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藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、
またはスピンアウト気味のSSです。
中国女。
ミンシアは酒乱だ。
それもかなり性質の悪い酒乱。
自分に逆らう者、歯向かう者に遠慮無しの鉄拳を食らわす暴力女と化す。
中国修行時代、「おまえは絶対に飲むな」と師父に言われていたのにもかかわらず飲んでしまい何度も場が修羅場と化したのを鳴海は決して忘れることができない。
楽しかったはずの飲み会が、いつの間にやら乱取り稽古。
ミンシアはとんでもない絡み酒。
暴走するミンシアは師父が本気を出してもなかなか止められない。
まさに酔拳。最強の拳。
誰彼かまわず、手加減なしの拳が飛ぶので危険極まりないのだ。
そしてすでに被害者が出ていた。
この場で一番まともなジョージが止めに入ったのだろう。
腹に容赦ない崩拳をモロに受け、完璧に落とされて床に転がっていた。
部屋の片隅には山積みにされた半壊、もしくは全壊したメイド人形。防音がしっかりしていたために、ベランダに出ていた鳴海は室内で繰り広げられていたスペクタクルに気がつかなかった。
「ほらあ…姐さんが直々にオレンジジュースを持ってきてあげたろよう…」
ミンシアはフラフラする足取りで、カウンターからオレンジ色の液体の入ったグラスを持ってきて、鳴海の手元に押し付けた。
「はい、ろうぞお…酒が飲めないなんてつっまんない男らねぇ…」
まったくだ、と他の4人が首を縦に振る。
ちょお、待て。おまえらなんで、一致団結してるわけ?それも姐さん側のスタンスで?
「ほら、早く飲みらさいよ。姐さんの言うころが聞けないっての?」
「つーか、姐さん、もう飲むの、よせって」
「なああにい?ころミンシア姐さんに口応えするつもりらのかあ?」
「ミンシアさん、新しいシャンパンを抜きましたよ」
ギイがミンシアにシャンパンのボトルを手渡した。ニヤニヤと面白がっているのがみえみえだ。
「ギイ!やめろって!そんなもの姐さんに渡したら…」
【とらにつばさ 虎に翼】
勢力のある者にさらに勢力を加えることの例え。
ミンシアはぐびり、とボトルを呷った。
「ほらあ!ミンハイ、飲め!」
「でも、ほら、あの」
「飲めっ!!!」
「はっ、はい!」
「一気!!」
身体に沁み付いた体育会系の哀しさ。先輩の命令には絶対服従。
思いっきり呷ってグラスを空にしてから、鳴海はオレンジジュースだと思っていたものが似て非なるものだということに気がついた。確かにオレンジジュースは入っている。
「カクテルよ。ミモザ(オレンジジュース:シャンパン=1:1)」
というのは大嘘。
実際はオレンジジュース:シャンパン、ウィスキー、日本酒のちゃんぽん=2:8、隠し味に目薬一滴の、悪魔に相応しい飲み物。
鳴海の顔からずううん、と血の気が引いた。
確かに、見た目色が薄いな、とは思ったんだ。
部屋の中は既にアルコールの匂いで充満していたから、嗅覚は麻痺してたし…。
ぐわん、と世界が回り、一気に酔いも回り、一気に吐き気が込み上げる。
そんな鳴海の様子を見て、ギイがニヤニヤ笑い、残りの三人が腹を抱えて笑う。
阿紫花、キャラクターが壊れてるぞ、それでいいのかよ?
ツッコミを入れたいのはやまやまだったが、他人のことどころではなく、鳴海は口を手の平で押さえると廊下に飛び出した。トイレに駆け込んで、間一髪で悶絶している胃の中のモノをゲロゲロと吐き出すと、鳴海は便座を抱き締めてそのままふらりと気が遠くなってしまった。
「おい、ナルミ!こんなところにいたのか。おい、起きろ!」
ギイに揺り動かされて、鳴海はぱか、と目を開けた。
「おまえは便座に頬擦りするのが趣味なのか?」
ズキズキする頭に顔を顰めながら、鳴海はギイの方に首をめぐらせた。
「んなわけねぇだろ……ギイ……おまえ、そのチャイナドレス、丈があってねぇぞ?」
「ツッコむところが違うだろう?」
鳴海を見下ろすギイはチャイナドレスを着て、顔にはバッチリとメイクが施されている。
「ミンシアさんにイタズラされてな…さすがはミンシアさん。売れっ子の女優なだけはあるな。メイクが上手い」
まあ、モデルがいいからここまで美しくなれたのだが。
チャイナドレスはどうやらミンシアのものらしい。
「早く化粧を落として、そいつを脱げばいいだろ?」
「いや、せっかくだから」
「何がせっかくなんだよ?女装癖がつくぞ?」
ホントはそれ、嫌がってねぇな?実は喜んでいるだろ?
