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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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Capter.2



月が出ていても暗い森の獣道を、明かりもつけずに男は更に奥へ奥へと進んでいく。男にとって暗闇を歩くことなど造作もないことだった。元々、拳法の修行で視覚に頼らない鍛錬を積んでいたから暗いところで気配を頼りに動くことは当たり前だった。それに加わった常人の5倍と言われる身体能力があれば鬼に金棒というヤツなのだろう。男は足音を殆どさせずに危なげなく進む。
しばらく進んだところで前方に根元から両手を広げたような格好の樹の大きな影が見えてきた。
「お、あれだな。目印の樫の樹、ってのは」
古い樫の樹は小さな家周りくらいの太さがあり、根をのたうつ蛇のようにくねらせながら放射状に伸ばしている。男は確かな足取りで根の上に乗ると、ペンライトを点けた。男にとって暗闇の中での探し物などもどうということでもなかったが、これは見落とさないための保険のようなものだった。
根と根の間の窪みひとつひとつをライトで丹念に照らし入り口を探す。
ふと、男は頬に冷たい風を感じた。
「そっちか」
男が風の流れてくる方向にペンライトを向けると、程なくして樹の根元にようやく人がひとりくぐれそうなくらいの細い地面の割れ目を見つけた。
「あれだな。さあて…あんな狭いとこ、オレにくぐれっかな?」
男の身体は『人ひとり』なんて表現で収まるようなものではない。
「あいつの到着を待って出直した方がいいか…」
男は腕時計で日付と時刻を確認した。
「うー…ん、そろそろあいつもこの村に着いたってよさそうなもんだけどなぁ…飛行機が遅れたのかな?」
男はもう一度ペンライトを鍾乳洞の入り口へと向ける。と、光の輪の中にさっきまでなかった子供の細い足がぼうっと浮かび上がっていた。男はそこに予期しないものを見つけて思わず根を緑にする年代ものの苔に足を滑らせて尻餅をついた。



「びッ!」
くりした、と声が出ないくらいに男は驚いた。ペンライトを上方にずらすとそこには樫の樹の目印を教えてくれた少年の顔があった。エドワードがひとりで立っていた。男は身体を起こすと初めて会った時と同じにエドワードの前に膝をついて大きな身体をできるだけ小さく屈めて視線を合わせた。
「心臓に悪ィなぁ……道を教えてくれたボウズじゃねぇか。ゆーれーかと思ったぜ!」
「おじちゃん、幽霊怖いの?」
「実体がねぇもんにはオレのスキルは効かねぇんだよ、…多分な。幽霊に会ったことねぇけど。得体の知れねぇもんは怖ぇもんだよ」
「そんなに大きな身体してそんなに強そうなのに怖いものあるの?」
「そりゃあ、あるさ。怖いけれどそれをどう克服して乗り越えていくか、ってとこに強くなることの醍醐味が…いやさ、今はそんなこたいい。どうしたんだ、こんなとこで」
男の問いかけにエドワードは
「ここで待っていればおじちゃんに会えると思ったんだ」
とソバカスが浮き上がるくらいに青白い表情で答えた。
「オレに?」



男はぐるりを見回してみた。多少の月明かりがあるとは言え、木々を揺らす黒い風の渡る音は薄気味悪いし、夜の動物の鳴き声は必要以上に凶暴に聞こえるものだ。11歳の男の子がひとりでいるのには心細いのにも程がある。金属バット一本ヘルメット装備でここにやってきたエドワードの勇気に男は舌を巻いた。
「こんな暗い森によくひとりで来られたな。怖くなかったのかよ?」
「怖かったよ」
よく見るとエドワードの膝が小さく笑っている。
「怖かったけどさ、どうしても僕も鍾乳洞の中に行ってみたかったんだ。おじいちゃんの話が嘘じゃないってこの目で確かめるために」
「ボウズ」
「皆でおじいちゃんを嘘つきみたいに言ってさ。僕、嫌なんだ。そりゃ、ちょっとボケちゃったけどさ、僕は大好きなんだもの。おじちゃんも嘘だと思う?おじいちゃんの言ってること」
大きくてまん丸い瞳が男のよく知る少年を思い出させる。眉毛の太さは全然違うけれど、初めて会った時の育ちのよさそうな感じもどことなく似ている。果てしなく真剣なエドワードに男はまたあの人懐こそうな笑顔を見せた。



