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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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元々鳴しろ勝が仲町サーカス団員→軽井沢→行方不明→再合流
の設定の原作ベースパロ。






幸せな錯覚





4月、季節外れの大雪が降った翌日の朝。
町を真っ白に染めた水分の多い雪は早朝の冷え込みでアイスバーンへと姿を変えた。まるで凸凹したスケートリンク。油断をしなくてもツルツルと滑る道路を慎重に歩く人があちらこちらに見かけられる午前10時。
ドカドカと、そんなアスファルトを覆う氷を物ともしない大きな編上げの安全靴が大股で商店街へと向かっていく。その重量としっかりとした大地を掴むような足取りには溶けかけた氷などあってないようなものらしい。
鳴海は仲町に頼まれた買い物をするために商店街に向かっていた。吐く息を白く後ろへ棚引かせながら鳴海は早足で進む。


どうして早足なのか。
鳴海にとっては凍結した道路も普段の道路と変わらないのもあるが、それよりも何よりも彼は同行者がまるで気に入らないのだ。できることなら置き去りにしたい。そんな意識が働いて鳴海は必要以上に早足に進む。
鳴海がフランシーヌ人形の生まれ変わりかもしれないとして憎悪の対象に据える女、エレオノール。彼女が鳴海の連れなのだ。
距離がなかなか縮まらない、でも懸命に早足の鳴海についていこうとする軽やかな足音が聞こえる。銀色の髪を乱しながら滑る足元に注意して、しろがねは鳴海の大きな背中を追いかける。


「ま、待って、カトウ。滑って早く歩けない…」
鳴海のコンパスと歩調に合わせるために、しろがねは早足どころか駆け足になる。しろがねは抜群のバランス感覚で何とか転倒は免れてはいるものの、その不安定な足元に時折靴の裏を氷に取られて思うようなスピードを出せないでいた。
待って、としろがねに言われて待つ鳴海ではない。
け。人形の生まれ変わりなんかと肩を並べて歩けるか。


「買い物はオレひとりで充分だ。おまえは帰れ」
鳴海は背中を向けたまま、まるで独り言のような低い声で言う。
「でも、団長にふたりで買い物に行くように言われたし…」
仲町は、どんなに冷たくあしらわれてもしろがねが鳴海を愛していることを了解している。今の鳴海が本来の鳴海ではなく何らかの事情で様変わりしてしまっていることも理解しているし、きっと鳴海の根底にも目に見える情動以外の何かがあるはずだと考えている。だから蟠りを解す機会が生まれれば、と、こうしてふたりきりの時間を作ってくれる。


「それに買い物の量が多いし」
「おまえが持つくらいの荷物ならオレひとりでもまとめて持てる」
「でも、カトウは初めて行く店だから」
「いい。団長に店の場所は聞いた。案内はいらん」
「でも……買い物のリストにヴィルマの下着が入ってて。それに…生理用品も…」
「……」
「メーカーも商品名も指定されるけれど…カトウ、ひとりで買える?」


鳴海は想像してみた。
下着売り場で店員に巨乳用のブラジャーもしくは派手なパンティーの在庫を訊いている自分の姿を。生理用品売り場の棚の前で銘柄を探して右往左往している自分の姿を。
仏頂面で強面の大男がそんな買い物をしている姿は滑稽だ。下手をしたら警察に通報されるかもしれない。
「……ふん」
仕方ねぇ。連れて行くか。
鳴海は眉間に皺を寄せた。リストに鳴海が手出しできないようなものを入れたのは首謀者側の勝利だとしか言いようがない。それが仲町なのかヴィルマなのかは分からないが。
連れて行くことにはしたが、鳴海の早足は止まらない。


しろがねは、嫌う自分と鳴海が一緒にいたくないのだということは百も承知だ。
鳴海とどんな会話も続かないことも、彼が口を開けば罵詈雑言が飛び出すことも、どんなに冷たい瞳を向けられるかということも分かっている。そんな時、自分の心が痛苦の悲鳴を上げることも、分かっている。
それでもしろがねは鳴海に話しかけずにはいられない。自分がフランシーヌ人形ではなく、しろがね、いや、誰でもないエレオノールというひとりの女なのだということを分かってもらいたかった。会話の中に『自分』を見つけてもらいたかった。
そしてしろがねは鳴海を追わずにはいられない。その背中を二度と見失いたくはない。
この手が触れることはないのだとしても。視線でだったら触れていられる。
遠くへ行って欲しくない。例えそれが日常の買い物の行き帰りであっても。
しろがねは踏み出す足の速度を上げる。滑る足先を庇いながら。
少しずつ鳴海の背中が大きくなる。もう少しで肩が並ぶ。


