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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。









「あー、シャワー浴びてぇ…川でもいい、さっぱりしてぇ」

鳴海はダラダラと顔中から汗を垂らしながら呟いた。

太陽が照りつける真夏の真昼なのに森の中は薄暗い。陽射しに焼かれることがないのはありがたいとしても、この身体が重たくなりそうな湿気には閉口させられる。鳴海が額に巻いたタオルはそろそろ汗を吸えなくなってきている模様。暑さに弱い夫の頑張る姿にしろがねは傍らでくすりと笑った。

「そうよね、私も顔がペタペタして嫌んなっちゃう」

「そおかぁ…オレからしてみりゃあ、こんなんでもおまえって涼しそうなんだけどな」

鬱蒼としたジャングルの中でドロだらけに汗まみれになっても、いつもと変わらず綺麗な妻に鳴海の頬が緩む。

「そんなことないわよ?暑いし、草臥れたし。私も川があったら絶対に裸になって飛び込むわ」

「……周りに男がいなかったらな」

「またそんなことを言う」

「当ったり前だろ?…まぁ、おそらく後小一時間も歩けばこの森は抜けられるはずだ。草臥れてるだろうがこのまま休みなしで突っ切るぞ」

「そうね、ゲリラが散開している場所でのんびり休憩なんてする気にもなれないもの」

 

 

移動サーカスがライフワークになっている鳴海としろがね。

彼らがサーカスをして巡る土地は物騒な所ばかりで、時々彼らは図らずも戦闘に巻き込まれたりする。実際、この森もこの国の反政府ゲリラの勢力圏内、ゲリラの巣真っ只中。けれどここを通過しないと目的地の村に辿りつくことができないのだ。国家権力と反政府勢力のいがみ合いによって陸の孤島になってしまった村人に、そして子どもたちに笑顔の贈り物を届けるため、鳴海としろがねは己の身を時に危険にさらしながら旅をしている。

 

 

「ハラも減ってきたし…後少し、頑張ろう。銃口を向けられながら食うメシなんて美味くともなんともね…」

そのとき。

しろがねの背後で何かが鈍く光った。

遠い藪の中、目のいい『しろがね』だから鳴海は気づいた。

鳴海の笑顔が凍る。

ざわり、と空気が張り詰める。

次の瞬間、張り詰め切った空気が切り裂かれる。

「しろがねっ!」

鳴海は叫ぶが早いか、しろがねの首根っこを掴み彼女を自分の背中に回した。

「きゃあっ」

振り回されたしろがねは勢い余って地面に倒れ込んだ。

普通だったら「何をするの!」と言うところだが、こんな場所で鳴海が自分を手荒く扱う理由はひとつしか考えられない。

突然の危険から自分を守ること。

だから倒れるや否や、しろがねは伏せたまますぐに鳴海を案じ顔を上げた。上げて目に飛び込んできたのは、最愛の男の胸に無数の穴が開き、そこから真っ赤な血潮が華やかに噴き出している光景。

銃声はしろがねの驚愕の後から追いかけてきた。

「ナルミ…っ!」

鳴海はしろがねのすぐ隣にどう、と倒れた。

「ナルミ!バカっ!しっかり…しっかりして!」

しろがねは鳴海の額に巻かれていたタオルや自分のシャツやらを鳴海の傷口に当てて止血を試みるが、焼け石に水。あっという間に真っ赤に染まって役にも立たない。

鳴海の意識は既になく、大きな身体からはすっかりと力が抜けしろがねの細腕ではどうにもならないくらいに重たくなっている。

一秒ごとに広がる血だまり。

血だまりが広がるにつれ、土気色になる鳴海の顔。

しろがねの血の気も一緒になって引いていく。手足はガクガクと震え、腰からはすっかり力が抜けてしまっている。

「嫌…嫌だ…あなたが死んでしまうのは…」

しろがねは自分の指を血が出るまでぎゅうと噛む。迅速に行動しなければいけない。不死の『しろがね』も生命の水の溶けた血液が多量に流れ出てしまったら向かうところは死なのだ。

彼女は言うことを利かない指を叱咤しながら指抜きを嵌めた。

「急いでナルミを運ばないと…手当のできる安全な場所まで…」

しろがねは涙を堪え、銀糸を閃かす。

「あるるかあん!」

鳴海の背負う大きなリュックを引き裂いて黒いマリオネットが飛び出した。あるるかんは軽々と鳴海の巨躯を抱え上げる。

「行くぞ、あるるかん!走り抜けるぞ!」

しろがねはあるるかんと並んで低い姿勢で駆け出した。

自分も銃弾に打ち抜かれるかもしれない、そんなことは全く怖くなかった。この瞬間にも鳴海の左腕が石になり砕け落ちるかもしれない、その恐怖だけがしろがねの心を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かい雨が降っている。

何だか無性に喉が渇いていたから、頬を伝う雨が幸運にも唇を濡らしたのでそれを舐めてみた。

この雨は塩の味がする。

どうしてだろう?

