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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。

 

 

 

 

 

 

 

 

Pocketful of Rainbow. 

 

~ポケットが虹でいっぱい ⑤ ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴海は初欠勤の翌日も休んだ。会社に連絡された理由は「体調不良により」。

「か、加藤君が欠勤…?それも二日も続けて…?」

鳴海やギイの直の上司にあたるアルレッキーノ課長から報告を受けたコロンビーヌ部長は化粧栄えのする派手な顔をいささか強張らせて爪を噛んだ。

「以前彼のいた課の打ち上げで囲んだ寿司で集団食中毒が出たときもひとりケロリとしていた加藤君が?39度の熱が出ても出勤して点滴を引き摺りながら仕事をしていた加藤君が?変な風に突き指をして指が変な風に曲がっていたのを自分で元に戻して割り箸で添え木をしてセロハンテープで巻いて会議を済ませてから医者に行って『折れてました♪』ってあっけらかんと言ってのけた加藤君が?そんなんでも欠勤も遅刻も早退もしたことのない、あの加藤君が?!」

「はい、昨日今日と病欠です。原因は分からないそうです」

いつも無表情なアルレッキーノ課長の声もいつもにまして硬い。

「ど、どんな症状が出ているの?」

「よくは分かりませんが…本人が連絡してきた内容によりますと、胸が苦しくて、食欲がない、胃が痛くて、全身に力が入らない、と…」

コロンビーヌ部長はキリリ、と爪を強く噛んだ後、キッと面を上げて

「アルレッキーノ君、今日はこの部屋を封鎖します。この部屋の社員に必要な荷物を持って移動させて今日のところは他の空いている部屋を使って仕事をさせなさい。それから、うがい手洗いは徹底するように」

と指示を出した。

「コ、コロンビーヌ部長!」

「加藤君が二日も寝込むなんてよっぽど性質の悪いものに違いないわ!伝染する病気かどうかは分からない。でも防衛策は行っておかないと。明日からの土日をはさんで月曜日、まだ加藤君が欠勤するようなら業者に頼んで消毒薬を撒いてもらいましょう」

「そこまでしますか?」

「集団感染で総倒れ、なんて考えたくもないわ。今、ディアマンティーナの部署と成績が拮抗しているのよ。うかうかしてたら追いつかれてしまう」

コロンビーヌの耳にはディアマンティーナのいやったらしい高笑いが聞こえてくるようだ。

(※ディアマンティーナ:コロンビーヌ部長とライバル関係にある他部署の部長。社長の愛人の座を狙っている、もしくは既に愛人であるという噂を実しやかに持つ。)

「あの縦巻きロリ女には絶対に負けられないのよ。さあ、アルレッキーノ、あなたも行って指揮しなさい。どの班がどの部屋に移動したのか、後で報告をして」

「分かりました」

 

 

 

 

鳴海の鬼の霍乱が社内に及ぼした影響はさておいて、ギイもまた荷物をまとめながら、ナルミは一体どうしたのか、と首をひねっていた。

昨日休んだときは、単細胞ゆえにエレオノールと上手くいったことが嬉しくて逆上せ上がって知恵熱でも出たのだろう、と思った程度だった。でも流石に二日連続となると何かがおかしい。ギイには鳴海が本気で病欠だなんて話は信じられない。何しろ鳴海は高校3年間、無遅刻無早退無欠席で皆勤賞をもらった男なのだ。聞けば拳法を嗜みだしたその日から小中と流行病は別として休んだことはないという。

「真冬の大雪の日もTシャツ一枚で雪合戦をやっていたような筋肉馬鹿にどんな病原菌がくっつくと言うのだ」

ギイは手を止めてふと考え込む。

もしやと思うが、仮にあの後ふたりの仲が何らかの理由で拗れて上手くいかなかったのだとしたら?図体に似合わず意外と繊細な部分のあるナルミのことだ、沈没船になったとしても不思議ではない。

