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藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、
またはスピンアウト気味のSSです。
その日、才賀エレオノールはめでたく加藤エレオノールになった。
幸せにおなり。
エレオノールは、『しろがね』である身に『婚姻届』などというものはあまり意味がないし、それに『傍にナルミがいる』という現実さえあればそれで満足だったから、わざわざそんな『形』は必要ないと考えていた。
鳴海は、やはり男だったから『結婚式』というものにはまるで興味がなかったし、どちらかというと恥ずかしいから『したくない派』だったのだけれど、勝から伝えられた彼女の生い立ちがあまりにも過酷なものだったから、この世に生を受けたことすらも抹消されたかのように生きてきたエレオノールをせめて自分の『籍』に入れて名実ともに『本当の家族』になってあげようと思うようになった。
勝は、そんなふたりを『きちんと結婚式をすることはけじめなんだよ』と説得し、重たい腰を上げさせた。それはまた、自分自身の『けじめ』でもあったのだけれど。
そういったわけで、鳴海の左腕が無事にくっついて、仲町サーカスのみんなの傷がすっかり癒えて、いなくなってしまった人たちの喪が明けた頃、鳴海とエレオノールのささやかな結婚式は執り行われた。
鳴海はウェディングドレスのエレオノールがあんまりにきれいだったので、鼻の下が伸びっぱなしだったし、ノリ・ヒロ・ナオタは祝福しながらもヤケ酒を呷ってたし、エレオノールは幸せそうに笑って、嬉しくて泣いていた。
その夜、鳴海とエレオノールはちょっといいホテルに泊まった。
何故なら、今日は特別な日、結婚記念日になる日、それに初夜だから。
初夜、といっても、もうふたりは数え切れないくらい身体を重ねているので今更、という感もないわけではないが、それでもいつもと違うムードの中で愛し合うのは何だか恥ずかしくて、またそれが良くて、ふたりは何度も何度も抱き合った。
気がつくと、鳴海はひとり、洋風の庭をのぞむテラスのチェアに腰掛けていた。
「あ…あれ?なんだ?どうしてこんなとこにいるんだ、オレ?」
確かホテルでしろがねを抱いていたはずなのに。
サワサワと心地よい風が木々の葉を爽やかに合唱させ、甘い花の香りの混じる、濃い緑と湿った土の匂いを運んでくる。
すごく爽やかで優しい、心象風景。
鳴海はここを知っていた。ここに一度、来たことがあるのを思い出した。
サハラで死に掛けたとき、訪れた場所。
ようするに、ここはあの世とこの世の境目。
「え゛?てことは何?オレ死んでんの?」
ま、まさか腹上死?
いや、それは男の浪漫なのかもしれないが、やはり死に方としてはあまりにもみっともない。若い男の、しかも世界をかけて戦った男の死に様としては最も最悪なものだろう。
それも初夜で。
情けないことこの上ない。
鳴海は思わず頭を抱えて突っ伏した。
「うわー、それだけは勘弁してくれ」
「相変わらず騒々しい男だねぇ」
「まったくだ。少しも成長が見られない。所詮は低脳イノシシマンだな」
この、懐かしい、口の悪さ。
鳴海はがばっと顔を起こす。
「ギイ……ルシール……!」
テーブルに、いつの間にか老女と気障な若者が座って、いつの間にか用意されたお茶を口にしている。
鳴海の目頭にじわり、と熱いものがこみ上げた。
「あ、でも、おまえらがいるっつーことは、やっぱオレ、死んじまったのか…」
「安心しろ。おまえは腹上死などしていない。少し用があっておまえにきてもらったのだ。幽体離脱、というやつだ」
「エレオノールの身内の前で腹上死などと、本当におまえは下品な男だねぇ」
「あ、そうか。ルシールはしろがねの…エレオノールのおばあちゃんだもんな」
ルシールはふふっと微笑んだ。
「えーと、お孫さんと結婚させていただきました」
「上から見てたよ、幸せそうだったね、あの子」
「まったく世話の焼ける…やっとここまでこぎつけたわけだ。
エレオノールを泣かすようなことがあれば祟ってやるから心しておくのだな」
「大丈夫だ。そんなことは絶対しねぇ。約束する。おまえの大事な…『妹』だもんな」
ギイもまた微笑んだ。
「さてこれで、ようやく本当に『出発』できるってものさね」
ルシールが席を立った。
「え?」
「エレオノールがね、きちんと幸せになる目途が立つまでみんな心配で旅立てなかったのさ」
ギイも席を立ち、首をめぐらす。
ギイが見遣る方向に、着物を着た初老の男性と、同じく着物を着た銀髪銀目のエレオノールにそっくりな女性。
鳴海はピンときた。
才賀正二とアンジェリーナ!これがしろがねの御両親!
