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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディですが

藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、

またはスピンアウト気味のSSです。







蜜月。





<5>


清清しい風がカーテンを持ち上げて勝の休む部屋に吹き込んでくる。今日は雲ひとつない上天気のため、風までが青く染められているような気がするくらいだ。勝は読んでいた雑誌を膝の上に置くと、うーん、とベッドの上で大きな伸びをした。


勝は地球に帰還してから丸二昼夜、昏々と眠り続けた。時折、眠りが浅くなって噛み合わない会話を返すこともあったけれど、殆どはぐっすりと深い眠りに就いていた。
訓練のされてない身体で強いGを受けたかと思うと無重力。いつ終わるとも知れない緊張状態の中での金との戦闘。大事な友人との永遠の別れ。勝は肉体的にも精神的にも疲労しきっていた。さすがのアクア・ウィタエの回復も追いつかないくらいに疲弊しきっていた。足りない分を補うために勝の身体は睡眠を欲した。フウは勝が眠っている間に検査を終わらせて「特に異常なし」の検査結果を出した。


ようやく勝が目を覚ましたときにはしろがねとリーゼの涙が待ち構えていた。彼女たちの言葉は支離滅裂でよく分からなかったけれど、自分の無事を喜んでくれていることは伝わってきたのでそれで充分だと思った。
そしてふたりの後ろに鳴海が立っていた。
やさしく、誇らしげな顔で笑って、「お帰り。よくやったな、勝」と、大きな手の平で頭を撫でてくれたのだ。
途端、勝の大きな瞳に巨大な涙粒が盛り上がり、後のことはよく覚えてない。


しろがねとリーゼの熱烈歓迎が終わった後、勝はすぐにでも鳴海と話がしたかったけれど、勝の目覚めを聞きつけた仲町の面々と平馬が次から次へと駆けつけてきて大騒ぎになって気がついたら鳴海は部屋からいなくなっていた。多分、勝と会話する楽しみを仲町に譲ったのだろう。
鳴海と話ができたのはお祭り騒ぎも一段落して部屋に残ったのがリーゼだけになってしばらくしてからのことだった。リーゼは気を利かせて席を外し、それでようやく、軽井沢で別れたきりだった勝と鳴海はふたりきりで積もる話をしたのだった。離れ離れだった時間に、お互いの身に何が起こったのかを。





勝は伸びをし終わると、隣の空いているベッドの上で両足を放り投げ、緊張感なく雑誌を流し読んでいる大男に話かけた。
「ねぇ、ナルミ兄ちゃん」
「んあ?」
呼ばれて顔を勝に向けたはいいけれど返事も間延びしていて、つい先日まで死闘を繰り広げていた男とは到底思えない。
「兄ちゃん、ヒマなの?こんなところで寝っ転がっててさ」
「おまえだって寝てんじゃん、天気いいのに」
「だって僕はホラ」
勝は腕を上げてそこにくっついている管を指差す。
「点滴中なんだもん。動き回れるんだけどさ、終わるまで安静に!ってしろがねとリーゼさんがうるさいからさ」
「あいつら、おまえにすげー過保護だよなぁ」
鳴海は可笑しそうにカカカと笑った。


「笑い事じゃないよ。目が覚めてから3日になるのにまだ軟飯だし。早く普通のご飯が食べたいよ。胃がびっくりするからダメです!ってふたりしてでっかい目で言うしさ」
勝はぷう、と頬を膨らませた。
「で、兄ちゃんは何してるの?怪我人じゃないでしょ?」
「何だよ、そんなにオレといるの嫌かぁ?」
「そうじゃないよ。兄ちゃんが一緒にいるべきなのは僕じゃないんじゃないかな、って思っただけで」
鳴海は再び雑誌に目を移す。勝もまた雑誌を読む振りをしながら鳴海の様子を探る。
「ガキどもはなぁ…一足先にアメリカに行っちまったしなぁ…」
アメリカ国内にあるフウのラボの受け入れ準備が完了したため、長逗留したボードヌイを後にすることになった。輸送機の数が足りないためにピストン輸送することとなり、まずは子どもたちと怪我人組が先に向かったのだ。


「あいつらがいる間はやれサッカーだ、ベースボールだ、って引っ張りだこだったんだけど」
「僕が言ってるのは子どもたちのことじゃないよ」
「じゃあ何だよ」
分かってるくせに。勝は目を通さずにページをバラバラとめくる。
「しろがねのこと。兄ちゃん、ヒマならしろがねといればいいんじゃない?」
鳴海の返事が、少し間を置いた。
「兄ちゃんはしろがねとだって積もる話があるでしょ?」
「あー…でもだってほら、しろがねはリーゼたちと…女は女同士で…」
「しろがねが井戸端しているのは兄ちゃんがここにいるから、でしょ」
「……」
「しろがね、兄ちゃんが僕と一緒にいるの、邪魔しちゃ悪いからってこないんでしょ?」
勝は鳴海の横顔をじっと見る。鳴海は読んでいるんだか読んでいないんだか、ページがちっとも進まない。
「いいじゃねぇか、勝と一緒にいたいのはホントなんだからよ。ここにいちゃダメか?」
「ダメだなんて言うわけないじゃないか」
鳴海の態度はどこか頑なで、勝は困ったように溜め息をついた。