そう言えば一昨日ふたりを置いて先に店を出て以来、ギイはエレオノールと顔を合わせていない。

「……」

顎に手を当てて思案する。

ギイはふたりの様子から上手くいくに決まっていると決めてかかっていたので特に疑問にも思わなかったが、よくよく考えみるとあの日エレオノールはいやに早く帰ってきた。意気投合して門限を軽くオーバーするとばかり思っていたのに門限に余裕を残して帰ってきたから偉いものだと単に感心したのだが。

それに上手く付き合う運びになったのならエレオノールなら喜びいっぱいの顔でそれでいて恥らった様子で「兄さん、ありがとう」と一言を言いにくるはずだ。

それもなかった。

「……」

上手くいったことをあえて言葉で聞くまでもない、そう思っていたから別段ギイの方からエレオノールに話を振ることもなかったし、(にやけた鳴海の話など聞きたくもなかったし、)エレオノールも自室に引っ込みがちできっと鳴海とラブラブな携帯のやり取りをしているのだろう、その程度の認識だった。

それが根底から間違った認識だったのだとしたら?

「……」

ということは?

鳴海がエレオノールを振ることはまずありえない。彼の妹、エレオノールは完璧なのだ。だから消去法でエレオノールが鳴海のことを振ったことになる。

何らかの理由で。

 

 

 

 

「まっ、まさか、ナルミのヤツ、いきなりエレオノールに狼藉を働いたんじゃないだろうなあ」

可愛い妹が疵物にされたかもしれない、そう思うとギイは居ても立ってもいられず鳴海に電話をかけた。もうコロンビーヌ部長の「ギイ君、早くしなさい!」の声なんて聞いていられない。何度も何度も留守電に持っていかれそうになりながらもしつこくかけ続ける。その甲斐あってか、10回目でようやく鳴海が出た。

(ギイもコロンビーヌ部長に頭をはたかれてようやく部屋を出た。)

『……もしもし……』

「ナルミか?」

別人のように生気も覇気もない声。『ナルミ』の一言でギイの周りはザザッと引いた。コロンビーヌ部長なんて口元を引き結んでギイと鳴海のやり取りを見守っている。

「どうした?おまえが二日も休むから会社はとんでもないことになってるぞ」

『どうしたもこうしたも……分かってるくせに聞くなよなぁ……冷やかしなら切るぞ』

「分からんから電話しているのだ。何があった?」

『じゃ、エレオノールはおまえに何も言ってねぇのか?』

「そうだ」

電話の向こうで鳴海が躊躇っているのが分かる。一呼吸を置いて、鳴海が吐き出すように言った。

『ふられたの、オレは。即答だった。おまえの言う通りだったよ、全部』

言うだけ言って特大の溜め息をついて、鳴海は黙り込んでしまった。

「おい、ナルミ」

『オレは再起不能だ。おまえはふられ男で遊びてぇのかもしれねぇけどよ、しばらくオレのことは放っておいてくれ!』

電話は一方的に切れた。

「加藤君は何て?」

コロンビーヌ部長が血相を変えてギイに迫る。

「は?あ、ああ……自分は再起不能だと」

「さっ、再起不能……ななな何て恐ろしい……」

コロンビーヌ部長はパンパンと手を打ち、皆の行動を急かし、部屋を封鎖すると『使用禁止』の張り紙をした。『このことは他言無用』と緘口令を敷いたものの人の口には戸は立てられず、「加藤鳴海が大元の謎の病原菌が発生しているかもしれない」という噂は社内中に瞬く間に流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナルミがおまえにふられたって言っていたがそれは本当か?」

その日、ギイが帰宅して一番初めにしたことはエレオノールから事情を聞きだすことだった。エレオノールは元気なく萎れきっていた。やはり何かがあったのは間違いなさそうだ。ギイの言葉にエレオノールは泣きそうな顔になる。そして小さくコクッと頷いた。

