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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。






紙縒りの指輪





<1>



フランシーヌが生まれた故郷・クローグ村はとても貧しい村だった。
痩せた土地に海からの強くて冷たい風が吹き荒ぶ。
特産もなく、村人たちに課せられる税ばかりが重い。
村人たちは懸命に、真面目に働かなければその日食べるものにも困るような暮らしを朴訥に生きていた。度々起こる、抗いようのない飢饉の果てには口減らしが行われる。働けないものは死に、弱い者は生き延びられず、見目麗しいものは売られる、代々、それがクローグ村に生きる者の定めだった。





フランシーヌの妹が生まれた年も飢饉に見舞われた。
貧しい彼女の家は納めるべき税も滞納し、立ち行かなくなっていた。唯一の働き手である父親が縛についてしまっては幼子をふたりも抱えた母親に生きる術はない。夫婦は悩みに悩んだ末、上の娘・フランシーヌを人買いに出すことにしたのだった。年端の行かないフランシーヌだったが器量よしだったので思いの他、高く売れた。高い、と言っても滞納している税を納めたら殆どなくなってしまう、微々たる金額でしかないことには変わりはない。
それが、フランシーヌの命の値段。
雀の涙ほどの価値しかない、フランシーヌ。


フランシーヌは泣きたかった。やさしい両親と一緒に暮らしたかった。けれど、賢い彼女は我が家の窮状が理解できていたし、自分さえ我慢すれば大好きな両親も可愛い妹も当座は飢えることがないのだと知っていたから涙を零すことなく、懐かしい家を後にした。母親が泣き叫んでいた。フランシーヌも泣きたかった。これから自分には幸せだと思える日など訪れはしないだろう。辛苦に塗れた未来しか自分には用意されてはいない。


だからこそ、泣きたくなかった。辛い境遇で涙を流したところで更に己が惨めになるだけだ。もっと辛くなるだけだ。だったら笑った方がいい。どんなに苦しくても辛くても、笑っていよう。
フランシーヌは母親が手渡してくれたぬいぐるみを抱き締めてきゅっと唇を噛み締めた。





ガタガタと乗り心地の非常に悪い馬車が悪路を進む。地獄への一本道。
狭い馬車の中には犇くように少年少女が丸まって座っていた。誰も彼もがフランシーヌと同様に飢饉で窮乏した家族に売られた者たちだった。人買いは彼女たちを他の国の大きな町に連れて行き売るのだと言った。売られた先で何が待ち構えているのだろう。
私は笑い続けることはできるのだろうか?フランシーヌの瞳が翳る。
フランシーヌは馬車の中を見渡した。どの顔も絶望の神に魅入られた顔をしている。フランシーヌを含め、ここにいるのは足枷で繋がれた奴隷だ。買われたものは飼われる。飼い主に何をされても口答えは許されない。


目的地までの長い道中、人買いは度々、商品の『味見』をした。馬車が止まると狭い空間は恐怖に支配される。人買いが顔を覗かせると子どもたちは顔を膝に押し付け小さく小さく縮こまった。そして哀れな子羊が選ばれ表に連れ出されると難を逃れた者たちの間にホッとした空気が流れるのだ。「やめて」という悲痛な懇願を暴力が黙らせ、その後は断続的に淫猥な音と小さな悲鳴が聞こえる。子どもたちは耳を塞ぐ。しばらくして帰ってくる子どもは決まって顔を血と涙で汚し、虚ろな瞳になっていた。中には発狂してしまう者もいた。そういう者は人買いの「売り物にならねぇや」の一言とともに馬車を下ろされる。雨風を凌ぐものも何もない平野でも、夜になれば人食いの獣のうろつく森の中でも。
そして二度と帰ってくることはない。


この人買いには『味見』をする相手に好みがあるようで、決まって長い髪のブロンドの少女が選ばれた。フランシーヌは煌く銀糸の髪と澄み切った青い瞳の美しい少女ではあったけれど、髪も短かった彼女は運よく、人買いの毒牙から免れていた。


