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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。

 

 

 

 

 

 

 

Dr.カトー●療所

 

 

 

 

 

 

 

診療時間をはるかにオーバーして小さな某町で医師を勤める加藤鳴海の午前の仕事は終わる。

都会に比べたら患者の数は比べ物にならないくらいに少ない。けれど一人当たりに割く時間は都会のものよりも圧倒的に長い。鳴海は患者ひとりひとりと世間話をする。実は診療よりもそっちの方がずっと長い。けれどこういう環境、田舎の医者はむしろ世間話が重要な仕事なのだ。

尤もこの診療所に来る患者には滅多に重篤患者がいない。待合室は社交場となり、長い待ち時間など気にもならない。本当に急病の人間には順番を回す。狭い町ならではの誰もが顔見知りという日常から生まれる連帯感だ。

 

 

 

鳴海は最後のひとりを見送ってググッと伸びをした。腕時計を見る。はっきり言って午後の診療時間が迫っている。

「今日も昼飯をかきこまねぇといけねぇや」

ハードワークを苦にしてもいない顔で診療所の引き戸を閉めていると

「ご苦労様。お茶が入ったわ、お昼にしましょう」

としろがねが声をかけにきた。

「おう」

振り返るとすっきりとしたナース姿のしろがねが立っている。

「今日も忙しかったわね」

「そうだなぁ…いつも通りっちゃいつも通りなんだけどな」

鳴海は扉に鍵をかけカーテンをさっと閉める。

「さ、食べちゃいましょう」

「あ、のさ。しろがね」

「何ですか?カトウ先生」

ずっと前は「カトウ」とか「ナルミ」とか呼び捨てにされていた時代もあったのにな、なんて思いながら鳴海は

「あー…そのー…すまねぇな。変な噂が立っちまってよ」

と頭を下げた。

 

 

 

この週末、しろがねの父で鳴海の恩師である才賀正二が顔を見せにやって来た。

才賀は教え子の様子を町の人に聞いて回る中、悪童・潮に余計なこと、「鳴海がしろがねに手を出した」を吹き込まれ、再会の挨拶もそこそこ、鳴海は娘を溺愛している才賀に日本刀を突きつけられることになった。小さな町だ、壁に耳あり障子に目あり、あっと言う間に診療所内での刃傷沙汰は町中の人の知ることとなり、鳴海がしろがねに手を出しふたりはデキたことが恰も既成事実のように語られるようになったしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

医師・加藤鳴海と看護師・才賀しろがね。

ふたりはその実知り合って長い。鳴海が医学部卒業後、同大学付属病院でレジデントをしていた時、しろがねは同大学の看護学部に通っていた。しろがねは学内で知らないものはいないくらいの才媛だったが鳴海の恩師・才賀正二教授の娘だったこともあり知り合うのはそれほど難しくはなかった。

 

 

才賀教授ははっきり言って親馬鹿なので、可愛い娘に怪しいアルバイトをさせるくらいならと、常に自分の目の届く、そして自給が破格にいい「医局での自分の秘書」的なことをさせていた(大して仕事はない)。お茶汲みとか電話番とか、郵便物の取りまとめとか、医事係との連絡くらいなもので、「しろがね嬢に手を出したら日本刀の錆になる」という噂が流れれば女好きが多いといわれる医者もちょっかいを出す命知らずはそうはいない。短時間で高給、彼女は彼女で看護の勉強が忙しい身だったので渡りに船だったらしい。

 

 

片や当時の鳴海は、と言えば殆ど病院に詰めっぱなしで医局が自宅みたいなものだった。彼の医局ブースには寝袋が置いてあったし、24時間駐車場に停めっ放しの車の中には布団が一式、後部座席に載っているのを多くの人間が目撃している。体力の化け物みたいなレジデントほど重宝される物はない。自分の当直は勿論、直属の上司・才賀教授の当直は鳴海の当直だったし、それ以外に頼まれれば快く当直を引き受ける。

 

 

しろがねはバイトに行く度に鳴海を見かけた。見かけない日はなかった。医局のデスクに座っている姿は滅多に見かけなかった。(何度か見かけたときは父親が大量に溜めた診断書を代筆させられていた。)大体は、医局のソファで爆睡しているか、病院内をイノシシのように駆け回っているか、入院患者とロビーで談笑しているかだった。

  

 

鳴海にとってしろがねは多少気になる存在ではあったが特に何かアクションを起こすことはなかった。別に、日本刀の錆になることを恐れたわけでもなかったが一応恩師の娘であることには変わりないし、それに医療の仕事に邁進することに充実感を覚えていた鳴海は仕事に夢中で、彼女を作る、なんてことには無頓着だった。(溜まれば風俗に行けばいいや、くらいに思っていた。)

  

 

それから何年かが経ち、医局の中でも一端の医者として数えられるようになった頃、鳴海はどうしても過疎医になりたいと思うようになった。辺鄙な地域の医者のいない場所で役に立ちたいと思いつき、思いついたら吉日だった。才賀教授の下で医者を続ければ、それはそれは間違いのない道は用意されるのであろうが、鳴海は人を救う道はそれだけじゃないと思ってしまったので仕方がない。惜しまれながら、今の診療所にやって来たのだった。

驚いたのはしろがねも同じ診療所に来たことだった。しろがねは看護学部を卒業後、他の病院で看護師をしていた(流石に社会人になったら父親の庇護下から出たいと考えていた)のだが、それを辞めてきたのだ。

 

 