「どうしてだ?あんなにナルミに会いたいってせっついてたのはおまえだろう?どうしてそれが……まさかナルミの奴、おまえに不埒な真似を…!」

ギイの意見がいきなり飛躍したのでエレオノールは慌てて訂正する。

「違うわ、兄さん!鳴海さんは何にも悪くないの。鳴海さんのことは大好きよ」

「だったら、どうしてだ?」

「鳴海さんは帰り際に言ってくれたの。『結婚を前提に付き合わないか』って」

エレオノールは頬を赤らめて先日鳴海が自分にくれた言葉を繰り返した。まるでその時のシーンを頭の中で再現し、反芻しているかのようにエレオノールの瞳が遠くを見ている。

「け、結婚…?!」

男女の付き合う上でのステップを数段飛ばしにした単語に思わずギイの顔色が変わる。言葉も詰まる。エレオノールは兄のその様子にきゅっと眉を顰めた。

「ほらね、今も…。あの夜の兄さんが…いっつもそんな辛そうな顔をするから…断ったの」

「僕が?僕のせいだって言うのか?」

エレオノールの口調にはギイを責めている色はどこにもない。けれどそれが返って咎められている気分にさせる。

「違う、兄さんのせいじゃないの。私は兄さんが認められないと言うのならそれを押してまで付き合うつもりはないのよ。例えそれが……その人がどんなに好きな人でも」

「だからどうして?」

そんなにも辛そうな顔で俯く妹の真意が分からない。あんなにも大好きな鳴海のことをどうしてそんなに簡単に諦めるようなことを言うのか。

「私は兄さんのことが大好きだからよ?私は兄さんが悲しむことは嫌なの」

エレオノールの言葉にギイの胸がグッと詰まる。

「エレオノール」

「兄さんが笑って認めてくれないと、私、心から喜べないもの。そんなに兄さんが私と鳴海さんが付き合うのが嫌だったなんて」

「僕はナルミのことを認めているぞ?だからおまえと付き合うことに反対などしないぞ?」

ギイは急いでエレオノールの言葉を否定した。

「いずれにしても僕のせいだな…」

そして大きく吐息した。

 

 

 

 

ギイにとって妹は幾つになっても小さな妹であって、いつまでも兄離れできないものだと勝手に思っていた。自分の方が妹離れできていなかった。エレオノールはもう充分に大人で、自分を愛してくれる相手を見つける力を持っているのに、兄たる自分がいなければ幸福への道を見つけられないのだと思い込んでいた。

ただ、自分が、エレオノールが大人になることを寂しいと思っていることを認めたくなかっただけなのだ。

 

 

 

 

「本当に、僕はナルミを認めている。おまえに言われて仕方なく話を合わしているのではないぞ?あいつほど真っ直ぐな男もいない。口は悪いしガサツだし、品はないし粗野だし腕っ節しか取り得はないが」

「酷い言い様ね、兄さん」

エレオノールが眉根を寄せる。

「それでも僕はあいつのことを信じられる。おまえを手放しで託すことができる」

「兄さん…」

エレオノールの大きな銀色の瞳に涙が盛り上がる。ギイはエレオノールの身体を抱き寄せた。

こんなに大きくなってしまったのだな。

ギイは改めて思う。

「幸せにおなり、エレオノール」

「兄さん」

「あいつがおまえを泣かせるようなら僕が唯じゃ置かないから」

ギイの手がやさしくエレオノールの髪を撫でる。

 

 

 

 

「ああ、でも…」

エレオノールが苦しそうな声を絞り出す。ギイは身体を離してエレオノールを覗き込んだ。

「どうかしたか?」

「…鳴海さんはもう、きっと私のことなんか嫌いになったわ。だって、私は鳴海さんの告白を何の理由も言わないで断ったのですもの。鳴海さんも、『ごめんなさい』って私が言ったら、『そうか』って…それっきり…」

エレオノールは首が折れそうなくらいに項垂れると唇を噛み締めた。

「嫌いになんかなるものか」

「嫌いになったわよ…絶対に」

ギイは席を立つと一度自室に戻り、何やら小さな紙切れを手にして帰ってきた。

「なあに?」

「ナルミの家の住所だ」

「え?」

エレオノールはひったくるようにしてそのメモを受け取る。

「明日の朝にでも行ってやれ。昨日今日と会社を休んでる」

「え?鳴海さん、病気なの?」

エレオノールの瞳がギイの顔と鳴海の住所を行ったり来たりする。

「誰も看病する者のいない独り者だ。ロクに飯も食ってないだろう。何か作ってやれ。喜ぶぞ」

「でも…私なんかが行って…」

銀色の丸い頭がまた項垂れる。

「告白を断ったことを後悔してるんだろう?だったら今度はおまえから告白してやれ」

「でも…」

「大丈夫だ。おまえの初恋成就を邪魔した兄からのアドバイスだ。何の心配も要らないから騙されたと思って明日、そこに行ってみろ。ナルミの病気だっておまえが行って看病してやれば一日で治る」

