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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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誰もいない、静まり返ったリングの真ん中にしろがねがぽつんと椅子に腰かけていた。
明日の公演に向けて番組の練習でもしていたのだろうか、息を弾ませタオルで顔を拭きながら、どこからか持ってきたパイプ椅子に座っている。
ひとつだけ点けた天井のスポットライトの光の外側は藍色の薄闇に沈んで、まるで自分だけが切り離された空間にいるようで、どことなくしろがねは落ち着くことができるような気がした。
乱れる呼吸を深呼吸で整え、立てた膝に額をつけて溜息にも似た大きな息を肩でついた。次第に呼吸は整ってくる。
そのうちに、ぽろ、っと涙が一粒こぼれてしまった。





The jealous Moon & the honest sun.(5)





「やだな……」
鳴海とシャロンが楽しげにしている飲み会の場にい続けることができなくなって、こうしてリングに逃げて来たけれど、やはりふたりの様子が気にかかってしまう。
ふたりはまだ楽しそうに尽きぬ話題に花を咲かせているのかもしれない。
すると途端に湧き上がってくる悪感情。
しろがねはそんな自分がいじましくて嫌で嫌で、どうしたって泣けてくる。
「こういう時ってどうしたらいいのかな……初めてだから分からない……ナルミだってきっと嫌になってる。どうしよう……」



「しーろがね」
テントに声が響いた。
誰もいない、静まり返ったテントの中はやたらと音が反響する。
ましてや人並み外れて声量のあるバスなら尚のことだ。
しろがねはこの声だけはどんなに騒々しい人混みの中でも聞き分けられる自信があった。
それくらいに大好きな声だった。
その声に名前を呼ばれ、沁み入る余韻に胸を高鳴らせた。
けれどそんな心中を声の主に悟られたくないしろがねは、相も変わらずの強気の姿勢を崩せない。気付かれないように指の背中で涙を拭う。
「……何か用?不慣れなサーカス内でシャロンさん、あなたがいなくなると困ってるんじゃないの?行ってあげたら?」
「シャロンさんは帰ったよ、奥さんによろしく、って言ってた」
「……」



シャロンは飲み会がお開きになる前に慌しくご無礼することと相成った。
「もっとゆっくりしていけばいいのに」という鳴海に、シャロンの返事は「もう充分です」だった。
自分に寄せられる女性の秋波にまるで頓着ない鈍感男が炸裂させた長時間にわたる【妻大絶賛オノロケトーク】は彼女の百年の恋を冷めさせるに充分な威力を発揮したのだろう。
「かえって清々したわ、ありがとう」
鳴海にしてみれば、何が充分なのか、何が清々したのかさっぱりだったけれど、シャロンは爽やかな笑顔で振り返りもせずに去って行ったので
「まぁ、飲み会も充分楽しんで、命の恩人にお礼が言えて清々したんだろうな」
と納得したのだった。



「ふうん。ずいぶんアッサリと帰ったのね……せっかくの命の恩人との再会なのに」
そんな事情を知らないしろがねは強がりを言う。結局、最後までシャロンの気持ちに気がつかなかった鳴海も、今のしろがねが口にする強がりは理解できる。
だからイタズラ心からちょっと意地悪をしてからかってみることにした。
「うん、今日はな。明日は飛行機の時間まで付き合うことにしたし」
「あ、明日も公演があるのよ!そんな…!」
案の定食いついてくるしろがね。勢いよく立ち上がった拍子にパイプ椅子は弾き飛ばされ、がたたん、と後ろにひっくり返った。でっかい瞳を見開いちゃって。鳴海は甚く気分がいい。
「う・そ」
「う…」
「嘘だよ。明日もちゃんとキグルミに入る」
「な、何でそんな嘘なんか!」
「おまえ、ヤキモチ焼いてたんだって?」
しろがねは見るからに ぐ と詰まった顔をした。
「焼いてなんかいない!」
「へええ……」



耳の頭まで真っ赤にしたしろがねはそんな顔を鳴海に見せないようにするためにぐるっと背中を向けた。
鳴海は更にからかうことにする。
「これなんだ?」
長い腕を伸ばし、しろがねの顔の横で指に挟んだ小さな紙をピラリと振って見せる。それはすぐに勿体ぶったように引っ込められた。
「知らない!」
「シャロンさんのメルアド」
しろがねは頑張って振り返りはしないけれど、その肩がびくっと震えた。
「メルアドの交換してさ。近々、フランスに寄って会う約束をしたんだ。おまえはシャロンさんとはいたくないみてぇだから留守番しててくれれば、オレひとりでちょこっと会って」
「フランスに寄る用事なんてないじゃない? わ、わざわざシャロンさんに会うためだけに行くの? わ、私はフランスになんか行かないから、絶対!」
背中を向けたまましろがねは叫ぶ。
「何で?」
「何でって……嫌なものは、嫌なの!」
「ヤキモチ、本当に焼いてない?」
「……焼いてないもの……」
「素直じゃねぇなぁ。じゃあ、シャロンさんにメールでも送ろう。日中は無理でもモーニングくらいは一緒にとれるだろ?」
「やだ!やめて!」
とうとうしろがねは堪え切れず、鳴海の腕に縋りついた。
「ヤキモチ、本ッ当ーに焼いてねぇのか?」
「……」