「オレは信じるぜ?ボウズの話」
「ホント?」
エドワードは心底嬉しそうな声を上げた。とてもいい顔で笑うのも似ているな、と男は思った。
「嬉しいな、おじちゃんだけだよ!僕の話に変な顔を一度もしなかったのは!僕、最初からおじちゃんは、鍾乳洞にくる他の人たちとは違う気がしたんだ。だからおじちゃんとなら一緒に行ける、連れてってもらえるって思ったんだ。すごく…強そうだし安心だなって」
「信用してくれんのはありがてぇがな」
それまでにこやかだった男の顔が一転して真面目なものになる。
「オレはボウズの話を信じるから分かるんだ。この下には本当に化けモンがいる」
それまで笑っていたエドワードの顔が凍る。
「ボウズを追い払いてぇから嘘を言っているわけじゃねぇ。危険なんだ、本当に」
「おじちゃん!」
「本当に人間の血を糧にする化けモンがいる。だからボウズはここに残れ」
「嫌だよ!お願い、僕も連れてって!」
エドワードは男の太い腕にしがみついた。



「僕…僕、学校でもこの話をするから友達に苛められてるんだ。『嘘つき』って」
「……」
「毎日、帰るときになると色々持ち物がないんだ。カバンだったり教科書だったり。それを探さないといけないからいっつも姉ちゃんを待たせちゃうんだ。今日も家に帰ってから姉ちゃんに怒られたよ。僕がグズだからおじちゃんみたいな余所者に絡まれたんだって」
「苛められてるって姉ちゃんには内緒にしてんのか?」
「姉ちゃんが知ったら心配するし…それに僕もおじいちゃんも絶対に嘘つきじゃない!おじいちゃんは本当を話しているんだ、だからいじめっ子になんか負けないし、おじいちゃんの話が本当だって証拠を掴むためならどんな怖いことも我慢するッ!」
鍾乳洞に自分で動く吸血人形がいるという祖父の話が真実だという証拠を見つければ、もう誰にも「嘘つき」だなんて呼ばせないのだ。エドワードは男の服にすがり付いて大きな瞳でじっと訴えた。男はそんなエドワードに根負けしたような顔を見せた。



「よし、分かった!ボウズが行くってならオレは入らねぇ。このまま帰ろう」
「え?」
エドワードは突然の打ち切り宣言に二の句が繋げない。
「ボウズが行くってならもっときちっとした準備をしてこねぇとな」
男はニヤリと笑ってみせる。
「おじちゃん!じゃあ」
エドワードの顔がパアッと明るくなった。
「いいか、鍾乳洞ってのは想像以上に温度が低い。そんな格好じゃ寒いぞ」
エドワードは自分のTシャツにジーンズの軽装を見下ろした。
「食いモンも飲みモンもねぇ。小さいっつっても中は迷路みてぇになってるだろうから歩き回る距離はけっこうなモンになるだろう。思いの他、長丁場になるかもしれん」
自分ひとりなら食料のことも、装備不足も、多少の不眠不休での探索もどうってことはないのだが、子供連れで潜るとなるとやっぱり相棒の到着を待ったほうが確実か、そんなことを考えて
「さあさ、帰ろう」
と男はエドワードの背中を押し、木の根の上を出口に向かって歩き出した。
「ボウズ…あー…、一人前の男にボウズもねぇな。エド、でいいか?」
「うん」
不安定な大きな根を跨ごうとしてバランスを崩したエドワードにすかさず大きな手が差し出される。
「ありがとう」
エドワードは男の手をぎゅっと握った。
「ね、おじちゃんの名前は何ていうの?」
「オレ?オレの名前は」
男が名乗ろうとしたその時、
「そこで何をしているの!」
と若い女の声とライトの黄色い明かりが夜の闇を劈いた。
「ね、姉ちゃん…」
男がペンライトを向けるとこれまたヘルメットを被って金属バットを手にしたクラリッサが鬼の形相でズカズカとやってくるのが見えた。



「あんた!人の弟をたぶらかして何してるのよ!」
「いや、オレは別に。これからエドを連れて帰ろうと」
「嘘おっしゃい!警察に突き出してやるわ!誘拐犯人がここにいますって!エドがいなくなったんで村中上げて大騒ぎよ!あんたのことを思い出したからもしやと思ってここに来てみれば!」
クラリッサは今すぐにでもエドのところに駆けつけたいものの、見事な障害物となっているウネウネと波打つ樫の樹の根に「どれを登ればいいのかしら?どれに足をかければいいのかしら?」と悪戦苦闘した。男はたどたどしく根を這い上がってくるクラリッサをニヤニヤ笑いで平然と待ち構えている。何とか辿り着いたクラリッサを迎えた言葉は
「あんたもよくこんなところにひとりで来たな。怖くなかったのかよ」
だった。自分がモタモタと上ってくる間に幾らでも逃げられたのにあえて逃げなかった男の声が余裕綽々に笑っているのが分かったのでクラリッサはカチンときた。
「怖いわよ!」
見るとクラリッサの膝も小さく笑っている。顔立ちや、髪や瞳の色だけじゃなく怖がり方もよく似た姉弟だと男は思った。
「怖いけれど、大人は誰も怖がって探しに行ってくれないって言うんだから仕方ないでしょ、私が来ないで誰がエドを助けるの?」
「姉ちゃん…」
垣間見えた姉弟愛に男はふっと息をついた。
「だから帰ろうぜ。オレは別に今すぐ潜らんでも」
「他人事みたいに言わないでよ!」
「姉ちゃん、ホントに今帰るとこだったんだよ!」
「問答無用よ!」



