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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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元々鳴しろ勝が仲町サーカス団員→軽井沢→行方不明→再合流
の設定の原作ベースパロ。






菜種梅雨の頃





いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき

いちめんのなのはな。



(山村暮鳥 「風景 純銀もざいく」)





勝が本を手に大きな声で詠う。
「すげえな、それ。何だ、詩か?」
鳴海の問いかけに勝はにこにこしながら「そうだよ」と答えた。
「学校の宿題でね、絵画みたいな詩をひとつ探してくるの。僕は真っ先にこの詩が思いついて図書室で借りて来たんだ」
「すぐに思いついて本を借りてこられるってのが…おまえはやっぱ頭がいいんだなぁ」
オレにゃあ無理だと鳴海は苦笑いしながら肩をすくめてみせた。
「でも確かに。目の前にでっけぇ菜の花畑が広がってるような気になるよ」
「でしょう?」
「いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな…か」
「大勢で大きな声で、合唱するように朗読するとすごく気持ちがいいんだ」
「どれどれ?一緒に読んでみようぜ、勝。せえのお」


勝と鳴海が声を合わせて詩を読み上げる。ひらがなで宙を穿つかのように勢いよく一字一字を吐き出す。
脳裏に、一面真っ黄色の花の海がありありと描き出された。地平線まで続く菜の花の波。
「きれいだよね」
「おー、鳥肌立ったぜ」
読み終えて、勝と鳴海は想像上の一面の菜の花畑の美しさにわいわいと盛り上がった。
その光景は傍らで彼らの朗読に耳を傾けていたしろがねの瞼の裏にも立ち現れた。
けれども、その光景に対する感想は大男と少年のものとは大きくかけ離れていた。





一面の菜の花。
冷たい雨に濡れ寂しげに頭を垂れる花。
花の海を撫でるのは吹き荒ぶ強い海風、黄色の波が朽ち果てそうな古い館を取り巻く。
春なのに心は凍え、人形繰りしかすることのない彼女の瞳に映る果て無い菜の花の黄色。
永遠の、時が止まった、花の牢獄。





「……ぞっとする」
図らず、恐怖が口をついてこぼれてしまった。それを勝が聞き付けた。
「しろがねは菜の花嫌いなの?」
嫌いなものを話題に出してごめんね、と申し訳なさそうな顔を勝にさせてしまったしろがねは慌てて謝った。
「あ…すみません…!お坊ちゃまの感動に水を差すようなことを言いました」
「いいんだよ、そんなの。好みは人それぞれだもん」
勝は気にしないで、と両手を振った。
「本当に申し訳ありません…菜の花にはいいイメージが…ないものですから」
しろがねは苦しそうな顔で、勝に深く頭を下げた。


「なぁ、しろがね」
勝としろがねのやりとりを聞いていた鳴海が言う。
「今度、菜の花が咲く季節になったらさ、一緒に見に行こうぜ、一面の菜の花畑」
「は?」
「兄ちゃん…しろがねは菜の花にいいイメージがないって言ってるんだよ?」
いじめにもなりえそうな申し出に、勝は大きな瞳を心配そうに瞬かせた。当の鳴海はいたって明るい。
「だからだよ。消えない嫌な記憶は、もっと鮮明な楽しい記憶で塗り替えちまやいーんだよ。菜の花にトラウマがあるんなら、菜の花って聞いてトラウマよりも先に連想できるような新しい楽しい経験をすりゃいいんだ」
「で、でも…私…」
しろがねは自分の胸元を掻く。


過去から黒い触手が伸びてきて心を絡め取られる心地がして怖くなる。
どんよりとした灰色の雲から落ちる冷たい雨の雫に打たれる菜の花。
身体を強い海風に引き千切られそうになって悲鳴を上げる菜の花。
未来も希望も取りあげられた生きた人形のワタシ。
「私から…あのイメージが消えるとは思えな…」
鳴海はしろがねの唇に人差し指をのせて彼女の言葉を制した。


「しろがね、今からオレの言うことを想像してみ?いいか?

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな

雲のない、真っ青な空
風は穏やかで、春なのに夏みてーに暑いんだ
いちめんの黄色い花の海に
オレと勝がダイブする

勝がいい顔で笑って、はなびらを蹴散らして泳いでいると
後ろからしろがねの怒鳴り声が聞こえてくる
『カトウ、いい加減にしろ!お坊ちゃまに変なことを教えるな!』ってよ
だからオレは『おもえもやってみろよ』って
しろがねの首根っこを掴んで菜の花畑に放り込んでやる
…いちめんのなのはな」


