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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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元々鳴しろ勝が仲町サーカス団員→軽井沢→行方不明→再合流
の設定の原作ベースパロ。






出会った記念





ガシャリ。
と、それがしろがねの手元で割れたとき、確かに自責の念に(多少)駆られたのは事実だった。だけれど、それ以上にそれが割れたのは自分のせいというよりは、はるかにそれの持ち主のせいだという頭があった。実際、今日の朝食の皿洗い当番はしろがねなわけだし、それ以外においても勝の世話をするのもしろがねの役目なわけで、そのどっちもをこの大男が横取りをしようとしなければ不必要な小競り合いなんか起きることもなく、激しい舌戦が繰り広げられることもなく、平和に皿洗いの時間は過ぎ、まだまだ寿命があっただろうそれが次の不燃ゴミの日に出される運命に堕とされることもなかった筈なのだ。
しろがねだって自分の視線の先で、白いマグカップにシルバーでプリントされた可愛い顔の男の子が胴体を真っ二つにされている様にはちゃんと「申し訳ない」と思っているのだ。
だから非難がましい声で
「あー!それすっごく大事にしてたのに!」
とか
「おっまっえ~、ワザと割りやがったなぁ?オレのマグ!」
と鳴海に責められてもしろがねはしっかりと理論武装ができていた。そもそもが
「ワザとなど割るものか!失礼だぞ?!」
と言わざるを得ない。


「あなたは今日の皿洗い当番じゃないのだから向こうに行っていればよいだろう?」
「ヒマなんだもんよ。手伝ってやろうってんじゃねぇか。感謝されこそすれ文句言われることじゃねぇだろが」
「あなたは万事が万事お節介なのだ!お坊ちゃまのお世話も私だけで充分だというのにいちいちいちいち私のやることに口を挟んで!」
「言わせてもらうがな、おまえは自分のやっていることが完璧だと思ってんのかもしれんがオレから見れば大抵はズレてんの!あれじゃあ勝がかわいそうだぜ」
「何だと!私のどこがズレていると言うのだ!」


こんなやり取りが鳴海のマグカップが割れる寸前にも繰り広げられていた。どっちがより多くの皿を洗い上げるか、そんな競争をしているような最中、狭い洗い場で鳴海の肘がしろがねの腕を突いた。その衝撃に泡塗れの手の中のそれがツルリと滑り、勢いよく落ちた。そして運悪く割れてしまった。それがたまたま鳴海のマグカップだった、というわけだ。
しろがねが手を滑らせたのは鳴海が言うようにワザとではない。鳴海の肘が当たったのだって不慮のことだ。
どちらもそれは分かっている。
分かっているけれどこのふたりは意地を張る。
勿論、素直に謝れば済むのも分かっている。
けれど事態は不慮だから基本的にはどちらの責任でもないのだ。
しろがねは鳴海が「肘が当たったせいだな、すまん」と言ってくれればいいと思っているし、鳴海はしろがねが「手を滑らしてしまった、すまない」と言ってくれればよかったと思う。
そうすれば「私が手を滑らせたせいもある、すまなかった」と言えるし、「最初にオレの肘が当たったからな、気にすんな」と言えるのに。
鳴海もしろがねもケンカが好きなわけではない。本当は、相手と語り合いたい内容はこんなものではない。だが結局、ふたりのしていることはどっちが悪いのかと責任を押し付けあう押し問答。


「だ、大体、これは高いものではないのだろう?ホームセンターで売っていたもので、今だって同じ物を売っている。何もそんなに目くじらを立てなくとも」
「値段じゃねぇんだよ、モノを大事に思うのは!ただ1つ、それだから、ってもんがあんだろ!」
いきなり鳴海がそれまで以上の大声を出した。そして
「この人形女!」
とふてぶてしそうな顔で言った鳴海の捨て台詞に、しろがねはビクリと身を震わせた。
「に…人形…?私が…?」
「あーそーさ。表情は乏しいし、何より笑わねぇよな(オレに対してだけ特に)。そ-ゆーのって人形っぽいじゃん」
キレイ過ぎて人形みてぇ、ってのもあるけどよ。
それを口にするのは何だか躊躇われたので言葉にしない鳴海であった。
しろがねは黙り込む。いささか脳ミソがヒート気味の鳴海は彼女の様子の変化に気付かない。
「…勝やリーゼには薄笑いもしてっけどあんなのは笑ったうちには入らね」
しろがねは蛇口を全開にすると飛沫を上げて噴出す水にかなり乱暴な仕草で手を突っ込んだ。しろがねの手や食器に当たって向きを変えた水がビシビシと鳴海の服や身体を濡らす。
「うわ、何だよ!そんなに勢いよく水出したら服に引っかかっだろ?」
しろがねは流水で手の泡を流すと蛇口をこれでもかとぎゅううっと締める。そしてどこかからビニル袋を取ってくると流しに無残な屍を晒す鳴海のマグカップを拾い集めた。


