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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。






紙縒りの指輪





<3>


スラムに住む者たちはフランシーヌのやさしさ、不憫さを知っていたから彼女の肩に泥棒の刻印が打たれてもこれまでと何ら変わらずに接した。どうして彼女が罪を犯したのかも痛いくらいに理解ができたから誰も何も言わなかった。戻ってきたフランシーヌに、皆、彼女が牢獄に入っていた事実などなく、昨日も会っていたかのような挨拶をした。フランシーヌは皆の温かさが身に沁みた。
そしてまた、これまで通りの貧しさに追われる生活に戻った。
純潔を失い、たったひとつの夢さえ手放したフランシーヌではあったが、それ以後もどんなに苦しくても花を売ることはなかった。あれは自ら進んでしたことではない、自分からは姦淫はしていない、この先も絶対に自らその道には進まない。それが彼女に最後に残された誇りだったのかもしれない。
もう二度と、神の御心に背くことは決してしない、彼女はそう決心していた。
私が神を裏切ったから、神は私に罰をお与えになったのだ。罪には罰をお与えになり、神は私を赦された。けれど神は一度の過ちは赦しても、屹度二度目は赦してはくださらないだろう。


フランシーヌはいつでも明るい笑顔を絶やさなかった。むしろ、それまで以上に彼女は人々に明るくやさしく接するようになった。広く大きな博愛の精神で、困窮する人々に施すようになった。自分の幸せは後回しでよかった。
悲しい記憶の数ばかりが増えていくのなら、片っ端から忘れていこう。忘れることができないのならせめて、ものを考えることをやめよう。日常の小さなことにも喜びを見つけよう。そして大きな声で笑い飛ばそう。笑い声に驚いて、悲しいことや辛いことが逃げて行ってしまうくらいに。
そのおかげかは知らないが、それからは大病を患う者もなく皆元気に暮らした。





フランシーヌは短く切った髪がまた売れるほどに長くなり、そして髪がまた短くなった。
五月の祭りの近い頃、フランシーヌはふたりの異国人の男性に出会った。
清の国から錬金術を学びに遥々プラハへとやってきた兄弟。





「リンゴはいかがですか?甘いリンゴですよ?」
その日、フランシーヌは通りに出てこの時期恒例のリンゴ売りをしていた。とても天気は良かったけれど、リンゴを買ってくれる人が少ないのも、お腹が空いているのもいつもと何ら変わらない、何の変哲もない日だった。
「リンゴはいかがですか?とても甘いリンゴ、ありますよ?」
誰の耳にもフランシーヌの声が届かない。道行く町人もどこか浮ついてる。そう、まもなく五月の祭り。カーニバルがやってくるのだ。
フランシーヌは祭りが大好きだった。道化師や大道芸人、人形劇にパレード。町はきれいに飾り付けをされる。風に旗ははためき、色とりどりの紙吹雪が空に舞う。それを見ている間は貧しい日々の暮らしを忘れられる。『笑う』のではなく、思い切り『笑わせてもらう』ことができる。
本当に昨日と変わらぬ変哲もない日だった。
「ああ、祭りの日が楽しみねぇ」
昨年の祭りの思い出に心を彷徨わせて一瞬ぼうっとしたフランシーヌにひとりの男がいきなりぶつかって、勢いよく彼女を突き飛ばすまでは。


「きゃ!」
フランシーヌは地面に手をついた。籠の中からリンゴが飛び出し地に跳ねると、そのまま通りにゴロゴロと転がった。
「あっ、これは申し訳ない!」
「もう…兄さんは…」
石畳に座り込むフランシーヌの目の前に、通りに転がるリンゴを拾い集めようと黒髪の大きな男が屈み込んだ。


何事かと思った。リンゴ売りをしていて通りすがりの男に手荒いことをされることは慣れていたフランシーヌだったから「邪魔だ!」くらいの暴言や、一発くらい不条理に殴られることも覚悟していた。覚悟して身構えていた。けれど相手には全く悪意はなく、誠意をもって謝罪を口にしたのでフランシーヌはホッとした。自然と笑みも浮かぶ。
「あはは、もう!びっくりしちゃった」
そう言ったフランシーヌと男の瞳が合った。黒い服を着た男はプラハの町では非常に珍しい、これまた真っ黒な髪と真っ黒な瞳をしていた。とても賢そうな、澄んだ瞳をしていた。
「だめですよ、道の真ん中で急に手をふり回しちゃ」
「すっすまん」
男はまた謝って慌ててリンゴを拾う。拾ってはフランシーヌの持つ籠の中にそれらを戻した。
スラム街の女が相手ならば例え自分に非があっても謝らない男は多いし、自分がぶつかってリンゴを転がしても拾う手伝いなどしてくれる男は少ない。なのにこの男はフランシーヌに二度も謝ってリンゴを拾っている。


