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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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It Must Be Love (4)





今日も今日とて残暑厳しい放課後の部活、大きな大会を間近に控え、鳴海は実戦形式の乱取り中。
汗なんかダラダラで長く伸ばした髪が首に張り付いて気持ち悪い。とっとと家に帰ってシャワー浴びたいと思うけど、こうやって汗を流すのは気分がいいし、何しろ体力を可能な限り削っておかないと夜に眠れなくなってしまう。近頃は更に悩み多きお年頃を地でいっていて、全く色々困りモノだ。





エレオノールが留学生としてやって来た日、彼女は部活を見学してくれた。無理矢理誘われたのにも関わらず、部活の始まりから終わりまでずっと帰らず真面目に見ていてくれた(付き合っていたヴィルマは途中で飽きていたのが見え見えだったけど)。
鳴海にしてみたら、それがどれだけ嬉しかったろう。あんなに張り切って部活道に取り組んだことなんて一度もなかった。


なのに。
エレオノールは鳴海に一言もなく帰ってしまった。気が付いたらいなかった。それがどれだけショックだったろう。
何か、ホントに一言でもいいから感想が欲しかったのに。そのために目一杯張り切ったのに。もしかしたら一緒に帰ったり出来るかもしれない、なんて思ったのに。
呆然とした。
家までの道々思ったことは、やっぱりホントは、見学に誘われて迷惑だったんじゃないか、ってコト。エレオノールは真面目だから、途中で帰りたくても帰れなかっただけだったかもしれない。鳴海は彼女の目があることが嬉しくて、出来るだけ長くいて欲しかったからそのままにしてしまったけれど、自分から「好きな時に帰っていいから」くらいの気遣いが必要だったのではないか。言うなれば放ったらかしにしてしまったのだ。
気の利かない男だと呆れられてしまったのかも、と思うと胃がずんと重くなった。


あれ以来、エレオノールとは口を利いていない。というか、エレオノールと話すチャンスがない。エレオノールの1組と鳴海の8組は廊下の端と端で教室を素通りする、なんてことがない。「行こう」としなければ行けないし、だからといって頻繁に足を運んでいるとかなり目立つ。
鳴海には「ハンカチを返す」という大義名分があるけれど、行くと移動教室というタイミングの悪さで、いればいたで彼女の周りは人が多い(野郎率が高いのも鳴海の悩みの種の一つだ)。せっかくの大義名分、渡してハイ終わりではなくて、ちゃんと話をする時間を持ちたい。
目立つ、はエレオノールにも言えること。用がないのに自分のクラスと反対方面でフラフラしているのは不自然だ。まあ、エレオノールは用がないから来ないだけなんだろうけど。初日は「挨拶」という用があったから来ただけで。


「エレオノールちゃんててっきり、おまえに気があるんだと思ったんだけどな」
今朝、朝練が終わって道場から校舎に向かう途中、仲間連中に言われた。
「挨拶に来てそれっきりだもんな。おまえにもっと会いに来んのかと期待したのにさ」
何の気なしの言葉にグサと来る。
「な、何でおめーが期待すんだよ」
「エレオノールちゃんがおまえんトコに来れば」
「オレ達も眼福に預かれるだろーが」
「なのに結局、おまえに会いに来んのはミンシアばかりじゃあ変わり映えしねーっつー」
「何よ」
後ろを歩いているミンシア本人から不満の声が上がったが
「べーつーにー」
と部員達も不満に不満で返す。ミンシアだって十分かわいい女子なのは認めるが、それを相殺するほどに勝気で男勝りなので、愛でて楽しむタイプじゃないのだ。
「口を開かなきゃ美少女で通るのになぁ」
「もったいねーよな」
「だから何よ」
「だからべーつーにー」
「ミンハイ何なの?」
「何が?オレに訊くなよ」
「あ、エレオノールちゃん」


その声に鳴海の目は素早く反応し、きょときょとと辺りを見回した。いた!いた、が連れもいた。エレオノールを見つけて浮かれた気持ちが急激に萎んだ。
エレオノールは男とふたり連れだった。
「ここんとこ、リシャールと登校してるよな」
「校内でもふたり一緒を見かけるかも」
昇降口に向かうエレオノールの隣に立つイケメンは、彼女のクラスメイトだ。申し合わせてるもんだか、偶然一緒になってるもんだか分からないけれど、確かにここしばらく見かける景色だったりする。
それもまた鳴海の気持ちを重くする要因の一つ。


