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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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初日の公演は恙無く終了し、盛大に始まった打ち上げは賑々しく、そろそろ脱落者がチラホラと見かけられる頃合いとなった。





The jealous Moon & the honest sun.(4)





下戸の鳴海はと言えば潰れるワケもなく、ワインの国のしろがねもシャロンも酔うこともなく飲み会の場に残っていた。
お客様であるところのシャロンは鳴海しか知り合いはおらず(勝もいるけれど只今接客中)、しかも言葉に困らない相手も鳴海しかいないので、終始鳴海の隣を占領していた(元よりシャロンは鳴海しか眼中にないし)。
そしてシャロン相手に言葉に不自由のない筈のもうひとり、しろがねは会話に加わる気は端からないので、鳴海とシャロンを視界に入れなくて済むような席に陣取っていた(でも、さりげなく聞き耳を立ててしまうしろがねだった)。
鳴海はいつもだったら必ず隣にいるのにも関わらず、今日に限ってとんでもなく頑ななしろがねの背中を見ながらの飲み会は実は正直楽しくもなく(飲めないし)、ずっと彼女に話しかけるタイミングを見計らっていた。
だから、しろがねがひとりで席を立った時、これはチャンスと追いかけたのだった。



「おおい、しろがね!」
鳴海は叫ぶ。けれど、しろがねはジロリと三角目をくれただけで、足を止めもせずにとあるドアに吸い込まれてしまった。
「待てったら、おい!」
バタリ、と鳴海の鼻先でドアが閉まる。
鳴海の視線の先、ドアの真ん中には威風堂々とした女子トイレの赤いマーク。
真夜中のサーカスに踏み込んださすがの鳴海とて、そこは足を踏み入れることのできない領域。
「もう、何だってんだよ」
仕方がないので少し離れたところでしろがねの帰還を待つことにする。
不貞腐れ気味に壁に寄り掛かってコツコツと頭をぶつけていると
「ナルミさん」
と仲町サーカスの看板娘、リーゼが声をかけてきた。
「あ、よう、リーゼ。初日公演無事終了おめでとさん。ドラムにもお疲れって言っといてくれよ」
「ありがとうございマス」
鳴海の労いの言葉にリーゼはニコリと可憐な笑顔を返した。リーゼはニコニコとしたまま
「ナルミさん、しろがねさんとケンカデスカ?」
と鋭いツッコミをくれる。
鳴海は苦笑いをしながら
「ケンカ……にはなってねぇよ。同じ土俵に上ってねぇからな。オレが一方的に怒られてるだけ」
と頭を掻いた。



「今日のしろがねさん、ちゃんと番組をこなしてお客サンも盛り上がってマシタけど、私から見タラけっこう荒れてまシタよ?しろがねさんラシクなく…」
「そ、そっか。オレ、裏にいたからよく分からなかったけど……全くなぁ……一体何にヘソを曲げてんだか」
芸にまで影響を及ぼしているとは。鳴海は、はあ、と特大の溜息をついた。すると
「分かりマセンか?」
と、リーゼが大きな瞳をクルクルとさせながら不思議そうに言った。 当然、鳴海は
「何?リーゼ、心当たりあんの?しろがねの不機嫌の」
と、飛びつく。
「オレ、しろがねがあんなに怒るようなこと、何かしてた?」
「しろがねさんは怒ってなんかいマセンてば」
リーゼは手を「ナイナイ」と振る。
「怒ってない?あいつも怒ってないって言うんだけどさ、だけど今も現に……じゃあ何で?」
「何で、っテ。ナルミさんに女の人が訪ねて来タからデスヨ?」
「シャロンさん?そりゃあ、オレに女の客が来るのは珍しいことかも知れねぇけどさ、だからって」
この調子だとシャロンの恋心にも気がついてなさそうだ、とリーゼは鳴海の鈍さに溜息をついた。気がついてないならないで結構、シャロンの想いに鳴海が気づいても面倒なのでリーゼはそれには触れないまま話を続ける。
「どんなデモ、自分の好きなヒトのところに異性のお客さんが来るのは面白くありマセンよ」
私だって今、凄く面白くないデス、これは鳴海に聞こえないように口の中で呟いた。



