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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディですが

藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、

またはスピンアウト気味のSSです。






旅の空の下、とある小国のとある小さな町の賑やかしい商店街で、しろがねは一匹の小鳥を見つけた。
この地方では伝統的に、鳥に歌の美しさを競わせているのだとか。町に辿り着くまでの間も、あちらこちらの家家からきらびやかな鳥のさえずりが聞こえていた。
ペットショップの店頭には、数多の小鳥が籠に入れられ、吊り下げられている。澄んだ歌声、綺麗な色の羽、可愛らしい佇まいに通りを行く人々の瞳も自然と細くなるようだ。


騒上ぐ小鳥たち、買って嬉しい花一匁、器量良しから売れていく。





鳴鳥の歌う空の歌





鈴生りの鳥籠の前を通り過ぎようとした時、店先の端っこ、たくさんの小鳥の籠の陰になり、隠すように置かれた汚れた籠の中に、その鳥はいた。
不意に足を止め、地面に直置きされた籠の前で屈みこむしろがねの後ろから
「どうした?」
と鳴海も覗き込んだ。覗き込んで、鳴海の眉が顰められた。
中にいたのは、止まり木に掴まる力もなく、籠の隅に蹲り、痩せた身体を小刻みに震えさせている小鳥。


「こいつは亜鉛中毒だ」
鳴海は言った。
「亜鉛中毒?」
「この籠は亜鉛でメッキされてる。外置きだからな」
亜鉛は防錆に効くんだと、機械の指が、鳥籠を突いた。
「鳥は籠を齧る、齧って剥げたメッキを呑み込む、ソイツが腹に溜まる。この店から早ぇとこ売られていけば中毒になる間もねぇんだろうが…」
店頭に並ぶ他の鳥たちと比べると色合いがかなり地味な印象、羽の艶が悪いのは具合を悪くしているからなのだろうか。
「良く知ってるわね」
「中国にいた頃、町の外れに大きなメッキ工場があってな。そこが排水やら土壌汚染やら労働環境やらで何かと騒がせていたからよ。後は昔、文鳥飼ってたじいさんからの受け売りだな」
鳴海は、あるるかんを背負ったまま、しろがねの隣に膝を折った。


「メッキ工場で『テンプラ』やってるヤツが中毒になるって話はよくあった。金属熱ってヤツだ。ま…人間はその内に耐性がつくが、こんな小せぇ身体じゃなぁ…」
「どうなるの?このコ…」
問われて見遣る、光の無い瞳、夥しい抜け落ちた羽根、籠にこびり付く緑色の糞。
「言いたかねぇが、もう、長くはねぇ、かもな…」
鳴海は首を振った。
「商品価値はねぇと見切られたんだろう。金にならねぇモンを医者に診せてるとも思えねぇ。このまま死ぬのを待つだけだ」
「そう…」
未来のない小鳥。この死にかけの小鳥はまるで、昔の自分のようだとしろがねは思った。小鳥と一緒に絶え入りそうな吐息を漏らした。







ひたすら自動人形を追い、破壊するだけの孤独な人生だった。血塗れの羽で飛び回った。独りぼっちの私に差し伸ばしてくれる手なんてなかった。寒くて震える私を温めてくれる手なんてなかった。
私には自分がなかった。使命に突き動かされ、言われるままに言われたことをこなしていたとは言え、それでも自分は空を飛んでいると思っていた。
だのに、実は、大きな籠の中で羽ばたいているだけに過ぎなかった。私は生まれた時から、誰かの紡いだ呪縛の糸に雁字搦めにされ、籠に繋がれていた。


私は籠に閉じ込められている鳥だった。


明るい青空を切り刻み、私と仕切る、堅牢な籠。
私は、手の届かない青空を怨恨めしく思いながらずっとその籠を齧っていただけだった。
齧って、剥がした鍍金を呑み込んで、久遠に続く不変の日々に絶望していた。絶望が当たり前過ぎて、いつしか自分が絶望していることも忘れた。
鉛を喰らい、人間になれる日を緩慢に願いながら生きていた。


