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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。






紙縒りの指輪





<4>


知り合いになって初めて、異国人の銀と金の兄弟がこの町の中で目立っていることに気がついたフランシーヌだった。赤茶けた町並みに黒ずくめの彼らの姿が歩いているとすぐに分かる。どうしてこれまで視界に入ってこなかったのかが不思議になる程、フランシーヌはよく彼らの姿は目の中に飛び込んできた。
銀と金が通ると、町の娘たちの視線を釘付けにすることにも気がついた。背が高くガッシリとした体付き、精悍で男らしい顔付きなのが兄の銀。兄に比べると然程背は高くなくほっそりとした体付き、顔付きもどこか中性的でやさしげな印象なのが弟の金。見るからに理知的なのは兄も弟も変わらない。銀が町娘の秋波にとんと無頓着なのに対し、金はその視線に気が付いて微笑を返しては娘たちに桃色の吐息を漏らさせている。
女性に対する態度はそのままそっくりフランシーヌに対しても当てはまり、いつ会ってもフランシーヌに声をかけてくるのは専ら金で、銀はムッツリと短い挨拶と会釈をする程度だ。
インさんはこの間、私を娼婦みたいに扱って恥を掻いたのが効いているのかしらね?フランシーヌはそんなことはもう気にしなくてもいいのに、と思いつつ強面ながら不器用さが垣間見える銀を微笑ましく思った。





「やあ、フランシーヌ」
「あら、こんにちは。ジンさん」
「リンゴをひとつ、もらえるかな」
金は知り合ってから頻繁にフランシーヌからリンゴを買うようになった。フランシーヌにとってはとてもいいお客さんだ。
「ジンさんはたくさんリンゴを買ってくれるからホント嬉しいわ。とってもいいお客さん」
フランシーヌの手から金の手にリンゴが渡り、金の手からフランシーヌの手にコインが渡る。フランシーヌは金の手に大事そうに抱かれるリンゴを見遣って
「本当に好きなのね」
と微笑んだ。フランシーヌの言葉と微笑みに金の顔が一瞬ハッとしたものになって、そしてすぐに真っ赤になった。


「う、うん。そうなんだ…僕は好きなんだ」
「リンゴがとっても好きなのねぇ、ジンさん」
「え?」
「男の人がリンゴがすごく好きってのはそんなに赤くなって恥ずかしがることじゃないわよ?リンゴは医者いらずなんだから」


フランシーヌはこうやってリンゴを売りはしてもこんなにきれいなものが口に入ることは滅多にない。売り物にならないくらいに腐って食べられる部分の殆ど無いリンゴならたまにもらえることもあるけれど。それだって、食べられる箇所を切り出してジュースにしたら、全部子どもたちにあげてしまう。フランシーヌはそれでよかった。子どもたちの嬉しそうな顔を見られるのなら、自分はリンゴの皮に残る果汁で舌を濡らすだけでいいのだ。
「リンゴを食べて病気しないで一生懸命お勉強ができれば…ジンさん?どうかしたの?」
どうしてか出鼻を挫かれたような表情の金にフランシーヌの頭に疑問符が浮かぶ。
「あら?私何か変なこと言ったかしら?」
「い、いや。そうだね、って思って」
金は「あはは」と笑って、笑いを「はあ」と溜め息で締め括った。





「そう言えば、インさんはどうしたの、今日は」
金がフランシーヌの元にリンゴを買いに来る時は大抵師匠に頼まれた買い物、または町の人に薬を売って歩く途中で、銀と一緒だ。一緒でもフランシーヌの近くに寄って話しかけにくるのは金だけで、銀は遠くで金を待っている。銀がリンゴを買ったのは初めて会ったあの日以来ない。尤も、あの日の銀は一籠丸ごと買ってくれたので充分と言えば充分散財してくれたのだけれど。
でもたまに、今日のように金だけの日がある。そんな日、フランシーヌは必ず訊ねるのだった。「インさんはどうしたの?」、と。
「兄さんはどうしても読んでしまいたい書物があるんで今日は部屋に篭ってるんだ」
一人だと待たせる者もおらずフランシーヌとゆっくりお喋りに興じることのできる金は弾むような口調で答えた。
「へぇ……お勉強が好きなのねぇ……」
「僕らは勉強をしにここに来ているわけだしね」
「あ、そうよね」
さっき自分でも言ったのにもうすっかり忘れていたわ、とフランシーヌは舌を出した。


「でも今はお休みの時間なんでしょう?ジンさんはこうしてお散歩しているのに…。インさんはお休みの時間にもお勉強をしているの?」
自分よりも兄の銀の方が勉強家みたいにフランシーヌに思われるのは面白くないと金は思ったのかもしれない。金は現在習っている学問のことや、読んでいる書物のこと、兄と自分の進度状況等について息もつかずにフランシーヌに語って聞かせた。尤も、フランシーヌには金の話す内容はまるで理解はできなかったが。
「この町に来て一年、僕の方が錬金術の勉強は兄さんよりも進んでいるんだ」
フランシーヌの目には金が少し得意気に胸を張ったように見えた。
「兄さんは小人間の合成には至れてないし…。僕の方が師に褒められることが多いからね、だから兄さんは僕に追いつこうと頑張っているんだ」


