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藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、
またはスピンアウト気味のSSです。
椿。
「椿の花が咲いたな」
この冬、庭に一番最初に咲いた椿を見ながらあなたが言った。
しっとりと濡れたような艶やかな紅い花弁が美しく綻んでいる。
濃緑の葉に、深紅の椿。
私は厳寒に咲くこの花を見ると、しゃん、と背筋が伸びる心地がする。
なのにあなたは
「毎年この時期になるとさぁ…きみしぐれ、食いたくなるんだよなぁ」
なんて言う。
「きみ…しぐれ?」
「ほら、この椿の真ん中の部分、きみしぐれっぽいだろ?あれ、おまえ、きみしぐれって和菓子、知らねぇか?」
「知ってるけど。前にあなたが買ってきたことあったし」
「だったら何となく伝わらねぇかなぁ…このきみしぐれなカンジ」
これはあなたの得意の『冗談』なのかしら?
それにしては甚く真面目にも見えるけれど。
「毎年この時期、って毎年椿を見る度にきみしぐれが食べたい、って考えてたの?」
「うん」
「もう、ここで何回椿を見たと思ってるの?その度に?」
呆れて苦笑する私にあなたは屈託ない笑顔をくれる。
「本当、椿の花をあなたと見るの、これで何度目かしらね」
「さあなぁ…もう分かんねぇなぁ」
季節はもう何回もめぐったけれど、私もあなたも、見た目にはほとんど変わりがなくて時が止まっているような不思議な感覚に陥ることがある。
けれど、こうして花たちの営みが時の流れを教えてくれる。
巡る季節を見せてくれる。
「椿が咲く頃にいつも傍にいて、菫が咲いても桜が咲いても、紫陽花が咲いても向日葵が咲いても、木々が葉を落としても、ずっと私はあなたの傍にいる。厭きない?」
私は傍らに立つ、今だきみしぐれを心に思い描いているかも知れない可愛い人に声をかけた。
「お?じゃあ、おまえはオレの傍にいるのに厭きたのかよ?聞き捨てならねぇなぁ」
「厭きるわけないじゃない。訊いてみただけ」
「オレだって、厭きるわけねぇだろが。こんなにおまえを愛しているのに」
そう言ってあなたは私の身体に腕を回して、私の髪にキスをする。
私はずるいわね。
あなたのその言葉がもらいたくて、たまにわざと試すようなことを言う。
幾度となく囁かれた「愛している」の言葉。
何千回、何万回とその言葉があなたの唇から離れても、私は意味が希薄したとも使い古されたフレーズだとも思わない。
確かに私たちの想いを「愛している」の一言で表現しきるのは無理だと知ってはいるけれど、言葉が伝えるのは言葉の意味だけじゃないから。
「買い物帰りにでも和菓子屋さんに寄ってきみしぐれを買いましょう」
「おう、そうだな」
来年も、再来年も、その次の年も、そのまた次の年も、ずっとずっとあなたの隣で椿の花を見てみたい。
艶やかな紅い花弁が告げる季節の訪れを、ずっとずっとあなたの傍で。
End