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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディですが

藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、

またはスピンアウト気味のSSです。







蜜月。





<2>


気持ちは無事に通じ合った。
くちづけも交わした。
けれど、ほんのちょっと離れていただけなのに瞳を合わせることがこんなにも恥ずかしく感じるのは何故だろう?
目の前のこのきれいな女が恥ずかしそうに頬を染めて俯いたからなのか?
そんな風に思う鳴海の顔もまた赤かった。


「どっかに行くところだったのか?」
見詰め合った少しの間の後、しろがねが廊下に出てきたことを思い出し、鳴海は訊ねた。
鳴海もシャワーを浴びてきたようでこざっぱりとした顔をしている。
「おまえに何か用があるってなら、オレは今用件だけを言うから…」
「違う、どこにも出かけない!」
しろがねは慌ててぶんぶんと手を振った。
「だって、おまえ」
ご丁寧にもショールをかけて表に出てきただろが。
そう言い掛ける鳴海の言葉をしろがねは「いいの」と遮った。
「そうか?」
ドキドキする胸を押さえ、しろがねはニコッと笑う。
「いいの。あなたを探しに行こうとしていたところだったから…」
しろがねは更に赤くなる。
「そ、そっか?」
あんまりしろがねに赤くなられると、どうしたって鳴海の方も赤くなってしまう。


これまで鳴海がしろがねと居るとき、必ずといってふたりを取り巻く空気はギスギスとした険悪なものだった。
鳴海がそうなるように仕向けていた。いつも暗く、重たく、冷たい空気が流れた。
それが今はどうだろう。
自ずと生まれる甘い空気。
この甘い空気はちょっと吸い込んだだけで胸をいっぱいにし、締め付けるように苦しくさせられる。
鳴海はちょこちょこと鼻の頭を掻いた。
「あー、で?オレに何の用事だった?」
「よ、よかったら中に入らない?立ち話もなんだから」
「おう…」


おう、と答えて中に入ったものの、鳴海は何だか居場所がない。
仮、と言えどここはしろがねの個室で、しろがね、と言えばようやく想いの通い合った出来立てホヤホヤの鳴海の恋人で。そして、この狭い部屋に腰掛けられるモノ、といえば小さなベッドだけなのだから。
「お茶を入れましょうか?」
そう言って振り返るしろがねはショールを肩から外し、部屋着一枚で歩き回っている。下着がオフなので身体のラインはくっきり浮いているし、肌と色を異にする部分が透けて見えて、いよいよもって鳴海は収まりが悪い。
「いいよ、お茶は」
そう、こいつは出会った頃から着る物、露出することには無頓着だったっけ。
と苦笑する。
こんな風に思い出した記憶を楽しく反芻できる日が来たことを鳴海は心底嬉しく感じた。





ボードヌイに向けての鉄道の旅の最中、最後の最後に思い出せた記憶は鳴海にとって辛く苦しいものでしかなかった。
記憶なんか思い出さなければよかった、正直、後悔した。思い出せば思い出すほど、思い出の中の出来事が楽しければ楽しいほど、そして記憶の中のしろがねが鮮明であれば鮮明であるほど現実との落差が激しくて鳴海は悲しくて虚しくて堪らなかった。
そんな思い出なんか、考えなければいい。
そうは思っても、もう頭からは離れてくれなかった。
考えれば考えるほど、記憶の中の女をより深く愛してしまう。
記憶の中の女は同じ車両で、自分に深く憎まれたままなのだと誤解して、淋しそうな顔で俯いていた。


違う。
オレはそんな顔をさせたいわけではなかった。
おまえが初めてオレに見せた、その悲しみを取り除いてやりたかったのに。
その淋しさを癒してやりたかったのに。
笑えないのなら、せめて泣かないですむように、そしていつか自分が笑わせてやりたいと、そう思ってたのに。


なのに、自分のしたことはその女を泣かせることばかりで。
記憶がなく、すれ違いで彼女を憎悪することしか許されなかったのだとしても、自分は許されないことをしてしまったのだと、贖罪すべきなのだと痛感していた。だけど、鳴海は謝ることもできず、「愛している」と本心を打ち明けることも出来ずに今生の別れを迎えることしか許されなくて。
「記憶なんざ虚しいだけだ」
そう言ってしろがねに背を向けることしかできなかった。





それが今、その愛する女が傍にいるのだ。
しろがねはベッドに腰掛ける鳴海のすぐ隣にちょこんと座っている。
幸せそうに微笑んで。
「ナルミは私に何の用だったの?」
しろがねは小さな声でそうっと訊ねる。
大きな声を出したら、この穏やかな時間が破裂して消えてしまいそうな気がしたからだ。
憎悪がすっかり拭われた、瞳に光の戻った鳴海とこうしてふたりきりで和やかに過ごせるだなんて、夢のようだった。
「ああ、あのな。オレ、これから勝を迎えに行って来る」
「お坊ちゃまを…?」
「どうしてもオレは地球に帰ってきた勝を抱き締めてやりたいんだよ。この腕で、真っ先に」
しろがねはフウに言われた通り、何も心配しないでここで勝を待っていればいいのだと考えていた自分が恥ずかしくなった。勝を迎えに行く、ということは頭から抜けていた。
ギイに言われた「見守る愛も必要」、その言葉を頑なに守っていた、ということもある。
だけど、それよりも何よりも鳴海のことで胸も頭もいっぱいで。