「どうしてまた」

と訊く鳴海にしろがねは

「私も医師不足の地域で医療に携わりたかったから」

とだけ答えた。

「医師不足の地域なんてそれこそ幾らでもあるのに、あえて『ここ』に来たのはオレに関係ある?」

と訊きたかったが訊かなかった。

一緒にいる、それが大事なような気がして一緒にいられれば充分、そう思ったからだ。

それはあくまで建前で、本当のところは鳴海の覚悟ができていなかっただけかもしれない。

それからずっと二人三脚が続いている。

 

 

 

 

 

 

そんなわけで付き合いの長い鳴海としろがねだが、このふたりは恋人同士でも何でもない。

Hは勿論、キスしたことも手を繋いだこともデートしたこともない。買出しと、仕事後の飲み屋での一杯をデートにカウントするかどうかは難しいところだ。

「好きだ」と言ったこともなければ「好きだ」と言われたこともない。

当然だが、家も別々だ。

口説いたことも一度もない。

潮がネタ元にしたのだって単に、診察をする鳴海のモチベーションを上げるためにとらが変化したしろがねを、悪いのは腕だったけれどとりあえず脱がして触っただけだ(←単に、か?)。しろがね本人に手を出したわけでは断じてない。(その後、しろがねにボコられたけど。)それをあの悪ガキが誇大にしろがね父に言っただけなのだ。繰り返すが、ちょっと脱がしてちょっと触っただけなのだ。それも相手は、とら、だ。

だのに、夜な夜な鳴海がしろがねとヤりまくっているように患者全員から言われるのは納得がいかない。しろがねも色々とからかわれていた様だった。

 

 

 

とはいえ、今回の話は自分の暴走にあったことには違いないと、頭を下げて謝る鳴海に

「別に気にしてないから。噂だもの」

と、しろがねは本当に気にしていない、という顔をしている。

「ああ、そう?」

「ええ、そう」

今回のことで鳴海は考えた。

有名無実でデキてることになっているなら名実ともにデキちまおうか、とか、才賀先生には勝っつー超天才児の息子がいるから娘を田舎に骨を埋めるつもりでいる男の嫁にやってもかまわねぇだろ、なんて意外と真面目に考えたりもした。その場合、どういったアプローチが必要かとも考えた。

自分がしろがねのことを好きだということは改めて考えるまでもなかった。長い付き合いながら、医者と看護師の関係が他のものに進展しなかったのは偏に自分の覚悟ができてなかったからに他ならない。

それに反して鳴海とデキた噂が流れても問題なしなしろがねの様子にははっきり言って気が抜ける。

 

 

 

鳴海と診療所を始めてから、しろがねは一度だって「帰りたい」とか「止めたい」とか言ったことは一度もない。

自惚れていいのなら、『自分を追いかけてきた』と考えることだってできる。

診療所を開ける日は必ず、鳴海の分も弁当を作ってきてくれる。

鳴海が町の若衆と風俗に行くと決まって翌日は口を利いてくれない。弁当も日の丸になる。

それだけを推理すると『しろがねに想われているのかも』なんて思えて幸せな気分にもなれるのだが、今みたいにあっさりとした態度を取られると鳴海はどうしていいのか分からない。気持ちのバランスゲージがどうなっているのかが見えてこない。

「人の噂も75日って言うから。今は皆して面白がっているだけよ」

「そ…うだけど、内容が内容だから…」

しろがねは真剣味の増す鳴海の視線を受け止める。

「内容だから?」

「な、内容だから…もし、アレだったら、オレと……」

「オレと?」

「オレと……」

そんな目力のこもった瞳で見ないでくんねぇか?

思わず、言ってしまいそうになる。

付き合わないか、って。その先があるのならオレと結婚しないか、って。

断られたら非常に立場のなくなる言葉が出てしまいそうになる。

「…オレと…おまえに責任取らせねぇとなぁ。潮の奴によ」

逃げた。鳴海は力なく笑う。どうやらまだ覚悟が足りないらしい。

しろがねは鳴海の逃げに

「そうね」

と小さく笑って答えた。

ナルミの意気地なし、と思いながら。

しろがねは鳴海からの一言をずっと待っている。

 

 

 

 

 

 

薄いピンク色のナースキャップの後に続いて小さな応接間に入ると、低いテーブルの上には湯気の立つ日本茶としろがねお手製の弁当箱、それにきれいにヘタを切り取られた大粒イチゴの盛られた皿が置いてあった。

「何?このイチゴ」

「朝、麻子ちゃんが登校途中に持ってきてくれたのよ。送られてきたもののお裾分けですって。ほんのちょっとで申し訳ないですがお昼にどうぞって」

「そうか。それにしてもデカいイチゴだなぁ」

鳴海はソファに腰掛けながらひとつを摘んで一口齧る。

「うん、甘い」

「食後のデザートにすればいいのに。少ししかないんだから」

向かいに座ったしろがねが苦笑しながら嗜めた。

「味見味見。残りは後から食うってば。おまえも食うか?」

鳴海は齧りかけのイチゴをテーブルを挟んで差し出した。

「ん」

しろがねは鳴海の齧り跡に口を寄せて、小さく齧る。

「本当。甘いわね」

「麻子に礼を言わねぇとな」

鳴海は残りのイチゴをひょい、と口の中に放り込んだ。

「いただきます」

「いただきます。急いで食べちゃいましょうね。午後の診察時間まで間がないわ」

 

 

 

 

 

お互いの関係にもどかしさを感じているくせに、自分たちがしていることが長年連れ添った夫婦のようだということに気付いてないふたりなのであった。

 

 

 

End

 

 

 

postscript   菅野さんの4コマ・『Dr.カトー診療所⑧』のリスペクトSSでした。

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