鳴海も慌てて席を立つと、ふたりのところに駆け寄り深々と頭を下げた。
「は、初めまして、加藤鳴海です!あの、お嬢さんをお嫁に、いただきました!」
「エレオノールをよろしくね。生涯かけて愛してあげてね。私たちの分まで」
「はい…」
「エレオノールをよろしく頼む。同じ時間を歩いてやってくれ」
「はい…」
正二は鳴海の手をぎゅっと握った。
「あの、しろがねの…エレオノールの生い立ちを勝から聞きました。オレは知っておいたほうがいいと、勝が教えてくれました。でも、あの…お義父さん…て呼んでもいいスか?」
正二はにっこり笑って「かまわないよ」と言った。
アンジェリーナも「なんだかくすぐったいわね」と笑っている。
「お義父さんが『エレオノールに何も背負わせたくないから教えないでくれ』と勝と約束したので彼女には話していません。でも、もう何もかもが終わりました。だから、彼女にあなたたちのことを話してもいいですか?エレオノールに自分の生い立ちを話してもかまいませんか?自分がこんなに愛されていることを知らないなんて可哀想です、エレオノールも、お義父さんも、お義母さんも、ギイもルシールも。もし、話すことが彼女に何かを背負わすことになるというのなら、オレが責任もって必ず半分背負いますから…」
全部、背負ったってかまやしません。
正二とアンジェリーナは微笑む。
「いいよ。話してやってくれ」
「お義父さん…あ…ありがとうございます…」
「礼を言うのはこちらの方だ」
「よく、『人形破壊者』の呪縛を断ち切ってくれたわね」
「お義母さん…」
「新参者のあんたひとりの肩に全部押し付けて早々に退散して悪かったねぇ」
「ま、イノシシマンにしては上出来だろう」
「オレは別に……それにフェイスレスを倒してゾナハ病の止め方を聞き出したのはオレじゃねぇ。勝だ」
「勝にしても、君に出会わなければあんなに強くはなれなかったさ」
「……」
温かい、とても温かい労いの言葉。
ギイでさえも、「よくやった」と声をかける。
鳴海が堪えても堪えても、熱い涙が零れ落ちる。
「それじゃ、もう、これでお別れとしようかね」
「今度会うときは、ナルミ、何十年後、何百年後になるかな?それは天寿を全うしたときだ」
「ああ、そんときゃ、ふたり一緒だ」
鳴海は目頭をぐいと拭いた。
「幸せにおなり」
幸せにおなり。
4人の進む道の向こう。一際大きな樹が聳え立っている。
その下に、人がたくさん立っている。あれは。
ロッケンフィールド、トーア、ダール、ティンババティ、ドミートリィ、ファティマ、リィナ…『しろがね』の仲間たち。
みんな笑顔で手を振って、口々に叫んでいる。
よくやった。ありがとう。幸せにな。
鳴海の視界が涙で滲む。
鳴海も夢中で手を振り返した。
みんなの姿は涙に滲んで溶けて、見えなくなった。
そこにはひとつの言葉だけが残った。
幸せにおなり。
「ナルミ?大丈夫?ナルミ?」
鳴海が目を開けるとそこはホテルのベッドの上で、しろがねが心配そうに覗き込んでいた。しろがねは鳴海が目を覚ましたのでホッとした表情を浮かべる。
「ナルミ、泣いているのだもの。どんなに声をかけても起きないから心配した」
「すまねぇ…」
柔らかくて温かい、しろがねの身体を抱き締める。
「何か、嫌な夢でも見たの?」
しろがねは鳴海の髪をやさしく撫でながら、頬にキスをした。
「いいや。すごく幸せな夢だった。幸せすぎて涙が出た」
「そう…なら良かった。それはどんな夢だったの?」
「しろがね!もっかいしよう!」
「え?また?」
問答無用で鳴海はしろがねを組み伏せ、その肌に唇を寄せる。
愛しい、愛しいしろがね。
これからずっと一緒に歩いて行こう。
未来永劫、おまえだけを愛してやるから。
決して、もう、淋しい思いはさせないから。
ずっとずっと笑って生きていこう。
ふたりで。
「おまえを抱いたら、どんな夢だったか、全部話してやるよ」
温かい言葉が鳴海の耳にこだまする。
幸せにおなり。
幸せにおなり。
幸せにおなり………。
End
postscript この話で書きたかったこと。第一に仲町サーカスのみんなに『鳴海の』結婚を祝福してもらうこと。第二に鳴海としろがねの両親を顔合わせさせること。第三にルシールに『エレオノールは孫である』と言わせること。第四にエレオノール出生にかかわる事実を彼女に話してもいいという承諾を正二からもらうこと。最後に、これが一番書きたかったことなのですが、途中退場してしまった『しろがね』のみんなから鳴海にねぎらいの言葉をかけてもらうこと、です。重たいものを背負い、『最後のしろがね』の鳴海が四肢を失って、心を失ってまで頑張ったのを、先にいなくなってしまったけれど、みんな見てたんだよ、頑張ったなって鳴海に伝えて欲しかったんですよ。それで本当に報われるんじゃないかな、と。鳴海は感謝の言葉が欲しくて奔走したわけじゃないけれど、それでも「ありがとう」の言葉は身に沁みると思います。エレオノールも悲しい90年だったけど、本当はたくさんの愛に見守られて育ったんだよ、と教えてもらうことが彼女の救いになると思うんです。それからルシールなんですが、原作では触れられていなかったけれど、アンジェリーナとエレオノールの関係にうすうす気づいていたんじゃないかなあ。だって自分の娘と瓜二つなんですよ?母親なら分かると思うのですが。だから総力戦のはずのサハラに呼ばなかったのかも…なんて考えてます。長くなりましたが、これも愛ゆえ、です。