リーゼのマイダーリン勝は今現在、3人の女の子に囲まれて談笑している。
菊・れんげ・百合の阿紫花三姉妹だ。弟の平馬の初舞台に駆けつけた形だけれど、3人とも本音は勝に会いたいから来たのだ。
勝と三姉妹の詳しいエピソードを知らない鳴海どころか(黒賀でお世話になったお嬢さんたち、くらいの認識しかない)、実際に彼女たちとハートフルなシチュエーションをこなした勝本人すらも、三姉妹が仲町の公演初日に駆けつけたことを「弟想いの姉さんたちだなぁ」としか思っていないから、旅費すらも報われてないのだが、リーゼにしてみれば勝が自分以外の女の子とにこやかに会話している事実が腹立たしいのだ。しかも、自分は勝たちの会話に加われない空気があって、遠巻きに見ているしかない。
勿論、勝はリーゼがやきもきしていることには露とも気づいていない。
だからリーゼには今のしろがねの気持ちが痛いほどに分かる。
鳴海が無神経にフランス美人を侍らせて笑顔でトークをしまくっている場でなど心安らかにいられるワケがない。
モテるくせに女心に鈍い男ほど性質の悪い生き物はない、とリーゼは思う。



「ナルミさんだっテしろがねさんに男のお客さん来るの、嫌デショウ?」
「そりゃま……そう、だけどさ。あいつの場合、ファンもついてるし。それにホラ、モテるのは……見たまんまだし……」
「そんなの関係ありマセンよ。だったらナルミさんは全部割り切ることが出来てヤキモチは焼かないんデスカ?」
「む……」
鳴海は言葉に詰まった。
その実、妬かないどころか、しろがねに近づいてくる男どもを蹴散らしたい気持ちでいっぱいだったりする。
ノリたちですら正拳突きをお見舞いしたいことが山のようにあるのだから。
でもそれをしないのはやったところでキリがないのが分かっているからと、人間関係を潤滑に行うための忍耐というか、あからさまな嫉妬を剥き出しにするのは男としてカッコ悪いから、というか。
そんな時の鳴海は、やたら夜しつこい、という自覚もある(彼なりのささやかな抵抗)。
だから、
「……妬きます」
と素直に頭を下げた。



リーゼはふう、と息をついた。
鳴海は鈍いは鈍いけれど、しろがねを愛していることが明確なのでふたりの仲直りは時間の問題ということが分かったからだ。勝の気持ちが今だ定かではないリーゼにしてみればかなりうらやましいとも思う。
リーゼは鳴海と並んで壁に背中をつけて、爪先で床をとんとんと鳴らした。
「あのネ……実は私、すごくホッとしてるんデス。しろがねさんにも普通の女の子みたいな面がアルんだなっテ……」
「普通?」
「ほら、しろがねサンて綺麗でスタイルがよくっテ……同性の私たちから見て憧れの的だし、男の人からしたら高嶺の花だし……。どこから見ても完璧なしろがねサンがこうやって機嫌が悪くなったりするのを見テルと、誰かを好きになってこんな風に苦しくナルノ、特別なことじゃないんだな、しろがねサンですらそうなんだから、っテ安心できるって言うか……私なんかは仕方がないっテ言うか……」
「……」
「ごめんなさい、何だか取り留めがなくなっちゃった」
リーゼはペロっと舌を出した。
「いや、そんなことねぇよ」
そう言って、鳴海は笑って首を振る。



「ナルミさんがウチのサーカスに来た頃のしろがねサン、とても辛そうだったけれど、とても幸せそうダッタ。それまでもしろがねサンは綺麗だったケド、もっと綺麗になっテ……可愛くなったんデス。ナルミさんのこと好きなのデショ?って訊いたら真っ赤になってテレたり。そんなに感情を表に出す人じゃなかったノニ。ホント、しろがねサンを見てると、私も頑張ろう、そう思えるノ。しろがねサンってナルミさんのこと、大好きで仕方ないカラ、あんな風に拗ねるんデスヨ?」
「そ、そっか」
リーゼの口からしろがねの自分への愛を聞かされてちょっと気恥ずかしい鳴海は、照れ隠しにガリガリと頭を掻いた。そして今だ得られていない答えを訊ねてみる。
「で、しろがねは何で拗ねてるワケ?」
「まだ分からナイんデスカ?」
いい加減にしなさいよね!とでも言いたげなリーゼの尖った視線に鳴海は思いっきり頭を下げた。
「すみません」
「しろがねさんはヤキモチ焼いテルだけデスヨ!」
「ヤキ……、モチ?」