「まあ、ともかく部屋に戻ってこい。……それにしても、おまえは本当に酒が弱いな」
立ち上がるとまだ足がフラフラする。今ここで自動人形に襲撃されたら、一撃で殺される自信がある。
「だいたい、何だよ、あの地獄の飲み物。……も、サイアク……」
ヘロヘロだ。まだ胃がムカムカする。
「で…?まだやってんのか?」
「ああ、サバトはまだ続いている。おまえは責任持ってミンシアさんを止めろ」
「はあ?何でオレが…調子に乗って面白がって姐さんに飲ませてたのはおまえだろ?」
「そんなこともあったかな?」
唇に人差し指をあて、しらばっくれてみせるギイの仕草が少ーし女性的に見えて鳴海はかなりげんなりした。
鳴海が部屋に戻ると山積みにされたメイド人形の数が増えていた。サイドテーブルは叩き割られ、部屋のぐるりを飾っていた調度品も無残な姿になり天井から下がる豪奢なシャンデリアもだらしなくぶら下がっていた。
「ふ…。いいんですよ、ミンシアさん。あなたに酒を勧めたのは私だ。何を壊されても気にしませんよ。永年かけて集めたアンティークバカラのコレクションを割られたことも、全ての調度品が最高級のホンジュラスマホガニーのものだってことも小さなことです。シャンデリアだってアーカンソー産の5cm以上の大粒の水晶だけを集めてつくった特注品ですが世界の危機を前にしたら些細なものですよ…」
いやなに、ミンシアさんは何ともお強い、フフフ…。
笑いながらフウの目からは、つすー、と涙が流れている。
「よおし、これれ、れきたっと!あはははははははは!」
ミンシアはボトルを片手に、目の前に作り上げたオブジェ(?)を見て大笑いしている。
昏倒させられたジョージと、とうとう飲み潰された阿紫花で制作されたオブジェ。ジョージも阿紫花も下半身を剥かれて、カウンターの上に仰向けのに寝かされたジョージの上にうつ伏せの阿紫花が『置かれている』。
「うええ……なんて下品なんだ……」
どっちが受でどっちが攻かは分からないが、とりあえず、どちらの×××に×××は×××てはいなかったので鳴海はホッとした。
阿紫花の髪の毛は色とりどりのリボンでファンキッシュなものにされ、ジョージの瞼には白目のある耽美な瞳がマジックで描かれていた。
鳴海は自分が潰れていたのが男子トイレで良かった、と心底、喜んだ。もしも、この部屋で酔い潰れていたら、間違いなくこのオブジェは3Pになっていただろう。そうされていたら、もう二度と、エレオノールを壊すだの憎むだの、シリアスな顔は作れない。
「ミンハイ!見らさいよ!傑作れしょう?!あはははははは!」
「フォフォフォ!お嬢ちゃんは芸術の才能があるのう!」
もしかしたら一番恐ろしいのは、ミンシアと一緒になって騒ぎ浮かれている大虎・法安なのかもしれない…。
「さあ、この状況を何とかしたまえ」
「だから何でオレが…」
「兄弟子の不始末は弟弟子のおまえがつけるのが筋というものだろう?」
「でもオレ、酔っ払った姐さんに勝ったことねぇんだもん」
5戦全敗、KO負け(1TOKを含む)。
ギイはミンシアのせいでヒビが大きく入った姿見に自分の姿を映し悦に入っている。口元が「ママン」とか言っている。
「だから、ちょっとだけ手伝ってくれよ!オレとおまえだったら何とか姐さんを…」
「僕はもうすべきことはした…オリンピアは…既に壊されてフウのメカニックに預けてきた…」
「はへ?」
ギイの瞳からぶわっと涙が溢れた。
「オリンピアの顔が割れちゃったんだよう~~~~。ママンの顔がぁ~~~~どうしてくれるんだよう~~~~」
えぐえぐ。
ソファに膝を抱えて丸くなるギイ。彼の口からはもう「ママン」しか聞こえてこない。
もうこいつは使えない。
【とらのおをふむ 虎の尾を踏む】
極めて危険なことをするたとえ。
しかし。
【こけつにいらずんばこじをえず 虎穴に入らずんば虎児を得ず】
危険を冒さなくては大きな利益や成果は得られない。
仕方ない。鳴海は覚悟を決めた。
3Pオブジェだけは何としても避けたい。
世界を賭して戦う男の逸話としては最高に相応しくない。
非常に不名誉この上ない。
鳴海の気合にぴくりと反応し、ミンシアはゆらっと向き合った。
尋常でない、血走った目。
ミンシアは虎、というよりもウワバミだと鳴海は思った。妖怪染みている。
さしずめオレは蛇に睨まれて動けなくなったカエルってとこだな。
「らあによ、ミンハイ。何か文句あるろお?姐さんの芸術にケチをつけるろか?」
「なあ、姐さん、もうお開きにしよう。明日は早いんだから、な?」
「まあだまあだよう。夜は長いのら!」
「そうじゃよ、新入り!お楽しみはこれからじゃ!」
法安さんは余計なことを言うなっつーのに!
