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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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盛り上がりを見せる仲町サーカス公演初日の幕合い。
幕の裏側は後半の出し物の準備で、まさに天地をひっくり返したかのような大騒ぎだ。初日ということで慣れもないために余計なのだろう。



しろがねは後半すぐの番組には出ないので少し時間的な余裕があった。そんなわけで大わらわで右往左往しているスタッフを尻目に袖で一息ついていると、そこへ今は道具方として参加中の鳴海がやってきた。
デカい身体をちいちゃくちいちゃくして、しろがねの足元に擦り寄る。
しろがねが先程、やたらと機嫌を悪くしてたので鳴海はそーっと、お窺いを立てるように
「しろがね」
と声をかけてみた。
しろがねはピクと鳴海の声に反応して辺りを見回し、忠犬のように自分の足元にしゃがんでいる鳴海を見つけた。そんな鳴海の表情や態度に、拗ねてる自分に気兼ねしている様子が見てとれてしろがねの溜飲がちょこっと下がる。
でもそれを気取られないようにプイと顔を背けた。





The jealous Moon & the honest sun.(3)





「なあに?道具方は今が働き時なんじゃないの?こんなところで油を売ってるのが見つかったら大変でしょ?」
「うん、そうなんだけどさ……何か、おまえが怒ってるようだから」
鳴海は地面にのの字を書いた。寂しそうな様子にしろがねのガードが下がる。
「怒ってる、だなんて」
「おまえが怒ってるなら謝らないと。なるべく早く仲違いは解消したいからさ」
「私は……怒っているわけじゃない……」
しろがねは別に怒っているわけじゃない。ただ、ヤキモチを焼いているだけ。
鳴海に悪気がないことはしろがねだって分かっている。
ただ大好きな鳴海に、自分の知らない女性と仲良くして欲しくないだけ。自分の心が狭いだけ。
まぁ、強いて鳴海が悪い点をあげれば、そうやって妻の前で他の女と親しくすればヤキモチを焼く、ということに思い至らない鈍さだろうか。
「ホントに?あー、よかった。オレ、何かやっちまったのかと思って心配で」
怒ってないとしろがねに言ってもらえた鳴海は素直に喜んで屈託なく笑う。
この無邪気さだってニクイのだ。
おかげでしろがねは自分の狭量に自己嫌悪になってしまう。



「じゃあ、どうして不機嫌なんだ?不機嫌は不機嫌だろ?」
「それは……」
しろがねはタオルで口元を拭くフリをして鳴海に顔色を気取られないようにしながら、ずっと気になっていたことを訊ねた。
「ナルミはシャロンさんの命の恩人、なのよね」
「そんな大層なモンじゃねぇんだけど」
鳴海は少し照れたように頭をガリガリと掻いた。
「命の恩人……ってどんなことをしたの?」
シャロンの鳴海に対して向ける瞳が訴えているものが【命の恩人への感謝】だけに留まらないことくらい、しろがねにはよく分かっている。
シャロンが鳴海を見上げる瞳は、しろがね自身が鳴海を見つめる瞳と同類。
シャロンが鳴海に特別な感情を抱く元になった何かは絶対にあり、それには「命の恩人」というキーワードが深く関わっているに違いない。それがどんな事件で、どんな関わり合いがふたりの間にあったのかが気になっていたのだった。
しろがねは鳴海との出会いに運命的なものを感じている。そして同様に、シャロンもまた出会いに運命を感じているに間違いないのだ。
鳴海はというとしろがねの不機嫌の理由と、シャロンの命の恩人話がどう噛みあうのかサッパリだったけれど、しろがねの不機嫌が治るなら、と訊ねられたままに答える。



「オレの中に生命の水なんてものが流れてることも、自分が『しろがね』なんてモノになっちまったこともよく分かってなかった頃だよ。キュベロンから浚われたタニアを救出するために向かったカルナックでスクールバスが自動人形に襲われる事件が起きたんだ。バスに乗ってた生徒と教師とバスの運転手はタニアを浚ったフラーヴィオって人形に誘拐された。シャロンさんはその教師だったんだよ」
「そうなの」
「今思えば、あれがオレが『しろがね』として関わった最初だったんだなぁ」
「……」
正直、思った通りと言えば思った通りだった。
自動人形を巡って『しろがね』として出会って彼女の窮地を救ったのだろうな、という予想はできていたから。



私にだって、ナルミは命の恩人だもの。
ナルミを命の恩人だと思っているのは彼女だけではないわ。
私なんか何度も助けてもらったもの。
私はナルミの家に泊ったり、一緒にお坊ちゃまを助けに行ったり、冗談を言ってもらったりしたのだから。
しろがねは鳴海と出会った時のことを思い返して自分とシャロンが同列、そして更に優越であることを非常に幼稚なレベルで確認した。
自分が鳴海にしてもらって、シャロンはしていないことを列挙して心の平穏を得ようとした。
が、次の鳴海の言葉で足場が一気に崩壊した心地をしろがねは味わった。
「結果、シャロンさんは子どもを庇って、代わりにフラーヴィオに血を吸われて失血死しかけたんだ。瀕死になった彼女を見てオレは……彼女に死んでもらいたくなかったから……どうしてもこの手で助けたかったから……オレの血を飲ませたんだ」
しろがねはハッとした視線を鳴海に向けた。
鳴海は自分の拳をじっと見つめて、その時のことを思い出しているようだった。



