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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。






男はふてくされながら、でもちょっといい買い物をしたので単純にも機嫌を幾らか良くしながらバイトに向かった。

一人の女は大好きな男に会えるので今日もウキウキとして同じバイト先に向かった。

もう一人の女は自己嫌悪が収まらず、ずっと難しい顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SAND BEIGE 

 

Phrase.6 遠くであなたが 呼んでる気がする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食の支度の時間、今夜のメニューはカレーライス。今夜のカレーは既製品のルウを使った非常にベーシックなもので、特にひねったものを作っているわけでもないのにその鍋を必要以上にグリグリと掻き回すしろがねの表情は硬い。無言で近寄りがたいオーラを発しているので他の団員は心得たもので遠巻きにしている。

近寄っても害のない勝ですら

「今日はしろがねをそっとしておこうね」

とリーゼや涼子に耳打ちをする始末。

でも、そんなしろがねの落ち込みムードを物ともしないのがヴィルマ姐さん。

 

 

 

 

「なあに?あんたが作っているのは妖しい魔法の薬か何かなの?食べるのがおっかないわねぇ」

「ヴィルマ」

「どうしたのよ?そんな辛気臭い顔をしちゃってさ?」

しろがねはもうヴィルマに隠し事をするのを諦めていたから正直に話した。

鳴海に「気安く触るな」と言ったこと。

「あなたなんか、大嫌い」と言ったこと。

「鬱陶しくて堪らないから、私のことは構うな」と言ったこと。

 

 

 

 

「馬っ鹿じゃないの?あんた、天邪鬼もいい加減にしなさいよ?」

いつもふざけた態度を殆ど崩さないヴィルマが真顔になっている。

「返す言葉も無い」

しろがねに言えるのはそれだけだった。

「はあ…だからか…」

だから鳴海は自分に訊いてきたのか。

「しろがねが何を怒っているのか知らないか?」って。

「私だってケンカをしたかったわけじゃない。そしてナルミが少しも悪くないってことも理解している。全部私が悪いってことも」

しろがねはここのところ、ヴィルマの前では至って素直だ。この素直さをナルミに向けりゃあいいのよ、ヴィルマはそう思わずにいられない。

「だけど、どうしてもヤキモチを……それでどうしていいのか分からなくなってしまって……」

頬を染めて、恥ずかしそうに俯くしろがねの顔は、付き合いの長いヴィルマですら初めて拝む恋する乙女の顔。

「んまー、そんな顔しちゃって!ナルミが憎たらしいったら!」

「そんな顔?」

「顔中にナルミが好きって書いてあるわよ」

「う…」

しろがねはそっと自分の頬を両手で押さえた。手の中にあるそれはいつもよりずっと温かく感じる。

 

 

 

 

「本心でもない酷い言葉をぶつけて後悔しているのなら、謝ればいいだけじゃないの。今、アタシに話したみたいに素直にさ」

「でも…」

どうしても鳴海の前では強気な可愛くないことを言ってしまう。鳴海の心が分からないから。

「それに、素直な私なんてナルミに気持ち悪がられるかもしれないし…」

「相手の出方を怖がって何にもしないでいたら進展なんてしないのよ?ファティマちゃんとナルミの距離が縮まってるなら、あんたも負けじとその距離を縮めないと。先に距離をゼロにした方が勝ちなんだから」

「勝ち…」

ああ。自動人形相手の勝負なら必ず勝つ気満々でいられるのに。

しろがねは我知らずに大きな溜め息をついた。

「しょうがないわねぇ」

ヴィルマは煮え切らない様子のしろがねに正面から抱きつくと、その尻を撫でた。(遠巻きにしろがねとヴィルマのやり取りを眺めていたノリ・ヒロ・ナオタはいきなり始まった美女ふたりのレズビアン的絵柄に吹いた。)

 

 

 

 

「ヴィルマ、な?何をする!」

「これ。これが取りたかったのよう」

ヴィルマの手の平には、しろがねのジーンズの後ろポケットに入っていた携帯が載っている。

「だったらそう口でいえばいいだろう?」

「いいじゃないの、少しくらい気持ちのいい思いをさせてよ」

ヴィルマが妖艶に笑うので、しろがねは「仕方ないな」と呟いた。

「それでこれがどうした?」

「今からナルミに電話しなさい」

「ど、どうして?」

しろがねの顔がまた真っ赤になる。

「ひとつ、今日はごめんなさい。ふたつ、明日、お昼でもご一緒しませんか?お詫びにおごります」

「そ、そんな」

「素直になれって言ったでしょ?」

「でも、ナルミは今頃バイトに入っているし」

「だったら留守電に入れとけばいいでしょ?かえって話しやすくていいじゃない。ほら、問答無用よ、ナルミの携帯にかけちゃった」

「ヴィルマ!」

しろがねは手渡された自分の携帯をドキドキしながら耳に当てた。やっぱり留守電だった。

しろがねはヴィルマに言われた通りに留守電に吹き込んだ。

 

