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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。






鳴海が運転するのはバイトにバイトを重ねてようやく手に入れた中古の大型スポーツワゴン。

ローンというものがどうしても性に合わなかったので、ひたすらバイトして、ひたすら貯めてキャッシュで買った。

鳴海はとんでもなく気分がよくって、ハンドルを握りながら鼻歌が出てしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SAND BEIGE 

 

Phrase.7 元気でねとひとこと くちづけ交わし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴海が「中古でもいいから車が欲しい」と思ったのにはそれなりに理由がある。

 

 

 

 

仲町サーカスが地方興行に出ると、鳴海も「応援」や「手伝い」と言う名の極薄給のアルバイトに借り出される(それも当然のように)。

鳴海は別にサーカスの手伝い自体には何の文句もない。働くことが大好きな人間だし、何よりも仲町サーカスにはしろがねがいる(勿論、勝のことだって可愛い)。

しろがねと会える、しろがねの傍に居られる、またはしろがねの居るサーカスに泊まれる(寝る場所は違うけれど)、それだけで鳴海にとっては立派な報酬だったりする。

それくらいに鳴海はしろがねのことが好きなわけだが、それがしろがね本人には上手く伝わっていないのでどうしようもない。

そう言ったわけで、その際にバイクで行くと結構面倒だったりするのだ。バイクだと運転の交代はきかないし、大雨大風だといけなくなることもあるし、そもそも長距離すぎると運転そのものがキツい。だからいつの頃からか、車でも買おうかな、なんて考えが生まれていた。

車だったら気軽に行けるし、大型だったら休みのときに子ども達をどこかに遊びに連れて行ってやることもできる。その時は当たり前のようにしろがねもついて来るだろう。勝が出かけるならしろがねはついて来る。

子ども達が遊んでいる後ろで大人ふたりの時間を作ることもできる。

そうしたら、そういうシチュエーションだったら、思い切って言えるかもしれない。

「オレと付き合わないか?」

なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今日、念願の納車日を迎えた。

そりゃもう気分も上々、フンフンと鼻歌だって出る。無意味に窓を開けて風を入れて、何のために髪を伸ばしてんだ、そりゃこんなときに靡かせるためだろうと風に遊ばせる。

しかも何と言ってもこれから、しろがねとふたりっきりでランチなのだ。昼食が終わっても、今日のバイトは18時からだから時間はたっぷりとある。

せっかくの車だ。ふたりでどこかにドライブにでも行こう。

どこがいいかな?どこへでも行ける。海でも山でも公園でも遊園地でも、どこだって。

ちなみに……ホテルに湿気こむだけの時間もある。

そこまで考えて

「いやほらなんだそれは、例えば、の話であって、何事も順序は大事、って話で、まあでもそこはそれ、あいつがいい、と言えばなんつーかこう…」

と勝手に赤くなって勝手に突っ込みを入れて、独り言を連発した。

 

 

 

 

ここしばらく機嫌が悪くて何を怒っているのかさっぱりだったしろがねが、昨日の電話では信じられないくらいに素直でやさしくて鳴海はもう天にも昇る気持ち。

きっと今日はいい日になる。

道路だって空いている。

天気だって抜けるような青い空。

悪い要素なんて何処にも何一つとしてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな交差点を赤信号で停車する。ああ、ここはバイト先の近くだな、なんて思う。

しろがねと待ち合わせの駅はもう少し先。

と、目の前の横断歩道を見知った人間が通り過ぎた。鳴海はクラクションを短く鳴らす。

その音で鳴海の方に目を向けたのはファティマだった。ファティマは鳴海を見つけると本当に嬉しそうな顔をして、車の傍に飛んできたので鳴海は窓から顔を出す。

彼女は腕に女の腕で一抱えもある、妙に長くて重たそうな荷物を抱えていた。

 

 

 

 

「おう、どこに行くんだ?」

「駅まで」

「乗れよ」

信号が青になりそうなので、鳴海も車を降り、急いで荷物の積み込みを手伝ってやる。

ファティマを乗せると鳴海は車を出した。

「なんだこの大荷物」

「昨日バイトの友達からラグをもらったんです。でも昨日は他にも荷物があって持ちきれなくて。だから今日改めて取りに来たんです」

「なんだ。オレに言ってくれりゃあ手伝ったのによ」

ファティマは苦笑する。

実はファティマは昨日、そうお願いしようかとも思っていたのだけれど、しろがねから電話をもらった鳴海が舞い上がって帰ってしまったので頼み損なってしまったのだ。

鳴海本人はそんなことをすっかり忘れている。

「どうしても今日のうちに部屋の模様替えをしたかったものですから」

「これから家に帰るのか?だったらこのまま家まで送って行ってやるよ」

鳴海は甚く気楽に申し出る。

「それは助かります。すみません」

「いいって、いいって」

ペコリと頭を下げるファティマに鳴海は軽く手を振った。

 

 

 

 

さすがに駅近くになると車の量が増え、鳴海の車も止まりがちになる。ファティマは何気なく殺風景な車の中を見渡した。如何にも納車されたばかりの持ち主の色も匂いも染み付いていない車。

