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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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元々鳴しろ勝が仲町サーカス団員→軽井沢→行方不明→再合流
の設定の原作ベースパロ。






灼熱





厚い雲に覆われて、月明かりも星明りもない夜。
非常灯だけが頼りの真っ暗な廊下をふたつの影が音もなく突き進む。
巨躯の男の影と、大きなトランクを携えた女の細い影。
黒紙に描いた墨絵のような視界前方にチラと動くモノが揺れて見えた。
反射的に男は女の首根っこを掴み、ともに廊下を左に折れた。
途端、直前まで彼らの立っていた空間を劈く銃声とともに鉄の弾が通過する。
男は低い姿勢のまま、女の手を引っ張ると幾つか目の扉に飛び込んだ。


「相変わらず、阿紫花の情報は迅速で正確だなぁ。にやけた狐目でもさすがプロだぜ」
4階の高さにある窓しか逃げ道のない部屋に袋の鼠だと言うのに、鳴海が緊迫感のない声を出すのでしろがねは尖った視線を向けた。部屋の奥、窓際の壁と大きな本棚との隙間にふたりは身を寄せるようにして隠れていた。
「全く…無計画にもほどがある。お坊ちゃまがどこに閉じ込められているのかも分からないのに…いきなり建物の配電設備を壊しては、曲者が侵入した、と教えているようなものではないか」
「しょうがねぇだろ?向こうは得物をもったのが大勢、こっちゃあるるかんのみ。あるるかんが得物がどうかは別にしてな。多勢に無勢なのにゃ代わんねぇんだ。だったら闇に乗じた方が動きやすいってもんだろが」
ふたりは闇にヒソヒソと話す。


鳴海としろがねは誘拐された勝の救出のためにこの建物に忍び込んでいる。相続した莫大な遺産を巡り、勝を意のままにしようと考える親族は多い。鳴海もしろがねも勝の誘拐や殺害を未遂に防ぐことの方が多いものの、時には勝をこうして誘拐されてしまう。警察沙汰にした方が手っ取り早いけれど、阿紫花の話を真に受ければ警察機構のずっと上の方でサイガとの癒着があって「取り返しがつかなくなるまでなかったことにされる」可能性が大きいのだそうだ。それに勝が表沙汰にすることをよしとしない。サイガのような大企業のトップのスキャンダルで本当に困るのは、きっとその混乱で皺寄せを受けるであろう下請けで働いている弱い人たちだから、と勝は言う。
だから鳴海としろがねは、勝のためにふたりだけで闇に奔走する。


「悠長にやってるヒマはねぇんだ。曲者が現れりゃ勝の周りの警護は厚くなる。守りの堅ぇところに突っ込んできゃいいだけよ。RPGの悪魔と違って敵さんも有限なんだから」
しろがねは少し項垂れてトランクを握る手にぎゅっと力を込めた。
「お坊ちゃまはご無事だろうか…言うことを聞かせることが目的の誘拐ならまだしも…殺害、が目的の誘拐だったら…」
今まさに小さな勝が金の亡者にどんな仕打ちを受けているのか、しろがねの苛立ちは募る。綺麗な眉に皺を寄せて爪を噛む。
勝を守ることはしろがねの使命だ。勝を守ることで彼女は自分が人形ではなく人間であると信じられる何かを見つけられるはずなのだ。勝の身に何かがあっては困る。だからしろがねは鳴海が見ていて痛々しいくらいに勝を自分の手で、自分だけで守ろうとする傾向がある。その責任が自分だけにあるかのように自分を責める。


鳴海にはしろがねがまた自分を追い込んでいるのが分かった。
おまえは独りじゃねぇのになぁ、いつまで経っても他人を頼ろうとせずに独りで背筋を伸ばして立つしろがねに鳴海は溜息をついた。オレもここにいるぞ、そう知らしめたかった鳴海は不安を口にするしろがねの頭に大きな手の平を乗せてクリクリと撫でた。
「な…何をする」
「薄闇でも見えるぞ、おまえの眉間の皺」
どことなく鳴海の声が苦笑している。鳴海のスキンシップは不思議なことにしろがねの不安をスッと薄れさせた。しろがねは手で自分の眉間を押さえた。
「平気だよ、へーき。死んじまったものをあんな風に人を使って守ったりしねぇって」
だから勝は無事なんだ、鳴海の言葉にしろがねの肩が少し柔らかくなる。でも、まんまと勝を誘拐されてしまった自分の不甲斐なさが相殺されるものでもない。


