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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。






どうしたら素直になれる?

どうしたら素直だって認めてもらえる?

どうしたら…素直に言える?

好き、だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SAND BEIGE 

 

Phrase.11 涙のヴェールも 渇きつくしたら 神秘の顔立ち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルマは鳴海を見送った後、しろがねを普段彼女たちが根城にしているトラックの裏手で見つけた。彼女は薄闇の中、地べたに座り込んで銀色の頭を大きく項垂れさせていた。

憔悴しちゃって。

しろがねの姿の、それがヴィルマの率直な感想。

「そんなところに直に座っているとお尻が冷えるわよ?」

ヴィルマの声にしろがねはピクッと反応するとゆっくりと首を回転させて、膝を抱えた腕越しに殺気立った瞳をくれた。何だか目が据わっているようだ。

「なぁに?ずい分とガラが悪いんじゃない?」

ヴィルマが無言で睨みつけるしろがねの傍に寄ろうとして何かを尖った爪先で蹴っ飛ばした。カランカランと軽い音をさせて空き缶が転がっていく。

「ちょっとこれ、ビールの空き缶?全部?」

ヴィルマはサングラスをずらして、しろがねの周りに転がる空き缶の本数を呆れたように見つめた。ざっと10本は下らないだろう。

「これってさっきの誕生会でアタシ用に用意したビールの残りなんじゃない?これ、アンタが飲んだの?アンタ、ワインしか飲めないでしょうに?」

「だからだ…。ワインじゃ水と同じで…酔えない、から…」

しろがねはそう言いながら手に持つ缶ビールをゴッと呷って、ふーっと深い息をついた。

 

 

 

 

「酔いたいの?」

ヴィルマはしろがねにぴったりとくっつくようにしてその隣に座った。

「酔いたいわ」

熱ぼったいような流し目をヴィルマに向けて、しろがねは挑戦的に答えを返す。

「何で酔いたいの?」

ヴィルマはそっとしろがねの肩に腕を回し、彼女の細い身体を抱き寄せた。

「酔えば余計なことを考えないで…素直になれるかと思って…」

しろがねはヴィルマに誘われるまま、香のいい頭を豊満なヴィルマの胸の上に載せた。

「素直になる…?ナルミのために?」

「……」

しろがねは答えない。ヴィルマはそっとしろがねの髪を指ですくった。

「ナルミは行っちゃったわよ?ファティマちゃんのところに」

「そう…」

しろがねは、肺の中の空気が全部吐き出されて潰れてしまうのではないかと思われるくらいに大きく長く吐息した。その後も息を吸うでもなし、ヴィルマはしろがねが窒息してしまうのではないかと思った。

「バカなナルミだね。こんなにしろがねってコは素直なのにさ」

ヴィルマはそこらへんに転がるビール缶の中から中身の入ったものを探し出すと、それを開けて口をつけた。

「アタシが訊ねたことに真っ当に答えているところを見ると、アンタの酔いはまだまだだね。愚痴でも何でも今夜はいくらでも付き合ったげるからさ、後先考えずにどんどん飲みなよ。頭もカラダもベロンベロンに酔っ払ったらさ、アタシが慰めてあげるから」

「慰める?」

「それこそ余計なことを考えないで済むような…ね?」

ヴィルマの赤い唇が妖しく持ち上がる。

「どう?」

「うん…何にも考えたくないな…」

鳴海がファティマのところに行ってしまったというのなら、もう自分の想いに出る幕はないだろう。鳴海はファティマと付き合うと言った。ファティマは鳴海のことを愛している。ふたりは今夜、自然と行きつくところに流れていくことだろう。それを思うと苦しくて正体不明になるくらいに酔いたいのだけれど、懸念の方が強くてどうにも酔いきれないしろがねだった。

多少のアルコールの酔いは自覚できるのだが。

 

 

 

 

