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鳴海は天を見上げていた。
宙には恐ろしいくらいに天文学的数多の星。
周りをぐるりと見回しても砂以外には何も見えない。360度、砂。
鳴海は砂と星に挟まれていた。
人生は
一本の長い煙草のようなもの。
「星が降るようなソラ、てのは、こーゆーのを言うんだな、きっと」
鳴海は天を見上げながらぼそっと呟いた。
砂漠には一切、星の明かりを損なわせるものはない。
だから都会では考えられないくらい、等級の低い星までくっきりと見える。
『しろがね』となって常人の5倍の感覚を備わった鳴海には更にその奥の奥にある星までが見える。元来、目が良かったから尚更かもしれない。
月が出ていなければ、もっと恐ろしいまでに星が見えただろう。
夜空って、もっと黒いものだと思っていたけど。
この宙は、尋常じゃないくらいに美しく輝いて。
鳴海は鳥肌が立った。
「星が今にも、ホントに落ちてきそうだ」
「ミンハイ?」
後部座席で眠っていたミンシアがむくりと起き上がる。
「悪ぃ。起こしちまったか、姐さん」
「ううん。わー、砂漠の夜はやっぱ冷えるね」
ミンシアは毛布を身体に巻きつけた。
「どうしたの?眠れないの?」
「まあ、な…」
鳴海は運転席から星空を仰いだまま。
ミンシアは小さく息をついた。
見ると助手席のルシールも起きていて、煙管の煙を燻らしている。
「そうよね。明日一日車を走らせれば、辿り着くんだもんね」
真夜中のサーカスに。
「それで何してたの?」
「星を、見てた」
「ホント、すごい星よね」
「きれいすぎて、おっかねえ」
「美しすぎるものは人に戦慄を与えるものさ」
それまで黙っていたルシールが静かに口を開いた。
「アタシにとってのそれはフランシーヌ人形だったがね」
長い年月をかけた終着地点を目前にして、彼女の心の中に逆巻くものは何だろう。
砂漠の夜はもう何日も過ごしているのに、こうしてゆっくりと星空を眺めるなんてことはなかった。
決戦を控えて、鳴海の心は自分でも驚くほど静穏だった。
目を星から月に転じた。
砂漠の月もきれいだった。
皓皓と白銀の清浄な光を振り撒いて、その白い腕で鳴海を抱き締める。
鳴海は月が好きだった。
大事な人を思い出させるようで。
それが誰なのかは分からないけれど。
あぁ、記憶の欠片に残るあの女も月に似てるな。
髪や瞳の色があの月の色を彷彿とさせる。
「やだ。ミンハイ、泣いてるの?」
「え?あ?」
知らず、鳴海の頬を涙が一筋零れていた。
ミンシアに指摘されて慌ててゴシゴシ擦るが、どうしたのか、止まらない。
静かに、静かに涙は流れる。
「あれ?おかしいな?」
泣きたい理由なんてないのに。
「アンタの涙は、アンタの未来を見て泣いているのさ」
知らず涙が出るときはそういうもの。
「未来…か。人生なんて分かんねぇもんだよな。ゾナハ病で苦しんでたオレがしろがねになって人形どもを叩き潰しにサハラに乗り込む、なんて、ほんの数ヶ月前にはそんな未来、想像もしなかったぜ」
「荒唐無稽すぎるわよ、そんな未来の想像は」
「人生は、例えれば一本の長い煙草みたいなものさね」
ルシールは白い煙を吐き出した。
煙は宙へと立ち上り、細く長く棚引いて、薄くなり、消えた。
「自分を燃やして少しずつ短くなっていく。
最後の最後まで吸い切ることができれば満足できる。途中で消えればその煙草はもうおしまい。…アンタは若くしてしろがねになったからね、さぞかし長くて吸い甲斐があるってもんだろうよ」
「うえー…」
ルシールは楽しげに鳴海を見遣る。
「アタシの煙草は……もうかなり吸っちまったね。長かったけど、もう残りは少ない…」
「ルシール…縁起でもねぇこと言うなよな」
「人生と云う煙草を燃やせば…想いと云う煙が出る…。煙は拡散していつか見えなくなるが…それでもしばらくは香りが残る…」
「想いの残り香…ね」
「誰かがそれを嗅ぎ取れば、その誰かの記憶に微かにでも残ることが…できるかもね…」
ルシールはまた煙を吐いた。
煙は砂漠の風に乗り、果てのない夜空へと旅に出た。
オレの燃やす想いの煙も、ああやって風に運ばれて誰かに届いたりするのだろうか?
ま、オレには、待っているヤツなんかどこにもいねぇけど。
鳴海は自分を優しく見下ろす月と再び目を合わせた。
涙はまだ止まらない。
鳴海の涙は明日を見つめる。
自分を待ち受ける、残酷な未来に慄いて。
自分から欠け落ちる、大切な記憶と心を憂いて。
鳴海は知らない。
この先、自分の煙草が
憎悪と怒りと絶望の黒煙だけを吐き続けることを。
End