と、遠くから扉を開け閉めする音が聞こえてきた。
どうやら追っ手はふたりが折れた廊下の部屋を虱潰しに見て回っているようだ。無意識に鳴海の手がしろがねの頭を自分の胸に引き寄せる。
「余裕を持とうぜ。不安を口に出せるようになっただけ成長したんだろうけどさ」
「な…っ」
「そんなおっかない顔をしてたんじゃ探したいモノは見つかんねぇよ。どうせ苦境であることに変わりがねぇなら笑ってた方がいい」
「…笑うことなんて私には…」
「せっかくキレイな顔してんだ、勿体ねぇだろ?」
「……莫迦」
莫迦、は鳴海に聞こえないように口の中で呟いた。


ふたりは気配を消して静寂に沈黙する。間もなくふたりのいるこの部屋も敵に検められるだろう。迫る追っ手に鳴海はしろがねを身体を抱きかかえるようして己を盾とし、全身を耳にする。
しろがねも全身で勝の行方を探らなければならない。けれど、しろがねは鳴海の腕に守られて、鳴海の厚い胸に頬を寄せて、しばし違うことを考えていた。
鳴海の熱に、心を奪われていた。
力強い鼓動が聞こえる。張り詰めた空気の中でも落ち着いたそのリズムがしろがねの不安を跡形もなく消去する。密着する鳴海の身体からしろがねに伝わるものは体温(ぬくもり)、何て生易しいものではない。熱だ。まるで灼熱の太陽に身を焦がされているような心地がする。氷の殻を容易く溶かしてしまう膨大な熱量がしろがねの中になだれ込み、触れる彼女の肌を焼く。
私は今、カトウの腕が作る籠の檻に居る。
しろがねはゆっくりと目蓋を下ろした。





これまで私が生きてきた世界。
それって一体何だったのだろう?
ただ無意味に長いだけで、これまでの私の生は、本当に生きていたと言えるのだろうか?
色も匂いも温度も何も感じず、己の痕跡も残さず、己自身にも痕跡を残さずにそこに存在することは『生きる』と同義語ではない。
それに気付かせてくれたのは、カトウナルミ、この男なのだ。
お節介で自分に関係のないことに首を突っ込みたがる不治の病持ち。
他人を笑わせないと死んでしまう身の上で、どうしてこんなにも他人に心を砕いて前向きに生きていけるのか。


カトウがこんなにもお坊ちゃまを懸命に助けようとするのは、唯一笑ってくれる少年に自分の命がかかっているからなのか。私が人間になるための答えがお坊ちゃまの中にあるかもしれない、だからお坊ちゃまが必要なのと似ているのかもしれない。
カトウがここにいるのは私を手助けするためではなく、お坊ちゃまを救うため。
彼が真に大事な者、必要としている者は私ではなく、勝お坊ちゃまなのだ。


私はどうだ?
お坊ちゃまは大事な存在、私に人間であることを教えてくれる存在。
ならばカトウは?私にとってのカトウは何だ?
こうして世界には色が着いていて、呼吸する空気には匂いが満ちていて、触れる身体には温もりがあると教えてくれたカトウは…?





「なぁ、しろがね」
名前を呼ばれしろがねは瞳を開ける。
「何だ?」
「オレとおまえは勝のボディガードみてぇなもんだ。ちっこい身体で頑張ってる勝のことはオレたちで守ってやらねぇとな」
「そうだな。お坊ちゃまはカトウにとって笑顔をくれる唯一無二の存在だものな」
しろがねは自分で言って、何故か寂しい気持ちになった。
「ああ。けどな、オレはおまえのボディガードのつもりでもいるんだ。戦うおまえの背中を守れるのはオレだけだ、って自負してるぞ?」
「……」
「オレは誰かを守ることで力が発揮できるしな」
「……」
「オレにとっちゃ、おまえだって唯一無二だ」
「それってどういう」
「し。来た」


しろがねの質問は遮られた。
ふたりのいる部屋の扉が静かに開いたからだ。不審者を探すペンシルライトが部屋の隅々を駆け巡り、暗闇に慣れた鳴海としろがねの瞳に細い残像を残す。
鳴海の腕が更に狭まり、しろがねにもっと近くで熱を分ける。鳴海の匂いがしろがねを包む。
しろがねには不意に時間が止まったかのように思えた。暗くて静かな世界に鳴海とたったふたり、このまま時間が止まってしまってもいいと思えてしまうくらいの心地よさ。自分の隣に確実に居てくれる誰かの存在にこれ程までに心救われたことなどなかった。
しっかりしなければならない場面でこれほどに緊張の解けた状態に陥っていても不安を感じないでいられるなんて、どれだけ自分はこの男に心を依存しているのだろう。今の自分を「不謹慎だ」と戒めることもできないくらいにしろがねは鳴海の放出する灼熱に身も心も焦がれていた。