「ナルミさん、これはよく話に出ていた車ですか?買えたのですか?」

「うん、たった今、受け取ってきたとこ。だから今、すげぇ気分良くてよー」

にこにこと笑う鳴海にファティマはうっとりと笑顔を返す。

好きな人の車に一番乗りできたのだから。

「あ、そうだ」

ファティマはバックの中から小さなメモを取り出した。

「これ、昨日言ってたお店の場所です。一応、待ち合わせの時間と場所も書いておきました」

「さんきゅ。そこらへんに置いといてくれよ」

「はい」

ファティマはメモをダッシュボードの上に載せる。

「ここに置いておきますから」

「OK。後さ。駅でひとり拾うから」

「はい?」

「これからさぁ、しろがねと昼飯を食う約束があんだよ」

鳴海の笑顔が更にふやける。『しろがね』、という単語を口にしたからだとファティマには分かった。

「は…?しろがねさん、と?」

ファティマの笑顔が凍る。鳴海は(勿論)気付かない。

 

 

 

 

「うん、待ち合わせの時間にはまだあるんだけど。ちいっとばかし、待っててくれたらしろがねも乗っけてそのままファティマの家に…」

「ごめんなさい、ナルミさん。やっぱり駅で降ろしてください」

ファティマがいきなり話を翻したので鳴海は少しびっくりしたような声で

「何で?」

と訊ねた。

「ひとつ、用事を思い出したので」

ファティマは無い用事をでっちあげた。どうしても、しろがねには会いたくなかった。自分が鳴海の車を降りた後、鳴海としろがねが仲良く車で去る姿など見たくなかった。

いずれにしても鳴海としろがねはそれから楽しく食事をして、その後も一緒に居るのだろう。鳴海のバイトの時間まで。そんな光景を想像してファティマの胸は酷く痛んだが、同じことなら鳴海がしろがねと居る姿を見ない方がマシに決まっている。

しろがねも鳴海のことを愛している、自分と同様に。

そして彼女も自分が鳴海を愛していることを知っている。

しろがねのことだから勝ち誇ったような顔はしないだろうけれど、だからと言って気の毒そうな顔をされるのも、ホッとした表情をされるのもどちらも嫌だった。

こればっかりは恋する女のプライド。譲れそうもなかった。

「じゃあ、この荷物、後で届けてやるから」

「いいんです。ありがとうございます」

「そ、おかぁ?」

「はい」

ファティマは微笑む。

けれど、その笑みがいつもと違って辛そうなことに、やはり鳴海は気がつかなかった。

 

 

 

 

間もなく、駅に着いた。鳴海が首を伸ばしてロータリーを見回したところ、しろがねはまだ来ていないようだった。鳴海は車からラグを下ろすのを手伝って

「ホント、これ、オレが届けてやるってのに」

ともう一度申し出た。

「気持ちだけで充分ですよ」

「すまねぇな」

鳴海は頭を掻きながら「じゃ、改札まで運んでやろうか?」と言ったのだが、ファティマにそれも「大丈夫です」という返事をもらった。ファティマの考えが変わりそうもないので、鳴海はそれ以上言うのは止めた。

「いいんです。やさしいですね、ナルミさんは」

そう言って、ファティマはにっこりと微笑んだ。

鈍くて、少しも私の気持ちに気付いてくれなくて、でも真っ直ぐで裏表がなくて。

「私、そんなナルミさんが好きです」

ファティマはつま先で立つと鳴海の頬の、唇に程近い場所にキスをした。

「お礼です」

目が点になってしまった鳴海に、にこっ、と微笑むとファティマは

「それじゃ、また」

と手を振って駅の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴海はやさしい感触の今だ残る自分の右頬に軽く触れる。

「女の子って柔らかいなァ」

思わず顔が緩む。しろがね、という好きな女がいるとは言え、可愛い女の子にキスをされればそれはそれで嬉しいものだ。

「ファティマって素直だよ、やっぱ。そこがいいところ、ちゅーか、可愛いところ、っちゅーか……ま、純粋に可愛いけどよ」

そんな彼女に「好きです」と言われて鳴海は更にご機嫌になった。運転席に戻り、ぽーっとしながらキスされた右頬を手の平で押さえる。

「『好きです』って何かな?告白、なのかな?どういう意味なんだろ?」

ファティマの言葉も仕草もあまりにもライトだったから、そこに秘められた気持ちの大きさは今一、鈍い鳴海には伝わらなかったが流石の鳴海もファティマの自分への揺ぎ無い好意自体には気がついた。そうなると、鳴海もまたファティマに対して好意を返す。

鳴海は単純な男だったから、まるで鏡のように自分に向けられた感情を相手に返す傾向があった。すなわち好意には好意を。

愛情、となるとまた別問題ではあるのだが。

 

 

 

 

ぼうっとファティマの言葉を反芻していた鳴海だったが、駅の出口から銀色の頭が見えた途端、それまでの考え事の内容はどこかへと飛んでいってしまった。

しろがね、という女はいつもきれいだ。

Tシャツにジーンズでも文句なしにきれいだと鳴海は思う。それが今日は明らかに鳴海のために、少しおめかしをしてくれているのが分かる。普段サーカスでは着ないような余所行きのワンピース、なんてものを着ている。きょときょとと辺りを見回して自分のことを探しているしろがねの顔がいつもよりもあどけなく見えて、何とも可愛い。

オレってホントにしろがねが好きなんだなァ。

鳴海は改めて自分の気持ちに気づかされて、しろがねに向けてクラクションを鳴らした。

 

 

 

 

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