フランシーヌには金の何を言っているのかさっぱり分からなかったけれど、そんな難しい話を滑らかに口にする金に純粋に
「すごいのね」
と感心した。フランシーヌに褒められて金の頬が上気した。更に彼の体が弓になる。
「だから僕も兄さんに追いつかれないように頑張ってるんだ。生まれて初めて兄さんより前に出られるものを見つけたから。兄さんは……何でも凄いから」
「インさん?何が凄いの?」
ここまでの小難しい話よりもずっと銀の話の方が面白そうだとフランシーヌは思ったので、勉強好きな金がまた勉強の話を始める前に「インさんの話を聞かせて!」と催促してみた。
「兄さんはね…」
金は勉強の話よりも兄の銀の話の方が好きなようにフランシーヌは感じた。だって金の瞳がキラキラと輝いている。


「兄さんはね、僕が村の悪童に苛められてるとすぐに飛んできて助けてくれるんだ。どんなに相手が大勢でも絶対に負けないんだ。ケンカが強くてね、いつも守ってくれたんだ」
「へ…ぇ」
「それにね、兄さんは物知りでね、色んなことを知ってるんだ。よく兄さんの背中におぶさって兄さんの話を聴いたなぁ…。難しくて何を言ってるのか分からなかったけれど…。兄さんの話、大好きだったんだ」
どうしてか、フランシーヌの胸がチリッと妬けた。
「いいね、ジンさん」
「何が?」
「そうやっていつも守ってくれる人がいてくれて」
「うん。とても頼れる兄さんがいてくれて僕は助かってる。兄さんがいなくなったら僕は強くはいられないよ」
「そうなの…」
兄の話を自慢げに瞳を輝かせながら語る金をフランシーヌは羨ましそうに見つめていた。





自分にも、そうやって冷たい風から守る盾になってくれる人がいたのなら。
自分にも、そうやって手を差し伸ばし、待っていてくれる人がいたのなら。
自分にも、そうやってともに同じ道を支えながら歩いてくれる人がいたのなら。
例え貧しい暮らしに代わりは無くとも、世界が屹度、違って見えただろうに。





他人をうらやんではいけない。
それも神の教え。
誰がどんなにきれいなドレスを着ていても、食べ物に困らない裕福な暮らしをしていても、フランシーヌは他人を羨んだことなど一度だってなかった。生活がどんなに苦しくても、ひもじくても、明るい未来の欠片などどこにも見つけることができなくても、他人を羨ましいと思ったことは一度だってなかった。
けれど今、生まれて初めて誰かを羨ましいと思った。
ああ、もしかしたら私は誓いを破り、もう既に神の御心に背いているのかもしれない。
神様は私にまた、罰をお与えになるだろう。





フランシーヌは金が羨ましかった。銀に守られている金が心底羨ましかった。



◇◇◇◇◇

postscript 金は多分、フランシーヌに会うたびに兄・銀の話をペラペラペラペラしゃべくりまくったのではないかと推定します。銀よりはマシだけれど金だっておそらく世事には疎かっただろうし、彼の世界は中国の貧しい村と兄と、プラハでの勉強漬けの生活ですから、年頃の女の子を喜ばすような話題のストックってそんなになかったのでは?だから今学んでいる勉強の話や自分たち兄弟の話くらいしか持ちネタがないんです。勉強の話は難しすぎてフランの食いつきが悪い。自分の過去というのは苛められっ子で兄さんに助けられるのが常であんまりフランにいいカッコのできる話題は少ない。ところが銀は金の憧れの人物だからいくらでもネタがある。フランも自分の知っている人物の話題だから喜んで聞いてくれる。フランが銀の話に感心してくれるとまるで自分が褒められているかのように気分がいい。結果、余計に舌が回る。

フランは金ほど銀と接点は持たなかったでしょう。けれど、銀が自分を語らずとも、金が自慢の兄の話をたくさん聞かせてくれる。女の子の気を惹こうとして、女の子の食いつきのいい話をしていたら知らないうちに他の男を持ち上げていた、なんてことはよくある話。しかも金の語る銀というのはブラコン補正も手伝ってかなり偉大になっていたかも知れず、【私はひとりでも強く生きていける、けれど本当は誰かに寄りかかりたい】という路線が顕著なフラン系女性の心を掴むのには充分だったのではないかと思われます。

元々、ファーストインプレッションで好印象を持っていた銀、それが金の話でとても素晴らしい人だと分かる、理想の男性像と一致する、でも自分はこんな女だから好きになっても仕方が無い、諦めよう諦めよう諦めよう・・・でも考えれば考えるほどに膨らむ初恋、みたいなねー。だから銀からフランへの働きかけが皆無でも、舞い上がった金が自分でも知らないうちにフランの中で【銀への恋心】を育む手伝いをしてしまっていた、のではなかったか、と予想します。
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