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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。








今日は朝から五月晴れ。

雲ひとつない青空の下、白い道着を着込んだ子供たちの列が掛け声も朗朗と走り抜ける。

鳴海はそのしんがりについて時々、発破をかける。毎週日曜日(だいたい)午前10時10分、鳴海がバイトをしている近所の拳法道場の子供向けクラスの準備体操の後に行う、道場から走って2分の公園へのランニング。公園の遊歩道をぐるりと一周するのにだいたい5分。行って帰ってほぼ10分のお決まりのメニュー。

 

 

 

 

いつも公園が近づくと鳴海の心臓はドキドキする。

ほら。今日もいた。

公園に入り、遊歩道へと左折すると、その傍らのベンチに腰掛けている人が目に入る。

銀色の髪をして、銀色の瞳をしたきれいな女。

彼女は毎週日曜日のこの時間、この場所でスケッチブックを開いて鉛筆を滑らせている。

彼女の前を通過するそのひと時が、鳴海の一週間で一番楽しい時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月雨は翠色。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴海が彼女の存在に初めて気がついたのは半年前。こうしてランニングをしていた時に、その姿が瞳に飛び込んできた。彼女は初めて会った時もスケッチブックに絵を描いていた。

小春日和の太陽の光にショートカットの銀色の髪がキラキラ輝いていて、色褪せたジーンズに辛子色のコート、ふわりと首元に巻いたマフラーが印象的で。

髪と同じ色の瞳と鳴海の瞳が偶然合ったのだ。

銀色の大きな大きな瞳。

思わず振り返って見とれてしまったから、列との間に開きができてしまった。

 

 

 

 

それ以来、何だか気恥ずかしくて彼女の方に目を向けることができず、いつも視界の片隅で彼女を見るか、チラチラと盗み見るか。それもランニングしながらだから、あっという間に彼女の姿は後方に流れていってしまう。そして公園を一周して、遊歩道もあとわずかになると再び彼女の座るベンチが見えてくる。背の高い鳴海の瞳はかなり遠くから彼女に釘付けとなり、遊歩道から公園の外へ向かう道へと左折する時が彼女の姿の見納めとなる。

鳴海の一週間で一番楽しい時間の終焉。

 

 

 

 

彼女が自分の存在に気がついてくれているかどうかは分からない。毎週、その目前を走り抜けているのだけれど。彼女の近くでわざと大きな声を子供たちにかけたりして、自分をアピールしたりして我ながらあざといな、と思う。

それが半年間、毎週日曜日毎の、今やなくてはならない鳴海の生活の一部。

いかにその数分を鳴海が待ちわびているか。

いかに一週間のうち日曜日の午後がつまらないか、いかに土曜日の夜の気分が盛り上がっているか、そして日曜日の天気が朝から雨だといかに鳴海の心が打ちのめされるか。

 

 

 

 

ある日ランニングを終えて道場に戻ってから、子供の一人が「落し物をした」と言う。

「落とすようなモンをランニングに持っていくな。しょうがねぇなぁ、取って来てやるよ」

その子を叱りながらも内心は「でかした!」と褒めていた。鳴海は全速力で公園へと駆け出しながら彼女に声をかける絶好のチャンスだと考えていた。

何て声かけよう。突然、声かけたらヘンだと思われるかも。でも、今かけなきゃいつかけるってんだ?そうだ!落し物、この辺で見かけませんでしたか?って聞くのがいいかもしんない。

ワクワクしながら公園へと駆け込んで、鳴海はがっかりした。

彼女の姿はもうそこにはなかった。

鳴海は彼女を見かけてから道場にバイトに来る時、わざわざ遠回りしてこの公園を通るようにしている。が、いつだって彼女はまだ来ていない。彼女があのベンチでスケッチをする時間はほんの30分弱くらいなのかもしれない。ちょうど、鳴海たちが公園を出るのと程なくして彼女もきっと公園を後にしているのだ。

 

 

 

 

彼女はきっと美大生なのだろう。最初の頃は風景画を描いているのだと思っていた。でも、半年間、彼女はずっと同じ場所でスケッチブックと鉛筆で何やら描き続けている。だからおそらく、彼女の描いているものは人物画なのだろう。短時間で様々な人間のデッサンをする練習でもしているのかもしれない、と鳴海は勝手に解釈していた。

絵のことはさっぱり分からないけれども。

もしそうなら、彼女のスケッチブックの中に自分の姿が描き留められているといいなあ、なんて思ったりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるシトシトと雨のそぼ降る日、午後の授業が休講でいつもと違う時間での帰り道、鳴海は自分の前を見知った小さな後姿が歩いているのを見つけた。

「おおい、勝!」

鳴海が名前を呼ぶとその小さな傘が振り返り、鳴海を見てにこうと笑った。

「兄ちゃん、こんにちは」

「今、帰りか?」

「うん」

ランドセルをカタカタ言わせて鳴海のそばにやってきた勝は鳴海の近所に住む男の子で、日曜日の拳法教室の生徒でもある。

 

 

 

 

ふたりは川沿いの桜並木をおしゃべりしながらのんびり歩いた。

桜の木々も新緑が濃くなって、雨に濡れた葉から咽るような初夏の匂いを漂わせている。

ふたりの目下の話題は勝の彼女について(勝は小学6年生のクセに中学生の彼女がいるのだ)。大学生で彼女がいない鳴海は何だか立場がまったくない。

でも、好きな人がいないわけではない、と自分に言い訳する。

そうオレは。

半年前から空前絶後の片想いの真っ只中にいるのだ。

とはいえ。

 

 

 

 