しかし、人買いが金髪の少女をあらかた食べ尽くしたからなのか、口直しにたまに毛色の違うものを食したくなったのか、フランシーヌを指名する日はいきなり訪れた。足枷を外され人買いに腕を掴まれたフランシーヌは無理やり馬車から降ろされ、乱暴に木陰へと突き飛ばされた。哀れな少女はカタカタと恐怖に震えながら覆い被さる男を押しのけることもできずに小さく縮こまった。抵抗しても徒に殴られるだけで結果犯されることは分かりきっていたからだ。無力な子羊はただ大人しく狼の蹂躙を甘んじて受けなければならない。男が腰紐を解くと、その凶暴な男根がフランシーヌの視界に入った。スカートが荒々しくたくし上げられる。フランシーヌはぎゅうっと目を瞑ってこれから起こるであろう事を忍耐する覚悟を決めた。


本当に偶然だった。


立派な身なりの馬に乗った男が供を連れ、道の向こうからやってきて人買いの名前を呼んだのは。その声に人買いは慌てて身体を起こし身支度をしながら下卑た笑いを浮かべ、揉み手をしながら立派な男の元に駆け寄った。どうやらその男は人買いの上客らしい。立派な身分を持った男はどうやら小児性愛者らしく人買いから頻繁に少女を買っているようだった。男は人買いに『品定め』をさせるように言いつけ、言いつけられた人買いはフランシーヌには気も払わず、卑屈な態度で男を馬車へと案内する。


フランシーヌはそれきり忘れられていた。人買いは性欲よりも金銭欲が優先されたようだった。呼吸を潜め、物音をさせないようにジリジリと後ずさる。そして物陰近くに寄った瞬間、フランシーヌは森の奥に飛び込んだ。一心不乱に駆け出しながら、今にも人買いの手が背後から伸びて捕まえにくるような気がして恐ろしかった。フランシーヌは裸足で逃げた。何度も何度も木の根に蹴躓き転んだ。鋭い枝が肌を切る。痛みを堪えて必死に逃げた。途中、馬車の中に母のくれたぬいぐるみを置きっぱなしにしてきたことを思い出した。けれど取りに戻ることはできなかった。必死に逃げた。空腹を抱えてとにかく遠くへ。
この先身寄りのない少女がたった一人でどうやって生きていけるものか皆目見当もつかなかったけれど、どうせ予測ができない未来なら用意された不幸よりも、多少でも選択の余地のある未知数の明日の方がいい、そう思った。





どちらに転んでも自分を待つのは不運なのかもしれない。
フランシーヌに赦されたのは神に祈ることだけだった。
少しでもいいから心から笑える日が来ますように。
フランシーヌは逃げながら神に祈り続けた。





持ち主を失ったぬいぐるみは顧みられることもなく路傍に打ち捨てられるだろう。
風雨に晒され、ひっそりと朽ちていくぬいぐるみがまるで我が身のようだった。





◇◇◇◇◇

postscript フランシーヌの回想編です。『からくりサーカス』の世界の根底にある、銀・金・フランの三角関係。銀と金の視点からの過去は鳴海の口、勝の口からそれぞれ語られているのにフランシーヌの視点では一切語られることがありませんでした。エレの中で蘇るフランシーヌの回想は、鳴海の憎悪を解かし、金の固執を挫く鍵になるのだと思ったのですが、結局、フラン視点が語られることはなくエレがフランの記憶に覚醒することもありませんでした。

フランシーヌの過去は原作で銀や金が知り得るもの以上に過酷だと思います。少年誌ですし、あまり過去編を長く出来ない事情もあると思いますし、それにあくまで銀金兄弟の知っているフランシーヌの域を出ません。人買いから逃げた貧しいフランが女性の人権の低い時代に孤児たちを養うためにどれだけの苦労を積み重ねてきたのか、想像にあまりあります。手っ取り早く稼げる娼婦の道を選ばなかったことは彼女が敬虔なクリスチャンの証なのだと思います(十戒には『姦淫してはならない』というのがありますし)。バージンロードは本来バージンでなければ歩けないものなのだそうです。だからフランは貧しく苦しい生活の中でも「いつか愛する人とバージンロードの上で神に誓い合いたい」、そんな儚い夢を抱いていたのかもしれません。
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