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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディですが

藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、

またはスピンアウト気味のSSです。







蜜月。





<6>


鳴海はその後、勝からしろがねの出生に纏わる秘話を聞いた。
ギイから聞いたという、彼が居合わせたエレオノール誕生の現場でのやり取り。それから勝が正二の記憶を追体験したことで知った、彼女を絡め捕るように張り巡らされた陰謀。その渦中で徐々に人形になっていく少女。そして彼女の幸せだけを願った、正二とアンジェリーナと、ギイ。ギイの名が話に出る度に鳴海は思う。
ギイはまだ帰ってこねぇ。オレはギイに言いたいことがたくさんあるのに。勝負はオレの負けだと伝えたい。
大丈夫。ギイは絶対に生きている。あのしぶとい男がしろがねの笑顔を見ないで死んだりするものか。
思って、勝の話に戻る。


勝の話は、以前に鳴海がフウから聞かされた話とおおよそ骨組みは同じだった。けれど、話し手が違うだけでどうしてこんなにも受ける印象が違うのだろう?少しもフランシーヌ人形が悪ともしろがねが悪とも思えない。鳴海は唇を噛み締めた。
勝の話を聞いているうちに鳴海の元にひしひしと、しろがねの孤独が伝わる。勝の視点はギイであり正二であったからしろがね自身の心情が本当のどうだったのかは分からない。けれど成長したしろがねも根本のところは、黒賀村でひとりぼっちで泣いていた幼いエレオノールなのではないかと思うのだ。
【普通の人生】を彼女はまるで知らない。彼女の享受できた無償の愛は生後数カ月で途切れ、そして今も彼女は自分のルーツを知らないでいるのだ。そのことに関して勝は
「僕が話したこと、それをしろがねに打ち明けるかどうかはナルミ兄ちゃんに任せるよ。僕はおじいちゃんに『エレオノールには内緒にして欲しい』と頼まれた。もう、何もかもが終わったからしろがねに話したっていいと思う。でもそれは僕の役目じゃない」
と言った。


しろがね、エレオノールの90余年。
どんなに過酷だったろう。どんなに孤独だったろう。そして、どれだけの隠れた愛情が彼女を支えていたのだろう。
初めて出会った時の、頑ななくらいに他人を撥ねつけ拒絶する、自分を人形だと悲しそうに言うしろがねを思い出した。
なのにオレは。オレのしたことは。
鳴海の目元には細かな皺が刻まれた。
「言ったってしょうがねぇことだけどさ。この話をおまえから聞くことができていたら、って心底思うよ。もしも最初から、こうやって真っ直ぐな話を聞けていたら…。いや、そうじゃねぇな。あの時、例えおまえの口から聞いたって、オレは聞く耳を持たなかっただろうな。真っ直ぐじゃなかったのはオレの方だ。絶望と憎悪で、オレの目が歪んでた」
「兄ちゃん…それはきっと仕方のないことだよ。兄ちゃんじゃなくたって誰だって…」
「いやそれでも。オレがしろがねを傷つけたことには変わりねぇ」


親子だと名乗ることもなく、ただ影から支えた正二。
生まれ落ちた日からずっと、しろがねの成長を見守り彼女の幸せのために生きたギイ。
彼らの想いを継ぎ、小さな身体でしろがねを守った勝。
仲町サーカスの皆だってしろがねを愛し、彼女が悪い者だなんて欠片も思わないからこそ戦う力もないのにシャトルを死守したのだ。





皆、皆、しろがねのことを理解していた。
オレだけが、あいつを理解してやれなかった。
こうして想いを通じ合った自分が一番、しろがねのことを全く理解できてないんだ。
そう、オレは、愛する女のことを知らない。
勝は正二の記憶を辿り、仲町の面々は彼女自身の記憶を見た。
皆、しろがねの過去を知っている。しろがねの心を知っている。
ああ、何て滑稽なんだ?オレだけが何にも知らねぇ!
一番理解できてないくせにどうしてこんなんで彼女の一番の理解者になり得るつもりでいたのか!





