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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。








通り雨  (後)

 

 

 

 

 

 

鳴海はしろがねの頭のすぐ脇の壁に左腕をつき、彼女の顎をくいと上向かせると大きな身体を屈め、唇を近づけた。突然のことにしろがねの身体は固まり、大きな瞳はこれ以上見開かれないくらいまん丸になる。

冗談ではなさそうだ。

カトウは本気で私にキスをするつもりだ!

自分の口から出たこととはいえ、胸が苦しいくらいにドキドキしている。

カトウが私を“男の目で”見てくれるなんて夢ではないだろうか?

しろがねは瞳を閉じた。

鳴海の目も細くなる。

しろがねの身体が無意識のうちに後ろに傾いた。

 

 

 

 

壁に背中がついた。

濡れて冷えたTシャツが肌に強く押し付けられて、しろがねは思わず身震いをする。

身体が小さく縮こまり、眉の間にきゅっと皺が寄った。

 

 

 

 

鳴海は    しろがねのその表情を見て、無理強いをするのが何だか可哀想になった。

あぁ、オレにキスされんのがそんなにイヤなのか、と。

無理強い、と言っても売り言葉に買い言葉、鳴海は売られたケンカをただ買っただけなのだけれど。

でも、何にもしないのも癪なので、強張るしろがねの、唇に程近い頬にちょんと啄ばむようなキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は…?」

頬に残る微かな感触を指で触れ、しろがねは呆然と鳴海を見上げた。てっきり、唇にキスをくれるものだとばかり思っていたので拍子抜けもいいところだ。

鳴海は身体を屈めたまま、彼としては珍しく、いささか複雑な表情を浮かべてしろがねを見ていた。

 「あのな……最後の最後にそんな顔をするくらいなら最初っからたき付けるようなことなんか言うなよな。オレだって傷つくぞ」

 冷たさに身震いした自分の反応を鳴海が曲解したのだと分かり、

「あ…それは違っ…」

としろがねは訂正を試みたが間に合わなかった。

 「あーあ…、オレも意気地がねぇよなぁ…」

 鳴海は空を振り仰いだ。

ちょっとは雨脚が弱くなったかもしれない。でも、傘なしではまだ辛い。

鳴海に上を向かれるとしろがねにはその表情を窺い知ることが難しくなる。

 
 

ちょっとタイミングが悪すぎた。

顔を顰めたのは鳴海のせいではない。


 

今更そう言ったところで言い訳としか受け取ってもらえないだろう。もう一度初めからお願いします、というのも変だし、しろがねとしても折角のチャンスを自ら潰すことになってしまい、悔やんでも悔やみきれないその気持ちが肺の中を空っぽにさせる。

しばらくはふたりを取り巻く雨のしとしと歌う声しか聞こえなかった。

 

 

 

 

「なぁ、しろがね…」

沈黙を破り、顔を仰向いたまま、鳴海が話しかける。

「はい…」

「これだけは覚えておけよ。分かりやすいアピールをしてくるヤツだけがおまえに好意を持っているってわけじゃねーからな。そこんとこ油断してるといつか痛い目見るぞ」

しろがねは素直にこくりと頷いた。

 「鳴かぬ蛍が身を焦がす、って言うだろが。黙っているヤツの方が騒ぎ立てる連中よりも、意外とずっと深く想ってたりするもんだ」

 「それって…じゃあ、カトウ…あなたは…」

 鳴海は頭をガリガリと掻く。

そして、そっぽを向いたまま、

「おまえの気持ち次第ではおまえが困るだろ?

オレも顔を合わせづらくなるのは困る。

だから言わなかっただけだ」

 

 

 

 

「おーし、雨も弱くなったな。これならもう大丈夫だ」

鳴海は何事もなかったように努めて明るく、足元の買い物袋に手を伸ばした。

腰を屈め、袋を手に取った鳴海の目の前にしろがねのきれいな顔がある。

鳴海の無理に作っていた笑顔に少し影が差し、苦笑いに変わった。

 

 

 

 

さっきは悪いことをしたな。すまん。

 

 

 

 

そう呟いて身体を起こそうとする鳴海の首に、しろがねは咄嗟に腕を巻き付けた。

鳴海の手からドサドサっと荷物が滑り落ちる。

ニアミスした唇は当たり前のように触れあった。

唇を重ねたまま、鳴海はしろがねの冷えた身体を包み込むようにして抱き抱えると、舌先で彼女の唇に開くよう促す。しろがねは躊躇うことなく鳴海の求めに応じ、ふたりは完全に雨が止むまでお互いの舌を絡めあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度の休み…ふたりでどっか行こうか?」

 どこか行きたいところあるか?

 水溜りが太陽を映しピカピカ光る雨上がりの道を、今までよりもずっと自分の近くを歩くしろがねにかなり気を良くした鳴海がいたく嬉しそうに言う。

近づいた距離にこれほど喜色満面になってくれるのならもっと早く私の方からアプローチしても良かったのかもしれないな、なんて考えながら、しろがねは隣を大股で歩く背の高い横顔を見つめた。

 「そんなに遠出はできないから、まあ、近場になっちまうけど」

 「遊園地、行きたいな」

 しろがねにしては可愛い答えに

「へえー、おまえがねぇ」

と鳴海がからかう。

 「だって行ったことないのだもの…おかしいか?」

「ちっとも。そんなことないぜ。行こう、晴れるといいな」

鳴海はにこにこと笑う。

「あそこ行こう。シーの方。オレまだ行ったことねぇんだよなー」

子供みたいにはしゃぐ鳴海にしろがねの頬が緩んだ。

彼がとても愛しい。

 

 

 

 

「ホント、晴れるといいな。せっかくだからよー」 


「もし、雨だったら延期すればいいじゃない」

 

「むう、じゃ雨だったらどうすんだよ?」

 

「雨だったら…あなたの家に遊びに行く」

 

「………ひとりで?」

 

「ひとりで」

「………OK」

 

 

 

 

 ふたりの歩いていく先には大きな虹。

しろがねの返事に鳴海は内心、雨の方がいいかもしれない、と思った。

 

 

 

End

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