忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。







It Must Be Love (5)





ミンシアは、鳴海が親の仕事の関係でちょくちょく中国に滞在していた頃に通っていた拳法道場の娘で、鳴海の姉弟子だ。道場に通い出したばかりの鳴海の面倒をみるよう、ミンシアが父親に頼まれたのが付き合いの始まり。
初対面の鳴海はやさしいだけが取り柄だった。ガリガリのヒョロヒョロで、トロくて飲み込みは悪いし、気が弱くてオドオドしてるし、何しろ日本人なのが気に入らなかった。「何で私が」という気持ちでいっぱいだった。だから
「私は道場娘で姉弟子である、口答えは許さない」
という上下関係を初めから徹底的に叩き込んだ。


それがいつしか、鳴海は師である父親に才能を認められるほどになった。素直で練習の虫である鳴海は努力を怠らず、どんどん強くなっていた。それでいて驕らず、生来のやさしい性分のまま。
ミンシアもまた鳴海の実力を認めた時、ようやく彼が既にヒョロヒョロガリガリでなく、自分よりもはるかに背が高く筋骨逞しい男に成長していることに気がついた。
そこからだ、ミンシアの鳴海を見る目が変わって行ったのは。


けれど、鳴海は高校入学を機に親元を離れ、日本に腰を据えることになった。これまでは日本と中国を行ったり来たりしていた鳴海とも、もうこれきりになってしまう。一念発起したミンシアは必死で父親を説得した。父親の猛反対を説得して説得して説得して、日本留学の切符を手に入れた。そのために死に物狂いで勉強した。日本語だって頑張って話せるようになった。
そうやって鳴海を追いかける形でやって来て、拳法部のマネージャーとなった。ミンシアがそこんとこの事情を他人に言ったことは一度もないが、ミンシアを間近で日々見ている部員達からしたら、彼女の渡日目的など察することは容易だ。それだけでもミンシアの鳴海への想いは感じ取れるのに、肝心の鳴海の、対ミンシアの言動は周囲の肝を冷やしてくれるレベルの鈍さなのだ。


ミンシアの秋波に鳴海だけが気づかない。幼い頃よりミンシア本人に植え付けられた上下関係は、根っからの体育会気質の鳴海から抜けることはまずない。問題は、その高いプライドゆえに、姉弟子から脱せないミンシア自身が鳴海に好意を持ったことだ。鳴海にとってミンシアは「姐さん」であり、それ以上でも以下でもない。ミンシアの日本留学が自分の側にいるためだなんて夢にも思わない。ミンシアもいまだ上から目線だ(これは鳴海に限らず同期部員全員に対してもだが)。





今朝の会話。
「リシャールってさ、ちょっと前、姐さんにコナかけてなかったっけ?」
「そうだけど?」
「だよなあ」
「それが何?」
ミンシアは、鳴海が自分の交友関係を気にかけてくれていたことがとても嬉しかったけれど、それをおくびにも出さず素っ気ない顔をする。何を言ってくれるのかと期待していたのに、返って来たのは
「いや、てっきり姐さんとリシャールって付き合ってんのかと思ってたから。あれ?って思っただけ」
という明後日の方角を向いた言葉だった。気にかけたどころか、鳴海が自分にまるで気を払ってないことを非情にも知らしめる。


「どこをどう見たら、私があいつと付き合ってるように見えるのよ!」
イラ、として口調がキツくなるけれど
「リシャールがコナかけてた頃、ふたりの雰囲気がいい感じだったからさ。姐さんもまんざらじゃないみてーなコト言いに来てたじゃん」
ミンシアがキツいのはいつものことなので、鳴海はまるで意に介さない。
「それは」
自分に言い寄る誰かの存在に気づいてくれたら、そして自分もその誰かに好意を持つ可能性があると知ったら、もしかしたら鳴海がヤキモチを焼いてくれるかもしれない。そんな算段があったから少し焚きつけてみただけなのだけれど。
「今だって仲はいいだろ?」
「それは、そうだけど」
「ああ、姐さんを女扱いしてくれるヤツっているんだな、良かった良かった、って思ったんだよなー」
鳴海の明るい笑顔には、嫉妬、なんてマイナスな感情なんてどこにも見つけられない。