しろがねが言葉に詰まって、鳴海を見上げる瞳がウルウルと揺れている。口は大きなへの字口。鳴海はしろがねをからかうのはこれが潮時だな、と思った。
最初っからそういう素直な顔をしてりゃあいいのによ。全く意地っ張りなんだから。
鳴海はやさしく、しろがねの頭を撫でた。
「嘘だよ。メルアド交換なんざ、してねぇよ」
鳴海は持っている紙切れをしろがねに手渡した。
しろがねの手に載るのはサーカスのチケットの半券。 しろがねは手の中の紙切れをじっと見つめた後、力なく、また、鳴海に背中を向けた。
合わす顔がなかったのだ。
鳴海はしろがねの身体を後ろから抱き締めるとその細い身体に両腕を回し、銀色の頭のてっぺんに顎を載せた。



「ごめんな、オレ……鈍くて。まさかおまえがそんな風に受け取るなんて思ってもみなかったから」
顎の下でしろがねの頭が左右に振れる。
「あなたと他の誰かがにこやかにしてて、それに私は入っていけない……それがとても怖くて……どうしていいのか分からなかったの。こんなこと口にしたくなかったし、あなたは気がついてくれないから」
「すまん」
鳴海の謝りの言葉に、さっきよりも速く、しろがねの髪が鳴海の顎に擦れた。
「オレにとっちゃ、ただ、懐かしい知り合いと話をしているだけだったんだ。なのに、おまえはあんな風に不機嫌になった。一緒になってから見たことがないくらいに、膨れて拗ねて、手に負えねぇくれぇによ。でも、おまえがヤキモチを焼いてるんだって分かったとき、すげえ嬉しかったんだぜ?」
「……」
「それはおまえがオレを愛してくれてることの表れ、なんだろ?」
しろがねの身体にきゅっと力が入る。
「すごく、可愛いと思った」
「ば、莫迦……」
「改めて謝るよ。すまなかった、全部オレが悪かった」
「ナルミ。私も……ごめんなさい、大人げなかったわ……」
「大体がオレなんか、シャロンさんが鼻にも引っ掛けるわけないだろう?どう考えたって【命の恩人】へのお礼参りにだろうに。オレを好きになるモノ好きなんざおまえくらいなモンだろ?おまえは心配性だなぁ」



シャロンの熱烈な想いに全く気付くことがなく終わった鳴海。
恋敵だとしてもこれではシャロンもあんまり不憫過ぎるとしろがねは思った。
不謹慎だと分かっていても苦笑いがこぼれてしまう。 シャロンさん可哀想。でも……私はとっても幸せ。
ようやくしろがねが向かい合う。顔を上げる。
目が赤い、目尻が濡れている。
やっぱり泣いてたんだな、鳴海は思う。
でも。
今は笑っている。
だから鳴海もにっこりと笑って、笑い合って、額と額でキスをした。
これで晴れて仲直り。



「でもなぁ、あれしきのことでヤキモチを焼かれちまうとは……オレの愛し方、もしかして足りてねぇのか?実は不満足だったりする?毎晩、髪の毛の先から足の指まで、時間をかけてたっぷりと可愛がってるつもりなんだけどなぁ」
「やだ、ナルミ、そんなこと」
誰もいない場所ででもそんなことを言われると、しろがねは恥ずかしくて顔から火が出てしまう。
「お?顔が赤いぞ?やーらしーなぁ、何思い出してんだよ?今考えたこと言ってみ?そこんとこ重点的にしてやるから」
「ば、ばかっ!」
本当にしろがねが可愛くて仕方がない。鳴海は鼻と鼻もくっつけた。
「冗談は抜きにしても、もうちっと内容を濃くしようか?オレのどこかに不安があるのは事実なんだろう?それでちょっとでもおまえが安心できるなら」
「ち、違うの…!」
しろがねは逞しい首に腕を回して、胸をすり寄せ、ぴったりと密着する。
「あなたのどこにも不安なんてないわ、私が勝手に不安になっているだけで……。あのね、私にとってもあなたは命の恩人なのに、あの人が何べんもあなたを命の恩人と呼んで……何かそれが上手く言えないけれど、もどかしくて、その……あの人があなたの血を飲んだって、それが悔しくて」
「自分はオレの血を飲んでない、ってのが悔しい?それで我慢がしきれなくなったのか?」
「うん…」
「ばっかだなぁ、おまえ」
「どうしてよ?」



