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もうこのまま、あなたは地球には戻ってこれないから
ならば、最後はあなたの想う人と過ごさせてあげたいと思った。
憎しみの仮面の奥に押し込めた、あなたの彼女への想いに私は気づいてしまったから。
彼女への憎しみの言葉を、あなたが無理して紡いでいるのが分かってしまったから。
私や、アメリカ兵や、ゾナハ病で苦しむこどもたちの手前、決して露にはできない彼女への愛をあなたは必死に隠していた。
大好き。
つい少し前までは、あなたは本気で彼女を憎んでいたはずだった。
身体中の毛穴から憎悪の黒煙を噴出して、彼女を語るあなたの瞳は真黒な憎悪で滾っていた。
彼女の名前は呪いの呪文。彼女の姿は現実世界に具現した悪魔の偶像。
私は、そんな彼女を相手にあなたと戦えることが嬉しかった。
私は、いつでもあなたの傍に居たかった。私は、あなたが大好きだったから。
それが地球を離れる直前に、あなたの彼女への想いは憎悪から愛情に変っていた。
あなたの中で何があったのかは分からない。
でも、確実にあなたの中の彼女への憎悪は影を潜めた。
あなたは彼女を愛している。
彼女もあなたを愛している。
私も、あなたを愛している。
あなたは宇宙に旅立ったら、もう二度と地上には帰って来られない。
私があなたへの想いを伝えたら、きっとあなたは困るでしょう。
だから、私は何も言わなかった。
あなたのために、あなたの愛する人と最後の時間を過ごさせてあげたかった。
もう二度と生きて見えることはないのだから。
でも、あなたは宇宙へ行かなかった。地上に残った。
憎悪に心を支配されて、底無しに淀んでいたあなたの瞳に光が戻った。
絶望に覆い隠されて、すっかり忘却の彼方にあった微笑があなたに戻った。
そして、あなたの傍らには幸せそうな彼女。
私は胸が痛い。
あなたの口から出る言葉は彼女のことばかり。
憎悪に駆られていた頃も彼女の話題が多かったけれど、その内容は180度違うもの。
残酷ね、あなたは。鈍いのも、罪よ。
私だってあなたがとても好きなのに。
あなたはそんな私に彼女への愛を語る。嬉しそうに、楽しそうに、晴れ晴れと、輝く笑顔で。
私が「姐さん」だから。姉のような存在だから。きっと気楽に話せるのでしょう。
別れの日。
あなたは私のところに挨拶に来た。
「姐さん、またな。今までありがとう」
あなたは右手を差し出した。
私はあなたが好きよ、とても好き。
でも、あなたが選んだのは私じゃない、彼女。
小さい頃からずっと一緒にいて、あなたのことを何でも知っているのは私。
いいところも、悪いところも、私は知っている。
命を懸けてともに戦い、生き残ったのも私。
あなたの四肢が無残にも砕かれたのを見届けたのも私。
あなたの心が絶望の淵に沈んでいったときに、一番近くにいたのも私。
だけど、あなたの心に棲んでいたのは彼女。
あなたに一番近い存在は私じゃなかった。
私はあなたの手を握った。
あなたは結局、私の想いに気づいてくれなかったわね。本当に鈍いんだから。
私はあなたの胸に額をつけた。
逞しくて、厚くて、広くて、私を包み込んでしまいそうに大きな胸。
あなたを見送るつもりで諦めた想いが、ここにきて心から溢れてくる。
所詮、一方通行な想いだっていうことは骨身に沁みて分かっているけど、言葉にせずにはいられない。
「……彼女じゃなきゃ駄目なの……?大好きなの……あなたが」
「ん?姐さん、何か言ったか?」
こんなに近くにいても、言葉にしても届かない私の想い。
「ううん、何でもない。エレオノールと幸せにね。ミンハイ」
「おう」
あなたの顔に浮かんだのは照れくさそうな幸せそうな笑顔。
私と一緒にいたときのあなたには輝く未来なんてどこにもなかったわね。
勝ち目なんてものも、本当にどこにもないのね。
だって、あなたの彼女を見つめる瞳は、とてもやさしくて、私は見たことがないもの。
「さよなら、ミンハイ」
しばらくはきっと胸が痛いでしょうね。
溜め息と涙を繰り返して、時間が慰めてくれるまで。
しばらくは、あなたに心を奪われたまま。
しばらくは、あなたが、好き。
大好き。
End