「よおし!それならこんなところでしみったれたように飲むんじゃなくっていいところに連れてってあげるわ。ここだとマサルに見つかったら飲まないように言われちゃうだろうし、何でこんなにアンタが辛そうなのかって心配しちゃうわよ」

「それもそうだな…」

しろがねは勝にこんな姿を見られたくもないし、余計な心配もさせたくはない。

「思い立ったら吉日、ってヤツね。さ、立って」

ヴィルマは足元がフラフラするしろがねの腕を取ると通りまで出た。そして流しのタクシーを捕まえるとさくさくと乗り込んだ。

「運転手さん、最寄のインター近くのホテル街。どのホテルでもいいわ、運転手さんの趣味で選んで。そうそう。途中でアルコールの買える店に寄ってくれるかしらね」

「ホテル…?」

「酔い潰れてもそのまま泊まれて便利なのよ」

「成程」

免疫がない上にほろ酔いのしろがねはヴィルマの言葉に少しも疑いを持たない。

ふたりの女を乗せたタクシーは滑らかに夜の街に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ですって。もしもそれがナルミさんだったらどうします?」

暖色系の灯りの灯るこじんまりとした雰囲気のいい店。白いテーブルクロスの上には赤い薔薇が一輪差してあり、キラキラ輝く銀色のカトラリーに挟まれているのはメインディッシュの肉料理。

ファティマは向かいの席に座る鳴海に会話のボールを手渡した。けれど、そのボールは肉一切れを刺したままのフォークを玩んでいる鳴海に受け取られることなく、てんてんとどこへやらと転がっていってしまった。

「ナルミさん?」

鳴海の視線をこの肉の何がそれほどまでに惹きつけるのか。

ファティマはもう一度、放心している男の名前を呼んだ。

「ナルミさん?」

「……あ。わ、悪ぃ。何の話だっけ?」

ほんの少しだけ語気の強まったファティマの声に鳴海はハッと顔を上げた。そして何かを待っているようなファティマを見つけて慌ててボールの行方を捜す。けれど自力では消えてしまった言葉のボールは到底見つかるものでもなかった。

「悪ぃ…」

鳴海はファティマに向かって頭を下げた。

 

 

 

 

今日、これで何度目だろう。ボールを受け損なったのは。

 

 

 

 

ファティマの友人が開いたという店はなかなか洒落た内装の創作フレンチの店だった。割と客の入りもいいようで殆どが満席だった。平日でこれなら御の字どころか開店直後の店としては充分過ぎるくらいだろう。盛り付けも繊細、味も満足、強いて言えばピラニアとかワニの肉などがメニューに並ぶあたりが野趣あふれる創作料理ならではか、と思っていたら挨拶に来たのが背の高いアフリカ人で合点がいった。

美味しかった。正確には美味しかったとそんな記憶がある。鳴海は他のことに気を取られてしまっているがために何も心に残らなかった。料理の味も、ファティマとの会話も。

誕生日会の料理をしこたま食べてきたのもいけなかったよな。

鳴海はそんな風に考えた。

だから、せっかくのフルコースも感動が薄いんだ。だって、どのご馳走もしろがねが作ってくれたのかと思うと、残せるわけなんかねぇじゃねぇか。ケンカしてたって、莫迦って連呼されたって、オレは…。

そしてまた、ファティマとの会話をぶった切っている自分に気がついて

「悪ぃ」

ともう一度謝った。

 

 

 

 

「どうかしたんですか?ナルミさん…体調でも、悪い、とか」

ファティマは気づいていた。おそらくまた鳴海はしろがねと喧嘩をしてしまったのだろうということに。鳴海が顔色をなくし、笑顔も上手く作れなくなるのはそれしか考えられない。先日、しろがねとこれからランチだと言って喜んで、あんなにもにこやかにしていた鳴海としろがねの間にあの後何があってこんなにも気が漫ろになっているのかさっぱり見当もつかないが(よもや自分の残したキスマークが原因だとは夢にも思わないファティマだった)、そして喧嘩して沈んでいる鳴海には申し訳ないが、意中の男性とあのきれいな女性との距離が縮まっていない(むしろ開いている)ことはファティマにとっては朗報でもあった。

