虚無が姿を変えた時の少女。

原作にそったパロディです。

 

 

 

 

エレオノールはひとり川岸を歩いていた。

初めて来る場所。初めて見る場所。

でもこの感じをどこか知っている。

 

 

ねっとりとした粘着質の闇の手が彼女の身体に絡みつく。

闇の中、川の水面だけが銀色にぼんやりと光っている。

銀色の濁流は低いところから高いところへと向かう。

それにしてもこの道は歩きづらい。

白い石。いや、骨の砕けた欠片に見える。

それを踏むたびにパキパキと軽い音がして

エレオノールの身体の内側に大事なものを踏みつけて壊している、

それで鳥肌が立つような嫌悪感が這い回る。

 

 

ここがどこだか分からないけれど

一刻も早く、この場を立ち去らないといけない。

ここは凍えるほどに熱くて耐えられない。

ここは骨まで焼き尽くされるかのように寒すぎる。

 

 

自分の身体を自分で抱くように歩いていると、

対岸にひとりの男の姿が目に入った。

絶望しきった冥い瞳で川の流れを見つめて座る大きな身体。

あれは。

エレオノールは思わず川の中に足を入れた。

途端、焼けるような痛みと、彼女を引きずり込もうとする数多の手。

それは人間の腕の骨にも、

壊れたマリオネットやオートマータの腕にも、見える。

慌てて元の川岸に逃げた。

 

 

『入らないほうがいい。肉も骨も爛れる』

声の方に目をやると、ひとりの少女が立っている。

10歳くらいの、銀色の髪を肩より長く伸ばした少女。

その少女に顔は無い。

『悪いけど、この人はもらった。あきらめて』

少女は鳴海の身体に腕を巻きつけ、愛おしそうに抱き締めると

目も鼻も口もない真っ白な顔でにたりと笑った。

 

 

「カトウから離れろ！

おまえは虚無だな？！」

 

 

 

 

 

 

 

虚無が姿を変えた時の少女。

 

 

 

 

 

 

『そう、久し振り。エレオノール』

よくわかったね。

私がおまえの心に棲んでいたときは違う姿をしていたものを。

「いいから、離れろ！」

『嫌。だってナルミの心は居心地がいいのだもの』

絶望しきって真っ暗で、そうそうエレオノール、

おまえへの憎悪ではち切れそうだよ。

エレオノールの顔は怒りと悲しみで満ちている。

「カトウから離れてくれ！！」

エレオノールは絶叫する。

「カトウの心から出てって……頼む……

行く当てがないなら私の心に戻ってきたっていい」

苦悩に歪むエレオノールを満足そうに少女は見遣った。

『昔、自分が人形だと信じ、己の人生の道行きに絶望していた

おまえの心は居心地が良かったよ。

勝とやらを守れば本当に人間になれるのか、

それでもなれなかったらどうしよう、と葛藤するおまえも

なかなか魅力的だった。傍で見ていて楽しかったよ』

「な、ならば」

『今のおまえの心には棲む気にならない』

少女は残酷で狂気に満ちた笑い声を上げる。

 

 

「どうして？」

『確かにね、おまえの心の中には絶望があるよ。

愛する男に心底憎まれて生まれた絶望が。

でも、それ以上にその男への愛で満ち溢れている。

そんな幸福な心に私が棲めるわけないだろう？』

おまえがナルミを愛したせいで、

私はおまえの心から弾き出された。

だから私はナルミが憎い。だから愛している。

少女は鳴海の頬に自分の頬を摺り寄せた。

『ナルミは素敵。こんなに大きくて強い心なのに

こんなにみじめになっちゃった』

これはもう私のもの。おまえにはあげない。

 

 

少女に姿を変えた虚無はさらに成長し、

エレオノールと同じ姿になるとのっぺらな顔で

鳴海にくちづけをした。

「やめろ！！！！」

 

 

 

 

 

 

 

叫ぶと同時にエレオノールは夢から覚めた。

手の平がじっとりと汗ばんでいる。

 

 

虚無め。

おまえの好きなようにはさせない。

ナルミは大丈夫。虚無になど負けるはずがない。

私ですら、虚無の呪縛から逃れることができたのだから。

 

 

私を殺せば、

ナルミは心から虚無を追い出せる。

私は殺されるために、

ゾナハ病の止め方を思い出さなくてはならない。

 

 

ナルミのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

エレオノールは瞼を閉じて、

記憶を探る旅に出る。

ゾナハ病の止め方を私が知っているはずだとナルミが言うのだから

きっと私の中に答えがあるはず。

 

 

エレオノールは

見つかるはずもない答えを探す旅に出る。

 

 

 

 

End