ある時、暗い籠の中に一筋の光が射し込んだ。
薄ぼんやりとした視界の先で、籠の扉が開いているのが見えた。
でも開いていても、考える力を失っている私ひとりではどうしていいのかも分からない。そんな私に表に出るぞと促し、有無を言わずに連れだしたのが


「この他の鳥たちも…籠を飛び出して空を飛びてぇって啼いてんのかな」
カトウナルミ。あなた。
私の見上げる空が非情な黒い籠で覆われていたと気づいたのは、あなたと出会い、人間としての心を取り戻したから。それまで、私の目は何も見ていなかった、見えていなかった。
私のいる籠の中に放り込まれて来たあなたは、大人しく諦めることを良しとせず、騒いで足掻いて、籠を破って飛び出した。
私を連れて。







「ただ闇雲に空を飛び回るよりも、籠の中にいた方が安全、ってこともあるわ」
しろがねはすっくと立ち上がった。それを追い、鳴海も膝を伸ばす。あるるかんの頭の羽根飾りがユラユラ揺れた。
「でも、籠の中にいたのでは、お気に入りの宿木を自分で選ぶことも出来ないものね」
真っ白な羽を持つ美しい鳥は、自分の愛おしい宿木を嘴で軽く突いて
「ちょっと待ってて」
と一言、ペットショップに入って行った。







しばらくの後、通りを歩くしろがねの手には、小鳥が入った小箱があった。
「どうして、止めとけ、って言わなかったの?」
一応、鳴海に訊ねたけれど、彼は大袈裟に肩を竦めて、に、と笑うだけだった。
しろがねは箱の中に語りかける。
そこにはタオルにそっと包まれた、震える小鳥。
「待っててね…今、お医者さんのところに連れて行ってあげるから…」


この死にかけの小鳥がまるで、昔の自分のように思えた。
寒くて、惨めで、独りぼっちで。
闇を透いた銀の瞳はいつも無を見つめていた。
見上げる青空には必ず、放射状の黒い亀裂が走っていた。
でも。
心の奥底では、あの青空に恋していた。
自由に空を飛び回れる日を夢見ていた。


衰弱している小鳥が欲しい旨を伝えたしろがねは、店主の「タダでいい」という言葉に逆らって、この小鳥に表の売り物の鳥たちと同じ値段を支払った。
「本当は分かっているの。こんなのは利己的な自己満足だって。こんな感傷的な押し付け、このコには迷惑だってことも…」
自分や勝に関わろうとする鳴海のことを、迷惑なお節介だと思った。無関係な行きずりのくせに、何で干渉してくるのか、理解に苦しんだ。
でも今なら分かる。そして、鳴海の『異常なほどのお節介』に心から感謝している。鳴海のお陰で、輝く太陽の下、風に乗って空を自由に飛べる鳥になれた。鳴海が勝をサーカスに連れて来てくれなかったら今頃は、勝はひ弱い少年のまま運命に抗う意志もなく他人に頭を乗っ取られ、自分は勝の変化に気付く事もなく、己を人形と信じたまま仇の手に落ちていることだろう。永遠に訪れない『人間になる日』を夢見ながら、仇の守護者となっていただろう。
「あなたは機械仕掛けの神が予期出来なかった『特異点』なのよね」
飛び疲れたら、羽を休める宿木となってくれる、掛け替えのない彼を、しろがねは全身全霊で愛している。


「生きていればいいこともある。死んでしまったら、そこでおしまい」
このコはもう、どんな名医の手でも施しようのない状態だと、しろがねだって理解している。けれど、残された命の分、痛みと苦しみを取り除いてあげられるかもしれない。そうしたら最期の、自分自身の力で、このコは空を見上げることが出来るかもしれない。
「だから…」
「大丈夫だ。おまえは間違っちゃねぇよ」
鳴海は銀糸に唇を寄せた。
「オレが一緒に、最後まで見届けてやるから」
「ふふ」
「何?」
「あなたの存在が、生きていればいいこともある、いい例だと思って」
「ばーか」
そう言いながら鳴海は、しろがねにやさしいキスをくれた。







元気になって。
私はあなたにも見せてあげたいの。
今の、私が見ている空を。
籠が隔てない、広い、真っ青な空を。



End
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