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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディですが

藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、

またはスピンアウト気味のSSです。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

細い山道を初老の男がひとり歩いている。ぱりっとした背広を着込んだその紳士然とした男の髪はもう半分近く白い。

男は村から続くその道沿いの、左右から覆い被さるような木々で半分隠れている急な階段に足を踏み出した。この階段を上りきった先には、この辺り一帯の仏を祭る寺がある。

長く急な石階段。

男は年齢にしては若く見られ、身体も逞しい方だが階段も半ばに差し掛かって、上るのがなかなかに辛くなってきた。

呼吸も乱れる。

若い頃、体術を習い、年を取った今でもいくぶん体力には自信があったが、こういう時、己の老いを実感する。

 

 

 

 

 

確実に自分にも忍び寄る死の足音。

生きとし生けるもの、必ず順番に訪れる、最期の時。

 

 

 

 

 

年を取ったなぁ、男は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祈り遥か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく階段を上りきり、境内を掃き清めている住職に挨拶をし、男は寺の裏手の墓地へと足を向けた。

墓地の奥に、一際広い区画がある。

立派な石の柵に囲まれたそこには、いくつかの墓石の他に大きな慰霊碑も立てられている。

男はそこに向かって真っ直ぐに歩を進めた。

 

 

 

 

 

太陽は西の空を金色に染めて、入日の御光を差している。

何もかもが黄色く染まって見える景色の中、日暮が鳴いている。

お互いを、愛しい人の名前を呼び合うように。

間もなく夕間暮れの時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的の墓に着くとそこには先客がいた。

花と線香を手向けた墓に手を合わせている銀色の髪の女と、その傍らに立つ体格のいい背の高い男。

背の高い男が手を大きく振り、

「よう、マサル!久し振りだなぁ!」

と笑った。

男、才賀勝もにっこりと笑い、手を振り返した。

「こんばんは、ナルミ兄ちゃん。しろがねもいらっしゃい」

しろがねも立ち上がり、鳴海に続いて勝と握手を交わした。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね。黒賀村に着いたらすぐここに来たくなってしまって」

「オレたちも今来たばかりなんだ」

「僕もだよ。平馬の家に着いたらついさっきふたりがここに向かったって聞いたものだから」

しろがねはにこっと笑うと、再び墓の前に跪き、鎮魂の祈りを捧げた。

「お父さん、お母さん、私はナルミと仲良くやってますので心配しないでくださいね…」

その後姿を鳴海と勝は温かく見守った。

「すまなかったな、勝。ノリさんの葬式に間に合わなくてよ」

「いいんだよ兄ちゃん。今日こうして来てくれたじゃないの」

初老の男性が30歳そこそこの若い男を『兄ちゃん』と呼ぶ。

 

 

 

 

 

あれから55年。

勝は67歳になった。リーゼと結婚し、恙無く子どももできて、今では孫も3人いるおじいちゃんだ。

目の前に立つ鳴海は、勝と同じだけの年月を重ねているのに、ようやく30歳。これからが男盛り。髪を長く伸ばしているのも、相変わらず逞しい体躯をしているのも、何も変わらない。もともとが年齢よりも年上に見られる傾向のあった鳴海だったので、今やっと外見に年齢が追いついた感じだ。

「訃報を受けたときにオレたちの滞在していた国で内戦が始まってよ、空港が閉鎖されちまってさ。フウに連絡をとって何とか東欧経由で帰ってきたんだけど、時間がかかっちまった」

そして今も、しろがねとふたり、世界各地をサーカスをして回っている。

 

 

 

 

 

「お坊ちゃま、リーゼさんもご一緒ですか?」

しろがねが立ち上がり、輝くような笑顔を勝に向けた。

しろがねは29歳。しっとりとした美しさがただそこに立っているだけなのに溢れている。華麗さに豊麗さも加わって、鳴海との生活が如何に充足してものであるのかが一目見るだけで分かる。彼女の全てが満ち足りているのが手に取るように感じられて、勝はこの上なく嬉しかった。