鳴海が堪え切れずにクックッと笑いだす。
自分の真剣な訴えを笑われて、しろがねはむぅっと唇を尖らせた。
「何で血なんかにこだわるかねぇ。おまえはもっと濃いぃの毎日飲んでるだろが、オレの精え(ry」
「も、もうッ…分かったわよ、私は莫迦…」
不意に鳴海は唇を重ね、舌でしろがねの歯列を開かせた。
しろがねは大人しく鳴海の求めに応じ、その舌に鉄の味が滲む。
びっくりしたしろがねが唇を離すと鳴海の唇に自分で噛み切った傷があった。
「ナルミ、何を……」
「これであいこだろ?おまえもオレの血を飲んだ。もう何にも心配いらねぇだろ?」
鳴海は自分の思いつきに満足してニッと笑っている。
「だからって何も痛い思いして唇を噛むことなんて」
「どってことねぇよ。オレは『しろがね』なんだから。本当に舐めてるうちに治らぁ。それにきっとおまえの心のが痛かった」
「もう、莫迦なんだから…。舐めるって自分で舐めるの?それとも…」



鳴海の頬を両手で挟んで引き寄せると、しろがねは鳴海の傷口を舌先でやさしく舐めた。
肉の切れ目を唾液をまぶした舌で拭う。
鳴海がしろがねの身体をしっかりと抱き締めると、いつの間にか、傷口を舐める行為は舌を絡め合う激しいくちづけに変わっていた。
深く深く舌を挿し入れ合い、吸い合う。
キスの合間に漏れるくぐもった声は天井の高いテントの中に密やかに響く。
「スポットライトを浴びながらリングの真ん中でキスか。誰かに見られてるかもよ?」
「皆、お酒を飲むのに一生懸命よ……それに……」
「それに?」
「誰に見られてても構わない。私は今、あなたとキスがしたいの」
しろがねが積極的にキスをせがむ。
鳴海は喜んで、飽くことなくしろがねに応じたのだった。



そんな鳴海としろがねのやりとりを影から覗いていた一団がいた。
ノリ、ヒロ、ナオタ。
前代未聞のオシドリ夫婦の大喧嘩、一触即発の離婚の危機への第一歩を見届けてやろうと尾けていたのだ。
初めのうちはいい感じだった。聞く耳を持たないしろがねが鳴海のことを拒否しまくっていた。
これはいい!もっとやれ!別れてしまえ!、3人は小さな声で囃し立てていた。
それが鳴海がしろがねをバックハグし、関係修復の兆しが見えてきた辺りから連中は無口になった。
そして始まったふたりの性活が垣間見えるベタ甘トーク。
世間にはクール・ビューティのイメージが強いしろがねの、鳴海限定の普通の女の子っぷり。
家族のようにずっと寝起き飲食を共にしていた三馬鹿だって、こんな風に男に拗ねたり甘えたりするしろがねなんか見たことも聞いたことも考えたこともない。
とどめには突然ぶちかまされた仲直りのキス。
彼女いない歴が結構になる男3人の前でいつ終わるとも分からない濃厚なキスが展開される。



「やってらんねー」
「見せつけやがって」
「白けちまったぜ」
男たちは口々に負け犬の遠吠え的な捨てセリフを残し、決して悔しいわけじゃないからね、と去って行った。
再び飲み会の席に戻ってきた三馬鹿が周りを唖然とさせるくらいに飲みまくり、翌日の公演に差し障りが出るくらいの二日酔いとなり仲町に大目玉を食ったというのはまた別の話である。



自分たちのバカップルぶりが覗かれていて、陰で男たちに悔し涙を流させたことなど知る由もない鳴海としろがねは、鳴海の傷がすっかり癒えるまで長い長いキスを繰り返した。
今はすっかり機嫌の良くなったしろがねが鳴海の腕の中にすっぽりと埋まって、鳴海の熱と幸福感を堪能している段階。
あやすようにしろがねの背中をぽんぽんとしていた鳴海だったが、ふと、あることを思い出した。
「そうだ。あのさぁ、楚々としてなくて、控え目でなくて…、ってありゃなんだ?おまえがそんなだなんてオレは言った覚えがねぇぞ?」
「あ、それは…」
しろがねは気恥ずかしさがぶり返し、鳴海の腕の中で心持ち小さくなった。
「それは、ノリさんたちが……あの……そういう女性はきっとナルミの好きなタイプで、そういうタイプはこれまでナルミの周りにいなかった、って……」
「まったく、あの人たちゃあ」
やっぱりそんなとこかぁ。と、鳴海は苦笑いをする。
「いいか、しろがね」
鳴海はしろがねの顔を両手で上向かせ、強制的に自分と視線を合わさせた。