今旅をしているところは海に近いところだったっけ?

違ったような気がするけれど。

ああ、少しずつ、身体の奥底から力が湧いてくる。

世界が明るくなってくる。

じわじわと、五感が戻ってくるのが自覚できる―――。

 

 

鳴海が意識を取り戻すとまず目に飛び込んできたのは大事な女の泣き顔だった。しろがねが鳴海の頭上に覆い被さるようにして彼の顔に大粒の涙を降らせていた。

塩ッ辛い雨はこれのことだったのか、と納得する。

「しろがね…」

弱弱しいながらも彼女の名前を呼ぶと、しろがねは新たな雨をぱたぱたと降らせながらもにっこりと微笑んで、鳴海の頬に濡れた頬をすり寄せた。

「よ、よかった……このまま目を開けなかったら、って怖くて……」

鳴海は左腕を持ち上げるとよしよし、と銀色の頭を撫でた。漠然と、自分が置かれている死にかけていた状況、どうしてこうなっているのかの因果を鳴海は理解する。

温かい。まだ冷えている鳴海にはしろがねの温もりが心地よく、そして自分が生きていると感じられる寄り代となった。

「あなたは無茶をしすぎる。私を庇って銃弾の矢面に立つことなんかないのに」

銃口がしろがねに向けられているのに気づいた瞬間、鳴海の身体は勝手に動いていた。もうこれは条件反射としか言いようがない。鳴海は小さく苦笑いをした。

今はもう安全な地域に逃げ込んでいる。見上げると天然の岩の庇。揺れる緑の梢。身体の下にはふかふかの落ち葉のベッド。

「おまえの血を分けてくれたのか?」

自分としろがねの肘の裏に貼られている絆創膏に目を止めて鳴海は言った。

「輸血した。よかったわ、輸血キット常備してて。あなたはこんなの必要ないって言ってたけど」

「…おまえの負担が前提だからヤだったんだよ」

「莫迦。あなたが助かるならこんなこと、どうってことないの!」

しろがねは鳴海の鼻を強く摘む。そしてまた、鳴海の頭を抱きしめた。身体はまだ、傷が痛むかもしれないから。

 

 

「もう…本当に一時はどうなることかと……私はもう、あなたに血を流して欲しくないと言っているでしょう?出血がひどければ…」

「でも……そうしないとおまえが撃たれていただろ…?オレだって、おまえの血は見たくねぇ……お互い様だ」

「分かってる…だけど私のためにあなたがいなくなってしまったら私は」

自分の頬を涙で濡らすしろがねの髪を鳴海はやさしく撫でた。

ごめん、と一言囁いて。

血塗れの死に掛けた愛しい男の身体を、必死でここまで気丈に運んできた彼女の心痛は計り知れない。逆の立場の自分など、鳴海は考えただけでも身が凍る。

しろがねの温もりが泣きたくなるくらいにありがたい。

「忘れないで。あなたが死んだら、私の心臓も止まる。そう、決まっているの。時が来たら落ち葉が自然と舞うように決められているのと同じ。あなたと一緒だから死ぬことは怖くないけれど、まだ、私はあなたを見ていたい」

動くあなたを見ていたい。あなたの笑顔を一番近くで見ていたい。あなたの声も匂いも体温も、あなたに愛されることも、私はまだ、何一つ満足してはいないのだから。

「おまえを泣かせちまったな……すまない」

しろがねは塩の味のするキスを、鳴海は鉄の味のするキスをお互いに与え合う。

 

 

鳴海としろがねが共にあること。

鳴海の命が途切れるとしろがねもまた鼓動を止めること。

ふたりが慈しみ合い愛し合うこと。

落ち葉が舞うように決められたこと。

即是、自然の摂理。

当然のことなのだ。

 

 

「オレも、おまえのいない世界なんざに未練はねぇよ。オレにとってはおまえが何よりも大事なんだよ…」

鳴海は左腕で、しろがねの身体をぎゅっと抱き締めた。しろがねも次第に熱量を復活させていく鳴海に安堵の抱擁をする。

自分の世界は目の前の相手の内にあるのだと、実感して。

 

 

 

End

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