「ねぇ、兄ちゃん」
「んあ?」
「兄ちゃんはしろがねのこと、好き、なんだよね」
「何だよ、藪から棒に」
「兄ちゃん、しろがねのこと、避けてない?」
「な…」
勝の言うことが突然で、声色がとても真剣だったから鳴海はとうとう跳ね起きた。
「避けてる…なんてことあるわけないだろ?」
思うところあって実際にしろがねとのふたりきりの時間を持たないようにしている鳴海は図星を指されて、ギクリ、としたがそれがばれないように誤魔化してみるも、勝には「図星だね」という顔をされた。勝も枕から頭を起こし、鳴海と向き合う。


「しろがねが心配してたよ。兄ちゃんが何か悩んでるって。自分と一緒にいる時間を作らないようにしている気がする、って。それって本当?本当ならどうして?」
「……」
鳴海が答えに困っている。勝は答えがすぐに返ってこないことに少し腹が立つ。
「僕、兄ちゃんがしろがねのことを一番に大事にしてくれる、ふたりは好き同士なんだ、しろがねは幸せになれるって信じたから宇宙に行ったんだよ?」
「分かってる」
鳴海は小さなしゃがれた声でようやく返事をした。
「だったら何で?どうしてまだしろがねを悲しませるようなことするの?本当はそんなに好きじゃないとか?しろがねのことをまだ人形の生まれ変わりだとか思ってるわけ?」
「愛しているさ。しろがねが人形だなんてカケラも思ってねぇ」
「だったら何で?」
はっきりした言葉を訊き出すまでは絶対に引き下がらない。しろがねのために!
勝の語気が荒くなる。勝に責められて鳴海の顔が苦しそうに歪む。勝はハッと胸を突かれた。


「どうしようもなく愛しているから、どうしていいのか分からなくて悩んでんだよ」
「兄ちゃん、何を悩んでるの?」
今度はそうっと訊ねる。
「手、だよ」
「手?」
勝は鳴海の膝の上に乗る、大きな両手に視線を向けた。
「この手で……どうやってあいつに触れていいのか、分からねぇんだよ」





鳴海の四肢はマリオネット。
戦うためにつけられたもの。
自動人形を破壊するためにつけられたもの。
そして鳴海はこの手足で人形を破壊してきた。
ベタベタの擬似体液に塗れながら。
銀に染まりながら。





「この手は握りつぶすこと叩き壊すこと殴りつけること、そういった荒事のためのものなんだ。大事なものを繊細に扱うようにはできてねぇんだよ。オレ自身は大して力を入れたつもりがなくても易々とあの頑丈な人形を壊せるこの手で触れたら、あいつが壊れそうで怖いんだよ」
実際、この腕で何度しろがねを傷つけたことだろう?憎しみの指を突きつけたことだろう?
「これは戦うための手だからつけかえようかとも思った。でも……これはサハラの仲間の形見なんだよ。この中に、仲間の魂が生きている…」
「でももう、戦いは終わったのに」
もうそんな責任感に縛られることはない、これからは自分と自分の愛するヒトの幸せだけを考えたっていいんだよ、と勝は訴える。
「分かってる、ただの感傷だってことぐれぇ」
鳴海は、グ、と拳を握った。
「だがあの時、しろがねの皆はオレに『生きろ』と、そのためにこの腕と脚をつけてくれたのに…。オレは、憎悪と絶望に支配されたオレは仲間の本当の願いに気づかず、ただしろがねを憎む生ける屍に成り果てた」
「だけどそれは兄ちゃんのせいじゃないじゃないの」
「ああ、そうかもしれない。それでも、オレは自分の命を譲ってまで助けてくれた仲間の遺志を見極められなかった自分が許せねぇ。オレがしろがねを憎む度に、オレが自分の生を生きたまま死んだものにした時に、この手足の中の仲間たちがどれだけオレに悲嘆したか、『それは違うぞ』と叫んでいたか。それを考えるとやりきれねぇんだ」


「兄ちゃん…」
「この手足は戦うためのもの。もうこの世には無用のものだ。だが、オレは今しばらくこの手足とともに生きてぇんだ。仲間たちに戦わなくてもいい平和な世の中ってのを感じさせてやりてぇ。『しろがね』なんかになる前の、戦わなくてもいい生活を…」
「でも、だったら。そんなこと言ってたらいつまで経っても兄ちゃんはしろがねに触れないってことじゃないか」
しろがねは思うだろう。例え、鳴海が自分に触れてこない理由が『しろがね』の仲間の想いに由来するのだとしても、きっと彼女は思うに違いない。
自分がフランシーヌ人形の生まれ変わりだから、鳴海の中に蟠りが残っているのではないだろうか?
自分は、本当は鳴海に愛されてはいないのではないだろうか?
ようやく笑えるようになったしろがねの心の底に、不安が滓のように沈み、溜まっていく。鳴海には分かっている。勝に言われずとも、しろがねのことなら分かっている。