 

 

 

今日はごめんなさい。明日、お昼ご飯一緒に食べませんか?お詫びに私がおごります。

 

 

 

 

「えらい!しろがね、よくやったじゃない!」

ヴィルマがしろがねの首の周りに腕をぐるりと回す。

携帯をぱちり、とふたつに折りながら、しろがねは鳴海からかかってくる電話の内容はどんなものになるのだろうと慄いた。

酷いことを言った私を怒っているかもしれない。

初めて素直に謝って「おごる」なんて言った私を、「気持ち悪いなぁ、何企んでんだよ?」と思うかもしれない。

それに……それよりも何よりも嫌なのは「明日はファティマと用事があるんだ」、そう言って断られること。

怖かった。鳴海が何と電話をかけてくるのかが。

 

 

 

 

しろがねはそれから後はずっと、携帯を握り締めていた。

カレーライスを食べながらも、その左手の中には携帯があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちわー!」

「お疲れ様でしたー!」

「お先ー!」

そんな声があちこちから聞こえる、鳴海のバイト先、シフト交代時間のロッカールーム。

早番だった鳴海はすっかり帰り支度を整えて、大きな欠伸を噛み殺しながら「今日もよく働いたなぁ」と呟きながら廊下に足を踏み出した。

 

 

 

 

「おっ、お疲れ」

「あ、ナルミさん、お疲れ様です」

鳴海はそこでばったりとファティマと出くわした。ファティマはまだバイトの制服のままだ。

ファティマは心底嬉しそうな笑みを浮かべる。

「今上がりか?」

「はい、私もこれから帰りです。…あの、ナルミさん?」

「あ?」

「何か、あったんですか?今日、いつもよりも元気がなかったようでしたから」

ファティマは少し控えめに、今夜のバイト中の鳴海の様子について気になっていたことを述べた。元気がない、鳴海はファティマにそんなことを言われ、首を傾けて、自分の顔に手をやった。

「ありゃ?そんなにオレって顔に出てた?そんなに変だった?周りに分かるくらい?」

「いえ、それほどでは…」

何しろ鳴海は喜怒哀楽の激しいタイプなので、嬉しいことがあれば普段以上に笑う男になるし、少しでも気落ちするとそれが目一杯表に出るので今更周囲の人間は気にも留めない。特に珍しいことではないからだ。けれど、誰もが流すそれを逐一観察してしまうのはやっぱりファティマが鳴海のことを好きだから。鳴海をいつも瞳で追いかけている恋する乙女だからこそ分かるものではある。

 

 

 

 

「いやあ、ちょっとしろがねを怒らせちまってさぁ…どうやって仲直りをしようかなってよ」

他人の自分へ向けられる想いに全く鈍感な鳴海は、ここでもファティマの前で悪びれもなく平気な顔してしろがねの名前を出す。

「ケンカ、ですか?」

そしてファティマの表情が淋しそうに曇ったことにも気付かない。(こんなに自分のことみたいに心配してくれてファティマっていい子だよなあ、と思うだけ。)

「ケンカ・・・・・うーん、いや、一方的にオレが怒られてんのよ」

いつものこった。鳴海はカラカラと笑ってみせる。

でも、今日のしろがねはいつもとちょびっと違う気がすんだよなぁ…。

その戸惑いと幾ばくかの不安が笑いに乾きを齎す。

恋する乙女・ファティマはその微妙な湿度の変化を感じ取った。

「うらやましいですね…しろがねさんと仲がよくって…」

「よかぁねぇよ。いっつも減らず口だぜ?ちょっとでもよー、あいつにファティマみてぇな素直さがありゃ可愛いんだけどよ」

鳴海はそのくせ、サラリ、と気もないのにファティマを褒めて嬉しくさせたりする。

罪作りな男。

鳴海が自分の好意に気付いていないのは百も承知だが、それでもファティマは鳴海に自分の素直さを「可愛い」と評価してもらえて嬉しくて堪らない。

 

 

 

 

「あの、ナルミさん?今度、夕飯をご一緒しませんか?」

「晩メシ?」

「私の友人、なんですけど、最近レストランをオープンさせた人がいるんです。それで、誰か誘ってお店に一度行ってあげようかと思ってて…ナルミさんがよかったら、付き合ってもらえませんか?」

「おう、いいぜ?」

「明後日、とかどうですか?」

ファティマは鳴海のシフト票を確認している。明後日、鳴海は休みだ。

「明後日…」

何日の何曜日だったっけ?