「なあ、姐さん…」
「ら、らによう…ミンハイ…」
鳴海はじりじりと間を詰める。檻から逃げ出した猛獣を捕獲しようとする飼育員みたいだ。
まあ、あながち外れてない表現なのだが。
「姐さん……黙って、オレのところに来てくれ……」
鳴海は手を差し伸べた。
「ミンハイ…?」
「な、オレのところに来てくれよ…オレと…寝室に行こう…(へべれけで歩けねぇなら)抱いていってやるからさ…」
とーとーとーとー。怖くない、怖くない。
動物を手懐けるかのように、鳴海の瞳は極めて優しい。
ミンシアは鳴海の言葉に、今までと違う意味で頬を赤らめ両手で顔を押さえた。
「ミンハイ、それって…」
プロポーズ?(違います)
私を誘っているの?(全く違います)
ミンシアはふらりふらりと鳴海に近づいていく。
よーしよーし、その調子!どうどうどうどう。
「ミンハイ……私……あなたにだったら……」
「大丈夫、姐さん。やさしくしてやるよ、なるべく痛く…ないように」
「ああっ!ミンハイ!」
ミンシアは鳴海の腕の中に飛び込み、酒をちびちびやりながら見物している法安の鼻息は荒くなる。
至近距離から見詰め合うふたり。
「姐さん…」
「ミンハイ…」
どすり。
ミンシアの腹に鳴海の拳が食い込み、次の瞬間、ミンシアの身体から力が抜けた。
おし!捕獲完了!
「ち。世話をかけやがって!」
鳴海は無傷のメイド人形に、ミンシアを部屋に連れて行くように頼んだ。
「なかなか手際がいいのう、新入り!」
「……法安さんもいい加減にしましょうよ……」
カカカカカカ、と笑う法安。
泣き笑いしているフウ。
マザコン、ギイ。
朝起きたらショックが大きいであろう、本当はクールな芸風のはずのジョージ。
同じく、子分たちがこの姿を見たら確実に泣くであろう阿紫花。
一体、何?この体たらく。
結局、阿紫花の話を訊かなかったな。
鳴海は悪趣味なオブジェを見ながら、そんなことを思い出した。
翌朝、機上の人となった面々のうち、二日酔いなのは何故か鳴海だけだった。
何だかとっても納得がいかない。
これでも『しろがね』になったおかげか、これでも以前に比べたら回復が早い方なのだ。
最後まで飲んでいた法安は勿論ケロリとしているし、ジョージと阿紫花も無言ながら復活している。
けれど、ジョージの瞼の上の落書きは完全に落とすことはできなかったので
本人がサングラスをかけるキャラで良かったと思っているだろうことは確実だ。
ギイはすでにワインを口にしている。
「よお……もう酒の匂いは勘弁してくんねぇか?」
「本当にミンハイはお酒に弱いわよねぇ」
姐さんにだけはそんなことを言われたくねぇ、誰のせいだと思ってんだ?
が、言っても仕方がないので鳴海は蒼ざめた顔で痛むこめかみを押さえ、ただただ俯いていた。
「でも、私もミンハイのこと、何も言えないのよね。記憶がないんだもの。気がついたらベッドに寝てて…残念。せっかく皆で楽しく飲んでたはずなのに。そうだ!イリノイから帰ったらまた皆で飲みましょう!今度は絶対…」
「いや、ミンシアさんはやはり飲まない方がいい」
「私は遠慮しておく」
「姐さんと飲むのはあたしゃもう勘弁して欲しいですねぇ」
「ワシは楽しかったがのう」
「じゃあ、ミンハイ…」
「……つきあいきれねぇ」
「な、何よう?」
笑顔とは裏腹に、彼らの発散する空気は拒絶感に満ちている。
その後はイリノイに着くまでミンシアと法安以外で、誰も口を利く者はいなかった。
【とらはししてかわをとどめひとはししてなをのこす 虎は死して皮を留め人は死して名を残す】
虎は死んだ後もその皮が珍重され、偉業を成した人は死後もその名を語り継がれる。
大虎ミンシアの所業は決して、偉業でも名誉でも功績でもないし、そして残されるものは美名ではなく悪名なのでこの諺の使い方は間違っているけれど、誰もが昨夜のことは絶対に忘れないことは確かなのだった。
End