「だから悩んでるんじゃねぇか」
鳴海にとっては大事な手。
でも、血潮の通わない冷たい作り物の手。こんな手で愛撫をされて、しろがねは本当に気持ちがよかったのだろうか?
こんな硬い指が触れて、鳥肌の立つ想いをさせたのではないだろうか?
しろがねを憎悪していて犯すようにして抱いていたときには、こんなこと、ちっとも気にならなかった。でも今は気になって仕方がない。
鳴海にとって大事な手は戦う手。
かつて自分を惨く傷つけた手に愛撫され、かつて自分を酷く傷つけた腕に抱き締められる。しろがねはその度に鬼のようなカトウナルミの残像を見るのではないだろうか?本当に彼女はこの腕に抱かれて幸せを見出せるのだろうか?
この手は、しろがねを愛するための手ではない。


勝は諦めたような息をついた。
「兄ちゃんがサハラでつけた手足に思い入れがあるのは分かったよ」
「すまねぇ」
鳴海は自分よりもずっと小さな勝に頭を垂れた。
「いいよ。兄ちゃんがしろがねのこと、ちゃんと好きだってならそれでいいんだ」
勝の大事なしろがねが幸せになれるのならばそれでいい。鳴海がしろがねを愛してくれるのならそれでいい。けれどこのままでは本当にふたりの間に蟠りが生まれてしまう。
「ねぇ、兄ちゃんはあるるかんの腕にも思い入れがあるの?」
「これか?」
鳴海は黒い腕を持ち上げた。
「まぁ……一番付き合いが長ぇからなぁ。『しろがね』になってからずっと一緒だし。でもま、さっきの仲間の魂云々でいやぁ、これにはそれはねぇな。ギイが勝手にくっつけた、って言う思い出はあるけどさ」
「そっか…だから兄ちゃんは左腕を元に戻さないんだね」
「左腕?元に戻す?」
「うん」
勝の、戻す、という言い方が引っかかる。


「どういう意味?」
「あれ?兄ちゃん、フウさんに聞いてないの?」
「いや、何にも?」
「軽井沢の時、兄ちゃんが残した左腕、僕、クライオニクスの会社に預けてあるんだ」
「はあ?」
「ホントにフウさんに聞いてないの?」
「だから何をだよ?あの爺さんから何にも言われてねぇよ」
「兄ちゃんの切断された左腕、冷凍保存してあるんだよ!兄ちゃんの、生身の腕が現実に残っているんだよ!」


鳴海の顎ががくんと落ちた。目も点になっている。
「知らなかったの?」
「知らん」
「てっきりフウさんが伝えてくれたんだとばかり思ってたよ」
勝は思わずベッドの上で正座する。
「僕さ、どうしても皆が言うように兄ちゃんが死んだとは思えなかったんだ。兄ちゃんがどこかで生きているような気がして。実際、僕の予感は当たってたんだけど。だから兄ちゃんがいつ帰ってきてもいいように阿紫花さんに頼んだんだ」
「勝…おまえ…」
「兄ちゃんは『しろがね』だからさ、接合手術をすれば元通りくっつくと思うんだ。マリオネットの腕だってこんなに自然に動くんだもん。…だけど、生身の腕があるのにマリオネットの腕にそんなに拘っているの、どうしてなのかなぁ、生身の腕があれば兄ちゃんの悩みは解決されるのになぁ…僕がしたことは、余計だったのかな、って…」
兄ちゃんは自分の腕が残っていることを嬉しく思わないのかな、って…。


勝の大きな瞳が下を向いてしまった。
「バカ勝!おまえがオレにしてくれたことを余計だなんて思うかよ!」
鳴海は勝のベッドに飛び乗ると、その首に腕をぐるんと回して、ぎゅうと抱き締めた。
「オレの腕が残ってるって分かってたらこんな悩んでねぇよ!」
ありがとな、勝。
鳴海は何度も何度も頬ずりして、何度も何度も頭を撫でた。激しいくらいの感謝表現。
「兄ちゃん、その腕は抱き締めるのに適さないんじゃなかったの?」
「一人前の男にゃあちょうどいいくれぇだよ!」
鳴海はもっともっと抱き締める。振りまわれて点滴の針がちょっと痛かったけれど、勝は鳴海に抱き締められてとっても嬉しかった。
とっても温かかった。鳴海の笑顔が勝の心に沁みる。
内緒で涙が滲んだ。
「僕、宇宙に行く前に鳴海兄ちゃんに伝えて、ってフウさんに言伝頼んだんだけどなぁ」
「フウはおまえが絶対に生還するって信じてたんだ。無事に帰ってきたおまえに、直接言わせたかったんだろうさ」
オレもこうやって抱き締めて感動を表すのはフウよりずっと勝がいいしよー、なんて鳴海が言うものだから勝はフウを抱き締めている鳴海を想像して笑ってしまった。





アメリカのフウのラボで、腕の接合術を受けることを鳴海は決めた。



postscript
やっぱり鳴海と勝の抱擁シーンが欲しかったです。

前話とこの話の間に、『からくりサーカス覚書。』のちささんにギフトしたSS『もう立ち止まることはない』が入る感じです。
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