ファティマはファティマで鳴海の車を下りた後、胸の潰れるような時間を今日まで過ごしていたのだから。

「体調が悪ぃわけじゃねぇんだが…」

少し気分は悪いかも。と口の中で呟いた。

原因はヴィルマの意味ありげな発言だ。

あいつはバイだからな…しろがねのこと好きだしな…。

まさか、とは思う。自分をたき付けるためだけに言ったのだと思いたい。あくまで自分をいつも通りオモチャにしているのだと信じたい。

だが、この店についてまもなく着信したヴィルマからのメールには「行って来ます」の文字と一緒にラブホテルの全景写真が添付されていたのだ。

それを見た途端、鳴海が固まってしまったのは言うまでもない。からかわれているだけ。そう思い込もうとしたが、しろがねがヴィルマに丸め込まれてホテルに連れ込まれてあんなことやこんなことをされているのかもしれない、と時間が経てば経つほどに想像力が逞しくなる。

味をしめたら男よりも女の方がよくなる、そんなことを言ってたな…しろがねがレズビアンにされちまったらどうしよう?オレがどんなに頑張っても女にしか興味の持てないカラダにされたら?オレ、どうしたらいい?まっさか、女が恋敵になるなんて夢にも思わなかった…!

 

 

 

 

また黙り込んでしまった鳴海にファティマは辛そうな視線を送る。

「ナルミさん……もしかして、私といるの、つまらないですか?」

ぽつりと言うファティマの顔が悲しそうで鳴海はこれまた慌てて

「とんでもねぇ!」

と否定した。

「今日は…すまなかった。全部オレのせいだ。オレが自分のことでいっぱいいっぱいになってなきゃファティマも美味いメシが食えたんだろうが…ファティマといることはつまらなくなんかねぇって」

「よかった。誘ったの、迷惑だったんじゃないかって心配してたんです」

ファティマの表情が緩んだので鳴海も小さな笑顔を見せた。

「その…今夜はちと…間が悪かった」

鳴海はナイフもフォークも下に下ろした。

鳴海はもう食欲がないらしい。ファティマはテーブルの下で小さな握り拳を作ると思い切って切り出した。

「ナルミさん…この後、予定、ありますか?」

「予定…?」

予定は別にないけれど、できたら取って返してヴィルマの首根っこを押さえたい。しろがねに取り返しのつかない悪さをされる前に。いや、もう、手遅れなのかもしれないが。

「今日はナルミさん、お誕生日でしょう?」

頬を染めるファティマの拳の中にじんわりと汗が滲む。

「それで……あの……ナルミさんへのプレゼント、用意してあるんです」

「え?マジで?オレの誕生日、知ってたんだ」

何だかそれはそれで嬉しいと思う鳴海だった。

「はい。それで……それ、私の家に置いてあって……それで……よかったらこの後、プレゼントを取りに行きがてら……私の家に来ませんか?」

「は?」

鳴海の声が裏返る。

「よかったら、私と……」

ファティマは恥ずかしそうに言いよどんで、熱っぽい瞳を伏せた。

 

 

 

「ファティマちゃん、今夜はきっとヤらせてくれるわよ」

 

 

 

先程のヴィルマの台詞が頭の中にこびりつく。

ヴィルマの読みが正しいのであれば、今、鳴海の目の前にいるファティマは据え膳だ。それも見るからに美味しそうな、男としてものすごく食欲の掻き立てられる据え膳。

食べてもいい女。据え膳食わぬは男の恥、だから抱かなきゃ恥なのか?

鳴海はゴクリ、と生唾を飲んだ。

会話が途切れて沈黙しているふたりの間で鳴海の喉が鳴る音だけが妙に生々しい。

鳴海は水の入ったグラスを呷って空にすると

「別に…今夜、予定はねぇ…」

と返事をした。

 

 

 

 

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