鳴海は急に尻の辺りがムズムズして落ち着かなくなってしまった。
「勝、悪ぃ。急用を思い出した!」
鳴海はバッとベッドを飛び降りると、一目散に部屋を走り出て行った。
「いってらっしゃい」
勝は手を振って既にもういない、とても手のかかる兄に向って微笑んだ。





「おう、邪魔するぜ!フウ、ちょっと今、いいか?」
鳴海が向かったのはフウの居室だった。フウからの入室の許可の声が返ってこないうちに鳴海はズカズカと足を踏み入れる。
「おや、ナルミ君」
煮ても焼いても食えない老人が来客に向かって車椅子の向きを正した。
「何か用かね?」
「ああ。用向きはふたつある。勝から聞いてるだろ?オレの左腕。アメリカのクライオニクス会社に預けられてるっていう」
「聞いているよ。アタシから聞くよりマサル君の口から聞いた方が感動もひとしおかと思ってあえて黙ってたんだけどね」
「そうだと思ったよ」
鳴海は部屋に設えられているソファにどかりと腰を下ろした。


「それでそいつをくっつけてもらいてぇんだが。アンタ出来るかい?」
「ああ、お安いご用さ」
メイド人形に車椅子を押されたフウが鳴海の向かいへとやってきた。
「複雑なマリオネットの手足を生身の体につけるよりもはるかに楽な仕事だよ」
「じゃあ、頼まぁ」
「アメリカのラボで準備を進めさせよう。実はクライオニクスの会社には手配済みなのだよ」
「まったく。全部お見通しってわけかい」
鳴海は苦笑するしかない。
「あの混乱だからね、君の腕が解凍されて腐ってても困るだろう?」
「それは…嫌だな」
「向こうについたらしばらくは術前検査等々で病人扱いさせてもらうよ?マリオネットの腕をくっつけるよりは簡単だが、つけるものがデリケートでやり直しが効かないからね。万全を期すための措置だが君には退屈なだけだろうが…。さて、用向きのひとつは分かった。これはアタシには予想ができていた。だけどもうひとつは分からんな、何だろうね」
フウはニヤニヤとして鳴海の様子を伺っている。鳴海はこの世で一番、そして常に退屈しているのはこの変人爺さんなんじゃなかろうか、と考えた。


「あのよ。これは頼み、っつーか訊きたいことっつーか。単刀直入に言わせてもらやぁ、ローエンシュタインで撮ったしろがねの記憶、あれ、アンタのことだからまだ持ってるんだろ?あそこを出るときにゃ廃棄したとか言ってたけどよ」
フウが見るからに興味津々に鳴海を見る。鳴海も負けじと食えないフウの表情を探る。
「それを訊いてどうするんだい?」
組んだ両手に顎を乗せたフウが上目遣いに鳴海に訊ねた。
「あるんならそれを見せてもらいてぇ。これは頼みの方だよ」
頼み、と言ってるわりには鳴海の態度はふてぶてしく、少しも頼んでいるようには見えない。
「君はあの時、興味がないと言ってエレオノール君の記憶を見なかった。それが一転見たいと言う。これは一体、どういう心境の変化なのかな?」
「そんなことは言わなくても分かってるだろうが、だからアンタは人が悪いってんだよ」
何でも分かって察することができるクセにすぐに、それも形にしづらい言葉を他人から引っ張り出そうとするフウだから、鳴海は「コイツにはふてぶてしい態度くらいが丁度いい」と思うのだ。


「アタシは『しろがね』であって『ヒト』じゃないからね」
フウは如何にも人が悪そうに笑う。
「『しろがね』も人間だよ」
鳴海はケ、と舌を突き出した。
「で、あるのかないのかどっちだよ」
「君の心境の変化をアタシに語って聞かせてくれたら、『ある』よ」
「…そう言うだろうと思ったよ」
鳴海はフンと鼻を鳴らして、小さく笑った。


「あの時、オレはしろがねの記憶を見ねぇでもしろがねが悪じゃねぇことは分かっていた。分かっていたけど何とかしてそれを認めないようにしていた。しろがねの記憶を見ちまったら、もう憎んでいるフリができなくなっちまう。それだけは避けなくちゃならなかった。誰がしろがねを許しても、オレだけはあいつを許しちゃいけねぇって思ってたから」
声なきもの、弱きものの代弁者。それが鳴海の役目だった。最後の最後にはフランシーヌ人形の生まれ変わりを殺すこと、それが鳴海に課せられた責任だった。しろがね自身に罪がなくとも殺さなければならないと、自分を縛っていた。
それに、見てしまったらきっと責任よりも愛情が勝り、未練が募って死を覚悟できなくなっただろう。しろがねの生きる地球にしがみつきたくなってしまっただろう。
鳴海にはそれが痛いくらいに分かっていたから、しろがねの記憶を見なかった。