「本当に?」

「本当だ」

分かった、と頬を染めながら鳴海の住所を愛しげに眺める妹を見遣りながら、明日の晩は何か口裏合わせが必要になるかもしれないな、とギイは満足そうに息をついた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また朝が来た。

鳴海は日差しの濃くなってきたカーテンの向こうに薄目を向けながらもベッドから動けないでいた。元々彼の部屋はきれいだと褒められたものではなかったが、独身男の1DKはこの2日間で何か得体の知れないものの巣窟になっていた。換気してない室内は空気が篭っていて呼吸するだけで変な病気になりそうだ。失恋日からシャワーを浴びていない身体は臭って何だか腐っているような気にもなる。

起き上がる気にもなれない。

「きょーがどようびでよかったよなあ」

これで今日も平日だったら3日連続で欠勤するところだった。流石にそれは社会人としてまずいだろう。しかも欠勤理由が『恋煩い』では物笑いの種だ。

いや、もう自分は物笑いになっているかもしれない。ギイが面白可笑しく言いふらしているかもしれない。

一目惚れをしていたのは自分なのに、絶世の美女に惚れられていると勘違いをした自惚れ屋の大馬鹿野郎の話を。

鳴海はうつ伏せになると頭を枕の下に突っ込んだ。脂っぽくなった長い髪が顔に張り付いて惨めさが余計に感じられる。

「げつようびからどのつらさげてかいしゃにいこうか…」

はあ。

溜め息が出る。どこまで胸の中を空っぽにすれば気が済むというのだろう。

 

 

 

 

ピンポーン。

とチャイムが鳴る。鳴海が隈のできた目を壁にかけた時計に向けるとまだ8時前だ。

「こんなあさはやくからなんだよ…たくはいびんか?」

いいや。無視しよう。

居留守使えば不在票を入れるだろ。元気になったら再配達を頼めばいい。

枕の下で居留守を決め込む鳴海に反し、チャイムが引っ切り無しに鳴る。無視できる限度をはるかに越えている。鳴海が居留守を使いきれずに諦めて重たい身体を起こすくらいに切れ目なく続くピンポン。

のそり、と枕を頭のてっぺんに載せたままの鳴海がとうとう起き上がる。

「なんすか、もう。あさっぱらから…」

鳴海がかったるそうに玄関の扉を開けると、そこには大きな買い物袋を両手に提げた、数日前に鳴海を振った憎くも愛しい銀色の女が立っていた。

鳴海の目玉がまん丸になった。

「あ…?え…?」

オレを振ったくせに何しに来た?とか、帰れよ、とか強がりを言おうかとも思った。けれども、何よりもエレオノールの瞳に映っている自分の姿はとんでもないだろう、とか、自分の背後に広がる無法地帯に惚れた女を上げることになんのか?、とか、鳴海の頭を一杯にしたのはこれ以上は嫌われたくない、ってことだった。

 

 

 

 

「あの。兄に聞きました。具合が悪くて会社を休んでるって」

エレオノールが心底心配しています、って瞳で突き上げるように見上げてくる。

や、それは恋煩いで、そんな心配そうな顔をされるような病気でもなんでもないし、それにこうしてエレオノールの顔を見られただけで胸はまだ苦しいけれど嬉しいわけで。だって、もう二度と会えないだろう、って思ってたから。

でも、もしももう一度会えるのなら、もっとちゃんとした格好で会いたかったなぁ、と思わざるを得ない。脂でトレッドヘアになっているボサボサの髪とか、何日もヒゲを剃っていないツラとか、洗濯をしたのはいつだっけ?なんて思ってしまうような自分の匂いの染み付いたスウェットとかじゃなくって…。

