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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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しろがねはドカドカとブーツの踵を踏み鳴らし勝の元へと向かいながら、自分のこのモヤモヤムカムカした気持ちを持て余し、どうしたものかと考えた。





The jealous Moon & the honest sun.(2)





とんでもなく不愉快なこの気持ち。
これはしろがねが長い人生で初めて味わう気持ちだった。



何だろう?
自分の今の気持ちに名前をつけると一体何がぴったりと当てはまるのだろう?
私は怒ってるの? 憤慨?
それは誰に? 鳴海に? それともシャロンって人に?
怒っているのならば私は何を怒ってるの?
それともちょっと泣きたいような気もするから……悲しい気持ち?
ならば私はどうして泣きたいの?
不安だから? どうして? 何が不安なの?
鳴海とあの人が一緒にいること?それが何故不安なの?



何もかもが疑問形で、きちんとした答えを出せないそんな自分にも苛々してくる。しろがねはキリキリと爪を噛んだ。
そんな彼女にノリ・ヒロ・ナオタが追いついた。
「しろがね、鳴海の客ってあれ誰?」
「けっこうな美人じゃね?」
「ずいぶん親しげじゃん?」
三人は好奇心から、そしてフランス語の会話についていけなかったから、どんな展開なのかを聞こうとしろがねに矢継ぎ早に話しかける。しろがねは「美人」「親しげ」という単語が気に入らず
「さあ」
と素っ気ない返事をするに留まった。
「さあってことないだろ?傍にいたんだからさ。それにしてもいい女だったよなー。楚々として、控え目で。品があるんだけどエリ様みたいに絶対に手が届かないって風でもないし」
「うんうん。知的で、それでいて小股の切れ上がった感じがしてさ。ああいう女に言い寄られたら一発でクラッとくるね」
「そうそう。母性的でやさしそうでさぁ……それでいてどこかセクシーで。そうだなぁ……何か鳴海っぽくない……全体的にヤツの周りにはこれまでいなかったタイプだよな?」
「……楚々として、控え目で、程良い品があって、知的で、小股が切れ上がってて、母性的で、セクシーなタイプの女はこれまでナルミの周りにはいなかったと……?」



ノリたちは自分たちの意見を正直に述べただけなのだが、しろがねのそれに対する態度があまりにもトゲトゲだったから彼女の後ろで顔を見合わせほくそ笑んだ。ノリもヒロもナオタもしろがねに失恋した者同士、何かの機会に自分たちのマドンナ・しろがねを掻っ攫っていった鳴海に一糸報いてやりたい野望はあった。
鳴海はある日突然、仲町サーカスに入団したかと思ったら仏頂面で取っつき辛く、それだけならまだしも散々しろがねに辛く当っていたくせにしっかりと彼女の心を掴んでいて、気がついたら目に当てられないくらいにラブラブになっていたのだから。
機会があったらそんな鳴海に痛い目を合わせてやりたい(今は気のいいヤツなんだけど)、しろがねとケンカをさせてやりたい(それもラブラブ状態が崩壊する程のクライシスを一発)、それで別れるのであれば自分たちに再びチャンスが巡ってくるかもしれん(未練が皆無と言えばそれは嘘)、要は彼女いない歴が記録更新しているモテない男どもの僻みであり、男なら誰もが絶世の美人と賞賛する女性を妻に持ちながらモテ体質は変わらずにこうやって女(それも美人!)に言い寄られてるのが普通の男には天誅が下るべきであろう。
ロマンスは皆で分け合うべし、そもそも妻帯者には新たなロマンスなどいらぬ。
だから更に炊きつけてみる。



