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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。






紙縒りの指輪





<2>


フランシーヌはいつしかプラハに流れ着いた。
人買いの手を逃れ、東欧の大きな街・プラハに辿り着くまでの彼女は時に家畜以下の生活を強いられた。惨めさしか残らない記憶をフランシーヌは思い出したくもない。





プラハでの生活も貧しく厳しいことには違いなかった。身寄りもない子どもであるフランシーヌは行く当てもなく、しばらく軒下で乞食のように生活をした。残飯を漁り、物乞いをする。大きな町な分、田舎町よりも残飯にありつける機会は多くなったが、競争相手も同時に増えた。
もしもスラム街に住む、とある老夫婦がフランシーヌの面差しの中に大昔になくした彼らの娘を見つけ家に置いてくれなかったら、フランシーヌは時置かずして儚くなっていたに違いない。フランシーヌは老夫婦に涙して感謝し、老いて満足に働けない彼らのために一生懸命仕事を探した。スラム街の子どもにできる仕事は限られてはいたが、どんな汚れ仕事も泣き言ひとつ言わずに、どんなに薄給でも真面目にこなした。小さな仕事を出来る限り引き受ける。屑野菜がもらえる市場での野菜洗いの仕事がもらえたときは嬉しかった。フランシーヌは老夫婦に恩返しがしたいと頑張った。


そして数年後、老夫婦は病に倒れ、医者に掛かることもできず帰らぬ人となる。老夫婦の家にひとりで住むことになったフランシーヌはあの頃の自分と同じ境遇の子どもを引き取らずにはいられなかった。手を差し伸べずにはいられなかった。身寄りのない子どもの数はどんどん増えていき、フランシーヌは相変わらず細かな仕事をたくさんこなし、子どもたちを養うために稼いだ。子どもたちも皆怠けることをせずに、フランシーヌを助けようと自主的に働いた。
それでも貧しくて、苦しくて、毎日を生きることで精一杯だった。明るい未来などどこにも見えないどん底の生活をしていてもフランシーヌは笑みを絶やさなかった。子どもたちにも、近所の貧しい者たちにも、エレオノールは笑みを振りまいた。励まして、元気付けて、自分の持つ僅かなものですら惜しみなく他人に分け与えた。
辛くても輝くフランシーヌの微笑みは同じ境遇の者たちの希望となる。
しかし、フランシーヌ当人は微笑みとは裏腹に、本当はひとりで真っ直ぐに立って生きることにも、誰かの支えになることにも疲れていた。


年頃のフランシーヌは夢を見る。街を歩く、きれいなドレスで着飾った娘たちと同じ夢を見る。誰かを愛して愛されたいと。愛する人に寄りかかりたいと。
そんな人に出会える日は来るのだろうか?
私の愛した人は私を愛してくれるだろうか?
こんな、何もない私を愛してくれるだろうか?
この草臥れた身体を抱き締めてくれるだろうか?
ともに歩こう、そう言って手を差し伸べてくれるだろうか?
フランシーヌには何もない。貧しくて、学もなくて、品もない。
あるのはこの身体だけ。神様が与えてくだすった身体ひとつだけ。


フランシーヌは手っ取り早くお金を稼ぐ方法を知らないではない。『花』を売ればいいのだ。見知らぬ男に身体を開けばフランシーヌが何日もかけて稼ぐ金額を数時間で稼ぐことができる。けれど、愛する人に捧げるものがこの身体しかないのであれば、フランシーヌは大して価値もないとは分かっていても、この純潔を取っておきたかった。いつか出会うかもしれないその人のために、身体だけはきれいでいたかった。
本当に、捧げるものは他に何もないのだから。
唯一人、人生で唯一人でいいから、思いの丈愛せる人に出会いたい。
その人がこんな私を愛してくれると言うのなら、どんなに辛い人生でも思い残すことはない。私という人間がこの世の底に生まれてきたことにだって、私は意味を見出せる。
その人のために身も心も捧げたい、そんな夢をフランシーヌは大事にしていた。





ある日、フランシーヌと暮らす子どものひとりが病気になった。フランシーヌは懸命に看病をしたが子どもは一向に良くならず、病状は悪化する一方だった。衰弱した身体から魂が逃げたがっているのが分かる。フランシーヌはつい先日、長くて美しい銀の髪を売ったばかりで換金できるものが何もなかった。医者にも診せられない、薬も買えない。せめて、何か精のつくものを食べさせてあげたかった。でも、それを買うのにだって金がかかる。髪を売った代金は残っていなかった。金は全て隣人と分け合って施してしまったのだから。
誇りを捨てて、夢を捨てて、身体を売ればいいのだろうか?
否、それはできない。神の御前で誓いを立てていない相手との姦淫は神が禁じている。
ならば、病気の子のために何か食べ物を盗んでこようか?
否、それもできない。盗んではならないと、それも神は禁じている。
ではどうすればいい?貧しい者は神の教えに従い、ただ無為に死ぬだけしか道は残されていないのか?生きようと、足掻くことすらも許されないのか?