「うん。今、リョーコとお茶を飲んでるよ。ふたりが戻ってくるのを待ってる」

鳴海がしろがねの頭に手を伸ばし、その髪を撫でた。

「しっかり皆に挨拶できたか?」

「ええ」

「じゃ、今度はオレが挨拶してこよう」

鳴海はそう言って、しゃがみ込むと墓に手を合わせる。

 

 

 

 

 

「今は、こっちの方が賑やかね」

「そうだね。ナオタさんなんて、早く仲間入りしたいってすぐ言うんだ」

「そんな…でも、ノリさんもヒロさんも、いなくなってしまったのですから…淋しいのでしょうね」

しろがねは慰霊碑を見遣る。

そこには『笑顔を守った者たちへ捧ぐ』の文字が彫り込んであった。

「ここにはみんなが眠っている。私の家族が皆…」

しろがねは綺麗に笑う。

 

 

 

 

 

仲町サーカスの初代団長信夫、紀之、浩男、三牛、法安、そしてヴィルマ、阿紫花、あの時ともに戦った面々は埋葬、若しくは分骨をされてここに眠る。パンタローネ、アルレッキーノ、彼らも実はこの地に眠っている。モンサンミシェルで勝を助けたコロンビーヌのカチューシャも。形見にとあの時、勝が持ち帰っていたのだ。もちろん、しろがねの両親、正二とアンジェリーナ、遺骨はないがルシールとギイもここに祭られている。いつだったか、鳴海としろがねはサハラを旅し、あの真夜中のサーカスのテントがあった辺りの砂を持ち帰ってきた。何一つ残さなかった『しろがね』の仲間たちの代わりにと鳴海はその砂も埋めた。ジョージのように何も遺さずに逝ってしまったものたちも、ここで慰霊されているのだ。

この場所は、あの戦いに縁の者たちの眠る場所。

いずれ、自分たちもここで永遠の眠りにつきたいと思う場所。

 

 

 

 

 

「きっと皆、楽しくサーカスしているわね」

「ホントだね」

皆の笑顔が見えるようだ。

鳴海の後に、勝も皆に手を合わせた。

 

 

 

 

 

「今夜は阿紫花家に泊まるんでしょ?」

「ええ、お世話になるつもり」

「今じゃ、あの平馬が黒賀村の村長やってるなんてなぁ…」

「お兄さんの思い出もあるからねぇ…黒賀村の良さを残したいんだって前に言ってた」

風光明媚なこの村は、かつて勝が人形繰りをギイに習ったあの頃となんら変わりがなく、懐かしく思う。

「私も…この村が大好きです。私の生まれたところ…」

しろがねは振り返り、眼下に臨む村の遠景を見渡した。

 

 

 

 

 

母が私を産んでくれたところ、母が命を落としたところ。

母が父がギイ先生が、そしてフランシーヌ人形が私を慈しみ、守ってくれたところ。

フランシーヌ人形が終焉を迎えたところ。

私の、『しろがね』としての人生の始まったところ。

根無し草で、己のルーツなどこの世にないと思っていたしろがねは

こんなにも自分に縁のある土地が存在するとは思ってもいなかった。

だから今では、鳴海の次にここが大事な場所だ。

 

 

 

 

 

日暮の声が山間にこだまする。

涼しい風が吹き抜ける。

夕映えが美しい。

 

 

 

 

 