「まあねえ。向こうは鳴海に気があるの見え見えだしなあ?それに何かワケアリな関係に見えたし、部外者には入り込めない空気っての?あったよなぁ」
「そういうのって恋愛のスパイスっつーか……意外と鳴海もああいうタイプ、新鮮なんじゃない?」
「今なんか、しろがねも離れてるし危険っちゃ危険っつーか……しろがねも気をつけないとさ、男なんか新婚でも浮気するときゃ浮気するぜ?」
「……そうですね……楚々としてなくて、控え目でなくて、品がなくて、知的でなくて、小股が切れ上がってなくて、母性的でなくて、セクシーでない妻を持つ男なら尚更、ね……」
調子に乗りまくっている男たちはしろがねのひんやり加減が分からない。
「そおんなことはないよ。自分を卑下することはない。オレには分かる。しろがねは誰よりもいい女だ」
「鳴海だって心配ないって。しろがねのよさは分かってるはず。ただ、あいつは情に簡単に流されそうなのが長所でもあり欠点でもあるけど」
「何にしても気にすることなんてない……って、あ!もしかしてしろがね。妬いてるの?」
しろがねの足が、ピタ、と止まった。「妬いてる」という言葉に、はた、と胸の中がしっくりいった。自分のモヤモヤムカムカの名前が分かった。



そうか。
私はヤキモチを焼いているんだ……ナルミと、あの人に。
ああ、目からウロコってこういうことを言うのね。
私はこれまで誰のこともを好きになったことなんてなかったから、嫉妬なんて気持ちも知らずに生きて来たのだ。
私はナルミを愛しているから、嫉妬、だなんて感情も生まれるんだ。



莫迦ね……自分のことなのに……。



気持ちの名前は分かった。とはいえ、それでこの悪感情が相殺されるものでもない。むしろ具体的になってしまったせいでヤキモチがクリアになってしまったかもしれない。
しろがねの心中などお構いなく、三人の男たちは貴重なしろがねにお祭り状態になっていた。
「初めて見るなぁ、そんなしろがね!」
「ヤキモチ焼きのしろがね、可愛いッ!」
「新鮮だなぁ!感慨深いよ!」
デリカシーのない言葉が触る触る、しろがねの逆鱗に。そしてユラリと浮かれ男どもを振り返った。



「 そ れ が、 何 か ? 」



視線だけで大の男を射殺しそうな座った瞳。
極限まで低音に落とされたドスの利いた冷たい声。
くっと曲げられた、銀糸は垂れていないのにどこからかあるるかんを呼んできそうな指先。
今のしろがねは、全身、凄みの塊。
「「「いいええ、ノープロブレムです」」」
「お坊ちゃまァ!どちらにおられますかッ!」
それ以上の言葉を失くした竦み上がった男たちに一瞥をくれると、しろがねは勝探しに戻ったのだった。



一方の、残された鳴海はというと。



「な、何で?何でさっきからあいつ不機嫌なわけ?」
想いが通じ合ってこの方、しろがねはにこやかで朗らかで、波風が立つ気配ひとつなくやってきたというのに。
しろがねが怒っているのならば、きっと自分が知らぬ間にいらんことをやらかしたに決まっているのだが幾ら考えても心当たりはないし、そんなときのしろがねは問題がこじれる前にちゃんと自分に指摘をしてくれるのに。
鳴海には何が何だかよく分からない。
『どうかしたのですか?』
鳴海のデカい身体がついたてになってしろがねの様子が見えなかったシャロンには(元より鳴海以外の何者も目に入ってないのだけれど)、鳴海が動悸激しい胸に手を当てて冷や汗を流している理由が分からない。
ふたりの頭の上にはそれぞれ理由の違うクエスチョンマーク。
『何だか……顔色がよくないみたい……』
『あ、いいや……何でも』
シャロンが鳴海を想い、鳴海がしろがねを想っていると、
「こんにちはッ!」
とクラウン衣装の勝が子犬よろしく駆けてきた(しろがねの姿は無し)。
再びの感動の再会。行き倒れの勝を拾った際のシャロンの勇ましいいでたちについて一頻り盛り上がる。



途中、話の切れ間を見つけて勝が日本語でこそっと言う。
「ねえ、兄ちゃん?しろがね、何か不機嫌になるようなことあったの?」
「どうして?」
「だってしろがねに呼ばれたとき、僕が怒られるのかと思ったんだ。顔は確かに笑ってるんだけどさ、何となく」
「オレが聞きたいよ」
「兄ちゃんも分からないの?」
「……うーん、どうしたんだろうなぁ……」
「……うーん、どうしたんだろうねぇ……」



鳴海も勝も、自分に寄せられた想いにとても鈍い。女心にとても鈍い。
だからこのふたりは、シャロンの熱っぽい視線の意味に気付けないうちは、しろがねのジェラシーにもきっと自発的に気付かないだろう、と思われるのだった。



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