低くて深い声。圧倒的な声量と、暖かく伸びやかな声。
しろがねは鳴海の声が大好きだった。
「兄ちゃん、それ詩?」
勝が「へんなのー」と笑っている。
鳴海の声に聞き惚れていたしろがねはそれを本人に知られたくなくて、太い指を唇にのせたまま
「やってることがいつもと変わらないじゃないか」
と呆れたように言ってみる。しろがねの表情から恐怖が消えいつもの調子が戻ったことを見てとった鳴海は嬉しそうに笑うと彼女の頭をクリクリと撫でた。
「それでいいんだよ。おまえの『いつもと変わらない』、ってのは『楽しい』、ってことだろ?」
「それは…」
「な?来年、房総だったらかなり早くから菜の花が咲くから…3人で見に行こうぜ?電車でのんびりの旅でもいいし、レンタカー借りてもいい。うまい海の幸でも食ってさ」
ぽんぽんとしろがねの頭を大きな手の平でやさしく叩き、鳴海はしろがねに同意を求める。
「楽しい想い出を作る手伝いならお安いご用だぜ?」
しろがねは鳴海の手に、こくん、と振動を伝えた。鳴海は嬉しそうな笑みをしろがねにくれた。


「楽しーぜ、絶対!ついでに海に寄ったっていい」
「わあ、行こう行こう!」
勝が鳴海の首元に飛びついてじゃれあいが始まった。
しろがねはそっと目蓋を下ろし、「いちめんのなのはな」を想像してみる。
ああ、不思議だ。
しろがねは大きく深呼吸をした。
鳴海の詩(?)を聞きながらしろがねの脳裏に広がる菜の花畑の上に垂れこめていた雲は退き、眩しい太陽の輝く青空が広がった。くすんでいた花色は鮮やかになり、菜の花を揺らす風は暖かく穏やかになり、悪いイメージのつきまとっていた菜の花が全く別の花に思えた。
鳴海の笑顔が菜の花の鮮やかさ、太陽の眩しさと重なる。
眩しくて、どうしてか涙が滲んでくる。


「ああ…あなたと一緒に、一面の菜の花を見に行きたいな…そうすればまたひとつ、私は…」
瞼の裏で、一面の菜の花畑の中に立つ鳴海と勝がしろがねに笑顔で手を振っている。
胸の奥がじんわりと暖かくなる。
しろがねの心を縛る過去の手がまたひとつ、彼女を解放した。







時は移ろい、
菜種梅雨の頃。







ひゅうひゅうと、風がうなる。
ぽつぽつと、大きな雨粒が落ちてくる。
しろがねはひとり、眼前に広がる風景に力なく立ちつくしていた。
黄色い花の海。
いちめんのなのはな―――。


「いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな…」


勝に教わった詩を口ずさむ。
寒々しい声が唇から離れるや否や、強い風に飛ばされていく。
この詩を教えてもらった時は、とても楽しかった。
その楽しい気持ちよりももっと楽しく、菜の花畑を臨める、はずだったのに。
しろがねは口をへの字に曲げて、溢れ出そうとする感情を懸命に堪えた。


ここは鳴海がしろがねに楽しい想い出を作ろうと、いつか連れてきてやると約束した房総の地。
彼女は興行でここに来ている。そして菜の花畑を見つめている。
私の菜の花に対するイメージは、あなたのおかげで塗り替えることができたのに。
でも現実に目の前に広がるのはやはり、灰色に煙る菜の花色。
「…あなたが…私に見せたかった菜の花畑…なのに、肝心のあなたは…」
重たい感情に押し潰されてしまわぬよう、しろがねはぐっと歯を食いしばった。


ふと、背中に突き刺すような視線を感じ、しろがねは振り返った。
道の向こうから汚れたツナギを着た背の高い男がしろがねをじっと睨んでいる。
三白眼すぎて白目を剥いているように見える。
地獄の番犬の如くいつでも飛び出せるように山のような筋肉は盛り上がり、全身から憎悪と憤怒を吹き上げている。
今にもしろがねの喉笛に食らいつきそうなその男が、かつてしろがねの心を温めてくれた男と同一人物だなんて悪夢だとしか思えない。
鳴海は一頻りしろがねを白眼視すると、背中を向けてゆっくりと去って行った。
大きな背中を見送るしろがねの顔にざあっと雨が降りかかった。


「あなたの笑顔が…どこにもない…」
雨粒はしろがねの頬を涙のように伝う。
「私は…あなたにまだ言ってない…あのときのこと、ありがとう、って…」
あなたには感謝してもし足りない。
あなたにはたくさん助けられた。
でも私は何一つ、感謝の言葉を述べていないのだ。
何をどうしたらいいのか、いまだ答えは見つからないけれど。
「私は絶対にあなたを取り戻す。昔のように笑うあなたを…私は負けない。あなたにだって決して負けない」
しろがねは拳をぐっと握り締め、しろがねの真っ直ぐな視線を拒絶する大きな背中の後について歩き出した。





しろがねの心に描かれた風景は
真っ青な空に、菜の花色の花の海、
そして晴れやかに笑う3人の絵―――。



◇◇◇◇◇

postscript 暮鳥の詩と辛島美登里さんの曲『菜種梅雨』が合わさって書きたくなった妄想…。
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