「わ、私も行きます!お坊ちゃまは、私のために、私たちのために一人、宇宙へ向かわれたのだから」
「それがな」
鳴海はベッドから立ち上がろうとするしろがねの肩をやさしく制した。
「輸送機は軒並み人形どもに壊されちまっててさ、一番早くに勝の着水地点に着ける奴は小型も小型なんだ」
「そんな…」
「操縦するメイド人形と、あと回収した勝の分のスペースを差っぴくと一人分しかねぇんだとよ」
オレが既にふたり分みてぇなガタイしてるしよー、そんな軽口を叩く鳴海の前で女は落胆の色を隠せない。
「そう…」
「そんな湿気た顔すんなよ。勝を連れてすぐに戻るからよ」
「本当に、約束よ?」
「ん?」
しろがねは鳴海の服にしがみ付き、グッと握る手に力をこめた。


「今度は必ず、お坊ちゃまと一緒に私のところに戻ってきて」
軽井沢で「勝を連れてすぐに戻る」、そう言って姿を消した鳴海を思い出すと、しろがねは堪らなくなる。
「帰って来て……そしてまた私に会っても私を忘れないで。私を嫌いにならないで」
「しろがね」
「必ずよ?約束よ?」
鳴海は瞳を潤ませるしろがねの身体を抱き寄せると、長い腕でその身体を包んだ。
「約束する。必ず帰ってくるし、忘れないし、ちゃんとおまえを愛したままでいる」
途端、しろがねの目に涙の塊が大きく盛り上がったかと思うと、それはポタリ、と転げ落ちた。
「おまえ泣き癖がついちまったんじゃねぇのか?すっかり涙腺が緩んじまったなぁ」
鳴海の胸に顔を押し付けて肩を震わせるしろがねに、鳴海はオロオロと困ったように「もう泣くなってば」と一言、よしよしと頭を撫でた。ふうっと息をついて愛おしげにしろがねの身体を抱きしめる。





大事で。
愛しくて。
掛け替えのない女。
もう二度と手放す気などどこにもない。





「それからな」
鳴海の言葉にしろがねは頬を濡らした顔を上げる。
「ごめんな、ずっと。辛い想いをたくさんさせた」


もう、この先はお互いに我慢など一切しなくていいのだ。
好きな時に好きと叫んで、好きな時に抱き締めて、好きな時にキスができる。
「ずっとおまえに謝らなくちゃ、って思ってたんだ。オレがおまえにしたことを考えたら、謝ったってそう簡単に許されるワケ、ねぇんだけどよ」
「ううん。いいの、もう…それだけで」
月明かりに綺羅綺羅と輝くしろがねの銀色の瞳がきれいだな、と思って、鳴海は室内の灯りが落とされたままなのに気がついた。感覚器官の鋭い『しろがね』同士、月の光さえあれば特に暗さも気にならなかったから。
暗いのなら、愛し合うのにはちょうどいい。
「他にもおまえに伝えたいこと、山程あるんだがな……本当は、だいぶ前から憎んでなんかいなかった、とか…」
「ナルミ…」
「人形の生まれ変わりでも……おまえに罪がないことくらい、分かってた、とか…」
ふたりはどちらからともなく唇を触れ合わせた。触れ合った唇から全身に、甘い痺れが駆け巡る。





どれだけ。
どれだけ、鳴海はしろがねとこうして唇で触れ合いたいと切実に願っていたことだろう?
どれだけ、この押し殺していた感情を発露したいと渇望してしたことだろう?
彼は唇で彼女の唇に触れることだけは固く固く、己に禁じてきた。
くちづけは情がうつってしまうから。
くちづけはあの憎しみの顔が嘘だと如実に語ってしまうから。
地球に戻ってくることが叶わないのだと知ったときから、愛する女に近寄ることすらも禁じた。
面と向かうことすらも禁じた。
一刻も早く自分を忘れて、平和になった地上で幸せになってくれればそれでいいと自分を殺した。
こんな風に、生きて愛し合えるときがくるなんて夢に思わなかった。
あの世でしか愛し合えないものだと諦め切っていた。





先に感情の堰が切れたようにキスに夢中になったのは鳴海だった。いささか乱暴にしろがねをベッドの上に組み伏せる。しろがねの上にかかる苦しいくらいの鳴海の重み。この幸せが現実のものだとしろがねに教える、重み。
これまで、しろがねの知る鳴海の重みはどこか余所余所しいものだった。温かな感情など欠片も感じられなかった。
それが今はどうだろう?熱烈で、密で、鳴海の全てに狂おしいまでの何かを感じる。
しろがねもまた無我夢中で鳴海に応えた。
深くくちづけを交わしながら、しろがねの瞳からは止め処なく涙が流れ続けていた。



postscript
私も、「鳴海やしろがねが地球に帰還した勝を迎えに行く」という考えは全く思いつきませんでした。これは【からくりサーカス覚書き。】のちささんが『再会』というSSで鳴海が勝を迎えに行く話を書いてらして、「そうだよね、鳴海だったら何が何でも自分で勝を迎えに行くよね」と気づかされた次第で、この設定貸してね、とお願いしたんです(ずい分前の話だね。汗)。そこはちささんが勝を愛しているから、勝視点で物語を考えられるからであって、やはり誰に視点を置いて物語を考えるかで大きく変わってくるのですね。
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