クラリッサが手の中のライトを放り投げ、男にバットで最上段から殴りかかった。
「うわ、よせってば!オレは抵抗しねーって!」
「どうせ案内役にでもしようとエドを連れ出したんでしょ!」
「姉ちゃん、違うよ!僕が自分で」
ガイン!
クラリッサが振るったバットが男の後方の樫の幹を打った。男にはクラリッサの攻撃を見切るのは容易だが、彼女は確実に男の脳天を目指してきている。
「もー、やめろってのに」
男はクラリッサの第2撃を素手で難なく受け止めた。自分の渾身の一撃を軽々と、涼しい顔で受け止められてクラリッサの頭に血が上った。
「放してよッ!」
窮鼠猫を噛む、なんて日本の諺が男の頭に浮かぶくらいの暴れっぷりで、クラリッサはバットを両手でグイグイと引っ張りながら男の脚をゲシゲシと蹴った。
急所の脛を踵で思いっきり蹴っているのに全く効果がないのはどうしたこと?何て硬い脚なの?まるでレンガを蹴っているみたいじゃないの!
「こんのじゃじゃ馬!物騒なモンをそんなに振り回すなってのに!」
「姉ちゃん、やめて!」
3人は根っこの上で揉み合った。そうこうしているうちに男は自分たちの足元がミシミシと悲鳴を上げ始めていることに気が付いた。



「おいッ!ふたりともここを離れろ!」
男は突然大声を上げ掴んでいたバットを開放し、ふたりに樹の根から降りるように促した。
「何よ!逃げる気?」
「違うッ!早くここを離れねぇとヤバいんだって!」
「何を…!」
話をはぐらかそうとしているのか、適当なことを言い出した男を今度こそ殴ってやろうかとクラリッサが一歩を踏み出した時、彼女は足元に違和感を覚えた。硬いはずの樫の樹の根が『軟らかかった』のだ。力強く踏み出した足は木の根にめり込んだ。続いてメキメキを音を立てて足場が崩壊を始める。
「え?え?え?何ッ?これッ?」
「バカ!こっちに手を伸ばせッ!」
「えッ?」
男が怒鳴ったのでクラリッサは思わず、さっきまでぶん殴ろうとしていた男に素直に手を伸ばした。
「う、うわあッ!」
先にぽっかりと口を開けた空ろに足を踏み外したのはエドワードだった。弟の悲鳴にクラリッサは身体を捻って男に伸ばしかけた手でエドワードの腕を掴まえる。が、自分も落ちかけている身で反射的に落ちているエドワードを掴んだところで結果は見えている。ふたりは底の見えない奈落にはまり込んだ。
「きゃああああ」
「うわああッ」
「ちいッ!」
落ちていく悲鳴を追いかけて即座に男は足の爪先を比較的にしっかりとした根に引っ掛け、自分も奈落に身を躍らせた。目一杯腕を伸ばし間一髪のところでクラリッサの身体を丸太抱えにする。
「大丈夫か?エドをちゃんと掴んでるか?」
「きゃああああッ!どこ触ってんのよ、ばかあッ!」
バシイイッ。
「ぶふゥッ!」
クラリッサの張り手が男の顔面をクリーンヒットした。その勢いでクラリッサの身体は男の腕から滑り出てしまった。



「あ」
「あ」



「あ」、とか言っている場合ではない。男は更に手を伸ばし、何とかクラリッサの服を掴んだもののただでさえ目方のある男の足をかけている根元が繰り返し加えられる衝撃にとうとう耐え切れずバキリと音を立てて折れた。男の身体も重力に引っ張られ浅いのか深いのか皆目見当もつかない暗闇にダイブした。
「ちっくしょ!」
男は懸命にクラリッサとエドワードを引き寄せ、その頭を抱え込む。そして自分の背中が下になるようにして黒い穴の中に落ちていった。



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