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笑えないの……すまない……すまない……。
そう謝りながら泣くきれいな女が、左腕を失くした事情を忘れた自分に残る記憶の欠片で
それを、その記憶のカケラをオレは大事にしていたはずで
いつかはその女を自分が笑わせてやりたいと考えていた、
そんな諸々のことまでをオレは何故
そして、どこに落としてきていたのだろう?
しっこく
桎梏
その女の泣く理由が、オレのゾナハ病の発作を鎮めたいのに笑顔を作れないからで、
本当はとても淋しい女で、自分を人形だと思い込んでて、
『人間になるため』に会って間もない子供を懸命に守ろうとして、
オレが「おまえは人形なんかじゃない」と言ったら何だか泣きそうな顔をして、
笑うことを知らない哀しい生い立ちをオレに話してくれて、
「おまえはオレの女になる」とオレが冗談を言ったら淡く微笑んだ。
その女の名前はエレオノール。才賀しろがね。
ようやく戻ってきた記憶のカケラは、あいつとの出会いから何から、一気に全てをオレに思い出させた。
まだオレが、ゾナハ病に苦しんでいて、人形破壊者と自動人形の戦いのことなんて全く知らなくって、
ましてやフランシーヌ人形がどんなものかも知らなかった頃。
そんな暗く重たいバックボーンやこの先自分の身に起こる事なんか夢にも思わなかった時、
オレはあいつを好きになった。
オレはあいつを愛し始めていたんだ。
その気持ちも、記憶と一緒にどこかに落とした。
もしも記憶を失っていなかったら、あいつの身体を流れる生命の水にフランシーヌ人形が溶けていると聞いたって一笑にふしただろう。
こいつのどこが悪だ?例え、そんなものが溶けていたとしても、こいつはこいつだろう?
そう言って、あいつを悪く言う奴を排除する側に居たに違いない。あいつを傷つける奴から守ってやっただろう。
あいつの本質を、オレは近くで見て感じたのだから。
あいつはただの、淋しい女だ。
だけど、オレは記憶を失っていた。
あいつはフランシーヌ人形の生まれ変わりだと、フランシーヌ人形の行った罪深い業は全てあいつにあるのだと、
ゾナハ病の治し方を聞き出すためにはどんな惨い手段をとってもいいのだと、何の疑いもなく信じた。
あいつを憎んで憎んで憎み抜いた。
一刻も早く、あいつを壊したかった。本気で殺すつもりだった。
あいつは憎悪の瘴気を吐き続けるオレの傍に居てどんな気持ちだったろう?
オレに心身ともに傷つけられて、血を流して、辱めを受けて、どんな心地でいただろう?
オレは今、自分があいつにしたことが間違いだったと分かっている。
でも、それを訂正するわけにはいかない。
フェイスレスがあいつひとりのために世界を混沌に陥れたことに変わりはない。
それはあいつの責任だけれど、あいつのせいではないことは重々承知している。
それを承知した上で、その責任を取らせるのはオレの役目だ。
ここにいるアメリカ兵も、ミンシア姐さんも、あいつを憎んでいる。
こどもたちもあいつが元凶なのだと知っている。
そんな中で、オレだけが昔の顔に戻るわけにはいかない。
オレの記憶が戻ったのだとしても。
オレがあいつに何の罪もないことを思い出したのだとしても。
オレがひとりの男として、あいつをひとりの女として愛しているのだとしても。
そんなのはあいつに責任を取らさなくてもいい理由にはならない。
あいつを、殺さなくてもいい理由にはならない。
オレの双肩に圧し掛かる責任が途方もなく、重い。
義務に雁字搦めにされて、オレの心は悲鳴を上げる。
これまでだってずっと重い責任に押し潰されそうだった。
オレに命を譲って死んでいったしろがねの仲間や、暗く冷たい床の上に今も転がるこどもたちの仇をとるのはオレの為すべき事だからと
幸福な感情も忘れて、己の未来をも捨ててただひたすらにあいつを壊すという目的に向かって邁進していた。
あいつを憎むことがオレを押しつぶしそうな重責を支える力となっていた。
あいつを殺すこと。
あいつに責任をとらせる責任をオレが果たすこと。
それが、今、オレの桎梏になっている。
目に見えない手枷足枷がオレを縛る。
オレに課せられた義務が、責任が、苦しかったことは認めるが、枷だと感じたことなんか一度だってなかった。
その義務と責任があったからこそ、必死に生きてこられたのに。
だのに。今は。
あいつを殺したくない。
あいつにもう血を流させたくない。
あいつをもう憎みたくない。だって憎んでいないのだから。
だけど、憎んでいる顔をしなければ。
惨い言葉をかけ続けなければ。
これまであいつの辛苦の表情を見ても何の感情も湧かなかったのに今ではオレも同じように心痛が激しい。
オレはオレに言い聞かせる。
忘れるな。
オレは最後の、代弁者なんだから。
みんなの無念を晴らし、仇を討つことの方が、おまえの愛情なんかよりずっと重いのだ。
だから、決して顔に出すな。もう、心にも思うな。
「愛している」などと。
桎梏に繋がれたオレの行く先にあるものが絶望であることに変わりはないのだから。
End