思いも寄らぬ答えに鳴海の目が点になる。
「何で?結婚してるし?オレなんか心配するとこなんてどこにも……」
「モウ!そんなこと関係ナイんデス! どんな関係だっテ、ヤキモチ焼く時には焼くんデス! ナルミさんだってヤキモチ焼くって言っタじゃないデスカ? それにあなたタチは自覚が足らなスギル!」
「あなたたち?」
しろがねと同じく鈍い男に苦労しているリーゼは勝には言えない分、ここぞとばかりに鳴海相手に鬱憤をぶちまける。
「相手が好きだったらヤキモチは焼くものデスヨ? 奥さんだからっテ油断してると! そこのとこ、ちゃんと気づいてあげナイと! 知らないウチに内圧が溜まって大変なことになっテモ知りマセ……聞いてマスカ、ナルミさん?」
リーゼの目の前で、鳴海は急にニヤニヤとしだした。変化が急過ぎてリーゼがびっくりするくらいに。
口の端がこれでもかと持ち上がって白い歯を見せて、頬っぺたを赤くして心底嬉しそうに笑っているみたいだった。
抑えてもこみあげてくるこそばゆい笑みに、楽しくて楽しくて仕方がないとでも言いたげに。



「くくく……へええ、あいつがなぁ……」
「と、とにかく嫉妬は熱心の裏返シ。ヤキモチが凄いっテことはそれだけ好きだってことデスカラ…」
『ナルミさん?』
そこに、なかなか席に戻らない鳴海を探してシャロンがやってきた。
行きがかり上、シャロンにあまり関わりたくないリーゼは
「とにかく、そういうことですカラ」
と話を締め括った。
「さんきゅな、りーぜ!」
「きゃあ!」
喜色満面の鳴海の大きな手の平が、市松人形のようなリーゼの長い黒髪をわやくちゃにしながら彼女の頭を撫ぜた。
どうやら最大級の感謝表現らしい。それはリーゼにも伝わった。
「もー、ナルミさんタラ!」
「勝に後で言っとくよ!リーゼにフォロー入れとけって」
「いいデス!余計なコトは言わなくテモ!」
リーゼは真っ赤な顔して走り去り、鳴海は極上の笑顔で見送った。



『ナルミさんがなかなか帰っていらっしゃらないから探しに来てしまいました』
フリーになった鳴海の隣にシャロンがそそそ、とやってきた。高い所にある顔を見上げ、にっこりと笑う。
『あ、すまねぇ。ちょっと話こんじまってさ』
『何かいいことあったのですか?何だかとっても嬉しそう』
『え?いいやあ……ちょっと朗報が……』
鳴海は照れ笑いを浮かべながらガリガリバリバリと頭を掻いて、腹の底からジワジワとこみ上げてくる笑いを誤魔化そうとする。
その時、トイレから出てきたしろがねとガッツリ目が合った。
「トイレ前でまで楽しそうに立ち話して何よ!」と言わんばかりにしろがねがまた膨れっ面になる。
鳴海は、しろがねの目が赤く、前髪が濡れているのに気がついた。
出てくるまでに時間がかかったのは泣いていたからなのかもしれない。
泣いた顔を洗っていたからなのかもしれない。
そう思うと、鳴海はしろがねが愛おしくて堪らなくなる。駆け寄って抱き締めてやろうとしたが、それよりも早くしろがねが逃げ去ってしまったのでそれは実現しなかった。



まあいい。後で懇ろにフォローしてやろう。
しろがねの不機嫌の原因が分かったので鳴海には余裕が生まれている。
何しろ、しろがねは自分を嫌って素っ気ないのではなく、その逆で愛しているからこその拒否反応なのだから。
夜が更けて、ふたりきりになってからでも遅くはない。
濃厚になりそうな今宵への予感に思わず顔全体がにやけてしまい、そうだシャロンさんが傍にいるんだった、と手の平で顔半分を隠す。シャロンは鳴海のニヤケには気がつかず、怒ったように場を離れたしろがねに首を捻っていた。
『……彼女の気に障るようなこと、私、何かしたのかしら?彼女には何だか……最初から歓迎されてないみたいで』
『あ? ああ、気にしないでいいよ、シャロンさんは何も悪くないから』
心配そうなシャロンにご機嫌な鳴海が明るく言う。
『ええ、でも……きっと、彼女、あなたのことがとても好きなのね。だから私が傍にいるのが嫌なのだと思うの』
『え?(シャロンさんから見ても)そう見える?』
『ええ』
『いやぁ、まいったなぁ』
『モテるのね』
自分の意中の男性がモテることは倍率が上がって大変に思う一方、どことなく鼻が高い気にもなる。そんなヒトを好きになった自分には見る目があったのだという後押しに感じる。



