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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例え話です。

 

 

 

 

あなたは『兄』で、少し年の離れた目に入れても痛くない、可愛い可愛い『妹』がいるとします。

もしも、その妹に『彼氏』ができるとしたらどうしますか?

その『彼氏』はあなたの腐れ縁な友人で、『結婚』なんて話をチラつかせられたら、あなたは冷静でいられますか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Pocketful of Rainbow.

 

~ポケットが虹でいっぱい ① ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、何か道を間違えてねぇか?」

「方向はあっている」

「ホントにか?」

 

 

 

24時。その町中を連れ立って歩く鳴海とギイを追う周囲からの羨望の(?)眼差し。鳴海にも、ギイにもそれぞれに、何だかねっとりとした溶解液のような視線が絡みつく。

 

 

 

「オレ、今すぐにでもここを離れてぇ」

「心配するな、僕もだ」

 

 

 

こんな時間に一人でこの町の中を歩くだけでも、その嗜好を疑われる。いわんをや、見るからに男らしく逞しいのと中性的にきれいなのが二人揃えばもう完璧。

 

 

 

「おまえが自信たっぷりにこっちへ来たのによ」

「僕が悪いとでも言いたげだな。おまえだって黙ってついて来たじゃないか」

「だってオレ、飲み会なんて滅多に来ねぇからこんな町、知らねぇもん」

「僕だっていつも飲む街はもっと洗練された街だ。新宿なんて雑多な町、僕の好みじゃない」

 

 

 

そう、ここは新宿2丁目。

かの有名なゲイとホモとオカマの町。

同性愛者のメッカ。

  

 

 

「おい、離れて歩け」

「おまえが無駄に嵩があるのがいけないのだろう」

ガビガビと文句を言い合いながら歩いていると

「あらぁ。痴話喧嘩なの?そこの大きいお兄さん、遊んでかない?慰めたげる」

と、鳴海はチビデブハゲヒゲ面オネエ言葉(けっこう年配)に誘われた。鳴海の全身に一気にサブイボが立つ。

 

 

 

「よかったじゃないか、モテて。声かけられたの、これで何人目だ?遊んでくるといい」

「けっ!おまえこそすげーぞ?後ろに何人引き連れてんだ?」

ギイは背後を肩越しに覗く。数人の男がギイの後をついて歩いている。ネコっぽい可愛い少年から、Sの匂いの立ち上る痩せ男、好色そうなオヤジまで、ジャンルは様々。ギイみたいに『綺麗な男』でゲイ、なんてものは鐘や太鼓で探したってそうそう出てくるものではない。(ゲイじゃないけれど。)鳴海が一緒でなかったら、後ろの連中に話しかけられていること必至だ。

「より取り見取りじゃねぇか。まったくもって羨ましい」

「『美しさは罪』、だな。羨ましいのなら熨斗つけておまえに全部やるよ」

「金付きでもいらねー」

「僕もいらない。この腕には美しい女性こそが相応しい」

「言ってろ、このマザコン」

 

 

 

左右を見ても怪しいその道の店ばっかりだ。

見かけるカップルも皆♂×♂。

道端で濃厚なラブシーンなんて繰り広げられた暁には、顔に青い縦線も出るというもの。通り過ぎるレンタルビデオ店の店先を飾る宣伝ポスターも♂×♂を匂わせる絵面に文句。

「レンタルビデオ屋のラインナップもやっぱそっち系ばっかなんだろーなぁ」

「借りたいのか?」

「おまえ、ふざけんのもいい加減にしやがれ」

ふたりの足は超早足。

早く前に進みたいのに、哀しいかな、赤信号に止められる。

 

 

 

鳴海とギイ。高校の同級生。

一発で大学に進み、危なげなく社会人になったギイと、一浪一留の2年遅れで社会人になった鳴海。大学が違ったために一度は疎遠になったけれど、腐れ縁のふたりは今では同じ会社、同じ部署に勤める同僚、先輩後輩の仲。

今夜は今年入社した同部署の社員の歓迎会。だからあまり飲み会に参加しないふたりも今日は顔を出した、というわけなのだが。

 

 

 