「た、いしたことはねーから…」

薄見っとも無い自分を見せたくなくて、鳴海は思わずドアの開きを狭める。

「あ、ちょっと、待って」

エレオノールは鳴海の行為に自分が歓迎されてないと思い、慌ててドアにすがる。閉められてしまったら困るのだ。

「あ、あのっ…あの…ひとつだけ…。この間の、鳴海さんの告白、まだ有効ですか?」

「あ?」

「あの。『ごめんなさい』じゃなくて『はい』って返事に換えたら、ダメですか?」

「は?」

鳴海はエレオノールの矢継ぎ早な質問の意味をじっくりと時間をかけて考えてみる。もう、自惚れて傷つきたくはなかったから。真面目な顔で自分をじっと見下ろすだけで返事のない鳴海にエレオノールは作り笑いをする。

「だ、ダメですよね……ごめんなさい。具合悪いところに押しかけて。よかったら、これ。何か作って食べてください。本当は私が作れたらよかったのですけれど…」

エレオノールは手の荷物を鳴海に押し付ける。鳴海は言われるまま大人しくそれを受け取った。

「ただ、あの……私、好きなんです、鳴海さんのこと」

それを伝えに来ただけなんです。

エレオノールはペコリと頭を下げてその場を去ろうとした。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと、待って」

今度は鳴海が慌てて呼び止める番。

「今、シャワー浴びてくるから。部屋の中もリカバリーするから。だからそれまで30分、いや、15分、そこらへん散歩しててくれ」

「え?」

「告白、有効だから」

「……」

「だから、その、帰らんで…いてくれるか。今、惚れた女を初めて上げるには酷い有様なんだ。オレもその…臭うし」

惚れた女?

エレオノールは鳴海の発言に一度は挫けた心が喜びに満たされる。

「気にしないで。だって具合が悪かったのでしょう?独り暮らしでは部屋が散らかって当然。私も掃除を手伝うから」

手伝う、って言われても、冗談抜きでとんでもなく散らかっているし、ベッドの麓に散乱した丸まったティッシュとか見られたくねぇんだよなぁ。

「いや、その、本当に汚…」

「いいから」

鳴海の大きな身体はエレオノールの笑顔に押し切られて、玄関の扉は騒々しく閉まった。しばらくして大きく放たれた窓から、シャワーが勢い良く流れる音と、鼻唄混じりの掃除機の音が表に聞こえてきたのだった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう」

月曜日の朝、ギイは出勤途中にやたらと上機嫌な鳴海に呼び止められた。ギイが見上げる加藤鳴海はまさに「浮かれている」という言葉がぴったりで、ニヤニヤ笑いが止まらないようだった。それもそうだろう。ギイも呆れるくらいの早朝に出かけていったエレオノールが恥ずかしそうに帰ってきたのは翌日日曜日の夜遅くだったのだから。

「僕に感謝しろよ」

「感謝してるよ」

「妹を邪険にしたら分かってるだろうな」

「邪険になんかしねーって」

「…エレオノールを頼む」

「おう」

口で言うほどに心配はしてないけどな、おまえなら。

いささか真面目に「おう」と返事をした鳴海にギイが隠れて口角をほんの少し上げていると

「今日からおまえのことは『おにいさま』って呼ばねぇとなぁ」

と鳴海がふざけた口調で言った。

「おにいさま」

「やめろ」

ギイの腕に鳥肌が立つ。

「だってそうだろ?おにいさま?オレはおまえの可愛い『弟』だぜ?」

「よさないか!」

ギイは鬱陶しいくらいにデカい、未来の弟になるかもしれない男を振り払うようにして社屋に駆け込んだ。

 

 

 

 

鳴海は彼なりの感謝をしていたわけだが、そうも長くギイをからかってもいられなかった。社内どこに行っても病原菌扱いをされるのだ。

鳴海はどうしてなのか全く理由が分からず、身の潔白が証明されるまでしばらく仕事にならなかったという。

 

 

 

End

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