「おい」
「そんなに皿洗いがやりたいのなら番を代わってやる。残りはあなたがやるといい」
しろがねは不機嫌極まりない声で言う。
「なっ、おい!何でオレがひとりで」
「ヒマなのだろう?」
しろがねはジロリと冷たい視線を鳴海に一浴びさせスタスタとその場を去った。
「な、何なんだよ、一体。逆ギレかよっ」
鳴海は仕方が無しに皿洗いを始める。
確かにあのマグは量販されているものだ。値段も安い。買った店に行けばまだまだ山程在庫があるだろう。そんな安物に拘るなんて傍から見たら愚かしく思えるだろう。
けれど鳴海にとっては少し特別な意味合いを持っていたマグカップだったのだ。
しばらくはブツブツと口の中でしろがねへの文句を呟いていた鳴海だったがそのうちに黙々と単純作業に手を動かす。先程、しろがねに言ってしまった単語に鳴海は少し後悔をする。


人形。


言い過ぎたかな?
背中を向けたしろがねの横顔が幾らか傷ついているように見えた。鳴海は、偉そうなセリフを吐くしろがねがあの澄ました白い顔の裏で何を思ったのか、と考えると自分が嫌な奴に思えて何とも気持ち悪い。
「ま、あのマグがオレのお気に入りだった、なんてしろがねの知ったこっちゃねぇし……人形、って言われて傷ついたのかな、あいつ……いやいや、あいつに限って傷つくなんて。普段、傷つけられてるのはこっちだぜ。……でも……」
人形って呼ばれて、笑わないなんて言われたら……自分の笑顔を笑ったうちに入らない、なんて言われたら気分は良くないはずだ。初めて出会ったあの日から見たら格段に感情表現は豊かになった。
鳴海から見たらまだまだ物足りない笑顔でも、もしかしたらしろがねの精一杯なのかもしれない。
「……何でこう…しろがねに突っかかちまうんだろうなぁ…オレの了見が狭ぇのかなァ…」
ふうっと肩で息をついて、近々機会があったら謝ろうか、なんて鳴海は思った。





しろがねは脇目も振らずにトラック裏の臨時ゴミ置き場に向った。割ってしまったマグカップを不燃ゴミ用のバケツに入れるために。
どうしてか心が酷く痛んで、それを持て余している顔を誰にも見られたくなかった。
カトウは何て酷いことを言うのだろう。私を人形、だなんて。
私は微笑を忘れた可哀想な人形。自分は動く人形。
しろがねはそんな自分が嫌だった。笑い方の分からない自分が心底嫌だった。
でも最近ではそんな風に自分を思うことがなくなっていた。自分を人形とも人間とも考えることがなくなっていた。それなりに、自分は笑っているような気でいた。
楽しかった、毎日が。騒々しくて賑やかで、余計なことを考える余地などどこにもなかったから、自分はこのままでいいのだ、なんて思うようになっていた、いつの間にか。
だけれど鳴海はしろがねを人形だと言った。自分は人形じゃなくなってきている、それはあくまで幻想だったのだろうか。そうあって欲しいという希望が生み出した勘違い、思い込みだったのだろうか。
しろがねはグッと唇を噛み締めた。


どうしてだろう?誰に何と言われても哀しい気持ちになったことなんてなかったのに。
しろがねは誰あろう、鳴海に言われたことが一番堪えたのだった。
「人形みたいな女…褒め言葉ではないな…。好意を持っている相手に言う言葉では決して…」
しろがねは割れたマグカップを見下ろして溜息をついた。割れて、使い物にはならなくて、捨てられる運命なのにマグカップの男の子はいい笑顔で笑っている。
「どうしてこんなときにも笑えるの…?」
自分とは大違いだ。