エレオノールは留学中、一般家庭にホームステイする。一学年下にヘレンとタランダという双子姉妹がいるのだが、その橘家に一年厄介になるそうだ。橘姉妹は去年フランスに留学した。で、タランダのステイ先がエレオノール宅で、その縁でエレオノールは橘家での日本留学を決めたのだ、ということをタランダが教えてくれた。というのも、橘家と加藤家は同じ町内にあって、姉妹と鳴海は小学校時代からの顔馴染みなのだ。
そこんとこの事情をエレオノール本人から教えてもらったわけじゃないのも少し寂しい。そもそも、そういう他愛ない話をする時間がまるで取れてない。(夏休みに再会した時、エレオノールは留学の件を内緒にしてたし。)
だから、確実にリシャールよりは鳴海の方がエレオノールと(地図上での距離は)近いから、登下校だって家まで送り迎えは断然可能なんだけど、大会前ということもあり鳴海は朝練なるものに出なくてはならず時間的にすれ違ってしまう。すれ違っているのは時間だけだと思いたい。
もっとも、登下校のお誘いを鳴海がさりげなく出来るのかとか、エレオノールがそんな毎日を嫌がらないでくれるかとか、そういうのはまた別問題なのだが。


「あいつは目ぼしい女子にはみんな声かけてるぽいからなぁ」
そんな軽いヤツがエレオノールの周りをチョロチョロしているのは面白くない。エレオノールもどう思ってああやって連れ立ってるんだろう、と思う。実際、リシャールはイケメンで女子からの人気は高い。運動も出来るし、どっかの御曹司らしい。鳴海は個人的には知らないけれど、男子の評判も悪くはない。軽いけど悪いヤツじゃない。
そんな男に言い寄られたら、エレオノールだって悪い気はしないだろう。彼女だって女子だもの。自分は、と比較してみて、虚しくなりそうなので止めた。
「あー、そういえば」
ふと、思い出したことがあり、鳴海はミンシアに顔を向けた。


「リシャールってさ、ちょっと前、姐さんにコナかけてなかったっけ?」
「そうだけど?」
「だよなあ」
「それが何?」
「いや、てっきり姐さんとリシャールって付き合ってんのかと思ってたから。あれ?って思っただけ」
「どこをどう見たら、私があいつと付き合ってるように見えるのよ!」
「リシャールがコナかけてた頃、ふたりの雰囲気がいい感じだったからさ。姐さんもまんざらじゃないみてーなコト言いに来てたじゃん」
「それは」
「今だって仲はいいだろ?」
「それは、そうだけど」
「ああ、姐さんを女扱いしてくれるヤツっているんだな、良かった良かった、って思ったんだよなー」
「ミンシアを女扱い出来るのはアモールの国の住人くれーだ」
「リシャールもフランス出身らしいし、エレオノールちゃんは話が合うんじゃね?」


エレオノールもフランス出身。
彼女も、愛の言葉を熱を込めて吐いたりするのだろうか?
オレにも、言ってくれたり、する日は来んのかな…





なんてことを考えた。
そして、拳を打ち込み合う時は、深みにはまるようなコトを考えない方がいいと身をもって知る。
ガツ、と相手の掌底が左頬を掠った。口の中に痺れるような痛みと、広がる血の味。
「いっってえぇぇ」
「わりっ、大丈夫か?」
大丈夫、と手の平で制して、その甲で口元を拭う。拭いた通りに真っ赤な血が道を書く。
「ミンハイ、平気?」
ミンシアが差し出したタオルを受け取って、その中に口の中に溜まった血を吐き出す。そっと舌先で舐めるときっちり傷が口を開けていた。
「どした、おまえ?ツラに食らうなんて」
直前で回避したのでクリーンヒットは免れたけれど、紙一重過ぎてそれなりのダメージは食らってしまった。加害部員が本当に申し訳なさそうに謝ってくるけれど、集中力を切らしていた自分のせいなのでこっちが申し訳ない。


「ナルミ、保健室行って来い!」
部長に怒鳴られた。
「外に出てついでにアタマ冷やして来い!気合い入ってねーからそのザマだ!」
コーチにも怒鳴られた。
全くもってその通りです。彼らには腑抜けてたのが筒抜けだったようで情けないことこの上ない。
「うす」
と頭を下げて道場を後にする。するとミンシアが追いかけて来て
「だらしないんだからミンハイ、付き添ってあげるから」
と鳴海の肘を取った。
「姐さん、いーってひとりで行ける」
の発言は不明瞭で
「ほら、こんなんじゃ先生に伝えられないでしょ?私がついてかないと」
と問答無用された。「姐さんにも伝わってねーじゃん、意味ねーし」と思っていたら
「ミンシア!」
と部長のカミナリが落ちた。


「それくらい一人でどうにでもなる。おまえはナルミ専属のマネージャーか?大概にしろよ」
道場中の目がミンシアに集中する。ミンシアは鳴海の腕から手を離すと
「…はい」
と神妙な顔付きで首を下げた。
実際、鳴海もミンシアには構われ気味だとは思っていた。小さい頃の貧弱時代を知ってるから放っておけないんだろう。
ミンシアの行動の根底にもっと違う意味があると思いも寄らない鳴海は、「ひとりでだいじょーぶ」と励ましを込めて肩をポンと叩いた。



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