鳴海は早足で歩く。しろがねを置き去りにしたかった。
敵かもしれない女と仲良くお買い物、など勘弁してもらいたかった。
諸悪の根源かもしれない女。
だけど、その女のたどたどしい足音に鳴海は全身の神経を傾けている。
しろがねが転びそうになったら、その腕で助けてしまわないという自信がない。
離れて歩きたいのはそのせいかもしれない。不用意に触れてしまうのが怖いから。
尤も、そんな理由は鳴海本人は認めない。


小走りのしろがねが手を伸ばせば届くくらいの距離まで近づいた。
「カトウ…」
ようやく追いついた、そう言いかけた時、並びかけて気が抜けたのか足がツルッと勢いよく滑り、しろがねの身体が前にのめった。転倒を避けるために手を大きく前に振る。
鳴海はその気配に条件反射で半身を捻る。
しろがねが無意識に伸ばしたその手も、条件反射で触れたものを掴んだ。咄嗟に縋る。
それは鳴海の作業服の肘。
とうとう鳴海の足が止まる。


「あ…すまない…」
しろがねは体勢を立て直しながら、鳴海を見上げる。無言の鳴海はしろがねに掴まれた自分の肘をじっと眺めて大きな溜め息をついた。しろがねの眉が曇る。
何時振りかに触れた鳴海の左腕には人としての温もりはない。けれど、鳴海には違いない。鳴海のものではない、でも不慮に触れることのできた鳴海を放したくはなかった。
でも、放さないと。私はカトウに嫌われているから。
しろがねは鳴海の作業服をぎゅっと握り締めた手の力を抜いた。


「いい。そのまま掴まってろ」
空から聞き間違えたとしか思えない言葉が降ってくる。
「今にも転びそうな足音で忙しなくついてこられると鬱陶しくて堪らん」
そう言って鳴海はさっきよりも幾らかゆっくりめに歩き出した。
「不本意だが支えになってやる。その代わり黙ってろ」
しろがねは言われた通り、黙って首を縦に振った。


遠い。鳴海との距離は途方に暮れるくらいに遠い。
でも今は、とても幸せだった。
しろがねは自分の小さな手が必死になって鳴海の服を握っている様に目元を歪めた。こんなに些細なことで、心が熱くなって泣きそうになるくらいに幸せになれる自分が悲しかった。
商店街に着いたらこの手は放さなければいけない。でも、たった数分でも鳴海に触れることを許された。それが何よりも嬉しかった。
半歩前を歩き、真っ直ぐ前に視線を据えた背の高い鳴海がどんな顔をしているのかは分からない。でも今は、こうして小さくても接点を持っている今なら、鳴海が笑顔で振り返ってくれるような気がする。目蓋の裏に焼き付けられた、あのとびきりの懐かしい笑顔で。


しかたねぇなぁ。ひとりじゃあるけねぇのかよ。てぇかしてやろうか?
ニヤニヤ笑う男の言葉を
いい!ひとりであるける!ばかにするな!
私はそう突っぱねるのだ。


そんな幸せな錯覚がしろがねの胸の中をほんのりと温めてくれた。
それに反して、雪をわたる北風に吹かれる目尻はどうしてか冷たかった。



◇◇◇◇◇

postscript
こちらは鳴海がツンデレの愛の劇場。微妙に原作のとは設定が違います。鳴海が仲町サーカスで生活していた設定をふまえてます。だからしろがねの口調も初期にならってます。原作だと鳴海との再会後は別人のように言葉遣いがすっかり丁寧になってしまって…ま、誰に対しても丁寧になっているわけなんですが。でも初期のしろがねって、ツンツンした言葉遣いの中に時折見える女の子らしさとか、鳴海への想いなんかが萌えなんですよね。あまりにも口調が変わり過ぎて別人みたいだもの。初期エレと後半エレ。それに想いが通じるまでは「ナルミ」ではなく「カトウ」と呼んで欲しいんだなぁ…原作はぐっちゃですからね。「カトウ」って呼んだり「ナルミ」って呼んだり。好きな人を呼ぶのって苗字と名前の間に微妙なラインがあるんだけどな…。


それから原作は鳴海in仲町サーカスの描写が圧倒的に少なすぎる!その間の勝にはコミックスを何巻も割き、エピもいくつもあるのに!鳴海としろがねはバスジャックのみだもの(涙)。色々な細やかなエピがあったはずなのにね。
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