの覚悟が出来るだろうとの思惑があって好きな人の名前を明らかな言葉にするように、と言ったのだが、まさかこんな答えが返ってくるなんて!
しろがねも鳴海も傍からみれば、彼らの恋心なんて丸分かり。小学生の勝だって気づいてる。完璧にイロニデニケリ、なのだ。なのに、本人たちだけは誰にも知られてないと思っている(もしくは思っていた)のだから、恋愛に関しては百戦錬磨、海千山千のヴィルマには可笑しくて仕方がない。
「あwww、もうダメ…!腹が捩れて苦しいwww」
「ちぇ。失礼なヤツだなぁ。もういいよ、おまえには訊かねぇ!真面目に訊いて損したっ!」
鳴海は腹を立てて、ずんずんと大股で去って行った。
その背中をヴィルマの大笑いが見送る。
「あっは、死ぬかと思った…」
ヴィルマは鳴海の姿が見えなくなってからやっと笑いの発作も治まった。そして、サングラスを外し、目頭の涙を拭いながら
「本っ当にお莫迦さんなふたりよね。両想いなのにそれに気付けないんだから」
とクスクスと身を震わせた。