「まだ、サーカスして世界を回るの?」

「ああ、身体が動く間はな」

「それに、私たちは時間がみんなと違うから一箇所にいると…何だかおかしいでしょ?いつまでも年を取らないのだから」

鳴海もしろがねも、どちらともなく顔を合わせると困ったような笑顔になった。

5年に一度しか年を取らない、それを頭では理解していたけれど、長い年月が経つとその振れ幅の大きさを感じないわけにはいかない。

仲町サーカスのメンバーが年を取り、次々に他界していく。

鳴海やしろがねがこうして日本に戻ってくる度に、勝やリーゼや平馬、涼子の命の蝋燭が確実に短くなっていく。

その髪の毛は白くなり、顔に深い皺が刻まれる。

そして、近い未来に、自分たちを残して彼の岸へと旅立ってしまう。

それらを見届けるのが運命とはいえ、鳴海にとってもしろがねにとっても心苦しいことだった。それでも、自分たちふたりだけはほとんど見た目も変わらないのだから。

 

 

 

 

 

「次は誰の番なのかな…」

帰りの支度をしているときに勝がぼそっと呟いた。

「おい、そんな縁起でもねぇことは言うな!」

それを聞き咎めた鳴海が勝を叱る。

「ご、ごめん、兄ちゃん」

傍から見ると息子に叱られている父親みたいだ。鳴海はその顔に心の中の感情をそのままに浮かべ、勝の肩を力強く抱いた。

「マサル…オレよりも長生きしろよ?弟が兄よりも先に逝くなんて、間違ってるぞ?」

 

 

 

 

 

……まったく。兄ちゃんは昔から無茶苦茶を言う人なんだから。

大きくて、あったかくて、大好きなナルミ兄ちゃん。

僕はおじいちゃんになっちゃったけど、いつまでも兄ちゃんの前では小さなマサルのままでいられる。

「しろがねの血を飲んでるからね、僕は。けっこう頑丈だよ?」

「だろ?」

大きな手の平が白髪頭をぽんぽんと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、寺の急な長い階段の上から大きな夕陽が臨めた。

山の稜線を輝かせて、その向こうに体を半分沈めている。

一日の終焉を間もなく迎える時間。

「きれいね…」

しろがねが吐息をついて、鳴海がその肩を抱き寄せ、赤みを帯びた金に染まる彼女の髪に唇を寄せた。

そんなふたりの様子に勝は目を細くする。

本当にあの時、鳴海を地球に残して良かったと思う。

もしも仮に、鳴海が宇宙で果てていたら、しろがねは今独りでどんな人生を送ることになっていたのだろうか。

それを考えると、鳥肌が立つ想いがする。

しろがね自身、誰にも打ち明けたことはないけれど、もしも鳴海が地球に生還できなかったら、彼女は己の生を止めるつもりでいた。

どんなに憎悪されていたとしても、彼女の命は鳴海に捧げたものだったから、その鳴海がいなければ自分の生になんの価値もなかったのだ。だから、もしそうだったとしたら今現在、彼女は存在しないだろう。

 

 

 

 

 

親しい誰かを残して他界していくことは淋しい。

だが、親しい誰かの他界をすべて見届けることはもっと淋しい。

さっきはああ言ったものの、いつか勝の命の終焉を見届ける運命だということは鳴海だってとうの昔に覚悟していることだ。

鳴海もしろがねも、その哀しい覚悟はできている。

その哀しさに耐えていけるのは、独りじゃない、ふたりだから。

 

 

 

 

 

「さあ、行こう。今夜は宴会だよ!」

早くしないと、真っ暗になって歩きづらくなるよ。

勝に促され、鳴海としろがねは寄り添うように階段を下りた。

ふたりは沈みゆく夕陽を眺め、自分たちの前を行く勝の背中を見て、思う。

 

 

 

 

 

オレたちはおまえたちが皆いなくなった後も、あの慰霊碑に久遠の祈りを捧げよう。

オレたちは、おまえたちのために魂鎮めの祈りを捧げよう。

それが、残された私たちにできること。

遥かな祈りを何十年も何百年も。

いつか終わりの時が私たちに訪れて、あなたたちに再び会う、その日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日暮の歌が途切れ途切れになる。

東の空に昇る細い月が、薄明の道を歩く、彼らの帰りを見送っていた。

 

 

 

End 

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