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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。

 

 

 

 

 

 

鳴海は暗い自室にひとり、寝台に腰掛けて窓から覗く月を見上げていた。

月は皓皓と鳴海の部屋を澄んだ月色の空気で満たす。

月はたくさんの星星を引き連れて、やさしくやさしく微笑んでいる。

そう、鳴海にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

         

月影の抱擁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日はローエンシュタインを出発する。

もうじき鳴海も、あの月の浮かぶ宇宙へと向かう。

そして、この地球にはもう二度と戻らない。

 

 

 

 

 

死ぬことは。

死ぬことは怖くない。

もう、本当だったら何度も死んでいる身なのだから。

『しろがね』の仲間たちだって、オレに命を譲って死んでいった。

だから、死ぬことは怖くない。

 

 

 

 

 

鳴海は静かに瞳を閉じた。

そして、呼吸するのと同じくらい自然に瞼の裏に映る面影。

エレオノール。

鳴海の愛する女。

鳴海はゆっくりと首を振り、溜め息をついた。

 

 

 

 

 

いまさら。

いまさら、どうなるってんだ?

オレがあいつを愛していることを思い出したからといってどうなる?

オレがあいつの気持ちを受け入れたからってどうなる?

何かが変わるのか?

愛の力で破滅に向かう世界の何かが変わるとでも?

ゾナハ病に苦しむこどもたちが治るとでも?

宇宙に行ったまま戻れない、絶望的なオレの未来が変わるとでも?

何も変わらない。

いまさら愛を交し合ったところで、かえって未練が増すばかりで、命を賭して戦うことができなくなるだけだ。

それに、オレは幸せになることなんて許されない。

オレだけがささやかにでも幸福な感情に浸ることは許されない。

そして、あいつだって、この時勢に幸福になる権利はどこにもない。

だからオレにできることはあいつに、背中を向けるだけ。

背中を、向けるだけ。

 

 

 

 

 

それに。

オレが最後まで冷たい男のままでいなくなれば、あいつは平和の戻った地球でいつか、オレを早く忘れてもっといい男と出会えるだろう。

こんな半分機械の、あいつを傷つけるしか脳のなかった男ではなく、もっとやさしくて心の底から労わりに満ちた愛を全身でくれるような男に。

オレを愛したことが間違いだったと気づくのも時間の問題だろ。

あいつは人と生きる時間が違うから苦労するかもしれねぇが、あんなにきれいでやさしい女なんだ。

愛してくれる男は必ずいるさ。

きっとそいつは、オレよりもおまえを愛してくれる。

オレ……よりも……。

そう、オレよりも。

オレのあいつへの愛なんて大したことはねぇ。

ちょっと頭を打ったくらいで記憶から抜け落ちるようなそんな程度のもんなんだ。

記憶を思い出したって、あいつに平気で憎しみの顔を作れるような程度のもんなんだ。

あいつの悲しそうな顔よりも、オレに課せられた責任を優先出来る程度のもんなんだ。

全然、大したこと…ねぇんだから。

だのに何で、あいつはオレなんかがいいんだよ?

 

 

 

 

 

考えてもみろよ。

仲町サーカスにいる間中、オレはあいつに何をした?

記憶が戻ってからだって、オレはあいつにしたことは記憶がなかった頃と何ら変わらねぇ。

そもそも、初めて出会ったときだって、オレはあいつの心に残るようなこと、何かしたか?

初対面でケンカして、その後もケンカばかりで、口を開けば憎まれ口で。

軽井沢で、一緒に戦って、心が少し近くなったような気がして、あいつを見ているとどうしてか胸がドキドキするようになって。

そして、あいつの前からいなくなった。

 

 

 

 

 

鳴海は自分のどこにもエレオノールが自分を愛する理由を見つけることができない。

「おまえはオレの女になる、か…」

鳴海は声に出してみた。

それはかえって鳴海の胸を痛くした。

 

 

 

 

 

結局。

記憶を取り戻しても、鳴海の未来に横たわるものは絶望に変わりがなかった。

だから、鳴海は最後の最後まで、エレオノールに背中を向けることを心に決めた。

できるだけ、傍に寄らず、瞳も合わさないように。

誤って触れてしまわないように。

 

 

 

 

 

「そう言えば……オレって月が好きだったよな……」

星空の海に浮かぶ銀の月はどこかあいつに似てる。

鳴海は目元を歪めて月に語りかけた。

「オレはおまえを笑わせてやりたかったのに……ごめんな。最後の、最後まで」

 

 

 

 

 

月の光に鳴海は抱き締められた。

月色の清けき光の腕。

それはまるで、エレオノールに抱き締められているみたいだ、と鳴海は思った。   

 

 

 

 

 

 

「ゾナハ病がこの世からなくなりさえすれば、それでいいんだ…」

鳴海は泣きそうな瞳で月を見つめて、そう小さく呟いた。

 

 

 

 

End

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