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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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元々鳴しろ勝が仲町サーカス団員→軽井沢→行方不明→再合流
の設定の原作ベースパロ。












「さあさ、仲町サーカスがこの町にやってきます!よいこのお坊ちゃん、お嬢ちゃん、一度は見にいらっしゃい!次の日曜日が初日デース!」
場所は駅前の大きな商店街。三牛が団長然とした派手な衣装を身に着けて軽快なBGMにのせて口上を述べつつビラを配る。コピーのビラには手書きで仲町サーカスがこの町で興行する旨が書かれていた。女性問題でストローサーカスを潰した三牛とはいえ、腐っても元団長、舌がよく回り、道行く人の耳目を集めるのはとても上手い。
鳴海は三牛から少し離れた場所でイヌのキグルミに入り、『仲町サーカス』とプリントされた風船を子どもたちに手渡していた。こどもたちはキラキラした笑みを浮かべながら鳴海の差し出す色とりどりの風船に手を伸ばす。


「ワンちゃん、ありがとう」
ニコニコしたこどもたちに礼を言われると笑わなくなった、笑うことの出来なくなった鳴海の頬も緩む。目元はやさしく細くなり、口角は幾らか上を向く。
鳴海を相変わらず胡散臭く思っている三牛は時折チラチラと探るような視線をキグルミに向ける。鳴海がキグルミに入ってこどもを相手にするような仕事なんか適当にやるんじゃないのか、こどもに邪険なことをするんじゃないかと考えはすれど、まさかキグルミの中で薄い笑みを浮かべているなんて三牛は夢にも思わない。鳴海も顔を晒さないですむキグルミをありがたいと思った。顔を隠して無邪気なこどもを相手にしている分にはガジガジにささくれてしまった心も瞳もほんの少しだけでも和むことができる。一瞬でも己の置かれている現状を忘れることができる。おどけた仕草だって難なくできる。


(キグルミって前は窮屈で息苦しくて好きじゃなかったんだけどな。
人を笑わせるのだって難しくて、笑わせよう、そんな気持ちだけが空回りして実際にはなかなか笑ってもらえねぇ日が続いて、発作が苦しくてな…。
今はゾナハ病じゃねぇから何が何でも笑わせねぇと、って気負いがオレにはねぇ。
だからかな、こどもたちがすんなり笑ってくれるのって。
笑わせる側が必死じゃな、相手は引くよな、確かに。
大事なのは余裕ってことか。自分、を一番に持ってこないだけの余裕。)
ふと、そんなことが鳴海の頭を過ぎった。
他人の笑顔が好きな自分に改めて気付く。
こんなに絶望に塗れた鳴海でもきっと根底は変わらないのだ。


風船を手渡す。こどもは笑う。
おどけた仕草をしてみせる。
「お利口さんだね」「可愛いね」そんなボディランゲージをしてみせる。
こどもはもっと笑う。そんな我が子を見守る親も笑う。
笑いの輪が広がる。
相手を楽しませようとして笑ってもらったときの自分もまた楽しい。
他人を笑わせる力がちょこっとずつでも自分についてきたことを実感できた喜び。
この感情の記憶はストローサーカスでのアルバイト時代のものだろうと鳴海は思う。
だけど。


(それなら他人を笑わせることが出来るようになってきたのに、どうしても笑わせることのできない誰かを、いや、どうしても笑えない誰かを笑わせることができない自分が悔しかったのは、いつのことだろう?
それもストローサーカスのときに受けた感情か?
『誰か』って誰だ?笑えなかったのは誰だ?オレは誰を笑わせたかった?)


鳴海の中の記憶の空白。
鳴海には今、自分が仲町にいることが『合流』ではなく『再合流』である実感がまるでない。仲町サーカスに関係する記憶がまるっきり抜け落ちているらしいことは確からしい。『再合流』してだいぶ経つのに記憶は戻らない。ノリたちに自分が映っている当時の写真を見せられても、そのときのエピソードを語ってもらっても全くピンとこない。別人のように思える。
その写真の中や話の中で明るく、屈託なく笑う男は自分ではないと思う。
実際、瓜二つの違う人間なんじゃないかと思う。
鳴海はキグルミの中で唇を噛んだ。


(大体、ありえねぇ。
このオレがあの女のことを好きだったなんて。)


ノリたちの語る『カトウナルミ』はしろがね、フランシーヌ人形の生まれ変わりであると鳴海が憎悪するエレオノールに惚れていたのだという。ノリたちははっきりと言質をとったわけではないけれど、誰の目から見ても『カトウナルミ』はしろがねに気があったのだと言う。しろがねを巡ってノリたちとバカを言ったりやったり、そんな中で『カトウナルミ』はしろがねといつもケンカをし、憎まれ口を叩き合いながらも彼女のことを大事に想っていたのだという。


(嘘だ。そんなのは。
ノリさんたちの勘違いだ。自分たちがあの女のことを好きだから一緒にいたオレもそうじゃねぇか、って勝手に思っただけなんだ。
オレがあの女に惚れていたことがあるわけねぇ。仮に惚れていたっていうんなら記憶がなくなっても、心のどこかで囁くもんがあるんじゃねぇか?こんなに憎めるもんか。
氏素性を知らなかったからとはいえ人形に、このオレが惚れてただと?おぞましいにも程がある!)