鳴海はカレンダーを確認しようとポケットから携帯を引っ張り出した。すると着信を示すライトがチカチカと点滅している。ファティマに待ち受け画像を見られないように(人に見られたらヤバい待ち受け画面らしい。)携帯を開くと着信ありの下に簡易留守録の文字。

しろがねからだ!

 

 

 

 

「ファティマ、ちとスマン」

話途中だったが鳴海は携帯を耳にあて、その中に残されたしろがねの声を聞く。

彼にとっての最優先はしろがねなのだから。

音声が流れ出すと見る見る間に鳴海の表情が晴れ渡る。ファティマが心配していた鳴海の元気のなさが嘘だったみたいに。

勿論、ファティマは鳴海のこの表情の変化に気付いている。鳴海が元気がなかったのはしろがねとケンカをしていたからだ。それが払拭されたということは…。

しろがねの残した留守録は短い内容だったが鳴海には充分だった。鳴海は携帯を切るとまさに喜色満面になっていた。

「ファティマ、悪い。オレ、急ぎの用事ができちまった。晩メシの予定、後でメールでもしておいてくれ」

じゃあな!

鳴海はファティマの返事も聞かず、跳ねるように廊下を駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーカスの面々はそれぞれの寝床につき、安らかな夢の世界にご案内されている頃、しろがねはトラックから少し離れたベンチにひとり座っていた。

その手には携帯。

鳴海のバイトが終わるのは遅い時間だということは分かっていたことだけれど、しろがねはどうしても、鳴海からの電話に出ないことには横になることなんて無理だった。

トイレ休憩のときに着信に気付いて連絡をくれるかもしれない、そんな風にも考えたから、携帯を一時も手放さなかったのに。

しろがねは光らない携帯をじっと見つめた。

留守録に気がつかないのかな?

ファティマさんとおしゃべりするのが楽しくて、携帯なんて見ないのかな?

それとも、私のことを怒って、わざと無視しているのかな?

しろがねは泣きたくなった。鳴海に嫌われることだけは嫌だと思った。

「もう…嫌われるようなことは言わないにしないと…思ったことだけを、素直に…」

夜風に虫の声が混じる。

昼間の残暑が厳しくても、もう、秋なのだ。

 

 

 

 

「そうだ。明後日は鳴海の誕生日だったっけ。勝お坊ちゃまがパーティーの準備を一生懸命している…。私も何か…お祝いしようか」

皆とは別に。

そのときに、気持ちを伝えてみようか。

あなたが好きです…、って。

「あなたが好きです…」

しろがねは練習するかのようにそっと呟いて、期待よりもずっと不安の方が強く逆巻く胸の真ん中を両手で押さえた。こうしていないと痛みが胸を突き破ってきそうで怖い。

そのとき、携帯が突然鳴った。

しろがねは心臓が破れるかと思うくらいにびっくりしたが、ワンコールでそれに出た。

 

 

 

 

『よう』

とても明るい鳴海の声。声を聞くだけで胸の奥がじんと熱くなってくる。

やっぱりこの人が大好きなのだ、私は。

そう思えば思うほど、自分の誘いに鳴海が何て答えるのかが怖くて怖くて仕方がない。

『明日、どこで飯食おうか?』

だから、当たり前のように流れてきた、その言葉が泣きたいくらいに嬉しい。

「お詫びで私がおごるのだから、場所はあなたが選んで。あなたが食べたいものを」

しろがねは自分の声が震えているような気がした。何だかいつもと違うように響いて聞こえる。

『そおかぁ?だったら、お言葉に甘えて考えとく』

鳴海の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。しろがねの口元に笑みが浮かんだ。

『あ、それからさあ、内緒にしてたけどバイト代がやっとたまってよ、車買えたんだ。明日が納車日』

「そうなの?」

『中古だけどよ。だから明日は車でおまえを迎えに行くから。悪ぃけど、途中まで出ててくれるか?』

鳴海が場所と時間を伝えるのと、しろがねは諳んじながら

「分かった」

と答えた。

『オレの愛車の助手席、おまえに一番乗りにさせてやるからよ』

「楽しみにしてる」

素直に素直に、心に浮かんだ気持ちだけをそのまま言葉にして。

そっか、そんな風に言ってもらえるとオレも嬉しいなぁ、なんて言う鳴海の声も弾んで聴こえる。

 

 

 

 

いいんだ、これで。

私が素直でも。

 

 

 

 

『そんじゃ……おやすみ、しろがね』

「おやすみなさい」

ほんの少しの余韻を残して、鳴海が携帯を切った。

携帯がツーツーと鳴り出しても、しろがねはそれをずっと耳に当てていた。

ホッと息をついたしろがねが俯くと、その膝の上で雫がひとつ、跳ねた。

 

 

 

 

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