売春も泥棒も、神の禁じる行為。
敬虔なキリスト教徒であるフランシーヌは悩んだ。そして考え抜いて悩み抜いた末にフランシーヌは、盗みを働く禁を犯すことを決心した。
どうせ、神の言葉に背くのだ。どちらの道を通っても神の教えに背くのだ。同じ禁忌なら、『花』を売った方が一度に金になる。病気の子どもに精のつくものをたくさん食べさせてあげられるだろう。
けれど、あえて、己の純潔を守る道を選択したのは、いつか愛する人とアイルを歩き神に永遠の愛を約束する、その夢を捨てきれなかったからに他ならない。


何もないフランシーヌのただひとつの夢。
他愛のない夢。
けれど、大事な夢。
フランシーヌは市場から卵をひとつ、盗んだ。
これを食べればきっとあの子は元気になる。
神様、後で必ず懺悔します。
あの子が元気になったら、絶対に懺悔しますから。
けれどその卵は病の子どもの口に入ることはなかった。僅かな金でフランシーヌは密告されあっさりと捕らえられた。
卵は無残に割れた。フランシーヌの足元に。





フランシーヌは一ヶ月の禁固刑を受けた。肩に盗人を表す『V』の焼印を押され、卵ひとつと引き換えにフランシーヌは犯罪者と断じられた。
牢屋に入れられていた一ヶ月の間に彼女の身に訪れた悲劇に関して多くを語る必要はないと思われる。ただでさえ人権などない貧しい女の犯罪者、それもうら若くて美しいとなれば、卑しい牢番たちに何をされたかなど想像に容易いだろう。肩に押された焼印のひりつく様な痛みと熱で苛まれる中、薄暗い獄中でフランシーヌは複数の男たちに幾度となく汚された。





刑期を終えたフランシーヌは唯一の望み、愛する人とアイルの先で神に永遠の愛を誓う夢、それすらも奪われていた。そんな打ちひしがれたフランシーヌを待ち構えていたのは件の子どもの訃報だった。
フランシーヌはすぐに家を飛び出して墓地に向かう。墓地では真新しい粗末な十字架がフランシーヌを無言で待っていた。追い討ちをかけるような悲しみの連鎖。
フランシーヌは天を仰いだ。
どうせこんなことになるのなら、私のちっぽけな夢など手放せばよかった。そうすれば、身体を売ったお金で卵なんて幾らでも買えたのに。たくさん食べさせてあげられたのに。
そうしたら、あなたも死ななくて済んだかもしれないのにね。





この世にはどこにも、最初から私なんかを愛してくれる人なんていないのに。
最初から持つだけ無駄な夢だったのに。
私ったらどうして、そんなくだらない夢にしがみ付いていたのかしら?
私ったらどうして、私を愛してくれる人といつか出会える、なんて絵空事を信じていたのかしら?
何も与えられるものなんて持ってないくせに。
スラム街の、ちっぽけな女のくせに。
誰が私なんかを見つけてくれると言うの?





フランシーヌは小さな墓にすがり付いて泣いた。
死に目に会えなかった、幼い子どものために。
たったひとつのささやかな夢すら取り上げられた、哀れな自分のために。





◇◇◇◇◇

postscript 少年誌ではまず語られないだろう、行間を読むようなSSになってます。ここまでフランシーヌを非業にしなくてもいいのではないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。けれど私は、おそらくフランシーヌは銀と出会う以前、禁固刑を受けている間に純潔は踏み躙られてしまっている可能性は大きいのではないか、と思います。中世はどの国に限らず女性の人権は低いですし、スラム街の泥棒女、それも若くて美しい、となればどんな目に合うかは想像に難くないですよ。

フランシーヌのすごいところはこんなにも過酷な運命を自分に与える神を呪わないことでしょう。自分の幸せよりも他人の幸せ、世界の人々の幸せにまで思いを馳せることのできる大きな心。尤も、全くといっていいほど利己的でないがために彼女は死を選ぶしかなかったのでしょうが。
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