「血……あの人はナルミの血を飲んだの……」
「ああ、それでシャロンさんは一命を取り留めた」
タオルの影でしろがねの眉がきゅっと寄った。
私は……ナルミの血を飲ませてもらってない……、と自分の方がシャロンよりも劣勢に思えて仕方がなくなってしまったのだ
(ほぼ毎晩行われる濃厚な体液の交換の方が数滴の飲血よりもヘビーであることが頭から抜け落ちているしろがねだった)。
「『しろがね』の血をゾナハ病でない者に与えるのは禁忌、おかげでルシールに鉛玉を撃ち込まれたよ。でも、シャロンさんは生き返ることができた」
鳴海はその時の痛みすらも懐かしく思い出し、柔らかく笑った。
その笑顔にすらしろがねの胸の中はチリチリと妬けていく(鳴海は今は亡きルシールやギイを思い出して笑っていたのだけれど)。
「そんなにしてまでシャロンさんを助けたかったの…?」
「ああ、死んで欲しくなかった」
「きれいな人だものね」
「何か言ったか?」
「いいえ、別に」



鳴海がどうしてもシャロンを助けたかった理由というものが今一つ詳しく語られていないために、しろがねの邪推は解消されない。
鳴海がシャロンを助けたのは、彼女がきれいだから、鳴海の方もシャロンに特別な想いが生まれていたからではないか、などと勘繰りが止まらない。
初めて会った時から自分を愛していたと言ってくれた鳴海も、シャロンと出会ったその時にはしろがねを愛していた記憶を失っていたのだから、彼女に好意を持ったって何の問題もない。
鳴海とシャロンの馴れ初め(?)を聞いて、余計にムカムカが増してしまった気がする。しなくていい嫉妬だということは頭で理解していても、気持ちが治まってくれない。
「それじゃ、彼女もあなたに感謝の気持ちを伝えにわざわざ来たくもなるわね。あなたが無茶をしなかったら死んでしまっていたのだから」
「そんなのいいのにな。かえってこっちが恐縮しちまうよ、フランスから日本に来るの、大変なのになぁ」
しろがねのさりげない皮肉交じりの一言も鳴海には届いてはいないようだ。
元より鳴海はしろがねがヤキモチを焼いていることに気が付いていないのだから。
よって、更なる墓穴も簡単に掘ってしまう。



「だからさ、わざわざ来てくれたわけだしさ、今日の打ち上げにシャロンさんを誘ったんだ」(※本日、仲町サーカスでは興行初日成功の打ち上げが簡単にだが盛大に催される予定。)
「え?」
しろがねの目が丸くなる。
「シャロンさんもOKくれたし、ノリさんも『勝が世話になったあの戦いの関係者ならウェルカムだぜ!(←鳴海としろがねの間を引っかき回したい魂胆剥き出し)』って了解くれたし」
「そ…」
「もてなしてやらんとな」
「ちょ…」
しろがねを置き去りにして話がどんどん進んでいく。
「そんでさ、舞台が終わった後がオレの仕事の本領発揮だろ? シャロンさんの相手が出来ないから放ったらかしになっちまう。そうなると客が引けてから飲み会が始まるまでの間、シャロンさんが時間を持て余しちまうだろう? 他に知り合いはいねぇし、ここらへんのことは明るくないわけだしさ。だから悪いんだけど、しろがね、飲み会が始まるまでの間、彼女と一緒にどこかの茶店にでも入って彼女の話相手にでも」



ぶちり。 
ついにしろがねの堪忍袋の緒が切れた。













あなたを好きで追いかけてきた女とにこやかに茶をしないといけないのよ!



「嫌ッ!」
しろがねは吐き出すようにして叫ぶとイヤイヤと首を振った。
「な、何で?しろがねは舞台がはねたら自由時間なんだし」
「嫌なものは嫌なの!」
両手で拳を作り、鳴海に向き合い、言い捨てた。
「今日のおまえは一体何なんだよ?一体何を怒って……さっき怒ってねぇって言ってたのに」
滅多にないしろがねの理由のない(しろがねにはちゃんと理由があるのだけれど)利かん気に一瞬タジタジとなったが、意味も分からず(しろがねにはちゃんと意味があるのだけれど)追い込まれて手を焼いている状況に鳴海の語気も荒くなる。 鳴海には不機嫌なしろがねが自分に当たって我儘を言っているようにしか思えない。
「あなたを怒ってなんかいないわよ! 私がこうして不機嫌なのはあなたを怒ってるからじゃないわ!どうして私が不機嫌なのか、どうしてあなたは分からないの? さっきナルミは私に謝るって言わなかった? 謝るってのは、何がどうこうで何を悪いと思ったから、謝るものでしょう? あなたは何にも分かってないじゃないの! そんなで私に何を謝るつもりだったの?」



でも、しろがねも負けてはいない。正論をかまされて鳴海は二の句が継げない。どうやらしろがねは本気で怒っているらしい。こんなしろがねを鳴海は知らない。
「それは、その、とりあえず」
しどろもどろになるしかない。だって本当にどうしてしろがねが不機嫌なのか、ちっとも分かってない鳴海だ。
「とりあえず何でもいいから謝って、ご機嫌を取ればいいとでも?楚々としてなくて、控え目でなくて、品がなくて、知的でなくて、小股が切れ上がってなくて、母性的でなくて、セクシーでない女はそんなので適当に誤魔化せるとでも?」
「お、おいおい、誰もそんなこたぁ言ってねぇだろが。誰がおまえのことをそんな風に」
「冗談じゃないわ!それなのに、よくも私にそんな頼みまで…!もうナルミなんて知らない!」
「あ、おい、しろがね!」
しろがねは走り去ってしまった。鳴海は呆然と立ち尽くす。



「何が何だってんだ……」
鈍い鳴海は途方に暮れるしか術がなかった。




仲町サーカス後半の幕は予定よりも数分遅れで開いた。
空前絶後のオシドリ夫婦。そんな彼らの派手なケンカに舞台裏の皆が息を飲み、仕事を一時中断して耳をそばだてていたためだという……。



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