鳴海は視線の先でギャラリーに芸を披露するひとりの女を睨みつけた。
しろがねは柔軟な身体を駆使したジャグリングを鮮やかにこなす。人々は芸の完成度の高さに、その切れ目ない素晴らしさに、そしてその絶世の美貌に目を離せない。人垣は次第に厚くなる。しろがねの芸がフィニッシュを迎えるたびに商店街は割れんばかりの拍手と歓声に埋め尽くされる。
鳴海もまた睨んでいるうちに惹き込まれる。しろがねの本性はともかく、芸人としての彼女は非の打ち所がないと思う。
芸をするしろがねは綺麗だと思う。
鳴海はしろがねから視線を離せない。熱く見つめる。その身体を焼き尽くしてしまいそうなくらいに。ただひたすら、しろがねを見つめ続ける。
確実に最初は憎悪からねめつけている。けれどそのうちにいつも、違う感情が割り込んでくる。視線をずらすときには憎悪とは異なる何かが心の中に居座っている。
憎悪と似ているけれど、決して純粋な憎悪ではない、違うもの。それは一体何なのかと鳴海は当惑してしてしまう。
仲町サーカスで生活すればするほど、人形の生まれ変わりを監視し観察すればするほど、変化していく自分の心と想い。
鳴海はしろがねを見る目を眩しそうに細めた。胸が痛いくらいに締め付けられる。





マルデ恋ダネ





そんな言葉がどこからか聞こえ、鳴海は心臓が破裂したかと思った。
ドキドキと身体に響く鼓動が大きい。
『まるで恋だね』。それは商店街に流れる有線の曲のワンフレーズ。
「恋……恋、か…」
いつもその姿を目で追って。
寝ても醒めても、夢の中までも相手のことで心を一杯にして。
それ以外のことは何も考えられなくて。
あの女は自分の獲物であり、他の男の手に落ちるなんてことは絶対にあってはならない。
あの女を殺すのは自分の手であり、あの女がその瞳に最期に映すのは自分の姿なのだ。
あの女も、自分の命を狙う男のことだけを一番に考えていればいい。
いつ何時、その細首を縊り殺すために腕を伸ばすかもしれない男の挙動に心砕いていればいい。
そのためには、あの女も自分を殺す男の姿を常に目で追っていなければならない。


(あの女のことばかり考えて、あの女もオレに心を向けろなど
本当にオレはまるで、あの女に恋をしているみたいじゃねぇか。)


その軸が愛情か憎悪かの違いはあるが、愛憎は表裏一体のものだからベクトルの方向は異なっても事象としての表れ方は同じなのだろう。
鳴海は改めてしろがねを見つめる。
これは憎悪から見つめているのだ、こうして憎悪から見つめることはあっても愛情から見つめたことなど一度だってない。自分はしろがねを好ましく想ったことなどないのだから。
そう自分に言い聞かせている。
そして今度もまた、憎悪を起点とした感情は移ろう。


(でも、なら、この既視感は何なんだろう?
前にもこうして、キグルミの中からあの女を見つめていたことがあったような気がする。
今と同じようにキグルミのおかげで見ていることに気付かれねぇのがいいとか考えて、キレのいい芸に感嘆しながら、そんなのを披露するあの女に何かを感じながら。
そんな彼女にオレは何かをしてやりてぇと…。)


考えるだけ無駄だ。
鳴海は気を取り直してこどもたちに風船を配り始めた。
こんな風にして仕事中にしろがねを見るから余計なことを考えてしまうのだ。
ノリたちがかつての自分がしろがねに好意を持っていたことを臨場感たっぷりに何度も話すものだから、ついつい今の情景をデ・ジャ・ヴと受け取ってしまっただけなのだ。
もしかしたら、こんなことがあったのかもしれない、そんな風に感じ入ってしまっただけの話。


(オレはあの女を好きだったことなんてねぇ。
大体、好きな女を殺せるわけなんかねぇだろが。
オレは殺せるぞ。あの女を。
だから、愛してなんかいねぇんだ。絶対に。)


何度も何度も己に言い聞かせる。
既視感に苦しむキグルミのイヌの胸の内などお構い無しに、テクノポップなフレーズが繰り返す。
あの頃の記憶を早く思い出せと急かすように。





『マルデ恋ダネ』。



◇◇◇◇◇

postscript
この話はもうひとつのツンデレ劇場『覗き魔(お題・お風呂)』の対のつもりです。キグルミの中から芸人・しろがねを見つめるという鳴海の行為は同じなんだけれど、その本人の置かれている状況が真逆なので…。
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