「けれど今はもうオレを縛るモノはなくなった。しろがねの記憶を見ちゃなんねぇ理由は消えた。このオレはしろがねの全てを理解してやらなくちゃならねぇ。大事なのは未来だってことは知ってるさ。でもオレはしろがねの重たい過去も全部背負ってやるって決めたんだ。きっと、永い孤独な人生の内には押しつぶされそうな重荷もあったろう、今の今だってしろがねの心には負荷がかかっているかもしれん。それをオレは一緒に支えてやりてぇんだよ」
鳴海はフウを真っ直ぐに見据えて訴える。
「ほう…なるほどね。でも見たい理由はそれだけじゃないだろう?」
人が真面目に話しているのにまぁだニヤニヤしやがって!
本音を見透かすようなフウの視線を嫌って鳴海は鼻の付け根に皺を寄せた。
「ああ、そうさ、まだあらぁ。それにな、サーカスの他の男連中だってしろがねの記憶を見た。しろがねの90年をとっくりと見て、しろがねのことを深く理解している。あいつの人生も心ん中も。だのに肝心のオレがそれを見てねぇなんて我慢できん!」


他の野郎がオレの知らないしろがねを知っているなんて許されるか!
しろがねを一番知り、一番理解するのはオレでなきゃならんのだ。
素直な嫉妬。
話の最後の付け足しのようではあるが、鳴海の一番の動機はこれなのだろう。フウは『しろがね』なのに人間臭い(彼の言葉を借りれば『しろがね』も人間なのだけれど)鳴海を微笑ましく思う。


「要するに愛する対象のことは何でも知りたいということだね」
「ま、短く言やぁそうだな」
しばらく後には誰の前でもしろがねを愛している気持ちを隠さなくなる鳴海も、まだ想いが通じ合ったばかりの今の段階では第三者の前でしろがねへの愛情を顕にすることも、第三者からこうやって突かれることにも慣れていない。真っ赤な顔で「で、どうなんだよ」と鳴海は目を三角にしてフウを睨んでいる。
「心情の変化ってのを話して聞かせたぞ?あるんだろ?ハッキリしろ」
「ああ、あるよ。約束通り見せてあげよう」
フウは傍らに侍るメイド人形に2、3指図すると、鳴海に彼女についていくように言った。席を立つ鳴海にフウは付け足す。


「ナルミ君。エレオノール君の記憶を見終わったらそれを君の手で消去したまえ」
「フウ」
「あれはきっと君が見たいと言う日が来るんじゃないかと思ったから保存しておいただけのものだ。諸々の必要性からアタシは全部見させてもらったが…。いいかい、ナルミ君。仲町の面々や米兵に見せた記憶は言うなればマイルドなダイジェスト版、君がこれから見るのは赤裸々なノーカット版。エレオノール君が表面的には意識してないもの、それから彼女が他人には見せたくないと思い深層に沈めていたものも映っている」
鳴海は真面目な顔で改めてフウに向き直った。
「彼女のきれいなところだけじゃない、なかなかにシビアな場面もあるけれど、君ならばそれらを全て受け止めてエレオノール君の支えになれると確信しているよ」
いつの間にか、フウはニヤニヤ笑いを消して好々爺の笑顔を見せていた。いつもそういう風に笑ってりゃいいのによ、鳴海は苦笑いしながら
「当然だろ?」
と不敵な拳を突き出した。





鳴海はエレオノールの記憶6時間を、最初から最後まで飛ばすことなく、その目に焼き付けた。
彼女の孤独、彼女の悲しみ、彼女の絶望、そして自分への愛情。
余すところなくエレオノールという女性を知った鳴海の目からは涙が流れ続けた。



postscript
何だか回収作業のようなSSになってしまいました。この時点で仲町(ヴィルマも含め)は皆救出されていると思うのですが、ローエンシュタインに残ったギイの安否は不明だと思うのですよ。この後鳴海たちもボードヌイを離れますが道中、ちささんのSS『鎮魂』のように彼ら3人はギイを探しに行きます。ギイに対して、鳴海もしろがねも勝もそこまでしないといけないと思うのです。

それからしろがねの記憶について。私はどうしても鳴海に全て見て欲しかったのです。鳴海よりも勝が、そして仲町連中が彼女の過去を知り、彼女の心の中を知っている、鳴海は全然知らない、という状況が我慢できなかったのです、個人的に。鳴海こそがしろがねの何もかもを知る存在でなければいけません。勝の持っている情報、仲町も見た記憶の映像、その両方を知る唯一の存在になれてこそ、鳴海がしろがねの最大の理解者になれると思います。
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