「ああもお、オレ、ここの空気吸いたくねぇ。ホモが感染りそうだ」

赤信号でも車が途切れたら飛び出したい気分。

「僕はここの空気に感化されたおまえにいつ襲われるかヒヤヒヤしているぞ」

「ふざけんな!オレはおまえと歩きたくねぇよ、こんな町!」

「僕もだ。おまえと一緒にこの町を歩いているのなんか誰にも見られたくない。よりにもよっておまえとなんか」

不慣れな帰り道を間違ってしまった模様。

「オレだって、おまえと噂が立つなんて不名誉この上ねぇよ」

「おまえはまだいい。悲しむ女性がいないからな。その点、僕は星の数ほどの女性に言い訳をしなくてはならない」

「ふん、どおせ、オレにゃあ彼女がいねーよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信号がようやく青になった。一刻もこの場を離れたいふたりが横断歩道に大股で一歩足を踏み出したとき、

「兄さん!!!!!」

と誰かが大きな声で叫んだ。

この町では非常に珍しい、正真正銘の女の声で。

鳴海は声の方を振り向くと、思わず目を丸くした。何故なら、この気障ったらしい、口を開けば嫌味ばかりの女ったらしを小型にしたような、ヤツと同じ銀色の髪と銀色の瞳をした女の子がすぐ傍にいたのだから。

憎たらしいことだが、ギイがルックスのいい男だということは鳴海もしぶしぶ認めるところだ。そんな男の妹だからなのか、彼女は鳴海がこれまで見知った女の子の中でダントツに可愛い。美人だし、スタイルもいいし。

そう、鳴海が一目惚れをするには充分な素材。

 

 

 

ギイは彼女に気付くと、一気に兄の顔になった。

「こんな時間までこんなところで何をしているのだ、エレオノール!門限の時間は過ぎているだろう?!」

(エレオノール。この娘の名前はエレオノールというのか、と鳴海は頭に刻み込む。)

「家にはちゃんと連絡を入れてある。私は大学の新歓があって…これから帰るところよ、心配しないで」

「心配するな、と言ってもだな。こんな物騒な町を女の子一人で歩いているというのは…」

「新宿2丁目は比較的女には安全よ」

「比較的、だろう?」

「それよりも兄さん、何でこんな町を男二人で歩いているの?!そっちの方がずっと問題よ!」

エレオノールはギッと鳴海を睨みつけた。初対面の美人にいきなり睨みつけられた鳴海は言葉もない。睨んでも彼女の美しさは損なわれない。

 

 

 

「あなた!兄にはもう近づかないで!兄を変な世界に引きずり込まないで!」

何て大きな男だろう?ほとんど真上を向かないと顔を見ることが出来ない。よくこんな大きなのがあったものだと感心するくらいのスーツの下には山か岩かの如き体格。この男にキレられたらエレオノールは一たまりもないだろうが、それでも大好きな兄が人の道を逸れていくのを指を咥えて見過ごすことなんてできるはずもない!

「はあ?」

話の見えない鳴海は気の抜けた声を出す。

「あなた、兄に何をする気なの?こんな町に連れてきて!ああ、如何にも同性愛者って感じのする人ね」

如何にも同性愛者ってどーゆー意味だ?!

この女!言うに事欠いて、なんちゅうことを!

 

 

 

ギイはその場にしゃがみ込むと声もなく笑っている。

あのギイが腹の皮がよじれるほどに笑っている。

「あのなあ……オレはこいつの同僚。そんで」

「同僚?じゃあ、まさか、兄さんにもうずっとこんな関係を強要して…!」

「やーめーろ!そんな変な想像すんな!」

「…エ、エレオノール…彼の言う通りだよ。僕たちはただ道に迷ったんだ」

ギイの声はまだ震えている。

 

 

 