シャロンは思い出す。鳴海が自分の命を救ってくれたあの日のことを。
鳴海はあの恐ろしい自動人形に果敢に立ち向かい、子どもたちと自分を助けだしてくれたのだ。
そして死の淵に沈みかけた自分の命を救ってくれた。
後でその場にいた刑事から話を聞いたところによると、鳴海は禁忌を犯してまで、そしてそれを止める老婆に銃に撃たれてまでも自分の命を救うことに拘ってくれたのだという。
息を吹き返したシャロンが見たのは自分の蘇生を喜ぶ鳴海の流す涙だった。
「助かってくれてありがとう」、その言葉はどんなに彼女の心に響いたことだろう。
要は、時間をかけて思い出を美化しているうちに彼女の中で鳴海は理想の男そのものとなり、鳴海は自分に好意を持ってくれていたような気になってしまったのだろう。



シャロンは鳴海に「飲み会の後、どこかにふたりで」のお誘いをするつもりだった。本当は今日、「お礼に今夜お食事でも」の予定でいたのだが、サーカスの打ち上げという先約があったのだから仕方がない。
だったらどこかで軽く引っかけて、アルコールに弱い鳴海がそのまま自分の泊まるホテルに傾れ込むことになってもそれならそれでもいいかも……なんて思っていた。
どうせフランス語が分かる人間はいないのだから、飲み会の席で誘ってもよかったのだけれどそれでは何となくムードがないので、シャロンはシャロンでタイミングを見計らっていたのだった。
周りに人がいない今がそのチャンス! だとシャロンは踏んだ。
頬を高揚させて決死の覚悟で誘いをかける。
『あのね、それでね、ナルミさん』
『アレ、オレのかみさんなんだ』
『この後……はい?』
決死の覚悟を、意表をついた言葉が遮った。


鳴海は自分の発した言葉に照れながら壁にゴッゴッと拳をぶつけている。ピシ……と小さく入ったヒビから、かつては建物の一部だった何かがパラパラとこぼれ落ちた。
『結婚してるってのにあんな風にヤキモチを焼かれたりするとさ、やー、困っちまうけど嬉しいっつーか』
『え?誰が誰の奥さん?』
まさか、と思いつつとりあえず訊いてみる。鳴海は更に喜色を濃くして壁のヒビを大きくした。
『何だか恥ずかしいなぁ。今トイレから出てきた銀髪のきれいなの。彼女がオレの奥さん。シャロンさんに愛想が悪かったのはつまり』
『えええ?!』
シャロンは開いた口が塞がらない。
確かに鳴海に「結婚しているか?」という質問はしていない。
恋する乙女のシャロンの脳内では、『鳴海は自分のことを想っていてくれている筈』という思い込みが生まれていたのは事実だが、そもそも普通はハタチそこそこで妻帯者だなんて思わないだろう。
シャロンの頭の中は真っ白になり、足元には真っ黒の奈落が現れた。
『あれ?言わなかったっけ?』
片やの鳴海はシャロンが失恋の痛手にショックを受けていることにも気がつかず、いい話相手が見つかったとばかりに徐々に舌が滑らかになっていく。
それにつれて無残になっていく壁とシャロンの恋心。



『だからさ、シャロンさんがオレに会いに来ただろ? どうもそれでヤキモチ焼いちまったみてぇなんだよな? シャロンさんがきれいなもんだから余計なんだろ。でもさ、オレにとっちゃ自分のかみさんが一番っつーか、いや、ノロけてるわけでもねぇんだけど! シャロンさんも、見て分かるだろ? つーわけでだからさ、オレなんかにヤキモチ焼いたって仕方ないわけなのよ、ほら、オレは他の女は眼中にないわけでさっ』
『はぁ……』
『まっさか、ヤキモチなんて、なぁ? だって夫婦だってのにそんな……可愛いことされても。そりゃあ夫婦っつってもまだ新婚ちゃあ新婚だから?恋人気分が抜けてねぇから仕方ねぇんだけど。それはお互い様っつか、オレもそうだからお相子っつか。確かにヤキモチってさ、大きければ大きいほど相手のことが好き、ってことになるわけだよな?』
『え、ええ、そうですね……』
『急に不機嫌になられて最初はすごい戸惑ったけど、フタを開けてみたら単純なことだったからさ。あいつだってシャロンさんのことが嫌いであんな態度を取ったわけじゃないし。本当はすっごくやさしいヤツなんだ。だから気にしないでいいよ。後でちゃんとフォロー入れとくからさ。とはいえ、シャロンさんだって困っちゃうよな、オレも何て言っていいのかさっぱりなんだけど、あいつはさ、出会った時からさ……』



この後、鳴海のマシンガントークは20分程続いた。
壁の穴が貫通したことで器物損壊犯の鳴海は現行犯でこっぴどく怒られ、ようやく話は終焉した。
そしてドン引きしたシャロンはやっとのことで解放され、さくさくと帰り支度に取り掛かったのだった。



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