硬い靴音が徐々に近づいてくる。
追っ手は部屋の奥、ふたりが身を隠す隙間にペンライトの光を向けた。
ペンライトの丸い光が照らし出したのは鳴海の広い背中だった。それを追っ手は一瞬壁だと思ってしまったために銃で狙いをつける動作に遅れが出来た。鳴海は身を捻り銃口を避け、引き金が引かれる前に追っ手の手首を捕らえる。ゴキリ、と嫌な音が響いてその手から銃が転げ落ちた。間を置かず、鳴海の拳が追っ手の鼻にめり込んだ。
顔面を押さえて床を転げ回る追っ手の折れた手首を鳴海は踏み躙る。あまりの痛みと鼻から噴出す生温かい鉄の味が喉を下って相手は満足に悲鳴も上げられない。


「さ、勝の居所を教えてもらおうか」
鳴海は近距離から男の顔にペンライトの灯りを向ける。男は拒否を示しているのか、鼻血で真っ赤に染めた首を左右に振ったので鳴海は踏みつける足の裏に体重をかけた。追っ手の男は痛苦にバタバタと足掻く。
「何だか殺虫剤をぶっ掛けられたゴキブリみてぇだな。もっかい訊くぞ?返答次第じゃ今度は拳骨が口の中にめり込むぜ?その年で総入れ歯ってのぁ情けねぇにも程があるなぁ」
鳴海は大きな拳を男の眼前に突きつける。
恐怖に慄いた男はあっさりと勝の居場所を吐いた。


「手を挙げろ!」
男から情報を訊き出してその腹に慈悲の一発を突き入れた鳴海の背中に数丁の冷たい銃口が狙いをつける。鳴海は一切慌てることなくその場にユラリと立ち上がった。振り返った鳴海が新たな刺客の姿を認めるよりも早くその視界に銀色の糸が幾筋も煌いて、あるるかんが一撃で数人の男たちを戦闘不能にした。
「やぁっぱり、おまえとその黒いのは頼りになるなぁ」
暗がりに鳴海の声が笑っているのが分かる。
指先に銀糸を提げるしろがねがゆっくりと鳴海に近づいた。
「あなたが私の背中を守ると言うのであれば、あなたの背中は私が守る」
闇に銀の瞳がキラキラ光る。
「心強ぇなぁ」
熱っぽい手の平とやさしい瞳がしろがねを温めた。しろがねはそれを大人しく甘受する。


あなたがいれば、私は何も怖くない。止まった時間が動き出し、私を取り巻く何もかもが変化していくことだって私は受け入れてみせる。
そしてできるなら、願わくば……。


「あ、あの」
「ん?」
「さっきのアレは…」
「何のことだ?」
「いや、…お坊ちゃまはどこにいると?」
「ひとつ上の階の一番北側の部屋だってよ。で?おまえは何が訊きてぇんだ?」
「何でもない!さぁ、行くぞ、お坊ちゃまのところに」
「何だよいきなり!変なヤツだなぁ」


駆け出すしろがねの後ろについて鳴海も走る。
しろがねの後ろを固める。
お互いに、お互いの背中を守る。
命を、預け合う。





願わくば、あなたも私が思うように
私を掛け替えのない存在に思ってくれるのなら。




◇◇◇◇◇

postscript  
鳴海が背中を預け合うのはやっぱりしろがねだよなー、って思っているわけですよ…。『からくりの君』が人形使いのプロトタイプであり、人形を操る間無防備になってしまう蘭菊を守る鳶加当の、そのふたりの関係がしろがねと鳴海の関係になるはずだったんだって思うとかなり残念ですよね。いつの間にか足の指も使う設定は微妙に描写されなくなっていったし…いや、確かにギイが地べたに座ってクネクネとオリンピアを操る姿は見たくない。ダールもトーアも教授も見たくない。あれは蘭菊やしろがねみたいな可憐な少女がやるから萌えなわけでね、あられもなく脚を開いたり、腕の動きで乳が柔らかそうにたわんだりね(女だってそういうのに萌えはありますよ?)。

ちょっと鳴海にSドっ気がありますが…ま、ウチの鳴海兄ちゃんはSだし、そうでなくとも守るべきもののためには卑怯な敵に対しどこまでも非情になれる男だと思いますから。
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