「おまえ、笑っている場合かぁ?ワンセットでホモにされたんだぞ、今?」

「エレオノール、僕たちは新宿駅に行きたかっただけなんだ」

「駅は逆方向よ、兄さん」

「ほら、最初から間違えてたんじゃねぇか」

「うむ…またこの町を通り抜けるのは嫌だな。今日はもうタクシーで帰ろう」

ギイは立ち上がると、道路端で手を上げた。

「じゃ、じゃあ、兄さんとこの人は何でもないの?本当に同僚な…だけ?」

顔色を変えて自分に訊ねるエレオノールに、ギイはまた思い出し笑いを浮かべながら「その通り」、と答える。

「おまえは思い込むと一直線なところがあるからな」

エレオノールは両手で口元を押さえた。

だとしたら、私は初対面の兄の友人にとんでもないことを口走ったわけで…。

「高校からの腐れ縁さ。加藤鳴海という。ナルミ、妹のエレオノールだ」

「は・じ・め・ま・し・て。お嬢さん」

「あ…は、初め…まして…」

同性愛者呼ばわりをされ、いきなりケンカを売られた鳴海の言葉には棘がある。

エレオノールは鳴海の苦苦苦な顔を見て、ごめんなさい、を言おうとしたのだけれど、ちょうど空タクシーが流れてきたので話途中になってしまい、そのまま3人はタクシーに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前の座席に鳴海、後ろの座席にギイ兄妹。

ふてくされた鳴海はぶすっと黙ったまま後ろのふたりの会話に耳を澄ます。ほんの少しの会話の中でエレオノールはブラコン、ギイは重度のマザコンとシスコンであることが判明。ブラコンとシスコンの兄妹か、救われねぇ兄妹だな。

ふたりから見えないようにべえっと舌を出してみながらも、背中に感じる柔らかい存在に鳴海の神経は集中する。何だか心臓は駆け足だし、どうしたらまた会えるか(兄抜きで)、何て考えている自分がいる。

 

 

 

エレオノールは先程「見るからに同性愛者」呼ばわりをした男の横顔を斜め後ろから見つめていた。まだ苦苦苦な顔をして、ギイとの会話もとてもぶっきら棒で。あの時は、大事な兄が変な道に染められたらどうしよう、という一念が強すぎてあんなことを言ってしまったのだけれど今のエレオノールはとても後悔をしていた。

きっと、私のこと、不躾で無礼で、きちんと謝ることもできない女だと思ってる。

どうしよう、今頃、謝ったらすごい変よね。どうしよう。

いいじゃない、これでタクシーを降りたらもう会うことはない人なのだから、別に何と思われても…。

 

 

 

もう、会えない?

 

 

 

何だか、もう会えないのは、嫌かもしれない。

 

 

 

嫌だから、嫌われたくないのかな…?

エレオノールはチラチラと鳴海を盗み見る。

社会人には非常に珍しい長髪で、鼻筋が通ってて、顎も男らしくて、切れ長の瞳は真っ直ぐで。そのうちに、エレオノールは鳴海とどこかで会ったことがあるような気がしてきた。

どこでだろう?こんなに大きな人、一度会ったら忘れないと思うのだけれど…。

エレオノールの胸はドキドキして、ちょっと切なくて甘酸っぱい心持ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先にタクシーを降りたのは銀色兄妹。

「タクシー代、明日請求してくれ」

「いいよ、別に」

「そんなわけにはいかない。何しろ僕はおまえの『先輩』なんだからな」

「ちぇ。だったら明日の昼飯奢ってくれ」

「そっちの方が高くつくじゃないか」

「『先輩』なんだろ、ギイ?」

「全く、仕方がないな」

そんじゃあな。鳴海は手を振った。

 

 

 

何となく、エレオノールに視線を移して彼女と瞳が合ったとき、鳴海は確信した。

オレはコイツに惚れたな、と。

エレオノールは鳴海と目が合った途端、思わず逸らしてしまった。

何だか、恥ずかしくて。

 

 

 

走り去るタクシーを見送るエレオノールがそのまま動かないので、ギイは

「どうかしたのかい?エレオノール」

とやさしく頭を撫でた。

「あの人に、謝らなかったな、と、思って…」

いつもと違う妹の様子にギイは片眉を上げる。

「明日、代わりに僕が謝っとくさ」

「きちんと謝っておいてね。失礼なことを言ってごめんなさいって。必ずよ!」

必死な顔で鳴海への謝罪を頼むエレオノールに、ギイは嫌な胸騒ぎがした。

 

 

 

まさか、ね…。

あんな野蛮人に。

 

 

 

「絶対よ?必ずよ?」

困惑の色を隠せないギイの心中を他所に、エレオノールは何度も何度も念を押し続けた。

 

 

 

 

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