このまま片想いを続けていてもどうなるもんでもねぇよな。

たまたまこの半年は彼女が公園に来てくれていたからいいようなものの、どこの誰かも分からないんじゃ来なくなったらおしまいだし。でも公園であの時間以外、彼女を町でも見かけたことなんてない。最近では、彼女のことを想うと甘く切なく楽しい気持ちの他に、苦しくもなる。溜め息も出る。

ちょっと声をかければいいはずなのに。

子供たちの手前、とか、バイトの最中だから、とか、理屈を並べて意気地のないことを誤魔化している。

「いいよなあ。両想いのヤツは。おまえ、『切ない気持ち』なんて理解できねぇだろ?勝」

なんて、やっかみ以外の何物でもない。それに小学生相手にムキになって言うことでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、前から来る人とすれ違うために鳴海は大きな身体を道の端に寄せた。

その人も、鳴海とは反対側へと身体を寄せる。

クリーム色がかった、白い女物の華奢なカサ。

すれ違い様、鳴海の目は何気なくそのカサの中をのぞき込んだ。

のぞき込んで、心臓が跳ねた。

鳴海の目が大きく見開かれる。

 

 

 

 

銀色の髪!

 

 

 

 

胸の中で突如生まれた大きな塊が、鳴海の喉元でさらに膨れ上がり、その呼吸を止める。心臓はバクバクと大騒ぎをし、カサの柄を握る手の平はじっとりと汗ばんで、脳ミソは真っ白になった。

俯いた彼女の頬は心なしかほんのりと桜色に染まっていて、柔らかそうな唇をきゅっと結んでいる。

 

 

 

 

何か。

何か言わなくちゃ。

声を、かけねぇと!

 

 

 

 

目を伏せたままの彼女はスローモーションのように鳴海の横をすり抜けて

固まった鳴海が何にも言えないうちにゆっくりと遠ざかっていく。

「あ……」

結局、鳴海は振り返ってその細い背中を見送ることしか、できなかった。

彼女の後姿は翠色の五月雨に少しずつ煙っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がっくりだ。情けねぇ。

何で何にも言えなかったんだ、オレ?

痛恨の失敗にがっくりと項垂れていると、勝が

「ねぇ、今すれ違った人、公園で絵を描いているお姉ちゃんだよね?兄ちゃんの知り合い?」

と訊いてきた。

「あんな美人と知り合いだったら絶対挨拶しているだろが?見て分かんねぇか?素通りだったろ、今?」

事情の分からない勝にそこまで言う必要もないのだが、自分のあまりの不甲斐無さに鳴海はずっと年下の勝に当たってしまう。

「だよねぇ」

カサで見えないけれど、勝は首を捻っている様子。

 

 

 

 

「何で、そんな風に思ったんだ?」

「うん…。先々週さ、稽古の後、あの公園で待ち合わせしてたんだ」

「おう、リーゼちゃんとか?やるねぇ、稽古の後デートかよ」

け。オレなんか、日曜日にバイトのかけもちだぜ。

「もう、ちゃかさないでよ……それで、あの人がいつも絵を描いているベンチにさ、スケッチブックが置きっぱなしになってたの。あのお姉ちゃん、少ししたら取りに戻ってきて『ありがとう、大切なものなんです』って。いつも何描いてんだろうって気になってたからお姉ちゃんが来るまでの間、ちょっと中を開いて見てみたんだ」

「そ、そしたら?」

「人の絵がいっぱい。すごく上手だったよ」

やっぱりな。オレの予想通り。てか、そんなのはどうでもいい。

「それが何でオレと知り合いになるんだよ?」

「うん…。いろんな人の絵が描いてあったけど、ほとんどがナルミ兄ちゃんの絵だったよ?」

「は?」

「だから、知り合いなのかと思って。知り合いでデッサンのモデルをやったことがあるのかと思ったんだ。そんくらいたくさん兄ちゃんが描いてあった」

 

 

 

 

「他人の空似じゃねぇのか?」

鳴海の声はいくぶん上擦って震えている。

「あの人、すごく絵が巧いよ。それにそんな髪を長くしているマッチョってそうはいないと思う。道着を着ている絵ばっかだったし」

「……」

「強いて言えば、美化されすぎ。リーゼと兄ちゃんにしてはいい男に描きすぎだって意見が合ってさ。僕思うんだけど、もしかしたら、あのお姉ちゃん、兄ちゃんのこと好きなんじゃないかな?」

「ど、どうしてそう思う?」

鳴海の真剣さに勝は押されてびっくりした。

「だ、だって今も、兄ちゃんは背が高いし上からじゃカサが邪魔で見えなかっただろうけど、あの人すれ違うまでずっと兄ちゃんのこと見てたから…ほら、僕、視線が低いから。あれ?兄ちゃん?」

鳴海は踵を返し、全力で駆け出した。

「またな、勝!」

鳴海は来た道を戻る。

ずっと遠く、煙る五月雨の向こうに見える白いカサを目指し、顔にビチビチと当たる雨粒をものともせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのっ!」

突然、背後から大声で呼び止められて怪訝そうに振り向いた銀髪美人は鳴海と目が合った途端、肩口までもその白い肌を薔薇色に染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日曜日、いつもの時間、いつもの公園のあの場所に銀色の髪の美人の姿はどこにもなかった。でも、鳴海は特に驚かない。何故なら、彼女、しろがねは何もわざわざその時間に公園にやって来なくても意中の人にいつでも会えるようになったから。

今日も鳴海のかけもちのバイトが終わったら、ふたりは会う約束をしている。

「おら、チンタラ走ってんじゃねぇぞー!」

鳴海は子供たちの背中に発破をかけて、頭上に輝く初夏の太陽のように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片想いは両想いに。

 

 

 

End

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