「しろがね?こんなところでどうかしたの?」
ぼうっとしているところに背後から勝に話しかけられて、しろがねはちょっと吃驚した顔で振り返った。いつもと違うしろがねの様子に
「何かあったの?」
と勝は気遣いをみせる。
「いえ。お坊ちゃまこそどうかされたのですか?」
「団長さんに学校に行くときにゴミ出ししていくように言われてたんだ。それを取りに」
ふと、勝はしろがねの手のものに気付く。
「あ、それ、兄ちゃんのマグ。割れちゃったの?」
「え、ええ…」
話題がマグカップに移り、しろがねはドキリとした。
「兄ちゃん、ガッカリしてなかった?」
「はい?どうしてですか?」


こんな安物の量販品が割れて何故にガッカリ?という顔をするしろがねに勝は鳴海のマグの由来を語る。
「ほら、僕たちが兄ちゃんの家にしばらく住んでいた時さ、僕ら用の食器を買い揃えに行ったことあるでしょ?そのときにさ、兄ちゃん、自分のは特に買うことはないけれど『僕たちが会った記念に』ってそのマグ選んだんだ」
「僕たち…」
「マグに描かれた男の子が僕に似ているって」
なるほど、言われて見れば。マグの少年は勝に似ているかもしれない。屈託のない可愛い笑顔が鳴海に勝を彷彿とさせたのだろう。
『僕たちが会った記念』、それで少年の絵。だが、そこにしろがねを思い起こさせるものは何もない。故意に鳴海から自分だけ除外されたような気がして、しろがねは物凄く息苦しくなった。しろがねは鳴海に無視されることが怖くて堪らない。


「そう…だったの、ですか」
言葉が切れ切れで呼吸をする度に胸が痛くなる。そんなしろがねを勝の次の言葉が救う。
「でさ、それが銀色の絵でしょ?それでしろがねもカバーできるからな、って兄ちゃん言ってたよ」
「わ、私、も?」
「そうだよ?『僕たちの』って言ったでしょ?」
銀色の絵。そんな抽象的な部分に、私。
私のことも少しは想いながら、毎日、カトウはこのマグを大事に使ってくれていたのだろうか?
しろがねの胸の痞えがスッと取れた。


「記念が壊れちゃったら、兄ちゃんガッカリだよねぇ」
「あ、あの…これを割ったのは私なのです。決してワザとではないのですが…カトウは『ワザとやったろう』、と…」
しろがねが困ったような顔をしている。それも兄ちゃんが原因で。いつも怒ってばかりなのに。
そんなしろがねを見るのは初めてで、勝は嬉しい気持ちになった。
「兄ちゃんだって分かってるよ、ワザとじゃないって。ふたりのいつも通りでしょ、ウリコトバニカイコトバ、っての。どうせそれでケンカしたんでしょ」
「は、はぁ…」
兄ちゃんも余計なことを言わなければいいのになァ、なんて勝は思う。兄ちゃんだってしろがねが気になって仕方がないクセにさ。
「それでしろがねは謝ったの?」
「私はワザと割ったわけじゃありません。いわば不慮の事故で」
「間違いでもやっちゃったんだったら謝らないと。しろがね、それが兄ちゃんじゃなければちゃんと謝っているよ?間違って割ったとして、それが僕のやリーゼさんのだったら?」
「…謝っています…」
「ね?」


しろがねは勝に叱られてしゅんと萎れた。いい傾向だね、勝は瞳を細くする。
「それじゃ、ちゃんと兄ちゃんに謝るんだよ?兄ちゃんは絶対に許してくれるから」
勝はランドセルを背負い直し、ゴミ袋を掴んだ。
「お、お坊ちゃまっ」
「なあに?」
しろがねは少しだけ赤い顔でモジモジとしながら
「あのっ、今日の帰りに…買い物に付き合って頂けますか?カトウの…新しいマグを買いに…」
と切り出した。
毎日毎日、柔らかくなるしろがねの表情。勝はにっこりと笑って
「うん、分かったよ」
と答えた。
「それでは下校時刻に校門でお待ちしております」
「うん、じゃあ、行って来ます」
「いってらっしゃいませ、お坊ちゃま」





しろがねはランドセルをカタカタ言わせて駆けて行く勝の姿を見送った後、銀色の笑顔の少年に「ごめんなさい」と一言かけて、ゴミバケツの中に入れた。
鳴海が自分との出会いを『記念』に思ってくれていたことが、しろがねにはとても嬉しかった。



◇◇◇◇◇

postscript
もどかしいエピ…ツンデレ劇場ではまだ軽井沢事件は起こってません。だからこのふたりの間では「人形なんかじゃねぇよ」もなければ、「オレの女になる」もなく、檻の中で至福の時間、もまだありません。ただひたすら微妙なエピが続きます。
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