なのに。
「リシャールもフランス出身らしいし、エレオノールちゃんは話が合うんじゃね?」
エレオノールのことになると、その横顔が物凄く辛そうになる。そして、鳴海が物凄く切なそうに眩しく彼女を見つめることが、ミンシアはとても苦しい。


これまでだって、鳴海に近づく女子は何人もいた。
エリは去年のダンパに誘い、ファティマはお弁当を作りたいと言った。でもどちらにも鳴海の答えは
「ありがとう。でもそーゆーのは好きな女の子にお願いしたいから、すまん」
だった。その断り方にデリカシーがないと外野の女子からブーイングが上がったけれど、エリもファティマも今でも時々、部の見学に来ているし、鳴海とはいい友人関係を築いている。でも、彼女達の心の中には鳴海への想いがまだ燻っているのがミンシアには分かる。


鳴海に想いを寄せる女子はいるけれど、一方の鳴海がすっかりお友達認定しているので脅威にはならなかった。自分も同じ、恋愛対象には見られない女子、その中でも自分は鳴海の隣にいられる立ち位置にいる。自分は鳴海の拳法の稽古に付き合える。自分だけが昔の鳴海を知っている。弱くて、でもとてもやさしい鳴海のことを。
それが、ミンシアが自分で自分を他より優位だと思える縁だった。


それが、エレオノールの出現で足元から崩れた。
エレオノールが鳴海を好きでいることは一目で分かった。自分と同類だからだ。
でも、エレオノールがこれまでの女子と異にするのは、鳴海の態度が、他とはまるで違うから。鳴海の彼女を見る瞳が、恋する者のそれだから。
しかも、彼女は鳴海の幼馴染だと言う。鳴海と一番に古い関係だという優位が消失してしまった。あの貧弱でやさしいだけの鳴海を知っているのは自分だけという優位も。
ふたりが、お互いに想い合っていることに気付いていないから救われているだけ。それを象徴するような、鳴海の髪を結わえるピンク色のゴムがミンシアを見下ろして来た。
エレオノールは極力、鳴海に近づけてはならない。そう思った。


「申し訳ないけれど、見学は控えてくれる?」
部活が終わる間際、ミンシアはエレオノールにそう言った。
「部員に無理に誘われて来たんでしょ?ごめんね。あいつら美人に弱いから。でさ、あなたのせいじゃないけど、連中、あなたの目を気にして集中出来なくなるの」
大事な大会を控えているからもう来ないで近寄らないでと、笑顔で柔らかく暗に伝えた。エレオノールは
「気がつかなくてごめんなさい」
と素直に謝った。エレオノールは同性の目から見ても本当に綺麗だった。綺麗すぎて、外連味のまるでない素直さが自分とは違いすぎて、そのキラキラ輝く銀糸を束ねていたゴムを鳴海が得意げに付けているのかと思うと、自己嫌悪になるくらいの嫉妬心を覚えた。
部活終了の挨拶の後、
「ミンハイ、ちょっといい?」
と鳴海の腕を取って、エレオノールが彼の視界に入らないよう身体の向きを誘導した。エレオノールには、鳴海の隣は既に自分のものなのだとアピールをした。次、肩越しに見るとエレオノールは居なくなっていた。エレオノールが一言もなく帰ってしまい鳴海が明らかにショックを受けていたことに一抹の罪悪感はあったけれど、自分の宝を敵から守るのは当然の行為だ。





ミンハイは私のミンハイ。


「おまえはナルミ専属のマネージャーか」
部長に言われた言葉。


そうよ、私はそのつもりよ!


そう言い返したかった。
でも、ミンシアもまた体育会畑の住人だから、上からの言葉に逆らうことが出来ない。しかも、自分に集まる視線が、鳴海贔屓の行動を取り続けていた自分に対する呆れを含んでいることにもミンシアは気づいた。おそらくそれは、既にこの場から退出した鳴海本人も共有している感情だろうことも強制的に理解させられた。


姉弟子と弟弟子。
自らの手で鳴海に嵌めた、そのフィルターの外し方が分からない。
ミンシア自身も、鳴海の前で今更『普通の女の子』の顔が出来ない。
出来ないくせに、「姐さん」としか見られてないのに、独占欲だけを滲ませていた。
ミンシアは絶望的な自分の不器用さを思い知り、途方に暮れるしかなかった。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]