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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。






紙縒りの指輪





<5>


銀と一緒でない金はフランシーヌと長々とおしゃべりをするのが常だったが、そんな時に必ずといって出るのは銀の話だった。どうして銀の話題が多いのか、に関してフランシーヌも金も特に意識をしたことはなかった。フランシーヌは小難しい学問の話よりは銀の話を訊きたかったし、金はフランシーヌの喜ぶ顔が見たくて進んで彼女にウケのいい銀の話をした。むしろ金は自慢の兄の話をたくさんしたかった。自分の話す銀の話にフランシーヌが「まあ」と尊敬の色を見せたりするとまるで自分が尊敬されたような気がして気分が良かった。
そしてフランシーヌが銀の話を訊きたがったのは、彼女の理解できる話題が少ないこともさることながら、金の語る銀の姿に頼もしさを感じるからだった。
もしも今の自分、もしくはこれまでの自分に銀のように頼れる人、頼らせてくれる人、遅い自分の歩みに合わせてくれる存在がいたら何かが変わっていただろうか?


話を聞きながら、銀に守られる金に自分の姿を重ねているフランシーヌがいた。近くにその姿を見るだけできっと、力を分けてもらえるに違いない。傍に居る、ただそれだけで勇気をもらえるに違いない。フランシーヌは聞いているだけで彼女を安寧へと誘ってくれる銀の話が大好きだった。
そのうちに、いつしかフランシーヌは銀の人となりについての全てを知るようになった。相変わらず、銀はフランシーヌに話しかけることはないし、金がリンゴを買うのを遠巻きに見ているだけで、彼自身とフランシーヌとの間には何ら接点はないけれども、銀が如何に心優しいのか、賢いのか、肉体的にも強く逞しいのか、大きな包容力を持っているのか、頼り甲斐があるか、物静かで真面目なのかを金を通してその全てを知った。
フランシーヌの胸の中には銀に対する憧れが膨らみ出していた。





フランシーヌは床に就く前に、神に感謝を捧げる。
今日も一日、息災であったことを。
銀に出会う前は、神を胸に眠りに就いた。けれど今、フランシーヌの目蓋の裏に最後に現れるのは決まって銀になった。
眠りに就くときだけではない。目覚めて真っ先に思い浮かぶのも銀だし、仕事の手を休めているときに考えるのも銀だ。どうして、こんなにも銀のことばかりを考えるのか、自分でも不思議だった。こんなに、特定の人のことばかりを考えたことなどこれまでなかった。
ジンさんの教えてくれるインさんの話、面白いもの。かっこいいんだもの。何度も何度も思い返しちゃうから仕方が無いのよね。他に楽しい話ってないんだもの。
インさんの話を考えていると何だか心が温かい気がする。温かくしていたいから、自然に頭がインさんのこと思い出しちゃうのね。
フランシーヌは意外と呆気なく、自分の中にいつも銀が居ることの理由をつけた。
それが、そんなにあっさりした簡単なものでないと気付くのには、それほど時間は掛からなかった。





日も暮れかかった頃、ようやく籠の中身が空になった。これで家に帰ることができる、フランシーヌがホッとした面持ちで軽くなった籠を振り、人影もまばらな家路を辿る。
夕暮れの道を歩きながらやっぱり、フランシーヌは銀のことを考えていた。リンゴを買いに来た金が話してくれた、銀の話。今日は銀も一緒で離れたところで弟の帰りを待っていたから短い話だったけれど、
「兄さんは長いことかけて読んでいた分厚い本をやっと読み終わって今日はすごく機嫌がいいんだ」
そんな他愛のない話でも、フランシーヌは嬉しく思った。
「そっかぁ……今日のインさんは機嫌がいいのかぁ……」
金の買い物を待つ銀はいつもと変わらない仏頂面だった。でも、その心の中は晴れ晴れしていたのかと思うと何だか笑いがこみ上げてくる。何だか自分も、気分がよくなる気がした。
銀が自分の隣で笑ってくれているような気になった。
いっつも難しそうな顔をしているインさん。
インさんはどんな顔で笑うのかしらね?
見てみたいな…。