「な、何?」
「よく聞いとけよ?楚々としていて、控え目で、上品で、頭がよくて、母性的で、小股の切れ上がったセクシーな女がオレのかみさんだ」
「……」
「何だったら、オレの少ねぇボキャブラリーで思いつく限りの賛辞を並べてみようか?」
「い、いい…」
しろがねは小さく頭を振った。
銀色の髪からのぞく耳は相変わらず赤いままで、自分にこんな無防備な姿を見せてくれるしろがねが本当に本当に愛おしい。
鳴海はぎゅうっと胸に抱き締める。
「とにかく、この世で一番、愛おしくて、可愛くて、一生手放す気のない女は……今、オレの腕の中にいる女だから。やさしさも、美しさも、オレはおまえの持っている以上があるとは思わねぇ。おまえ以上に誰かを愛することなんて絶対にないと誓えるから」
「美しくなんかない……」
しろがねは大きく大きく首を振った。
「こんなジェラシーなんて、とっても汚いわ。あなたを信じてないってことだもの。心の中が真っ黒になって、浅ましい気持ちでいっぱいになって……トイレの鏡に映っていた私、凄く嫌な顔をしてた……」
「いいんだって、ヤキモチを焼くのが人間なんだから。オレだって焼いてるぜ? 本当はおまえを人前になんか出したくねぇんだぜ? 他の男の目に触れさせたくなんか、ましてやハダカ同然のサーカス衣装なんてよー。おまえの乳やケツをどんだけの野郎どもが追っかけてると思ってんだよ?」



しろがねは鳴海の口振りが可笑しくてクスリと笑って、自分で顔を上げた。
「な、人間だったら当たり前の感情なんだよ」
鳴海は白い頬に残る涙の通り道を指で温めた。
「それにな、オレは嬉しいんだ。出会った頃、自分は人形だって信じて悲しい顔をしていたおまえが、こうやって人間くさい感情を爆発させてくれるのは……いいんだよ、これで」
「……」
「オレはおまえを愛してる。ヤキモチなんて焼くことなんてねぇんだ。でも、それでもヤキモチを焼くってなら焼きたいだけ焼きゃあいい。おまえがそうやって感情をぶつけられるのはオレだけなんだから。いくらでもぶつけろよ」


空に輝く月だって、太陽の光がなければただの岩の塊で。
ぼこぼこのクレーターだらけのあばた面なんてお世辞にも美しいなんて言えない。
月が月であるために太陽の光が必要なように、しろがねには鳴海が必要。
だって鳴海は彼女の太陽なのだから。
そして鳴海にだけ裏側の醜い部分を見せてくれるしろがねは月なのだ。
「泣いて、笑って、怒って。どんなおまえもオレには可愛い。どんなおまえでも全身全霊でおまえを愛して、受け止めてやるから」
「ヤキモチを焼きたいだけ焼け、なんて安請け合いして。……後で後悔しても知らないから」
「おう」
「私、本当は凄い嫉妬深い女なんだから」
「分かったよ。だから……泣くな」



いくらでも自分を盾にして、この世に生まれたこと、人間らしく生きることを知ればいいと鳴海は思う。
それによってしろがねが幸せを覚えることが、鳴海の喜びなのだから。







その後。



鳴海としろがねはこれまで以上に仲睦ましく暮らしている。
ただ、しろがねは宣言通り、焼きたいだけヤキモチを焼く女になった。
ファストショップでの注文の際、カウンターの女の子に必要以上ににこやかに応対したと言って拗ねられるレベルのことは日常茶飯事となった。
しろがねはしろがねで本気でヤキモチを焼いていることは確かなのだけれど、その夜に待つ鳴海の【詫び入れ】がとっても気に入っており、ワザとヤキモチを焼いているのではないか、との噂も無きにしも非ず。
鳴海にしてもヤキモチを焼くしろがねに手を焼いてしまうことが全くないわけではないが、そんなしろがねを可愛いと思っているので何ら問題はないらしい。



ヤキモチを焼くことすらもレクリエーションになってしまうラブラブっぷり。
だから彼らは、バカップル、と呼ばれてしまうわけなのだった。



End

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