何だか変わった人。
フランシーヌは自分でもリンゴを拾い上げながらクスリと笑った。
「あっあのっ…お名前は?」
リンゴを拾う男の後ろに立っていた連れがフランシーヌに名を訊ねてきた。こちらの男も黒い服に、黒い髪、黒い瞳をしていた。
「フランシーヌ。私の名前はフランシーヌよ。あなた達は?」
フランシーヌは名を訊かれたので、相手の名前も訊き返した。
「わ…私は白銀」
フランシーヌにぶつかってきた男が名乗る。
「僕は白金」
もうひとりの男もフランシーヌにリンゴを差し出しながら名乗った。


「あら、外人さんね」
プラハでは滅多に見かけない、黒髪黒目。それに黄金がかった黄色い肌。案の定、異国の人だった。名前すら耳に珍しく、フランシーヌの耳にはとてもエキゾチックに聞こえた。フランシーヌはにっこりと笑う。
「でもとっても素敵な響き。私、好きだな」
それが、フランシーヌと白銀・白金兄弟との出会いだった。





「兄さんが持っているのでリンゴはもうないよ」
金の言葉を受け、銀が手の中にある最後のリンゴをじっと見つめた。
「……」
「ありがとう。助かったわ、拾ってくれて」
「いや、元はと言えば私がぶつかったから」
銀はリンゴをそっとフランシーヌの持つ籠に戻した。
「ジンもすまなかったな。さぁ、買い物に行かなければ。それでは失礼する」
「さようなら、フランシーヌ」
「ええ、さようなら。インさん、ジンさん」
フランシーヌは立ち去る兄弟に手を振って、またリンゴ売りの仕事に戻った。


「リンゴはいかがですか?リンゴは…」
売り声を上げて時を置かず、彼女は
「あー…、フラン、シーヌ」
と、すぐにまた呼び止められた。声に顔を向けるとそれは銀だった。
「はい?どうかしたの?インさん?」
銀は幾分強張った顔で
「リンゴ…」
と一言、フランシーヌの持つ籠を指差した。フランシーヌは銀の指先と籠の中身を交互に見遣って、
「あ、買ってくれるの?ありがとう!」
フランシーヌはパアッと輝いた笑顔を見せ、銀にリンゴをひとつ差し出した。
「いや、そうじゃなくて」
「あ、そうだよねぇ。インさん、自分で選びたいよねぇ。どれがいい?好きなのを選んで」
フランシーヌは銀によく見えるように籠を彼の足元近くの地面に置いた。
「このリンゴ、全部買う。幾らだ?」
「え…?」


銀の言葉にフランシーヌの笑顔は凍りつき、彼女は戸惑った。
『花売り』、というのは娼婦の隠語だ。売り子の籠を空にする、それは『花』=『女』を買うという暗黙のルールなのだ。花に限らず、道端で物売りをする女は男にとっては『花売り』なのだ。勿論、娼婦ではない物売りもいる。その時は、売り物の全部は売れないと言い、自分は『花』を売る女ではない旨を暗に伝える。すると男は商売女でないことを察して何も買わずに去って行くのだ。
だからフランシーヌも銀に言った。
「あの…全部は売れないの。ひとつだけ残して、なら売れるんだけど」
と。籠の柄を握るフランシーヌの手の中に汗がじわりと滲み出る。別に『花売り』に間違えられたことなど珍しくも無い。日の高いうちから女を買う男だってたくさんいる。
でも、こんな真面目そうな人にも私って、そういう女に見えるのかしら?フランシーヌは銀に商売女に見られたことが少し悲しかった。