「笑いながら歩いていると人に気味悪がられるぞ」
不意にそう声をかけられて、フランシーヌは飛び上がるほどに驚いた。ちょうど道の交わる場所、角を曲がってきた銀がフランシーヌに話しかけたのだった。
フランシーヌはいきなり誰かに声をかけられたことよりも、それが銀だったことに驚いた。銀のことを考えていて、偶然に銀に会えるなんて。
「あ、あら、インさん。こんばんは」
にやけた顔を銀に見られたことがフランシーヌはちょっと恥ずかしかった。銀はいつもと変わらない難しそうな顔で
「こんばんは、フランシーヌ」
と挨拶した。
「インさん、一人なの?」
銀といることの多い金の姿が見えないのでフランシーヌは何気なく訊ねた。


「ああ、ジンは実験をしている」
「どこへ行くの?」
と、フランシーヌは言った先から銀が腕に提げている籠を見て、彼が買い物に行くのだと分かった。銀はフランシーヌの問いに
「ジンの実験に必要な材料が足りなくなってな。その先の」
とフランシーヌの帰り道沿いにある店を指差して
「店まで買い物に」
と答えた。
「ジンは今手が離せないから私が代わりに」
「そうなの」
銀もフランシーヌの空の籠を見た。
「フランシーヌは今帰りなのか?」
「ええ。私の家もこっちにあるのよ」
フランシーヌも銀が指差した方向を指で突いた。銀はにこりともせず「そうか」と一言、歩き出す。フランシーヌも銀に続いて歩き出した。





高い上背、広い背中。
ひとつに縛った髪が黒衣の上を揺れる。
銀は金と違って無口だから自分に何かを話しかけてくることはない。ふたりを取り巻く沈黙。でも、別に会話などなくてもよかった。何も話さなくても、こうして並んで歩いているだけでも、フランシーヌは楽しかった。兄弟でもどこかおっとりとやさしげな金とは違い、横顔でも見るからに男らしい輪郭の銀。銀は背が高くて脚が長いから、フランシーヌは置いて行かれないように籠を抱えて大股でトタトタとついていく。
銀がフランシーヌをチラ、と振り返った。そして、歩く速度を緩めた。フランシーヌには銀が自分に歩調を合わせてくれたのが分かった。銀が歩みの遅い自分を待ってくれる、それに合わせてくれる。


それがとても嬉しかったからフランシーヌが
「ありがとう、インさん」
そう言おうとした時、前方から馬車が狭い通りを石畳に馬の蹄もけたたましくやってきた。銀は少し乱暴ではあったが、フランシーヌを建物側に押しやって自分を馬車からの盾にした。近く身を寄せるふたりのすぐ脇を地響きを立てながら馬車が通過する。
「全く……危ないじゃないか」
既に小さくなった馬車に銀は悪態をつく。フランシ-ヌの胸はドキドキと音を立てた。
「あ…ありがとう、インさん」
フランシーヌはようやく感謝を言えた。だけれど銀はどうして感謝されたのかが分かっていないようで、いきなりそんなことを言うフランシーヌを怪訝そうに見ただけでまた顔を真っ直ぐ前に向けて歩き出した。
フランシーヌの胸は高鳴り続ける。
銀が買い物をする店の前で「さようなら」をしてもフランシーヌの鼓動は駆け足のままだった。





どうしてこんなにも心が騒がしいのか。
どうして銀のことばかりを考えてしまうのか。
何故に銀の笑うところを見てみたいと思うのか。


ひとりになった帰り道、フランシーヌはとうとう、ひとつの答えを自分の中に見つける。
その答えがあんまりにも無謀なものだったので、フランシーヌは寂しい笑みを口元に浮かべた。決して叶うことのない想い、儚く消えるしかない望み、せっかく生まれたのに人知れず弾けるしかない恋の泡沫。
フランシーヌはそっと肩に手をやった。一生消えることのない刻印が重い。そうでなくとも自分は何の取り得もないスラムの女。
「あーあ」
フランシーヌは暮れなずむ空を見上げた。空には金持ちであろうが、貧しい者であろうが公平に光をくれる宵の明星。
フランシーヌは星ににっこりと微笑むと想いを振り切るようにして歩き出した。



◇◇◇◇◇

postscript 銀フラエピをもうひとつ。銀の意識には残らないような、たくさん集めなければ形にもならないような他愛のない出来事がフランには嬉しかったのではないかな、って思うんです。誰かに片恋しているときってささいなことが嬉しいいものでしょう?廊下ですれ違った、とか、好きなものが同じだった、とか思いがけないところで見かけた、とか。銀が自分の内にあるフランへの想いに気づく前からフランは銀を見ていたと思うのです。
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