「ひとつだけ残す?」
銀は首を傾げ、片眉を上げた。
「ええ。あの、私は…」
フランシーヌは両手でスカートをグシャリと握り締めた。銀はフランシーヌの言葉の先を待たずに籠の上に屈み込み、リンゴを端から丁寧にひとつひとつ検める。
「兄さん、何をしているの?」
なかなかフランシーヌの元から帰ってこないどころか何やらを始めた兄のところに金がやってきた。銀はリンゴを全てひっくり返して頷くとフランシーヌの顔を見、きっぱりと言った。
「やはりこのリンゴを全部買う。幾らだ?」
「え?」
「兄さん!」
『籠を空にする』の意味を知っている金も目を点にして兄の言葉に途轍もなく驚愕している。
「に、兄さんがそんな…」
金は青い顔でヨロヨロと一歩後退した。
「あの、インさん、全部は売…」
銀はフランシーヌの困ったような声を遮った。


「駄目だ。傷んでないリンゴなんてひとつもない」
「は?」
「ひとつだけ残して、と言ったろう?どれか無傷なリンゴはないかと探してみたのだがひとつもなかった」
「はい?」
「さっき気になってたのだ。地面に落ちたときにリンゴが傷んだことに。これでは売り物にはならん。私がぶつかったせいなのだから私が責任を取って全部買う」
フランシーヌも金も、ポカン、とした顔になる。
「リンゴの傷み…?」
「何だ、兄さん。僕はてっきり…」
フランシーヌと金の目が合った。ふたりは同時に噴き出すと、ケラケラと笑い出した。
「やあだ、インさんったらッ!」
「可笑しいと思ったんだよ、この奥手な兄さんが・・・そんなことある筈ないよねぇ」
「な、何だ?ふたりとも何を笑っている?」
どうして笑われたのか理由が分からない銀は笑い転げるふたりを怪訝そうに見た。
「な、何でもないよ、兄さん・・・」
「分かったわインさん。全部売ります、籠ごとどうぞ。たくさんあるから持って帰るの大変でしょう?」
「いいや。この籠は商売道具なのだろう?」
何て真面目な人なのかしら?フランシーヌは目頭の涙を拭った。


「ならこれを使って」
フランシーヌは自分の肩掛けを外すとそれにリンゴを包み、銀に手渡した。
「これはいつ返してくれても構わないから気にしないでね」
「ああ」
銀はフランシーヌの腕ごと抱き抱えるようにしてリンゴの詰まった肩掛けを受け取った。銀の手の平がフランシーヌの腕や手に触れた。とても温かな大きな手だった。
「兄さん、お金あるの?」
「このリンゴを買うくらいの金はある」
代金を受け取りながらもフランシーヌは笑いを堪えるので必死だった。笑われていることに合点がいかずに気難しそうに苦虫を噛み潰している銀にはその気はないだろうが、フランシーヌはこんなにも笑わせてもらったことって記憶にないわね、と考えていた。





翌日、昨日と同じ場所でリンゴを売っているフランシーヌの元に、銀が借りた肩掛けを返しに来た。銀はあの後どうやら、金に『物売りの籠の中身を全部買って空にする』意味を教えてもらったようだった。物凄く気不味そうな顔をしている。
「あー…その、すまなかった。色々、と…」
色々、にはぶつかって転ばせたことや、リンゴを傷物にしたことの他に、知らぬこととは言えフランシーヌを娼婦扱いしてしまったことも含まれているようだった。仏頂面で肩掛けを差し出す銀の顔はこの上ない程に真っ赤だ。フランシーヌと目を会わすことさえ恥ずかしいようだった。
「気にしないでね」
フランシーヌは肩掛けを受け取りながらクスクスと笑った。
それもまた、フランシーヌにとっては可笑しくて堪らない出来事だった。



◇◇◇◇◇

postscript 銀・金・フラの出会いの場面。ちょこっと銀とフラのエピを足してみました。金はフランに一目惚れしたことは確実です。そして銀もフランに一目惚れをしました。ただ、銀は金と違って女性に奥手なために自分の気持ちに気づくのが遅れただけです。問題はフランです。彼女の場合は生い立ちや置かれている境遇のために一目惚れはなかったのではないでしょうか?エレが鳴海と出会った後、その触れ合いの中で鳴海に興味を持ち、鳴海のことを考える時間を超えて愛するようになったように、フランもいくつかの積み重ねがあって銀を愛するようになったのではないかと思うんです。原作では出会って、カーニバルで、裸見られて、教会で求愛、しかエピがありませんからね。絶対その合間にフランが銀を愛するようになるきっかけがあったはずなんですがねぇ。
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